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精霊再起の簒奪者  作者: 芹沢歩
第三章
22/154

022 魔眼の少女

 ◆


 ルシードは宿泊所から遠ざかる姿を目で追う。

 ――シャルニアだ。

 このあたりでは見ない金糸の髪、遠目ではセフィーリアと見間違うかもしれないが、全身を覆い隠すのではないかと思われるほどの髪の量、更には肩を落として見える寂しそうな背中は、間違いようがない。

 そこでルシードはシャルニアのことを考える。

 シャルニアはその魔眼で友人も作れず、寂しい思いをしているはずだ。友だちになってあげたいが、魔眼のこともある。

 テオは確か魔力抵抗が高いか、本人の気の持ちようと言っていたが、自分は魔力抵抗があるだろうか。アルマリーゼが森一帯を闇に包んだ時は、アルマリーゼの目を借りるまで見えていなかった。そもそも男は魔力が高くないことからも、それだけで魔力抵抗は低そうでもある。


「……待てよ」


 ルシードはテオとの会話の途中、気になる点があったことを思い出す。テオは視線が合うと存在を忘れさせると言っていたが、ルシードはあの時、シャルニアの姿は見えたままだった。視線が合うではなく、合い続けるなのだろうか。もしかすると魔力抵抗が高く、レジストした可能性もなくはないが、あくまで可能性だ。

 あとは気の持ちようだが、この十二年間、シャルニアも努力したはずだ。ルシードが話しただけで前向きになれるとも思えない……。

 ルシードは考えることを止め、何か使えるものはないかと視線を彷徨わせ――自身のカバンに目を止めた。


「一芝居打ってみるか」


 シャルニアが自分にはできないと思い込んでいるのなら、逆もまた然り。騙すようで悪いが、やってみる価値はあるかもしれない。

 そうと決まれば決行だ。このあとは村長のところへ話を聞きに行くと言っていたテオについて行こうかとルシードは考えていたが、今回はシャルニアの方へ行くことにする。


 宿泊所を出て、シャルニアが歩いて行った方へと足を向け、シャルニアを捜す。

 シャルニアは――いた。

 普段は子どもたちの遊び場なのだろうか、小さな丘があり、シャルニアはその天辺に座っていた。

 今は森のこともあり、テオたちの調査が終わるまでは家を出ないようにしていると、ルシードは聞き及んでいる。ぐるりと首を回してみても、あたりにシャルニア以外に、人の姿は確認できなかった。

 当のシャルニアは、その前髪で視線こそわからないが、遠くを見ているようだ。

 何を見ているのだろうかと、ルシードもシャルニアの顔が向いている先に目をやるが、これといったものは何もない。もしかすると、何も見ていないのかもしれないし、ただ単に一人になりたかっただけなのかもしれない。

 ルシードは近づくだけで逃げられては困ると、気配を殺して忍び寄る。


「こんにちは」


 ルシードの声に、シャルニアはビクッっと体を大きく動かし、視線を合わせないようにルシードを見た。


「ごめん、まさかそこまで驚くとは――」


 シャルニアはルシードの言葉を最後まで聞かず、腰を上げて逃げ出そうとする。


「待って! 君の目を制御する方法を知っているんだ!」


 嘘だ。嘘だが、こうでも言わないとシャルニアは逃げてしまうだろうと、ルシードは声に出す。

 すると、狙い通りシャルニアは足を止め、ルシードへと振り返った。


「……本当に?」


 その聞き漏らしそうなほどに小さな声は、何かに縋っているようにも感じ取れる。

 これで嘘でしたとなれば、シャルニアは一生、ルシードを許さないだろう。なんとしても会話から好感度を上げねばならない。


「ああ、本当だ」


「ど、どうすれば!? どうすればいいんですか!?」


 今度は、はっきりとした大きな声。

 だが、ルシードとしては、いきなり本題に入られては困る。ルシードだって知りたいのだ。ここは話から何か引き出せないかと、話題を変えることにした。


「それには、まずシャルニアさんと話をしたい」


「話? なんの?」


 早く解決法を知りたいというのに、話をしたいと言われ、シャルニアも困った感じだ。決してルシードと視線を合わせようとはしないが、前髪からのぞく瞳が、少しばかり疑っているようにも見える。


