024 双子の刺客
◆
昼食を終え、いきなり動くのはよくないと、ルシードたちは少しの休憩に入った。
「姉さん、お願いが」
「シャル? どうかしたの?」
「あの、できれば部屋で……」
「え、ええ、わかったわ」
シャルニアはセフィーリアを連れ、一度部屋へと戻っていった。
窓際ではテオとアルマリーゼが、食後のお茶を飲みながら雑談をしている。絵になる二人で羨ましい限りだ。
ルシードは昨日、オークウッド村へ向かう途中、少し眠った程度で夜通し村を探して歩いていたことを思い出し、昼食を食べたことで腹が満たされ、少し眠くなっている感がある。しかし。このあと予定があることからも、寝るわけにはいかない。
椅子に腰掛け、睡魔と戦うが、これがなかなかに手強い。
「――シードさん。ルシードさん」
ルシードが微妙に船を漕いでいると、誰かに名を呼ばれる声が聞こえる。
「大丈夫、俺は起きてる」
声が出たのなら問題ない、と思ったルシードは、あと五分だけ……とゆっくりと意識を――
「寝てるでしょ」
手放しかけたところで、別の声とともに頭に強い衝撃を受け、椅子から転げ落ちそうになるのを慌てて足で踏ん張る。
「ア、アルマさん! 頭にチョップなんかしたらダメですよ!」
「一回寝ると起きないんだから、完全に寝る前に起こしておかないと、朝まで起きないわよ」
シャルニアとアルマリーゼの会話により頭に衝撃を受けた理由を理解したルシードは、頭を押さえて薄く目を開け、文句の一つも言ってやろうとしたところで、一人の少女が目の前に立っていたことに目を見開く。少女の変容に、驚きで一気に目が覚めた。
「セフィ……じゃない、よな? え? シャル?」
「は、はい。どうですか?」
「髪――切ったんだ?」
「姉さんに頼んで切ってもらいました」
シャルニアは目元まで隠した前髪を、まだ目にかかる程度はあるが、短くしていた。長く伸ばした後ろ髪も、バッサリと切っている。
「うん、可愛いよ」
「えへへ」
「むぅ、私も髪切った方がいいですか?」
ルシードとシャルニアの会話に、セフィーリアが口を挟む。本気で悩んでいる様子だ。
「俺はセフィの髪型も好きだよ」
「そ、そうですか? じゃあ、このままでいようかな」
「ふふっ、二人とも単純ねぇ」
「それでは、お披露目も終わったところで、広場へ行きましょうか」
テオの声に頷き、ルシードたち五人は宿泊所から目と鼻の先にある広場へと向かう。
「まずは、僕たちのことから話しましょうか。僕たちは三人とも剣を使っています。父から基本的なことは教わりましたが、いつも忙しい方だったので、ほとんど我流になるかもしれません」
「おお、英雄レナードが師匠なのか、すごいな」
英雄直々に教わったという言葉に、ルシードは興味津々だ。
「いえ、本当に基本的なことだけですから。父に言わせるとテーオバルトさんの方が強かったと聞いていますし、僕はルシードの剣に興味がありますよ」
「え? そうなの?」
「……どうして私に聞くの?」
ルシードはレナードよりもテーオバルトの方が強いと聞かされ、ついアルマリーゼの方を向いてしまったが、精霊のことは内緒なのだと思い出す。
「あ、いや、ごめん」
「ふふっ、戦争は父が指揮を取っていましたが、主な戦闘はテーオバルトさんだったと、いつも言っていました」
ルシードは流石に謙遜だと思うが、英雄が言っていたと言うのであれば嬉しい限りだ。
「ありがとう、俺もテオじいのことなら、自分のことのように嬉しいよ」
「はい。あとは……そうですね、セフィは聖属性、シャルは風属性の魔法が使えます。残念ながら、僕は魔法の才能がないということもあり、剣のみです」
「……属性?」
「属性はご存知ありませんでしたか。そうですね、詳しく話すと長くなるので簡単に説明しますが、基本四属性に、火、水、風、土。それとは別に聖、魔、雷があり、人はどれか一つの属性を持って生まれてくると言われています。その生まれ持った属性が一番得意な属性と言えばわかりやすいですかね。基本的に両親のどちらかの属性か、生まれついた土地の属性になることが多いと聞きます」
アルマリーゼは魔法を使えるようだが、ルシードは詳しく聞いたこともなかったことからも、テオの説明は助かる。
