021 英雄の子供たち
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「それでは、募る話もあると思いますし、さっさと朝食を終わらせてしまいましょう」
ルシードとテオが敬称をつけずに呼び合う仲になったところで、セフィーリアが口を開いた。
「難易度が高いわね。早く焦がさない程度には成長して欲しいわ」
「アルマ! あなた、遠慮ってものを知らないの!?」
「友人に遠慮は必要ないでしょう?」
「くっ、本当に意地悪な人です!」
言葉だけを聞けば言い合いをしているように聞こえるが、二人の表情は笑っている。
そんな二人を――いや、ルシードたち四人を見つめる視線を感じ、ルシードは視線を動かす。見ているというより、眺めているといった表現が的確だろうか。まるで一人だけ遠くにいるような感じだ。
その視線の主――シャルニアは、目元を隠していることから表情を読み取りにくいが、悲しげに見え、しかしその悲しげな表情の中に、羨望が見える気もする。
ルシードがそんなシャルニアの前髪で隠れた瞳を隙間から見ていると――瞳の奥が赤く光って見えるではないか。
シャルニアの瞳は、テオやセフィーリアと同じ青だ。それなのに、赤く光って見える。
不思議に思い、その瞳へと視線を送っていると、シャルニアはルシードに気づいたのだろう。視線が絡み合う。
注意して見なければわからない程度だが、やはりシャルニアの青い瞳の奥が赤く光っているように見え――
ガタッ!
シャルニアは勢いよく立ち上がり、椅子を倒して逃げるように二階の部屋へと行ってしまった。
「……何か悪いことしたかな?」
ルシードには何が起こったか理解できない。何か機嫌を損なわせるそうなことをしただろうか。
いや、今日初めて会った女の子の瞳を凝視していれば、嫌われてもおかしくないかもしれない。
あとで謝りに行かなくては、と考えていると、テオが申し訳なさそうに切り出す。
「シャルは……魔眼持ちなんです。そのせいで人と視線を合わせるのを極端に嫌っているもので。ルシードのことを嫌って逃げたわけではないことを、知っておいてください」
「あら、魔眼なんてなかなかレアじゃない。普通は喜びそうなものだけれど、違うの?」
「魔眼?」
ルシードの記憶の中にある単語だ。いや、正確にはテーオバルトの授業で習うことはなかったが、テーオバルトから受け継いだ知識の中にある単語――魔眼。
その内容を思い出そうと自問するように呟いたのだが、テオはルシードが知らないことにより問い返したように感じたのか、簡単に説明する。
「目に特殊な能力が宿ることです。普通なら喜ぶところですが、シャルはその能力を扱いきれていない」
「なるほどね。魔眼の種類によっては、制御できなければ危険だわ。なんの魔眼なの?」
テオは少しの間、言おうか言うまいか考えたようだが、ルシードたちならば、と語ることにした。
「――忘却の魔眼です。視線が合った者に対して、意図的に自分の存在を忘れさせます。目で見ているにもかかわらず、そこにいないと思わせ、自分の存在を忘れさせるのです。……ですが、魔眼が暴走状態になると、視線を合わせなくてもその場にいる全員に自分の存在を忘れさせます。自分の存在していた記憶を忘れさせるのではなく、その場にいたことを忘れさせるだけなのは幸いでしたが……。今ではかなり落ち着いていますが、子どものころは本当に大変でした。生まれながらにして魔眼を有していたもので、生まれたばかりで魔力が弱かったことと、母の魔力抵抗が高くなければ、誰にも見つけてもらえずに死んでいたかもしれません。僕もシャルと目を合わせてしまうと気づけなくなるのが悔しい」
忘却の魔眼。誰かに忘れ去られるという気持ちは、ルシードも痛いほど知っている。
きっと友達と遊んでいても、その場にいることを忘れられるかもしれないと思えば、気が気ではないだろう。