「なんでもいい、シャルニアさんのことならなんでも。俺が知ってる方法が使えるかの、手がかりにもなる。……隣、座ってもいいかな?」


 ルシードの言葉にシャルニアは頷き、ルシードはそっと隣に腰を下ろした。

 シャルニアは何を話したものかと考えているのか、固まったままだ。そこでルシードは、自分から話題を振ることにする。


「それじゃあ、家族のこととか知りたいな」


「家族、ですか」


 シャルニアは家族について少し考え、語り始める。


「私の目のこともあって、お父さんは魔眼のことを色々と調べてくれました。家にいることは少ないですが、帰って来た時はいつも優しくしてくれて、昔話や、家を出てから帰って来るまでの話をしてくれます。お母さんにはいつもべったり引っ付いていました。お母さんは魔力抵抗が高く、私といても、私の存在を忘れることがありませんでしたから。兄さんも優しいです。武術の方はさっぱりでしたが、本を読んで色んなことを教えてもらいました。姉さんは……姉さんには、一番迷惑をかけています」


 シャルニアはここにいない父と母を思い出し、懐かしく思ったのか、表情を和らげて語ってくれるが、セフィーリアの名が出たところで、表情を曇らせる。

 だが、ルシードは話の内容を決めていなかったことから長話になってしまうかとも考えていたが、シャルニアの様子に、悪くない流れだ、と思っていた。言いづらそうにするシャルニアに、続きを促す。


「どうして?」


「私は学園に行っていません。……姉さんもです。姉さんは私と違っていつも元気で、好奇心旺盛で……本当は、学園で色々なことを学びたいはずなんです。だけど、私を一人にすまいと学園にも行かず、友だちが誘いに来ても断って……」


「良いお姉さんじゃないか」


「私には過ぎた姉です。それなのに私は、姉さんがいつ私のことなんて忘れて離れていくのかと、怯える毎日です。今日もアルマリーゼさんと友だちになって楽しく喋っている姉さんを見て、嫉妬してしまいました。私は友だちを作れないのに、姉さんは簡単に作ってしまうって。……私は最低です。目を潰す勇気もなく、姉さんの幸せも願えず、ただ甘えるだけ。どうして姉さんは私のことを放っておかないのでしょう。それだけが不思議でなりません」


 相手の立場に立って見れば自ずとわかりそうなものだが、当事者だからだろうか。

 それとも、ルシードは今、第三者の立場に立っているからこそ、わかるのだろうか。ならばそれを、教えてあげなければならない。


「なら、シャルニアさんは、セフィが誰からも忘れられて悲しい思いをしている時に、自分が一番側にいられると思っても、放っておくんだ?」


「そんなの、放っておくわけありません!」


 シャルニアの今日一番の大声に、ルシードは嬉しく思う。


「その言葉は、きっとセフィの言葉でもあるよ」


「そ、それは……だけど、私は姉さんに恩があるから言っただけで、姉さんの立場は違います」


「違わないよ。君たちは双子なんだ。きっとセフィには、シャルニアさんが他人に見えなかったんじゃないかな? ……物心つく前から一緒に育ったんだ。君は自分のことで精一杯だったかもしれないけど、セフィは何度も君の立場になって考えていたんだと思う。母親もいるけど、自分が一番側にいられる。そう気づいたに違いない。セフィが君の魔眼をレジストできると知った時は、心の底から喜んだはずだ。その時から――いや、その前から、セフィは君を放っておかないと決めていたんだ。きっと君が逆の立場でも、そうしたはずだよ」