「へえ、それは知らなかったな」
「このあたりの村では魔法を使える方がいませんから、知る機会がなかったのでしょう。魔法都市レーヴェがあるとは言っても、住人は街から出ないと聞きますし、エンバリーかダンヴァースの街でも見かけるかどうか……。アニスまで行けば魔法専門ギルドがあるのですが、エンバリーとダンヴァースには総合ギルドしかありませんしね」
テオの言葉に、マーカスも魔法使いは滅多に見ないと言っていたことを、ルシードは思い出す。
「説明に戻ると、属性には相性があります。火と水が相反し、風と土、魔と聖がそれぞれ相反します。火が風に、風が土に、土が水に、水が火に強いというのは聞いたことがあるかもしれませんが、そちらは錬金術の分野なので、今は忘れてください。魔法は属性と、それに相反する属性があると覚えておけば構いません」
錬金術のこともルシードは聞いたことがないが、今は放っておくことにする。あまり多くのことを説明されても頭に入れる自信がないこともあるが、それよりも気になることがあった。
「でも、それだと雷は?」
「雷は本当にレアで、使える者がいるのかどうか、僕にもわかりません。誰も見たことがない、だけど発電所で使用されているように、属性として確認されていることからも、存在はしているはずなのですが……」
「なるほど。それでセフィは聖属性、シャルは風属性が使えると」
「はい。魔法を使えない男性も属性は持っています。父が聖属性なのでセフィが、母が風属性なのでシャルがそれぞれ受け継いだようです。四属性と違う聖や魔は生まれにくいのですが、四属性に位置する風も、なかなか見ない属性なんですよ」
「そうなんだ?」
「暑い土地で生まれた者は火、寒い土地なら水、一般的な土地なら土とわかりやすく生まれやすいのですが、年中風が吹いている土地というのはなかなかありませんからね。母は魔法を使うような者ではなく、普通に一般家庭で育ったので、シャルが生まれるまで自分の属性も知りませんでしたし、母の両親とも違ったようなので、意外とそんな方がいるのかもしれません。ですので聖、魔、風はなかなか出会う機会がないのです。まあ、魔大陸と呼ばれる南の大陸には魔属性の方が多いようですがね」
その理屈なら自分は水属性なのだろうか、とルシードは想像する。
しかし、ルシードは専門外ということもあり、意外と難しい。聖、魔、風が珍しいとだけ覚えておけばいいだろう、と頭の隅へ追いやることにした。
「あとは……そうですね。属性には上位があります。火なら炎、水なら氷と。まあ、簡単に言えば火の温度が上がったり、氷を自在に扱えるようになったり、範囲や威力が増すと言ったところでしょうか。最後に言えることは自分の属性は一番覚えやすく成長も早いですが、相反する属性は覚えることも一苦労だとか。相反する属性を含め、基本四属性を扱えて、やっと賢者と呼ばれるそうですよ」
「それはまた気の長い話だ。是非とも女性陣には頑張って欲しいね」
「ふふっ、そうですね」
「ルシードさん! 他人事だと思って気軽に言わないでくださいよ。自分の属性だって、扱えるようになるのに一生がかりだって言うんですよ?」
「そうですよ。風属性は先生となる人も見つけにくいから、ほとんど独自に覚えていかなきゃいけないんですよ?」
ルシードは冗談のつもりで言ったが、セフィーリアとシャルニアを怒らせてしまったかもしれないと苦笑い。話を変えることにする。
「ごめん、ごめん。それで、セフィとシャルは何ができるんだ?」
「私の聖魔法はすごいですよ? 傷を癒したり、解毒なんかもできます。上位の光属性を扱えれば、闇属性の闇だって跳ね飛ばしてみせますよ」
胸を張ってセフィーリアは語る。
闇属性――魔属性の上位と言うことだろう。
「わ、私は風で相手を押さえつけたり、風で吹き飛ばしたり……まだ攻撃的なのはあんまり。風はレアな割りに、補助的な扱いが多いんですよ」
シャルニアは残念そうだ。
「それで、ルシードは剣の他に何か使えるんですか?」
「俺は剣の他に、投げナイフも使うかな」
テオの問いに、ルシードは現状使える武器を伝えておく。