そこでルシードは何か気になることがあったが、それがなんだかわからない。思い出そうとしている間にも、アルマリーゼたちの会話は進む。
「制御する方法はないの?」
「父も伝を頼って探しましたが、結局のところ、最後は気の持ちようだと。ですが、シャルは子どものころからの影響で、自分では扱えないものと思い込んでしまっているようなのです。今のシャルなら、問題なく制御できるはずなのですが……」
気の持ちよう。簡単なようで簡単ではないだろう。
シャルニアが過去を思い出すたびに、嫌な思い出ばかりが蘇ってしまうのだ。そう簡単に克服できるものではない。
「制御に成功すれば対象を絞ることもでき、忘却だけでなく、魔眼の範囲内の人間から見えなくしてしまう認識も意図的に分けて使用することも可能だとか。それに加え、魔力抵抗の高い者でも容易にレジストできないそうです。制御できれば、複数だろうと、目を見ることなく敵にのみ忘却をかけ、味方が戦闘している間、本人は認識されることなく自由に戦えますが、暴走している状態では、味方の攻撃に巻き込まれてしまうかもしれません。早くなんとかしてあげたいとは思っているのですが、良い方法も思いつかず」
男というだけでテオの魔力抵抗は低い。歯がゆい思いをしてばかりだった。
「そんなわけですけど、深く考えないでください。私も兄さんも、シャルのことを一人にするつもりはありません。私は暴走状態だとダメだけど、普段はレジストできますし、シャルだっていつかきっと克服してくれると信じてますから」
セフィーリアの言葉に、ルシードはそうあって欲しいと思う。何かしてあげられることがあればいいが、良い案は思い浮かばない。
「どうかルシードたちも、シャルには普通に接してあげてくれませんか? 目のことを気にしてか、学園にも通っていないので、きっと友達を欲しがっているはずなんです」
「そんなことならお安い御用だよ」
「私もよ」
次にシャルニアを見かけたら話しかけることから始めてみようと、ルシードは思う。まだシャルニアの口からは名前を聞いただけだ。きっと色んなことを話せば、すぐ友達にだってなれるだろうと気軽に考える。
そのあとは食事をすませ、雑談に入ったところで、セフィーリアが切り出す。
「ルシードさんたちも、私たちと行動をともにしませんか? 私たちは今、この村の警護に来ているのですが、それが終われば一度王都に戻るのもいいですし……兄さんもそう思いませんか?」
「そうだね、僕も歓迎だよ。他の領土はすべて回ったから、一度家に戻ろうかと考えていたところだ。父さんが王都にいるなら、先にそっちに寄るのもいいね」
セフィーリアの提案に、テオも乗る。
ルシードも悪い話ではないと思う。行き先が同じならば、一緒に行動するのはありだろう。
「悪くない話ね。でも、この村に長く滞在するつもりもないわ。あなたたち次第、と言ったところだけれど……村の警護は野盗に対してかしら?」
小さな問題は別としても、旅にかかわってくるような重大な問題は、アルマリーゼに決定権がある。アルマはなんと返事するだろうか、とルシードが視線を送ったところで、ちょうどアルマリーゼが口を開いた。
アルマリーゼはテオたちが警護に呼ばれた理由を尋ねるが、野盗はすでに全滅している。テオたちがこの村に来た理由が野盗から村を守ることであれば、彼らの仕事はすでに終わっていることになる。それならば、一緒に王都を目指せるだろう。
「僕たち次第と言うのであれば早く仕事をすませたいところですが、その質問の答えは半分正解、と言ったところでしょうか。もちろん野盗の被害から守ることも仕事の一つですが、最近、森の奥が何やら怪しい雰囲気だとか。普段見かける動物がいなかったり、森に入った者の話では森の奥から変な音が聞こえてくるとかで……その調査も含めています。僕たちは昨夜遅くにこの村に到着したので、このあと村長に詳しい話を聞きに行く予定です」
