029 静寂の森
◆
ルシードがテオたちと別れたキュール村から、だいたい一日半ほど経っただろうか。空は今にも振り出しそうな雲に覆われており、太陽も星も見えない。更には体を休めるため少し寝たことも重なり、正確にはどれくらい経ったかはわからない状況だ。空の明るさから、雲の上に太陽は出ているはずだが……。
ともあれ、今はそんなことよりも重大な問題――そう、食料がないのである。結局ミレット村を出てからというもの、クレッグ、オークウッド、キュールと三つの村に立ち寄ったが、食料を補充できていなかった。すでに手持ちの干し肉も食べつくしてしまい、今は次のメラーズ村を探して歩き続けている。
「おかしいな、キュールを出てから丸一日は歩いたはずだから、そろそろメラーズが見えてもおかしくないはずなんだけど……」
「そうね。でも、太陽も星もないから正確な方向がわからないのが痛いわ。東には向かっていると思うのだけれど……」
ルシードの声に、アルマリーゼが相槌を打つ。
「マーカスさんと出会った時に、何か必要な物を忘れている気がしてたけど、まさかコンパスを忘れていたとは迂闊だった」
ルシードはマーカスに出会った時のことを思い出し、どうして気づかなかったのかと悔やむ。地図はあれど、方角がわからないのであれば、意味がない。
「ええ、私も目にしていたはずなのに、クレッグ村まですんなり行けたものだから失念していたわ。次の村で、あまっていないか聞いてみましょう」
「そうだな。……ん? あれは……森、かな?」
ルシードの前方、まだ少し距離はあるが、立ち並ぶ木々が見えた。小さな森ではあるが、何もない平原において、目印としては最適だろう。ルシードは現在地を確認しようと地図を開く。
そこへ、空から一筋の雫が落ちた。
「――雨か!?」
ルシードが空を見上げると、雨が降り出したようだ。
このままではずぶ濡れになってしまうと思い、濡れない方法を考えるが、考えるまでもなく、ルシードに打てる手は一つだけだった。
「あの森で雨宿りしよう。走るぞ!」
「ふふっ、頑張ってね」
アルマリーゼはその一言でルシードの影へ。影の中は濡れないのか、安全な場所へ行ったようだ。
しかし、アルマリーゼの裏切りに嘆いている暇はない。すでに雨は、大粒へと変化を遂げている。ルシードは仕方なく、一人で走るしかなかった。
◆
森はそれほど大きくもないようだが、雨宿りするには十分だった。
ルシードは一息ついて、再び地図を広げる。
「げっ、メラーズの南のところが雨に濡れて破れてる。なんてタイミングの悪さだよ……アルマ、ここに何があったか覚えてないか?」
地図を広げると、先程広げた際に落ちた雨粒のせいだろう、地図の一部が雨に濡れ、小さな穴ができていた。
「どうだったかしら? 覚えていないわ」
森へ入ったところで影から現れたアルマリーゼへと聞くが、覚えていないようだ。
「俺もだ……んー、こっちの方角は寄る予定のないところだったし、この周辺は気にしてなかったな」
「まあ、いいじゃない。どうせ行かない場所なのだから、破れたところで困らないわ。覚えていないことからも、何もなかった可能性の方が高いくらいよ」
「む、それもそうか。じゃあ、現在地の確認だな。えーっと、キュールを東に出てメラーズに向かって森にいるわけだから……ここか?」
ルシードは地図の一点、メラーズの北東にある森を指差す。
「……もしかして、キュールから北東に移動していたのか? となると……メラーズはこの森から南西だ。メラーズを通り過ぎてしまったのか。……どうする? ここまで来てしまったなら、ドノホーに向かうか?」
「そうね。通り過ぎてしまったなら、戻るよりも先に進みましょうか。地図上の距離も、ここからメラーズもドノホーも、そう変わらないみたいだし」
「そうだな。メラーズは諦めて、ドノホーに向かうか」