「投げナイフですか。そちらもあとで見てみたいですね。アルマリーゼさんは何を?」
「残念だけれど、私は戦闘は専門外なの」
「わかりました。では、安全な場所にいてください」
「ええ、戦闘は任せるわ」
「それでは、軽く手合わせをお願いできますか?」
「あ、ああ」
テオは腰の冒険者カバンから木刀を二本取り出してルシードへと渡してくるが、英雄の息子と手合わせなど思ってもみなかった事態に、ルシードは緊張で体が硬くなっているのがわかる。
しかし、十メートルほどテオが離れ、構えた姿を見て、ルシードは思わず笑みがこぼれた。
その構えはヴィーノと対峙した時にルシードが使用した前傾型の構え。テーオバルトが攻めに転じる際に使用するものと、同じ構えだったのだ。
そこでルシードは、テーオバルトがテオの父――英雄レナードと同じく、騎士を目指す者が集まる学園で競い合ったと言っていたことを思い出す。同じ構えなのは当然と言えば当然なのだが、ルシードにとってこれほど嬉しいこともない。
何度か真似をしようとして基本が大事だと怒られたのも今は懐かしいが、あまり待たせるのも失礼だろうと、ルシードも構える。
ルシードも今は――本来のテーオバルトと同じ構えだ。テオが攻めならば、ルシードは守り。後方に重点を置いた構え。それを見たテオも、ニヤリと笑う。
思わぬ出来事に体の硬さは抜けてくれたが、このあとはどうしたものかと考えなければならない。
「いきますよ」
ルシードの考えがまとまらないうちに、テオが動いた。
テオの上段からの斬り下ろしを、ルシードは手に持った木刀で捌く。
今度は逆にルシードから様子見程度に軽くテオへ打ち込むが、これも捌かれた。
テオの動きは流石で、速い――がルシードには見えている。
このあとの展開はどうしたものか、ルシードは思いついたが、どのタイミングでやるかが問題だった。
何度か木刀を交わしつつ、タイミングを計っていると――
「やりますね。では……これはどうですか!?」
テオは一度間合いの外へ離れると同時、木刀を強く握り直すと、ルシードに向かって言葉を放つ。
見た目に変化はない。だが、先程までのテオとは何かが違う。
ルシードは違和感を覚えつつも、それが何かがわからず戸惑う。
その隙を突いて、テオが一歩、大きく踏み出して動く。
先程より数段速い動きでルシードに迫るテオ。その動きは、野盗の頭ヴィーノよりも速い。
だが、それでもルシードにはまだ目で追える速度だ。そして何より、体も動く。対処は可能だ。
作戦を実行するにはこのタイミングしかないだろう。
ルシードは作戦を実行するべく体を動かす。
「――ッ!」
勝負はついた。
「僕の勝ちですね」
「……ああ、参った。俺の負けだ」
ルシードは木刀を跳ね飛ばされ、尻餅をついて倒れている。
テオが差し伸べる右手を取ろうとルシードも右手を伸ばし――
「に、兄さん、何をやっているんですか!? やりすぎです! 手加減くらいしてください!」
「ルシードさん、大丈夫ですか!? 姉さん、すぐに手当てを!」
「ええ、わかってるわ。ルシードさん、打たれた手を出してください!」
そこへセフィーリアとシャルニアがすごい勢いで走り寄って来る。
「い、いや、そんな大袈裟な」
「ダメです! さぁ、手を!」
勢いに押され、ルシードは打ち込まれた左腕を出した。
「慈愛に満ちた聖なる力よ、彼の者の傷を癒す息吹に変えて、我が手に集え」
セフィーリアがルシードの痛めた箇所に手を当て、魔法を使うための呪文であろう言葉を小さく呟いた次の瞬間、温かい光が灯り、ルシードの左手から痛みが消えていく。
「これが魔法……凄いな」
「私が治癒魔法を使えて本当によかった。もう模擬戦は終了です! いいですね!?」
「あ、ああ」
セフィーリアに強く言われ、ルシードは勢いに押されて頷く。
「兄さんも!」
「い、いや、僕も本気を出さなければ、逆にやられていたかもしれないわけだし」
「そこは大人しく負けてください。年下相手に本気を出すだなんて、大人気ないですよ」
「……そう言われると、僕が悪かったかな」
テオも困った顔で了承する。
セフィーリアに左手を、シャルニアに右手を引いて立たせてもらいながら、ルシードはあらかじめ決め手いたセリフを紡ぐ。