 ルシードの言葉を聞いたシャルニアは、涙を流しながら遠くを見つめた。

 その姿を見て、ルシードはもう一押し必要だと考える。


「君に道を示そう。二つだ」


 シャルニアは、何も返してこない。

 ルシードの声にピクリと反応したものの、期待を込めた顔を正面に向けたまま、決して口は開かず、黙ってルシードの声に耳を傾けている。


「一つは、このまま何もしない。セフィはいるけど、友だちは作れず、一生を終える」


 二つの道があるからだろう。シャルニアは、まだ答えない。


「もう一つは、セフィとは一生会えなくなるけど、友だちは作れる」


 シャルニアは、これにも答えなかった。

 しっかりとルシードの声はシャルニアに届いたが、シャルニアは放心し、大粒の涙を流すだけだ。


「さぁ、選んで。君が決めるんだ」


 ルシードはどうしてもシャルニアの口から答えを聞きたかった。今のまま生きるのか、今まで側にいてくれたセフィーリアを捨ててでも、新しい人生を生きたいと願うのか。……その答えを。


「――その二つしかないんですか? それがあなたの知ってる方法? 私は……私はどっちも選びたくない! 姉さんとは離れたくないし、ずっと友だちが欲しいと思ってた! どっちかしか選べないなんて、そんなのって……ひどいよ」


 シャルニアは両膝を手で抱え、塞ぎ込んでしまう。

 もういいだろう。流石に十二歳の女の子をこれ以上泣かせるのは、ルシードも心が痛い。それに、シャルニアが家族を捨てられないと知れたことが大事だった。

 だが、問題はこれからだ。このあと、二つの問題がある。

 その賭けに勝てるかどうかは、ルシードにもわからない。


「そうか。なら、本題に入ろう。……第三の道だ。セフィと一緒にいられて、友だちだって作れる」


 ルシードの言葉を聞いて、シャルニアは抱き寄せた膝に埋めていた頭を勢いよく上げ、口を開こうとしたところで――


「魔眼の使い方は知っているね?」


 ルシードは先手を取るべく、先に動く。変に勘繰りを入れられては困るからだ。


「は、はい! 目に魔力を流して使います。そのあとは認識するだけ。……制御できていれば、相手の目や、姿を見る必要もありません」


 ルシードは方法を知らなかったことから、詳細に話してくれたシャルニアに感謝する。

 しかし、テオから説明を受けていたが、改めて聞いても強力な魔眼だ。目を見るどころか、姿を見る必要もないとは恐れ入る。これはちょっと分が悪いかもしれない、とルシードは焦りを覚える。

