お姉ちゃん
受付での発覚にリンゴちゃんがちょっぴり取り乱しちゃったけど、そういう所もまたご愛嬌。
むしろお姉さんへの愛が感じられたから高得点。おまけでボーナスあげちゃうぞ♡
そんなわけで。
すぐに職員によって事情を説明された私達は、一般患者は進入禁止区画である最上階。
七階──の所謂VIP用のフロアへ向かう専用のエレベーターに案内され、上がってる最中よ。
安全と健康を考慮して、本当は階段が良かったのだけど、清掃中らしかったから仕方ない。
どうせ金持ち連中はエレベーターさえ生きていれば問題ない生態なのだし、間が悪ければ、そういうことだってあるわよね。
「ま、まったくもう! 急に移動って何なの!? お姉ちゃんが許可したって何!? なんで私に連絡来ないわけ!? 」
「どうどう、静かにね。リンゴちゃんが家にいなかったからじゃないの?」
「そうですねはい! 私がいなくて悪かったんですよ! いつだってそういう軽い女だよ! ふんだっ!」
プリプリ頬を膨らませちゃって、まったくもう。
そういう精一杯被った大人の仮面から垣間見えちゃう内側、可愛すぎてこっちがまいっちゃいそう♡
……とはいえ、こういう緊急時の連絡が通りにくいのだから、やっぱり携帯電話がないのは不便よね。
この街、技術やら発展は外にも負けないし、神秘込みで凌駕している部分だってあるのに、基本的にお家の固定電話かお手紙か、あとは鳥やら猫やら何やらか。
連絡取り合える神秘もあるにはあるけれど、非常に希少で高値だから裏でも数は僅か。おまけに連絡するには一セット、つまりは二つ必要なんだから困ったものよ。
……ま、今回はそもそも犯人なんて一目瞭然。
病室を移せるほどに手を回せる力があるのに、どうしてか病院から運びだそうとしていない。
身柄の確保というよりかは保護。そんな真似をする心当たりは生憎一つしかないのだし、焦る必要なんてこれっぽっちも存在しない。
「まあ大丈夫だと思うよ? もし悪意があったのなら、とっくに病院から移しちゃってるはずだから」
「……根拠」
「ノノの勘♡ 巷じゃ結構当たるって評判よ?」
「当てになんない!」
ごもっとも。もしも逆の立場だったら、きっと私もそう思うでしょう。
そんな雑談をしていると、あっという間にエレベーターは七階へと辿り着き、ゆっくりと扉が開く。
廊下は一般の患者がたむろう下の階層とは大きく異なっていて、まるで別のお店に来たみたい。
カーペットまで引かれてる廊下は、まるでどこかの高級ホテルの廊下と思えちゃうほど。
エレベーターではあんなに騒いでいたリンゴちゃんも「ふわぁ」と口を開け、声を失ってしまっている。可愛いね。
とはいえ、いつまでも呆けさせておく暇があるわけでもなし。
軽く背中を叩いて正気に戻してあげてから、場違いな野良犬の土足で踏み進めていく。
看護師さんから聞かされた病室は、この階層の一番奥だけど……んん?」
歩く最中、私の耳が僅かに拾ったのは、心地良い静寂の中でほのかに響く、鈍い不協和音。
聞こえる人にしか聞こえない程度ではあるけれど。
それでも聞こえたVIPの方々からそれはそれはな苦情の一つでも飛んできそうな、私達の足音とは異なる音。
「なっ、なっ!?」
「あらら?」
その正体は、至ってシンプル。
曲がり角を曲がり、ちょうど目的地である病室がある廊下へ差し掛かったとき──私達二人の目に、それは遺憾なく広がっていた。
音の正体は人。
正しく言えば、だっさいヘビ柄のスーツを着た複数人が床に転がり、僅かに呻きを上げる音。
恐らく最後まで立っていたであろうスーツの男の首根っこを片手で掴み上げる、赤いスーツの美女。
「……おや」
リンゴちゃんが警戒で身構える中。
赤スーツの美女は私達に気付いたのか、掴んでいた男を雑に落とし、道を作るように足で端へ寄せ。
そしてスーツの埃を払うかのような仕草を見せてから、こちらへと一礼してみせる。
敵意はない。少なくとも、今の所は。
「これはこれはリンゴちゃん様。 そして“蒼斧”様ですね。まさかお越しになられるとは。お目にかかれて光栄です」