予定は変わったが、問題はない。どの道ドノホーに寄るなら、少し北に行く必要があったのだ。前倒しになったと思えばいいだろう、とルシードは考える。
やはり問題があるとすれば、
「しかし、お腹が減ったな」
昨日の昼から何も食べていないことだろう。
「私は平気だけれど、大丈夫?」
「流石に何か胃に入れたいところだ。……少し、森の中を探索してみるか。何か食べられる物が見つかるかもしれない」
ルシードは腹をさすり、森の奥を眺めて言った。
「そうしましょうか。何か見つかるといいけれど……」
ルシードはアルマリーゼとともに、森の中へと進む。
◆
森を探索すること半時、あちこち探し回ったが、何も見つからないでいた。
食べ物も動物も、見つからなかったのだ……魔獣さえも。
一度レゾナンスウルフはいないかと共鳴の能力を使ったが、ルシードの感知できる範囲には反応がなかった。余計な力を使った分、ルシードは空腹が辛い。
「何もないな」
「何もないわね。……それよりも、平気?」
「ああ、腹が減ってる以外はね」
「……そう。それならいいわ」
ルシードはアルマリーゼの微妙に引っかかる返事が気になったが、アルマリーゼがそれ以上何も言わないことからも、勘違いかと気しないことにした。
「それほど大きくない森とはいえ、何かありそうなもんなんだけどな」
「そうね。まるで食べられるものは根こそぎ取り尽くされたって感じね」
「そもそも動物すらいないから、元から何もない森なのか、近くの村人が取りに来たあとなのかもな。……あ、でも、それなら毒キノコとかまで取って行かないよな」
そこで気づく。動物がいない森。つい最近も動物たちがいなくなった森と遭遇したばかりだ。
「いや、まさかな……魔獣が出るから動物がいないなんてことは、何度も続かないだろ。だいたい共鳴にも反応がなかったんだ。それに魔獣の気配も――ッ!」
ふと何気なく後ろを振り返ると、三メートルほどもあろうかという獣が腕を振上げ、そこにいた。
ルシードは咄嗟にアルマリーゼを抱き寄せ、うしろへ跳ぶ。
「――きゃ!!」
次の瞬間、ルシードがつい今しがたまで立っていた場所に獣大きな爪が振り下ろされ、すぐ横にあった木を簡単にへし折った。
「な、なんだこいつ、いつの間にッ! ……アルマ、下がっていろ!」
「え、ええ。ありがとう、助かったわ」
ルシードは剣を呼び出し、アルマリーゼを庇うように獣と対峙する。
獣はその全身が黒い毛で覆われ、鋭い牙と爪が脅威に見える。不思議なことに、音一つ立てずにルシードを見下ろしていた。
「こいつは知っているか? 前に動物図鑑で見た、熊ってのに似てる気がするけど」
「熊に似ているのは同感だけれど、動物ではなく魔獣ね。名前は知らないわ。私もすべての魔獣を知っているわけはないし、私が寝ていた五十年の間にも、色々と種類は増えているでしょうしね」
「それもそうか。……とりあえず、逃がしてくれそうにもないから相手をするよ。アルマは影に。急に現れたのは何かの能力かもしれない、仲間がいるかもしれないから、背後にも注意を」
「わかったわ」
アルマリーゼはルシードの影へと退避する。
その間にも、魔獣はルシードを中心に、円を描くようにして四つ足で間合いをはかるように移動しているが、足音がまったくしない。
自分の発する音を出さないのが魔獣の能力なのだろうか。動く時の音や、獣の形をしているというのに、呼吸音どころか、その口から滴り落ちる涎が地面に落ちる音さえも聞こえない。目の前にいるはずなのに、その存在さえもが、希薄であるかのような錯覚さえ覚えるではないか。
ルシードは自分たちに気づかれることなく、背後に回っていたことと合わせて考え、それなら辻褄が合うと、魔獣の能力を推測する。
それにしても、音がしないという存在は、こんなにもやりにくいものなのか、とルシードは歯噛みする。