 だが、シャルニアの横顔を見ると、その表情は希望に満ちている。今更あとに引けるはずもない。

 ルシードは胸のポケットから、布に包まれたあるものを取り出す。

 それは、ルシードの宝物の一つであるスピリティア・ストーンだ。


「立ち上がって、両手を広げて出して」


 シャルニアは何も言わずに立ち上がると、両手を合わせ、広げてルシードへと向けた。

 ルシードはその手のひらに、布を開いて取り出したスピリティア・ストーンを乗せる。


「この石のことは、知ってる?」


 シャルニアは首を振って否定。それを見て、ルシードは安堵した。

 これで一つ目の問題はクリアだ。シャルニアがこの石を知っていたならば、他の方法を考えなければいけないところである。


「この石は、君の魔力を安定させてくれる石だ。この石を持つことで、君は魔眼を制御できるようになる」


「ほ、本当に?」


 これも嘘だ。この石にそんな効果はないだろう。

 それでも、ルシードは頷いてみせる。


「本当だ。さぁ、石を握って目を瞑るんだ。落ち着いたら、目に魔力を流して。できたら合図を」


 シャルニアは、ルシードに言われた通りに動く。


「で、できました!」


 シャルニアの声からは、まだ不安が感じ取れる。このままでは失敗するかもしれない。

 それに、二つ目の問題がある。これは賭けとも呼べないものだ。

 ルシードは覚悟を決め、努めて優しく話しかける。


「目を開いて、俺の目を見るんだ。俺を対象にしないよう忘れないで」


「……ぇ」


 ルシードの言葉を聞き、シャルニアの体が震えた。


「大丈夫、君はすでに制御できている」


「でき、ません。私には……無理」


 シャルニアの声は震え、どんどん小さくなっていく。

 ルシードはシャルニアの正面に回ると、シャルニアがスピリティア・ストーンを震える両手で握るその上から、安心させるように自分の両手で優しく包み込み、シャルニアの瞳が見えるように、自分の顔をシャルニアに近づける。


「大丈夫、俺を――石を信じて。君はできる。友だちを作るんだろう? これから先は、楽しいことが一杯だ。ここで目を閉じたままじゃ何も変わらない。……さぁ、目を開いて」


 友だちを作る。その言葉で、シャルニアは覚悟を決めたのだろう。唇を強く結び、ゆっくりと瞼を開いていく。


「……ぁ」


 ルシードとシャルニアの目が合った。シャルニアの青い瞳は、瞳の奥だけでなく全体が赤く染まっており、とても綺麗だ。

 制御できていなかった時は、瞳の奥だけが光って見えた。だが、今は瞳全体に赤い光りが灯っている。きっとこれが、制御できている証なのだろう。

 いつまでも見ていたいが、今はシャルニアに伝えなければいけない。

 ルシードはにっこり笑い、口を開く。


「ほら、大丈夫。俺は君を忘れてなんかいない。君は――ここにいる」


「……本当に? 私、制御ができてる?」


 いつもとは違った感覚に、シャルニアも制御できていることがわかるのだろう。赤く染まったその瞳から、再び涙があふれた。

 ルシードはシャルニアの頭を自分の胸へと抱き寄せると、その頭を優しくなでる。


「ああ、言っただろ? 君ならできるって。よくやった、これで君は、もう大丈夫だ」


 その言葉で安心したのか、シャルニアはルシードの胸に顔を埋めたまま、声を出して泣いた。

 嬉し涙だ、止める必要は感じない。


 それよりも、ルシードは内心ドキドキしていたことから、心臓の音がシャルニアに聞かれていないかと心配だった。

 結局、最後の賭けに勝てたかはわからない。ルシードは朝食の時、シャルニアと目が合ったはずなのに、シャルニアを認識できていた。シャルニアが制御に失敗した場合、魔力抵抗でレジストできる可能性に賭け、失敗しても成功と言って自信をつけさせる予定だったのだが、結果は成功に終わったことからも、あの時レジストできていたかはわからない。

 ただ、どうしてもルシードにはシャルニアを放っておくことができない理由があった。

 人から忘れられる悲しみは、ルシードが一番よくわかっている。一時的とはいえ、シャルニアも同じ悲しみを断続的に負っていることに、ルシードは行動せずにはいられなかったのだ。

 とはいえ、危ない橋ではあったが、勝算もあった。テオはシャルニアなら制御できると言っていたことだ。

 シャルニアを必要以上に追い詰めたのも、このためだと言える。要は気の持ちようだ。

 シャルニアに強迫観念を持たせ、魔眼の制御を成功させることで、負の感情を正の感情で塗り潰そうと考えたのである。負の感情が大きければ大きいほど、成功した時の喜びも、また違ったものだろう。

 自称演技派の母の血を受け継いでいることからも演技力に心配が残ったが、こちらの思惑が露見することなく上手くやれたと、ルシードは思う。失敗していたらテオとセフィーリアに殺されても文句は言えなかったが、次からは確信を持って行動に移した方が身のためだろう。


 しかし、本当に幸運だったのはルシードだ。

 本当ならば、シャルニアはルシードの話を疑い、信じようともしなかった。

 シャルニアは聡明で、安易に人を信じようとはしない。

 それでも、テオと旅を始めて二年――生まれてからの時間も合わせれば十二年にもなる。その長い年月をかけ、英雄と呼ばれる父をもってしても、なんの解決方法も見つからなかったのだ。