森の奥。その言葉に、ルシードは思い当たるふしがあった。あの時はレゾナンスウルフが現れたが、その前に変な音を聞いていたことを思い出したのだ。それに何より、レゾナンスウルフは何かに追われている感じもあった。
「アルマ、森で話していた時に変な音を聞かなかったか? そのすぐあとにレゾナンスウルフが現れたから、今まで忘れてたんだけど……」
アルマリーゼも聞いていたはずだと、ルシードは確認する。
「ええ、私も聞いたわ。すぐに聞こえなくなったから気にはしていなかったのだけれど、彼らの件に関係ありそうね」
「どんな音だったか思い出せますか?」
テオに問われ、ルシードはなんとか思い出そうと記憶を探る。もともと静かな村で育ったことから、たとえる物が少ないのが痛い。
「なんだろう……椅子に座った時に鳴る軋む音? いや、違うか。物をこすれ合わせる時の方が合ってる気がするかな」
「おそらく昆虫型の魔獣ね、それも大型。レゾナンスウルフはそれに追われて逃げていたのかもしれないわ」
アルマリーゼは物知りだ。ルシードは何かの音にたとえようとしてたのが、恥ずかしくなる。
「僕たちの依頼と関係がありそうですね。どのあたりかわかりますか」
「あの時は魔素の乱れで方向感覚を狂わされていたから場所までは……。レゾナンスウルフを倒したあとに村から上る煙を見つけてたどり着けたから、そう遠くもないとしか言えないかな」
「そうですか……注意が必要ですね」
「ところで、ルシードさんってどのくらいの強さなんですか?」
そこでセフィーリアが話に割り込むようにして問うてくるが、ルシードは実際、自分がどのくらい強いかなんて、聞かれてもわからない。
「強さ? うーん、何か基準とかあればいいんだろうけど……戦ったのは野盗とレゾナンスウルフぐらいだし」
「レゾナンスウルフはギルド協会で設定されている危険度だと、単体で下から二番目のFランクですね。最低ランクはGですが、これはこちらから手を出さない限り危害はないので、実質Fが最低ランクと言ったところでしょうか。通常群れをなすと一ランク上にランクアップするのですが、レゾナンスウルフは遠吠えで呼ぶ数が増えていくので、二ランクアップのDにランク付けされていますよ。このあたりの野盗ならF+相当でしょうか。レゾナンスウルフは群れになると脅威ですが、このあたりの野盗は数が多いと聞くので、一対多に持ち込めるなら十分に戦える相手ですしね」
セフィーリアの言葉を聞いてルシードは、なるほど、と受け入れる。ギルドが何かは不明だが、そのギルドとやらは魔獣にランク付けをして危険度をわかりやすくしているようだ。
「ギルドって何かしら?」
珍しくアルマリーゼが知らないと言い、それを見たセフィーリアは勝ち誇った顔をすると、
「ふふっ、アルマ、あなた知らないんですか? 常識ですよ? この村の人たちだって知っている常識」
煽るように言った。
しかし、アルマリーゼは平然として、
「あら? そうなの? ルシード……あなた、ギルドは知っていて?」
ルシードへと矛先を変えた。
もちろん知っている、と言いたいところではあるが、そうもいかない。
「いや、俺もギルドってのが何かわからないけど、その基準でいけば俺の強さはF+か、一個上のEになるのかな? レゾナンスウルフは遠吠えを使わなかったから単体みたいなものだったし、不意をついたからどれも一対一と変わらない」
「セフィ、聞いた? ルシードってばギルドも知らないらしいわ。常識よ、常識。こんなド田舎の村人だって知っている常識」
アルマは俺に何か恨みでもあるのだろうか、とルシードはアルマリーゼにジト目を送るが、アルマリーゼは気にしない。
「なっ! ア、アルマ、あなた謀りましたね!? ルシードさんが知らないのを知っていて、先に知らないと! ……い、いえ、ルシードさんは山の向こうから来たなら知らなくてもおかしくないですよ!」