存在が希薄でありながら、音も発しないのだ。後手に回ることは不利と即座に判断。このまま対峙していても仕方がないと覚悟を決め、踏み込む。狙いは魔獣の腕。
剣に魔力を流し込み、一足で魔獣の側へと駆け寄ると、下から切り上げる――が、その腕には切り傷すらつけることができない。
「嘘、だろ!? こいつ――う、おっ!!」
ルシードは剣を振上げた時の感触に驚愕し、足が止まってしまったところへ魔獣の爪が迫り、倒れこむようにして間一髪で回避、転げながらも再び距離を取る。
魔獣は――ルシードを値踏みするかのごとく観察しているようで、追撃はなかった。
《ちょっと、何をやっているのよ!》
「わ、悪い、あまりの驚きに、足が止まってしまった」
《どうしたって言うのよ?》
「……こいつ、やばいぞ。トライホーン・ビートルよりも硬い。斬った時の手応えがまったくなかったけど、傷一つつけられなかった……今持てる全力で斬りつけたんだけどな。しかも、速さは仙気術を使ったテオ以上だ」
ルシードは最初の接触から、魔獣の強さを分析する。
魔獣はその体から発する音だけでなく、触れたものからも音を発しなくさせるようだ。
更には触れた側にも感覚を共有させるのか、ルシードは手応えを感じられず、まるで空を斬ったような錯覚に陥っていた。
《嘘でしょ!? この間あれだけの魔獣に遭遇したばかりなのに、どうなっているのよ!》
「俺も愚痴りたい気分だけど、何か策を考えてく――ッ!!」
《ルシード!》
今度は魔獣が先に動いた。ルシードは音もなく接近され、距離感が掴めなくなり、右爪での攻撃を必要以上に大きくうしろへ跳んで回避する。
魔獣もかなりの速さだが、それでもルシードの方が速く動けることだけが救いだった。
「だ、大丈夫だ」
《次が来るわよ!》
アルマリーゼに返事をするも、すでに魔獣はルシードの目前へと迫り、今度も大きく飛びのいて躱す。
《テーオバルトの知識に、使えそうなものはないの?》
ルシードの苦戦に、アルマリーゼはテーオバルトの知識を使うように言うが、ルシードもそれはわかっている。わかってはいるが……。
「……ない」
《……へ? テーオバルト――テオじいのことよ?》
アルマリーゼはルシードの言葉に驚いて返すが、ルシードもテーオバルトが自分の尊敬するテオじいであることはわかっている。
「それはわかってる。剣の振り方から、躱す時の体の動かし方まで、今もテオじいに頼りっきりだ。……でも、テオじいの若いころは戦術なんか必要としないくらい強かったみたいなんだ。基本的に力押しって言うか……テオじいのイメージ通り動けても、硬い魔獣相手には攻撃が通らないことが多い。きっと今の俺じゃ力が足りないんだ。だからテオじいの技術には頼れても、戦略や戦術的な意味では、その……役に立たない」
心で念じるようにすればアルマリーゼと会話ができることなどすっかり忘れ、ルシードは口を尖らせて言う。それを聞いたアルマリーゼも流石に絶句したのか、返事はない。
「それに――ッ!」
会話をしている間も魔獣は動きを止めずにルシードを襲い続けるが、ルシードは大きく動いて躱し続ける。
「それに! 年老いてからも魔獣と戦うことがなかったからか! 魔獣相手に使える手がない――この、調子に乗るな!」
ルシードは魔獣の攻撃を躱し、反撃するが、やはりなんの手応えも感じられない。
魔獣の脇を抜けるようにして位置を変え、攻撃した箇所を注意深く観察するが――
「……やっぱりダメか」
魔獣の体どころか、体毛の一本さえ斬り落とすことができていない事実に、背中に冷たいものを感じずにはいられない。
ルシードは魔獣を視界に入れながら周囲に目を配るも、使えそうな物は何もないと判断。
《……なるほどね。テーオバルトらしいと言えばらしいわ。あの馬鹿、昔っから力押しばかりだったもの。それでよくあなたたちに剣の稽古をつけられたものね》