 自身の家があるクライン領から遠く離れた位置にあるハインドル領。最後に立ち寄った場所でも解決方法は見つからず、シャルニアは途方に暮れ、自分を保つのも限界だった。

 そんな時に現れたのがルシードだ。シャルニアに甘い言葉で囁き、まるで騙されているように感じながらも、何かに縋らずにはいられなかった。

 たとえルシードが悪魔だったとしても、シャルニアはルシードを受け入れるしかなかったのだ。そうでもなければ、ルシードの企みはすべてが裏目に出ていたに違いない。

 それでも、セフィーリアを切り捨てることだけはできなかったわけだが……それも含めてルシードは幸運だったと言って間違いはない。


 ◆


 どれほど経っただろうか、シャルニアは落ち着いたようだ。

 今はルシードの胸に埋めた顔を離し、照れくさそうにしている。今日会ったばかりの男の胸で泣いたとなれば、無理もない。


「ありがとうございました。こんなにしてもらって、私は何をお返しすればいいのか……」


「気にしないでいいよ。俺がしたことなんて些細なことだ。その石も君にあげよう。もし石が欠けたり、割れたりしてしまっても気にしなくて大丈夫。石は石だ、その形に意味はない」


「さっ、些細なことだなんて全然! それに、高価な物なんじゃ……。あ、あのっ、買い取らせてください! 貯金だってしてるし、足りなければ他になんでもします! なんでも言ってください!」


 ルシードは最初からプレゼントするつもりだったことからも、お金をもらうつもりはない。しかしこのあとのことを考えると、シャルニアにはしてもらわねばならないことがある。


「そうだな……なら、俺と約束してくれるかな」


「約束……ですか?」


「ああ。君には、俺とするいくつかの約束を守って欲しい」


 ルシードはシャルニアの目を見て言う。


「は、はい、なんでも言ってください」


 言われたシャルニアも、ルシードの目を見て返事をした。自分を変えてくれた恩人の言うことだ。どんなことであれ、聞こうと決めていた。


「まず一つ目の約束は『どうして?』って思っても、理由を聞いてはいけない。どんなことがあっても必ずだ」


「わ、わかりました。必ず守ります」


 ちゃんと目を見て返事をしてくれるシャルニアに、ルシードは嬉しい思いだ。今日初めて会った時からそんなに経ってないのに、ずいぶん成長したものだ、と。


「二つ目の約束は、君が魔眼の制御を成功させたことに、俺がかかわったことを誰にも言わないこと。君が人目を忍んで一人で練習し、できるようになったことにする」


「どうし――んっ!」


 ルシードがシャルニアの口に人差し指を当てて、口を塞ぐ。


「それは聞かない約束だよ」


 シャルニアは納得いかないようだが、口を噤んで頷いた。


「三つ目の約束は、青い石のことを調べないこと。だけど石を信じて、魔眼を使用する時には身につけること。最低でも君が十五歳になるまでは誰にも見せず、隠し持っておくんだ。誰かが同じ物をもっていても、聞いてはいけないよ。――ああ、もし十五歳になる前に自然と知ってしまった時は別にしよう。だけど、自分から調べようとしてはいけない」


「……わかりました」


 シャルニアは、何が違うのだろう、と疑問に思いながらも、頷いた。


「四つ目の約束は、三つ目の『もし』が起こったら、魔眼の使用時に石を使っていたことを思い出して、一つの答えを出して欲しい。俺は君が正しい答えを出してくれると信じてる。今は意味がわからなくていい。その時がくれば、自然とこの約束の意味がわかる」