「ふふっ、今のはセフィが悪いよ」
「す、すみません、確かに今のは私がいけませんでした。ひとまずルシードさんはEと勝手に認識させてもらいます」
テオに指摘され、セフィーリアは自分の過ちを認めたようだ。アルマリーゼは声を出しては笑わないが、ニヤニヤと笑っている。
セフィの数倍生きているのだから少しは大人になって欲しいものだ、とルシードは秘かに思い、自分のことへと意識を移す。
セフィーリアはルシードの強さをEランクと認識したが、ルシードに異論はない。他に戦った相手もいないのだ。慢心は禁物ということもあり、少し控えめな方がいいだろうと判断した。
今は負け知らずだが、お山の大将という言葉もある。セフィーリアより弱い可能性だって、捨てられないのだ。もっと上のランクだと言って、あとで恥をかくよりかは断然良かった。
「せっかくだから、セフィから説明してあげるといいんじゃないかな?」
「そうだね、頼むよ」
ルシードはテオの提案を受ける。セフィーリアは落ち着くためか、一つコホンと咳をして説明に入った。
「そうですね、それでは説明します。ギルドとは、戦後に設立された組合のことです。それぞれの目的に分かれて色々とありますが、大元は冒険者ギルドですね。更に分別していくと、近接系や魔法系とか多岐にわたって分かれていきますが、ただ所属が違うというだけで大元は同じなので、そこは気にする必要ありません。ギルドに属していると魔獣の素材を買い取ってもらえたり、便利なアイテムを無償で支給されたりと、恩恵を受けられるわけです。その代わり、私たち冒険者は街の住民などの依頼を受けたり、ギルドの要請があれば動かなくてはいけません。ちゃんと依頼に見合った賃金ももらえるので、そこは安心してください」
「へえ、そんな場所があったんだ。なら、その依頼を受けて、テオたちはこの村に来たってことだね」
「はい、僕たちは今回、村の警護と森の調査で来ました。依頼のランクはD。依頼主はこの村の村長です。僕たちは武者修行中……とでも言えばいいのでしょうか、各領地を回って自分を磨いているわけですが、アニスに立ち寄った際に依頼が届いていたので引き受けました。最初に届けられたのはダンヴァースですが、その領地内にある他の街のギルド支部にも、同じ依頼が張り出されます」
「他の街にも? それだと、同じ依頼を別の街で同時に受けたりしない?」
別の街で別の人間が依頼を受けるようなことになれば、現地で揉めるのではないかと、ルシードは質問する。
「それは魔電通信……えーっと、科学、はわかりますか? その科学で作られた通信装置にはそれぞれ番号が振られていて発電所、電気……は雷を例にあげるとわかりやすいですかね。雷を人工的に作り出す施設があるんですけど、魔素を取り込んでいるので、作られた雷には魔素が含まれているんです。その電気と呼ばれる雷を燃料にして通信装置は動くわけなんですけど、割り振られた番号を入力することで、電気の中の魔素を電波として変え、離れた相手と通信できるんです。それが魔電通信。魔法と科学の結晶ですね。それでギルドは連絡を取り合い、別々のパーティが依頼を受けないようにしている、というわけです……理解できましたか?」
テオは悪戦苦闘しながら、ルシードにもわかるように説明する。
しかし、テオは雷がわかりやすいと例に出したが、ルシードは雷というものを見たことがない。雷という存在は知っていても、村は雪や氷、水に囲まれているのだ。大人たちの誰かが雷雲が近づいていると一言言えば、子どもたちは家の中に閉じ込められてしまう。窓に近づくことさえ許されず、ものすごい音で睡眠を妨害してくる存在、という認識でしかない。
だが、テオが説明してくれているのだ。これにはルシードも期待を裏切れない。雷の存在は無視して、テオの話から想像できた物の名前を出す。