「いや、流石だよ。最後のはまったく動けなかった。何をやったんだ?」
「仙術の一種で、仙気術と呼ばれています。内気術と外気術があり、今のは内気術を利用したもので、体内の気を体全体に巡らせて強化したんです。身体能力の向上や、防御力も上がりますよ。通常の三倍から五倍……達人にもなると、もっと強化できるとか」
「へえ、そんな技があるのか」
以前、アルマが言っていたテオじいが昔使っていたという技なのかもしれない、とルシードは思い起こす。
「女性の魔力が高いように、男性は体内に蓄えられる気の量が多いんです。魔法が使えない代わりに、体内の気を爆発的に開放したわけですね。父は大戦中にも使っていたそうですが、テーオバルトさんからは教わらなかったのですか?」
「似た感じの技は聞いたんだけど、テオじいは自分の感覚で使ってたみたいで、人に教えることはできなかったようなんだ。だけど、言っていた意味は理解できたよ。俺にも使えるのかな?」
先ほどのテオの動きは一瞬にして数倍の速さで動いて見せた。自分でも覚えられるなら覚えておいて損はないと、ルシードはテオに尋ねる。
「練習あるのみですかね。最初は体の中へ意識を向けて、おへその下あたりに手を当ててください。何か――僕も目に見えるわけではないので説明しにくいのですが、自分の体内に力の源のようなものは感じませんか?」
ルシードは言われてやってみるが、何も感じない。
「いや、何も感じない。才能がないのかな」
「ふふっ、僕も最初はそうでした。これも慣れが必要です。時間がある時は何か感じないか試してみるのがいいでしょう。何か感じた時は、全身へ血が巡るイメージに変えてください」
「わかった。やってみるよ」
「それではルシードさんの実力もわかったところで、役割を決めましょうか。戦闘になった場合は私と兄さんが前衛を務めますので、ルシードさんは援護をお願いします。シャルは魔眼を利用して遊撃かな?」
「はい、任せてください!」
セフィーリアはさも当然のように言い、シャルニアもそれを受けるが、ルシードは二人が前衛を務めることが心配だった。
「セフィが前衛で、シャルが遊撃? 危なくないか?」
「ふふふ、ルシードさん、私たちのランクをお忘れですか? 兄さんはD、私とシャルはCなんですよ。当然、近接戦闘でも兄さんより強いわけです」
「え? 本当に?」
セフィーリアの言葉に、ルシードは驚きで返す。
「はい、セフィもシャルも、僕と同じ要領で魔力を全身に漲らせて身体強化できるんですよ。仙気術よりも劣りはしますが、それでも二倍から三倍は速度も筋力も上がります。しかも羨ましいことに、武器に属性を付与したりもできるわけです。……まあ、その分、魔法の使用に制限がつくようですが」
「魔法使いは本体が弱いと思われがちです。ですので、真に強い魔法使いというのは、接近されてからが本番なんですよ?」
テオとシャルニアも補足してくれる。
魔力は便利なものだと、ルシードはしみじみ感じる。魔法は女性、身体強化は男性のみかと思いきや、なかなかどうして不公平なものだ。
「……わかった。そういうことなら前衛は任せるけど、無理はしないでくれよ」
「はい、大船に乗ったつもりでいてください」
こう大見得切って言われると逆に何かの前振りではないかと不安になるが、ルシードは信じるしかない。
「ああ。だけど、危険だと思ったらすぐに引くんだ。逃げることは悪いことじゃない。生きていれば、次がある」
「はい、頑張ります!」
セフィーリアもシャルニアも声を揃えて言ってくれるが、本当にわかっているのだろうか、とルシードは心配事が増えるばかりだ。一緒に行動するメンバーが増えることは嬉しいが、心配事も増えるのだと実感する。
そのあとは戦闘における対処法やシャルニアの魔眼を利用した新しい戦法などを話し合い、終了の流れへ。
女性陣は雑談タイム。今日の夕飯の相談でもしているのだろうか、とルシードが考えているところへテオが話しかけてくる。
「今日はありがとうございました」
「ん? 何が?」
「色々とありますが、シャルのことは特にお礼を言わせてください」