「はい、わかりました」


「五つ目の約束は――」


「ま、まだあるんですか?」


 シャルニアは数が多いと口を挟んでくるが、ルシードも多いとは思っている。できれば、石をくれただけで恩着せがましい人だ、とは思わないで欲しい。


「これで最後だ。……五つ目の約束は、君が俺の友だちになってくれること。何も一番じゃなくてもいい。ただ、友だちになって、たまに喋ったり、遊んだりしてくれるだけでいい」


 五つ目の約束を聞いたところで、シャルニアの顔が綻んだ。


「はいっ、喜んで!」


 これでいい。きっとシャルニアは約束を守ってくれる。ルシードは満足気に頷いた。

 二つ目の約束は、テオたちにルシードが関与したと知られないためだ。自分たちが今まで頑張ってできなかったことを、今日会ったばかりのルシードがやってしまったと知れば、落ち込むかもしれない。それに、今回は彼らに会ったばかりであるからこそ、成し得たことだ。逆にお互いを知っていれば、シャルニアを騙すことはできなかっただろう。

 三つ目の約束は、シャルニアにスピリティア・ストーンの存在を知られないためだ。マーカスはそれほど希少な石でもないと言っていた。このあとすぐにでも調べられ、普通に店で売ってると知れば、ショックを受けるかもしれない。最悪、再び暴走する可能性もあるだろう。

 四つ目の約束は、シャルニアが何かの拍子に知ることになったとしても、それまでに幾度となく魔眼を使用していれば、自信もついているはずだと思ってのことだ。ただの石だと知っても、自分だけの力で制御できているのだと、同時に知ることになれば、何も問題はない。


「そ、それじゃあ、私のことはシャルって呼んでください! シャルニアって言いにくいですから! なんならニアでも」


 セフィとはやっぱり双子なんだな、とルシードは思う。

 これまた呼びにくいわけではないが、シャルニアがそうしたいならそうしようと、呼び方を変える。


「わかったよ、シャル」


「えへへ。あっ、そうだ!」


 シャルニアは左胸のポケットに石を大事そうに仕舞うと、何かを思い出したように腰のカバンから箱を取り出した。

 ルシードはそれを見て驚く。明らかにカバンの許容量を超えた箱が出てきたのだ。


「これ、よかったらどうぞ。私の家がある街でも有名なお店で、人気のお菓子なんですよ」


 シャルニアは箱を広げて差し出してくるが、ルシードはカバンが気になってしょうがない。


「そ、その箱、どうやってカバンに入ってたの?」


「え? あ、そっか、ルシードさんは冒険者ギルドには登録してないんですね。これは冒険者ギルドに登録すると無償で貸し出される魔法のカバンなんです」


 シャルニアはルシードに見えるように、腰を捻ってカバンを見せる。


「カバンの中に別の空間が広がっていて、大きな物でも入れられるんですよ。しかも、中の空間は時間が止まっているそうで保存にも使えますし、魔獣討伐で魔獣の死体を入れてギルドへ持って行けば、ギルド職員が魔獣の解体をしてくれるので、女の子には必須のアイテムです」


 これまでが嘘のように饒舌だ。おそらくはこれがシャルニアの本来の姿なのだろう。今までの鬱憤を晴らすように語り続ける。


「冒険者は色々と荷物がありますからね。これも持って行きたいけど、あれも持って行きたい。そんな願いを叶えてくれる夢のアイテムです。ただ、当然のことながら生きてる物は収納できないので、いつもペットと一緒、ってわけにはいきません。犯罪に使われていないかの確認のために、定期的にギルドに見せに行かなくてはいけませんし、何を入れていたかの履歴も残っちゃいます。もしもギルドに見せに行かなければ、自動的に指名手配されて他の冒険者に追われるので、注意が必要です。難しいことはわかりませんが、魔法と科学、あとは錬金術と……そっ、その、他にも色々な分野が集結して作られたって聞いてます。ごめんなさい、詳しく説明できなくて」


 魔法はともかく、科学はテオの説明の時にも驚いたものだが、これはそれ以上だ。錬金術というものは聞いたことがないが、今はいいだろう、ルシードの許容量を超えてしまう。十分すごいということだけは伝わってくる。