「……あれかな? 紙コップの底に糸を通して、離れていても相手の声が聞こえるっていう」
「あ、糸電話は普通にあるんですね。……ええ、その見解で問題ありませんよ。糸電話の糸がなくても、会話できる感じです」
微妙にテオのテンションを下げさせてしまった感はあるが、ルシードは理解できたことに感謝する。
「便利なものだね」
「はい。この地方では、ここから近いダンヴァースやエンバリーでも、ギルドくらいにしか置いてないでしょうが、アニスのような大きな街では一家に一台って感じですね。魔法都市レーヴェに住む研究者が開発されたそうですが、僕は行ったことがないので詳しくはわかりません。確かに便利なものですが、発電所からの送電が必要なので、村に置いても使えないのが欠点ですかね……。まあ、街でギルドにでも寄れば、目に触れると思います。ふふっ、きっと街へ行けば、驚きで一杯だと思います」
「それは楽しみだ」
話を聞くだけでも知らない物で溢れていそうだと、ルシードは胸を躍らせる。
「はい、兄さんの講義は終了です。今度はこちらに注目してください」
パンパンと手を叩き、セフィーリアが呼ぶ。
「話は戻りますが、依頼にはランクがあります。難易度が高いほどランクが上にあり、簡単なものほど、冒険者になったばかりでも受けられます。そこでギルドは冒険者にランク付けをして、ランクが足りない人は受けられないと判断するわけです。ランクを上げるには依頼の完遂度で自動的に上がったり、ギルドで試験を受けて上げる二種類があります」
そこでセフィーリアはルシードに視線を送り、胸を張る。
「ちなみに私とシャルはCで、兄さんがDです」
「ん? テオの方が低いんだ?」
ルシードはセフィーリアの口から出た言葉に驚いて、テオを見る。
「はい、僕が武者修行をしている理由でもあります」
「兄さんは、父さんも初めての子ってこともありまして、それはもう大切に育てられたんですよ。箱入り娘ならぬ、箱入り息子ってやつです。そのまま成人を迎えて、父も流石にこれはまずいと思ったのか、冒険者になるよう薦めて、兄に稽古を。そこでやっと兄も腕を磨く気になったと言いますか……私たちは逆に兄さんを見て育ったのと、シャルの目のこともあり、魔法の勉強をしていました。ちなみにですが、冒険者には私たちくらいの女の子はゴロゴロいますよ。魔獣なんかは剣で戦うより、威力が低くても遠くから攻撃できる魔法の方が便利ですし、色々と使い勝手も良いので、ランクの上がりも早いですからね」
そこでセフィーリアは腕を組んで難しい顔。少し愚痴っぽい口調に、
「まあ、若い冒険者が増えた原因に、もっと年上の冒険者は魔大陸で強力な魔獣や、魔素の乱れで空間が歪んだ洞窟、迷宮と呼ばれる場所でお宝の探索などに出ているせいもありますね。成人を迎えてからって時代は終わり、今は街の依頼なんかは若い子たちばかりが受けているのが現状です。……ただ、魔獣との戦闘で死んだとしても、自己責任にはなりますが……」
最後に少しだけ寂しそうに語った。もしかすると、同年代の友人が亡くなったことがあるのかもしれない。
「ありがとう、色々知れて助かったよ」
ルシードの経験上、こういう時は頭をなでてあげると良いのだが、今は机が邪魔でできそうにもない。
「はい! まだ何かあれば遠慮なく聞いてください!」
その必要もなく、元気が戻ったようで良かった、とルシードは思う。
「僕も父について世界を回りたいって気持ちはあったんですが、あまりに大切にされるものだからなかなか言い出せず……結局、成人を迎えたあとになってしまいました。しかし、冒険者になれたのも束の間、なかなか剣の腕が伸びないこともあり、旅に出ると言い出した僕を心配した両親がお目付け役として、妹二人を監視の意味も込めて寄こしたってわけです。僕も例に漏れず、父のような英雄になりたい一心で頑張っているんですけどね」