礼を言われるようなことをルシードはした覚えがないが、シャルニアのこととなると魔眼のことだろうか。シャルニアがテオに話してしまった可能性もなくはない。
「あの子は昨日まで本当に塞ぎ込んでいたんです。それがルシードたちに出会い、友人になれて本当に楽しそうだ。ルシードたちに出会えたことで、あの子の中で何かが変わったのかもしれません。魔眼を制御でき、見違えるように元気になった。人見知りだったはずなのに嘘みたいですよ。まるで別人のようにあなたたちに懐いている」
テオの言葉から、どうやらシャルニアの魔眼の制御にほんの少し手助けしたことは知らないようだとわかり、ルシードはシャルニアに疑ったことを心の中で謝り、テオに向き直る。
「それなら、俺も二つお礼が言いたいよ」
「……僕が、何かしたでしょうか?」
「俺は物心ついたころから、英雄レナードに憧れて育った。英雄レナードはきっとこんな人物なんだと勝手に想像したこともあったよ。そして……今日テオに会った。英雄レナード本人ではないけど、君は俺の想像した通りの英雄像だった。それが一つ。もう一つは……俺の中で今はテオじいが英雄なんだ。今まで英雄レナードに憧れておいて好き勝手言ってるなって思うだろうけど、テオじいは俺の村に色々な物を与えてくれた。小さな村一つ守って亡くなってしまったけど、俺が本当に目指すべきは、テオじいみたいな人だったんだ。世界を救えなくてもいい、辺境にある小さな村一つでいい、英雄になる必要だってない。俺はそんな人間になれればよかったんだって、思い知った。……そう思えたのが、テオじいが亡くなってからなのが悔しい。俺もいつかテオじいみたいな――」
それ以上は言わない。きっとこの夢も叶わない。だから口に出す必要はないのだと、ルシードは話を変える。
「そんな時に現れたのが君だ。英雄レナードがテオじいのことをどう思っているのか教えてくれて、今まで以上に誇らしく思えた。君はそんなテオじいの名を受け継ぎ、英雄になろうとしている。それがとても嬉しいんだ。だから、俺にもお礼を言わせて欲しい」
「そこまで言われると照れてしまいますね……。ですが、ルシードがテーオバルトさんのことをどう思っているのかはわかりました。ルシードに失望されないためにも、僕はこの名に恥じない生き方をしてみせますよ」
テオは少し顔を赤くしながらも、ルシードの目を見て真摯に言う。
「ありがとう。お礼を言わなければいけない理由が三つに増えた」
「それは困りました。僕も何か理由を考えておきますよ」
互いに笑い合う。
話し方の堅いテオではあるが、親しみやすい性格をしている。ルシードも英雄を父に持つことや、テーオバルトの話を差し引いても、テオには好感を持っている。
ここでルシードは、テオに聞きたかったが、なかなか言い出せなかった話しをすることにした。
「……テオは家を出てから、どうやってここまで来たんだ?」
「ふふっ、普通に馬車や、自分の足で歩いてですよ。他にも短時間で移動できる手段はありましたが、お金が必要ですし、何より父が愛したこの国を自分の目で見たかったんです。クライン領でギルド登録をすませたあとは、各領を歩き回り、自分たちの実力に見合った魔獣討伐などの依頼を受けて旅をしてきました」
「ギルドの依頼は魔獣討伐ばかりなのか?」
「いえ、色んな依頼がありますよ。ペット探しから、夫婦喧嘩の仲裁なんてのもあるくらいです。僕たちが主に魔獣討伐を選んだ理由は、力をつけるためでもありましたが、人間と比べ、魔獣は知能が低いことからも、戦いやすいといった簡単なものです」
テオはそこで一度区切り、少し気を落とした感じで続ける。
「一度、山賊討伐に参加することもありましたが……ひどいものでした。山賊側も討伐側も、まるで人の命は軽いとでも言わんばかりに散らしていくのです。僕は何もできず、妹二人を連れて隠れているだけでした。……僕には、人に迷惑をかけた山賊だからと、割り切ることができなかったんです。妹たちにもして欲しいとは思いませんでした。山賊と言えど、命は命。人を傷つけることへの罪悪感も相まって、僕は……まだ人を殺したことがありません。いつかそのことが理由で大事なものを守れないのではないかと、少し不安になる時もあります。それではいけないと思い、最後に野盗が関する依頼を受けたのですが、すでに退治されたと聞いて、心の底から安堵したのも事実です」