 ルシードの影の中はアルマリーゼの所有しているものしか入れられないが、それの上位版。契約しなくても色々と物を入れることができるとでも思っておけばいいのだ。アルマリーゼのように生きたものは入れられないようではあるが、ルシードとしても、喉から手が出るほど欲しいカバンである。


「い、いや、いいんだ。詳しく説明されてもわからないし、シャルの説明で十分だよ。そんな便利な物ができてたんだね。街の方じゃみんな持ってるの?」


「いえ、一般には高額すぎて買えません。冒険者には特別に貸し与えられるんです。本人認証があるので、誰かに盗られたりしても、盗った人は使えません。もちろん誰かに脅されて認証を解除しても、本人の意思がないと見なされて使えなくなります。その代わりと言ってはなんですが、国からの依頼はなるべく受けなくてはいけませんけどね。……ルシードさんも使ってみますか?」


「え? 本人の認証が必要なんでしょ?」


 ルシードがシャルニアの説明を興味津々と聞いていたことに気づいたのだろう。シャルニアはルシードにも使えると言うが、ルシードは意味がわからず、聞き返すだけだ。


「ふふっ、戦闘中は自分が忙しくて、パーティメンバーに使ってもらうこともありますからね。本人の意思で貸し出しを認めれば使えるんです。さっそくやってみましょう」


 シャルニアは腰からカバンを取り外し、ルシードの前へとカバンを突き出す。


「私の手の上から、カバンに手を乗せてください」


 ルシードは言われた通り、シャルニアの手の上に自分の手を重ねる。


「こう?」


 シャルニアが目を閉じた次の瞬間、カバンが一度だけ明滅した。


「はい、どうぞ」


「え? もう?」


「本人の意思だけなので、口に出さなくても大丈夫なんですよ。このお菓子の箱を入れてみてください。入れる時に対象のイメージを思い浮かべてカバンへ、出す時は順序を逆にしてください」