最後に、テオが自分について補足をした。
『英雄になりたい』その言葉に、ルシードはテオと村を出る前の自分が重なって見えた。
ルシードは笑い――
「そうだね。俺もテオに英雄になって欲しい。応援するよ」
自分にはなれなかった英雄に、テオになって欲しい、と心から願う。
「ふふっ、ありがとうございます。ですが、僕もルシードを応援していますよ。ともに英雄を目指す仲間であり、ライバル。……ルシードとはどちらが先に英雄になれるか、競争です」
その言葉を受けて、ルシードは不敵に笑う。
「ああ、負けないよ」
本心とは裏腹に、嘘を言葉にした――。
◆
テオたちとの話は終わり、ルシードは服を着替えて脱いだ物を洗濯し、割り当てられた部屋へと、荷物を置きに向かう。
部屋に入るとベッドが一つと、机と椅子があるだけの小さな部屋だったが、仮宿として泊まるなら十分だろう。
この部屋が最後の部屋だったことからもアルマリーゼはルシードと同じ部屋でも構わないと言ったが、セフィーリアがシャルニアと同じ部屋に移ると言い出したことにより、アルマリーゼには隣の部屋が割り当てられた。そのアルマリーゼも今はルシードの部屋へと来ている。
しかし、アルマリーゼにはお願いがあったことからもちょうどいい。ルシードは口を開く。
「アルマ、一つお願いがあるんだ」
「お願い? 何かしら?」
「テオたちのことだ。アルマはこのあと一緒に行動するかは彼ら次第と言ったけど、できれば彼らの仕事を見届けたい。できれば……そのあとも」
「いいわよ」
思っていたよりも簡単に了承が取れたことに、ルシードは拍子抜けする。
「あ、ありがとう。それと、一つ確認しておきたいんだけど、テオたちにもアルマが精霊だってことは秘密にするのか? 彼らの素性を知った時にも、わざと隠しているように感じたんだけど」
「ええ、秘密にしてちょうだい。彼らには話さないつもりよ」
「どうして? アルマのことを知れば、彼らも喜ぶんじゃないかな?」
父を英雄に導いた聖剣だ。その子どもとしては出会えたことを喜ぶはずだと、ルシードはアルマリーゼに意図を問う。
「彼らに知らせた場合、もしかすると私たちよりも先に王都へとたどり着き、レナード様に私のことを話すかもしれないでしょう? レナード様には私が直接会って驚かせたいのが理由だったのだけれど……私も彼らを少し見ていたくなったのも理由の一つね。私が精霊と知れば、良いところを見せようと、普段の姿が見られなくなるかもしれない。英雄を志す勇者にとって、精霊から剣を授かることはとても栄誉なことなの。レナード様の息子と言えど、例外とは言い切れないわ。一緒にいれば自分にも剣を授けてもらえる、そう勘違いして進むべき道を間違えてもらっては、意味がないもの」
自分が一番に報告して驚かせたいとは子どもみたいだな、とルシードは苦笑するが、アルマリーゼがテオに抱いた思いには一理ある。
テオなら大丈夫だとルシードは思うが、自分の存在が英雄になれるかもしれない人間を間違った道へと誘うのは、アルマリーゼも本意ではないだろうと了承する。
「わかったよ、それなら俺も秘密にしておくよ」
テオにアルマリーゼのことを教えられないのは残念だが、これで今後の予定は決まった。
これからはテオたちと行動をともにし、彼の手伝いをしようと、ルシードは張り切る。
「私も一つ確認しておきたいのだけれど……」
ルシードが決意を新たにしたところで、アルマリーゼはルシードの目を見て言う。
「あなたはテオと話をしている時にこう言ったわ。『俺も英雄に憧れた一人』と。普通は疑問に思わないでしょうね。……でも、私は気になった。『俺も英雄に憧れる一人』ではなく、『俺も英雄に憧れた一人』。過去形に聞こえたのだけれど……あなたは、もういいの?」
アルマリーゼの言葉は間違っていない。ルシードは、もう英雄になりたいとは思っていなかった。