「稽古と言っても、基本的な型や、武器の扱いが主な内容だったけどね。あとは……あ」
昔を懐かしむように言葉をこぼしたところで、ルシードはテーオバルトの授業を思い出す。
「……一応、試してみるか。アルマ、策を思いついた」
《本当に!?》
「ああ、通じるかどうかは、まだわからないけどね。……集中したいから、少し黙っててくれ」
《わかったわ!》
ルシードはアルマリーゼの返事を合図に駆ける。
狙いは左腕関節部分、トライホーン・ビートルには有効だった――が、これも傷一つつけることができない。再び魔獣の右爪をうしろへ跳んで回避。
「……まあ、関節も毛で覆われてるし、無理だよな。なら、次の手だ!」
ルシードは再度接近し、同じ左腕へと同じ攻撃を仕掛け、魔獣の反撃時の攻撃動作をうしろへ跳びつつ回避し、次の一手に繋がるポイントを探す。
これを数度繰り返し――
「よし、だいぶこいつの動きになれてきた」
音を出さない魔獣を相手に苦労はしたが、ルシードはやっとの思いで間合いを掴んだ。
そして、魔獣は常にルシードの動きを目で追っていることも。
ルシードは今一度、左腕の同じ位置へと攻撃を仕掛ける。当然、剣は通らないが、知能が低いとされる魔獣の動きも単調で、右腕を振りかぶり、爪での攻撃を繰り出してくるだけだ。
今度はいきなりうしろへは跳ばず、魔獣の右側、右腕を掻い潜り、魔獣の死角へと入ると、右手で懐の投げナイフを掴み、うしろへ跳ぶと同時、投げナイフを投擲する。
それと同じくして、ルシードは魔獣の死角から視界へと移動した。
魔獣はルシードを目で追い――その目に、タイミングを合わせた投げナイフが突き刺さる。
「――――!!」
魔獣は痛みで鳴き叫んだようにも見えるが、その声すらも聞こえない。
「……鳴き声も聞こえないとは徹底してるね。けど、弱点はわかった。流石に体内まで硬くないなら、手はある」
ルシードが思い出したテーオバルトの授業内容は、いくら硬い装甲を持つ者も、体内までは鍛えられていないということ。
テーオバルトの戦いに関する知識はテーオバルトの経験を元にルシードに受け継がれているが、テーオバルトが知ってはいても、必要とせずに使用しなかった知識は別だ。
テーオバルトの戦いの知識に頼るばかりで授業で習ったことを忘れていたルシードは、前回のトライホーン・ビートル戦で思いついた手も、本当はテオじいから教わっていたんじゃないか、と反省する。
ルシードは気を取り直して剣の切っ先に集中し、魔力を流す。
ナイフが突き刺さったままの魔獣の右目が見えていないのを確認するため、ゆっくりとした動作で、魔獣の死角へ入るように、右側へ円を描くようにして歩く。
ルシードのその動きに魔獣は体を大きく動かし、左目でルシードを視界に入れるように向きを変えた。
ルシードは魔獣の右側が死角になっていることを確認し終えたことで、魔獣への集中を高める。ここからは無駄な動きどころか、一つのミスも許されない。まずは魔獣の攻撃を誘ってから動こうと決める。
今度は魔獣の死角へは入らず、左側へとゆっくり歩いて近づく。
狙いは右爪での攻撃だ。
右で来い、と念じ続け、魔獣に集中、一挙手一投足をも見逃さないよう注意を払う。
そして、魔獣の間合いに入ったその時、魔獣が動いた。魔獣の攻撃は――右爪だ。
ルシードは狙い通り動いてくれたことに感謝し、自身も動く。
魔獣の右爪を魔獣の死角――右側へと必要最低限の動きで回避するように行動。魔獣の爪を紙一重で躱す軌道を取り――
《ルシード!》
アルマリーゼの叫ぶ声と同時、ルシードの右目の端に何かが映る。
――黒い矢だ。実体があるようには見えない。魔法で作ったものだろうか。セフィーリアが作り出した白い矢に似ている。魔獣に集中するあまり、見えていなかった黒い矢が、ルシードの右側から飛来し――魔獣の繰り出した右腕に当たった。