 言われてルシードもやってみるが、思っていた以上に簡単にできてしまった。お菓子の箱はするりと吸い込まれるようにして、カバンの口の中へと消えていったのだ。


「おおっ! なんだこれ!」


「それが冒険者カバンです。せっかくですから、今日一日貸してあげます」


「……いいの?」


 ルシードは期待を込めた目でシャルニアを見て、少し控えめに言う。


「特別ですよ? 心配していませんが、悪戯はしないでくださいね」


「わかってる、ありがとう。俺も街に行ったら、冒険者ギルドに登録しようかな」


 無償で貸し出してもらえるなら願ったり叶ったりだ。ルシードは冒険者になるだけで手に入るなら、早くなりたいものだと思う。


「それがいいですよ。そうしたら、一緒にパーティも組めますしね!」


 ルシードはパーティの単語で思い出す。


「パーティか。ああ、そういえばアルマとも話したんだけど、これからはテオたちと一緒に行動するつもりなんだ。よろしくね」


「ほっ、本当ですか!?」


「う、うん」


 シャルニアのあまりの剣幕に、ルシードは一歩後ずさる。


「えへへ、やったぁ!」


 シャルニアは座って抱え込んだ膝ごと体を揺らし、喜びを表現しているようだ。揺れと一緒に、目元まで伸びた前髪も揺れている。

 ルシードはシャルニアの額と前髪の間に手を差し入れ――


「せっかく綺麗な目をしてるんだから、もう少し前髪を切った方がいいかもね」


 言ってからルシードは気づく。失敗した、と。シャルニアが心を開いてくれていると思って、つい調子に乗ってしまったのだ。

 シャルニアはルシードに視点を定めたまま顔を真っ赤にして動きを止め、黙り込んでしまった。ルシードはなんとか取り繕おうとする。


「あ、いや、俺はその方がいいかなって思っただけだから、気にしないで」


 シャルニアの返事はないが、見る見るうちにその青い瞳が赤く染まり、更には金色へと変貌していく。

 ルシードがそれに気づいた時には、遅かった。シャルニアの姿はいずこかへと掻き消え、見えなくなっていたのだ。

 まさか魔眼が暴走したのではないか、とも思われたが、現にシャルニアの存在を覚えていることからも、ルシードには暴走していたとは思えない。

 それに、シャルニアの瞳は全体が赤く――いや、金色に染まっていたのだ。暴走ではないにしろ、なんらかの変化があったことは間違いない。

 では、いったい何が、と考えた次の瞬間――ルシードの体は地面へと押し倒されていた。


「……え?」


「意地悪なルシードさんに、お仕置きです」


 気がつけばシャルニアはルシードの上に乗り、ルシードの頬に両手を押さえつけ、そのまま顔を近づけてくる。

 魔眼を使って自分から見えなくしたのだとルシードが理解したのと同時、シャルニアは両手で――ルシードの両頬をつねっていた。


「ご、ごめん」


「……うう、私の意気地なし」


「ん? なんのこと?」


 ルシードはシャルニアの機嫌を取り戻そうと謝ったのだが、意味不明な返事をされて戸惑う。


「い、いえ、なんでもありません! そ、そろそろ帰りませんか!? お菓子はまた今度にしましょう! 黙って出てきたので、姉さんが心配になって捜しているかもしれませんし!」


 ルシードの問いかけに答えようとはせず、シャルニアは急いでルシードから離れ、誤魔化すように話を変えた。

 確かに妹思いのセフィーリアなら妹が一人になりたいと知っていたとしても、いつまでも放ってはおかないはずだ。

 だが、その前に、もう一つ聞いておかなければいけないことがルシードにはあった。


「その前に、もう一つ聞いてもいいかな? 俺には、シャルが俺の意識からだけ存在を消したのはわかったけど……シャルの目は赤色じゃなく、金色に光って見えた。いったい何をしたんだ?」


「金色……? あ、そうか。この目、本当は黄色だったんですね。赤のままだとルシードさんとお揃いだっただけに、ちょっとだけ残念です」


「黄色?」


 シャルニアには思い当たるふしがあるようだが、ルシードにはなんのことだかさっぱりだ。


「えっと、黄色というか、金色で間違いないです。ただ、魔眼はわかりやすいように、三つに分けられているんです。それぞれが赤、黄、青といった感じに」


「ああ、それで黄色か。……でも、赤色から黄色になったのは意味があるの?」


「はい、それぞれの色は魔眼の強さを表しています。自分へ……ではなく、相手に教えているようなものですかね。赤は危険、黄は注意、青は……あと戻りできない」


「あと戻りできない?」


 シャルニアの魔眼は本来赤色ではなく、自在に操れることにより黄色に変化したのだということは理解できたが、青い魔眼の説明に引っかかりを覚え、ルシードは問い返す。


「青の魔眼を持つ者と敵対すれば、ただではすまないといった意味です」


 言いづらそうに言葉を濁すシャルニアの姿に、ルシードは即座に理解した。


「なるほど……ね。赤は危険とすぐにわかり、黄は赤以上に注意が必要、青は……生きては戻れない、か」


「はい。まあ、そうそうお目にかかれるものでもないですけどね。私の知る限り、知人で青の魔眼を持っている人はいません」


「そうか……ありがとう、覚えておくよ。できれば敵として会いたくはないしね。青と言わず、黄も赤もだけど」


「ふふっ、そうですね。でも、私はルシードさんの味方ですよ。どんなことがあっても。これだけは覚えておいてくださいね」


「ああ、俺もシャルの味方だよ。どんなことがあってもね。それじゃあ、急いで帰ろうか。魔眼のことも早く教えてあげないとね」


「はいっ!」


 ルシードとシャルニアは並んで帰路に着く。テオたちの驚く顔が見物だと、悪戯心が湧いてくるのはどうしようもないだろう。

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