この村へ来る前に、ルシードは『英雄になる資格はない』と言ったが、正確には『英雄になる資格を失った』が正しいと言える。野盗を殺したからではない。――あの時、テーオバルトを殺して能力を奪った時に失ったのだと、ルシードは結論を出していた。
テーオバルトの能力を受け継ぐ前とは比べ物にならないほどに、ルシードは強くなった。しかし、しょせんは借り物の強さだ。本当の自分が弱いことは、ルシードが一番、理解していた。
人の能力で強くなったからといっても、ルシードはそれを本当の強さと認めるわけにはいかない。ルシードは自分の力で英雄を目指すことはできなくなったのだと、結論を出した。
だからこそ、テオが英雄になりたいと言った時、ルシードは彼の手助けをしたいと思ったのだ。
「いいんだ。言っただろ? 大人になるって。大人は望んだからって、誰もが英雄になれるわけではないことを知っている。それに、本当は英雄になりたかったわけじゃない。子どもが将来の夢を語るようなものさ。子どものころに見た夢も、大人になる過程で別の夢になったり、忘れ去られてしまう。本当に夢を持ち続けられるのは、一握りの人間だけ。その一握りだけが、本物になれる。……俺は子どものころの気持ちをあの場所に置いてきた。今はテオになって欲しいし、彼なら英雄になれると信じてる」
「私には、彼がレナード様の子どもであることと、テオと名乗っていることに流されている気がするのだけれど?」
「たとえそうだったとしても、俺の気持ちは変わらないよ」
「そう。あなたがそれでいいのなら、私から言えることは何もないわ」
アルマリーゼの言う通りだろう。きっと英雄レナードの息子が、テーオバルトの名を継いでいるのが一番の理由だ。
だけどそれでいい。だからこそ、テオに英雄になって欲しいのだと、ルシードは思う。
「ふふっ、ところで話は変わるけれど。あなた、セフィのことはどう思っているの? ほら、好きだ、とか恋人にしたい、とか思わない?」
アルマリーゼは急に悪戯っぽい顔になったと思えば、変なことを聞いてくる。
「セフィ? 良い子だとは思うけど……どうしていきなりそんな話になるんだよ。今日会ったばかりで、そんなこと思うわけないだろ?」
「あら、セフィはそう思っているかもしれないわよ?」
「それこそありえない。俺は一目惚れの存在は否定派なんだ」
ルシードは一目惚れなど信じてはいない。
物語の登場人物たちが出会った瞬間に一目惚れという謎の現象に見舞われるのも、文字数という大きな問題があるからだ。作者にとって限られた文字数で主人公とヒロインを結ばせるには、書きたくても書くだけの文字数を割けないがために、妥協するしかなかったんだろうな、と解釈して読み進めることにしている。
当然、セフィーリアがルシードのことを好きだと仮定してくるアルマリーゼの言葉も、からかっているのだろう、とルシードは判断した。友人としてはあるだろうが、異性としてはないに決まってる、と。
「そうねぇ……ほら、料理を褒めたじゃない? それで好きになったとか!」
「ありえないね。料理を褒めたくらいで異性として好きになってくれるなら、誰も苦労はしないよ。カルロとクララだって、とっくに恋人同士だったかもね」
「む、手強いわね」
「その程度で俺をからかうには、十年早いよ」
ルシードは胸を張り、ニヤリと笑う。アルマリーゼは悔しそうだ。
「仕方ない、セフィでもからかいに行くわ」
「仲良くしてくれるのはいいけど、喧嘩はしないでくれよ」
「わかっているわ。それじゃあ、またあとで」
アルマリーゼは部屋から出て行った。
なんだかんだ言っても、アルマリーゼもセフィーリアを気に入っているのだろう。
自分はどうしようかとルシードは考え、何気なく窓の外へと視線を落とす。
すると、この宿泊所から遠ざかっていく人物が見えた。