ルシードは会話から少しずつ聞き出していくつもりでいたが、テオは聞きたかったことの核心を突いてくれた。
テオは人を傷つけるのも罪悪感があると言う。
自分も最初はそうだった……はずだ、とルシードは考える。俺はどこで間違ってしまったのだろうか、と。
村で野盗を殺した時から? 村を出ると決意したあの日から? もしかしたら最初から――。
いくら考えても答えは出せないままであったが、今はそんなことはどうでもいい。
テオの言葉は、ルシードの期待以上のものだったのだ。やはり彼こそが英雄に相応しい。人を殺したことがあるかどうかではない。自分は憎しみから野盗を殺したが、テオは野盗と言えど、一つの命として考えているのだ。ルシードは、そう考えることのできるテオを羨ましく思い、嬉しく思う。いつかテオも人を殺す日が来るかもしれない。それでも、それはテオが決断したことだ。自分が口を挟むことではない、とルシードは考える。
「そうだね。いつか重大な選択を迫られるかもしれない。だけど、その日が訪れたとしても、今の気持ちを忘れないでいて欲しい。たとえ人を殺すことになったとしても、今の気持ちを忘れないことが大切なんだ。人の命を簡単に斬り捨てる者は、英雄になる資格はないと俺は思う。人の命の重さを知っているからこそ、英雄になることができるんだ」
「忘れませんよ。今日、この時、ルシードと出会ったことも、ルシードの考えを知ることができたことも、僕にとって、重要な意味があった。僕はこの思いを忘れることはありません」
テオは曇りつつある空を見上げ、言葉を噛みしめるようにして言う。
「……しかし、本当に困ってしまいました。僕はルシードのことをますます気に入りましたが、これはこれでどうしたものか……」
「ん? 何が?」
先程までとは違い、テオが本当に困ったふうな顔をするので、ルシードは聞き返す。
「これでは妹たちのどちらを応援してよいものか、僕には判断がつきません。どちらも応援してあげたいのですが……」
「ん? いや、妹ならどっちも応援してあげればいいんじゃないのか?」
「それはそうなのですが、うーむ」
テオは難しいことでも考えるようにしている。
その姿を見て、ルシードは考える。テオが自分を気に入り、妹たちのどちらかを応援――そこまで単語を並べたところで、気づいた。
「まさか……あの二人が、どちらが先に俺を倒せるか画策してるとかじゃないよね?」
二人が画策していることを知ってテオは黙っていたが、ルシードのことを気に入り、言おうか言うまいか悩んでいるのだと考えれば辻褄は合う。
「……ある意味、間違ってはいませんが」
ルシードはそれでも軽い冗談のつもりだったが、テオのまさかの肯定にショックを受ける。
セフィーリアとシャルニアとは少し仲良くなれたつもりでいたのだが、そう思っていたのは自分だけだったようだと。
「いえ、やはり二人のためにも、僕の口からは言えません」
詳しく話を聞きたいところだが、女性陣がこちらへと近づいて来た。時間切れだ。
ルシードは先頭を歩くセフィーリアに対して距離を置き、身構える。シャルニアにも気は抜かない。
「えっと……ルシードさん? 何かありました?」
「い、いや、なんでもないよ。俺は大丈夫だ」
「兄さん? 何か余計なことを言ったんじゃないでしょうね?」
「……兄さん?」
ルシードの態度を不審に思ったのか、セフィーリアとシャルニアの矛先がテオに向く。
「僕は本当に何も――」
「テオが、二人は俺の命を狙っていると言ったんだ」
「えっ?」
三兄妹の声が、綺麗に重なった。
ルシードは心の中でテオに謝る。テオが妹たちを裏切ったように見せることで、計画を白紙にしてもらうことにしたのだ。新たな計画が生まれないことを、ルシードは切に願う。
何はともあれ、有意義な時間だったとルシードは考える。
魔法について気がかりもあったが、テオが妹二人に囲まれ、正座でお説教を受けていることを含め、あまり考えたくないことからも、今は忘れることにした――。