「なっ!? くっ!」
音はない。だが、黒い矢の威力は相当のものだったのだろう。黒い矢が当たったことにより、魔獣の右腕の軌道がズレた――ルシードの方へと。
紙一重で躱す予定だった魔獣の右爪は触れられた感触がないものの、ルシードの上着を切り裂く。
ルシードは痛みがないことに上着だけですんだかとも思ったが、魔獣の腕が通り過ぎ、ルシードの体から離れた瞬間、パキッ、バキッと嫌な音を立て、同時に腹が痛んだ。
「ぐっ――!」
今の音から察するに、肋骨が折れたのかもしれない。
それでも、ルシードは歯を食いしばって無視をする。
怪我を負ったことで、次も同じように動けるとは限らないのだ。ここは無理をしてでも予定通り行動する必要があると、ルシードは体を動かし続ける。
回避するそのままの勢いで魔獣の死角へと入り、痛む傷を我慢し、地面を強く蹴って跳躍。次に魔獣が右腕を振り下ろしたおかげで下がった右肩を蹴り、まるで宙を蹴ったような感触に違和感を覚えつつも、更に上空へ。
魔獣はルシードが右側へ移動して右肩を攻撃したと思ったのか、右へ大きく振り向き、ルシードを捜す――が、見失ったのか、首を動かし続ける。
「こっちだ!」
ルシードは叫び、自身へと注意を向ける。
その声か、もしくは腹の傷から滴り落ちる血によって、魔獣はルシードが上にいると気づいたのだろう。魔獣は空を見上げた。
ルシードは魔獣が空を見上げることにより、大きく開かれたその口へと、落下する勢いそのままに――剣を差し込む。
「――――――!!」
ルシードは魔獣が剣を飲み込むようにして体内へと突き刺したが、それだけでは死んでくれず、ルシードへと腕を伸ばす。
「くっ、大人しく――しろッ!」
ルシードは再び剣に魔力を流し、体重を乗せて根元まで沈み込ませる。魔力は剣を通して魔獣の体内へ。
「――!!――――!!」
流石の魔獣も体内奥深くまで突き刺されては耐えきれなかったのだろう。ルシードに伸ばした手が、寸でのところで止まった。
ルシードは見開かれたままの左目を恐る恐る覗き込むと――目に光がないことに安堵する。
そもそも魔獣を倒した際に、魔獣から能力を手に入れていたのだ。確認する必要もなかった。
ルシードがホッとしたのも束の間、魔獣の体がぐらりと揺れる。このままでは魔獣が倒れる拍子に巻き込まれかねないと思い、魔獣が倒れる方向と逆へと飛び降りる。
断末魔の声さえもなく死んだ魔獣が、今度は地面を揺るがすほどに大きな音を立てて倒れた。死んだことにより、能力が切れたのだ。
ルシードは魔獣の口に突き刺した剣もそのままに地面にへたり込むと、大きく息を吐いた。
「……ハァー。なんとか倒せた」
大きく息を吐き出すルシードの影から、アルマリーゼが現れる。ルシードの目には、心なしか普段よりも心配しているようにも見えた。
「ルシード、大丈夫!?」
アルマリーゼの声に、ルシードは傷の具合を確かめる。
爪で裂傷を受けたことで血は出ているが、骨が折れてはいないようだ。しかし、異音がしたのは確かなことからも、音の原因を確かめるために懐へ手を伸ばす。
すると、すぐに原因を見つけることができた。左の懐に入れていた投げナイフが三本とも折れていたのだ。これのおかげで軽症ですんだのかもしれない。
「ああ、大丈夫だ。ナイフが三本折れたけど、思ったより傷は深くない。それよりさっきの矢は――」
ルシードは最後まで言えない。
ぐらり、と視界が揺れたのだ。
「なに――」
気づけば地面に伏していたことだけがわかる。
「ルシード!?」
アルマリーゼの声に返事をしようとするが、ルシードの体は言うことを聞いてくれない。次第に、意識も朦朧としてくる始末だ。
そこへ、遠くから走り寄る足音。
ルシードは自分たちのいる場所へと誰かが走り寄ってくるのを、わずかに動いた目に留めたところで、意識を手放した――。