「……えっと、誰?」
「失礼。私はアカネ。この度は貴女様方の依頼の最中、リンゴちゃん様のお姉様の護衛のために『城』から派遣された者です。どうぞお見知りおきを」
はあいと。
周りに流されず、なるべく気さくに声を作って掛けてみると、赤髪赤スーツの美女──アカネは凜々しく自己紹介してくれる。
裏の野卑で粗暴な連中からは中々見られない、公僕って感じの綺麗なお辞儀。まさに『城』の女って感じの美女で高得点よ。
……にしてもこの美女、なんか妙ね。
少なくとも、こんな所でおっぱじめたくない程度ではあるってことくらいかしら。
けれど、どうにもどのくらいかっていう輪郭がいまいち掴みあぐねる。
大きいような、小さいような、とにかく形が曖昧。こんな感覚を覚えたの、初めてでドキドキしちゃう。
『くっくっく! こいつはド級にやべえな! ちょっかい出すのはやめときなよ、ご主人様!』
うっさい夜魔。
別に戦闘狂ってわけじゃないし、こっちから手を出そうだなんて気、微塵もないっての。
……それにしても、流石は『城』。
この分だと強くて可愛い娘をしこたま侍らせてそうね。なんかむかつくわ。羨ましい。
「信じて大丈夫そうよ、リンゴちゃん。……それにしても、へえ、ふうん、へえ?」
「う、うわぁ……! ひっろ……!!」
アカネちゃんに軽く挨拶しつつ、戸を開け部屋へ入れば、中はとっても広くて綺麗な部屋。
何より下の一般病室と違うのは、部屋の清潔感。
そして高そうなベッドは当然として、高そうなソファにこれまた高そうなインテリア。権力者や金持ちが体の良い隠れ家として選びがちな、まさにって感じのVIPルーム。恐らく一般的な水準で育ってきたであろうリンゴちゃんが呆気にとられるのは無理ないわ。
恐らく一泊泊まるだけで数万から数十万……うん、身震いするほどの無駄遣い。
私としては、こういう高そうな場所は可愛い娘をお持ち帰りしたときに泊まるくらいで十分かな。
……ああもちろん、他人の財布を当てにしていいのなら大歓迎だけど。嫌なやつのなら尚更ね。
「どうだい妹よ! 驚いただろう? 驚いたよな! だってあたしが一番驚いてるからな! はーっはっは!」
荘厳なるVIP病室に、二人でそれぞれ感想を抱いていたときだった。
病室内に、一際高らかに響く声。
誰かと思い意識を声の方向──ベッドの方へ向ければ、そこにはドヤ顔で構える一人の少女の姿が。
リンゴちゃんの綺麗な赤髪とは異なる、褪せた赤髪。華奢なリンゴちゃんよりも、一回り肉付きの薄い彼女。
けれど病人とは思えないほど、力強い目と声。
顔立ちはリンゴちゃんに似ていながら、別人だとすぐに分かる。そんな彼女は、剥かれたウサギ型のリンゴの載った皿を片手に乗せながら、ニヤリと浮かべていた。
「お、お姉ちゃん!? 起きてて大丈夫なの!?」
「おーよ愛しの妹よ。平気平気。今日はお姉ちゃん、どうしてか調子が良くて困っちゃうくらいだぜ? おまけにこんな馬鹿高そうな部屋に移動させられて、挙げ句リンゴを向いてくれる美人な護衛付きとくりゃあもう絶好調も絶好調! むしろあたしが抜けて、すっかり彩りをなくしちまったボロ家に置いて着ちまった妹の方が心配になっちまうくらいよ!」
驚愕しながらそばへと駆け寄り、空いていた手を取るリンゴちゃん。
ベッドの上の彼女は、そんなリンゴちゃんにやれやれと首を振りながらもお皿を置き、背中へ手を回して受け入れる。
たったの一瞬。けれどこれだけでも嫌が応にも突きつけられてしまう、二人の仲の良さ。
無謀であったとしても、藁に縋るような希望だったとしても。
それでも眉唾な都市伝説を頼りに、『城』へ潜ろうするのも納得してしまえるくらい、眩しい光景。
……いいものね。ええ、本当に。
「それでそちらさんは? 随分と……うん、結構なほどえっちなお姉さんを連れてきたじゃないかい? もしかして……これかい?」
「えっ!?」
「ええもちろん。ノノはノノ。こんなにも可愛らしいリンゴちゃんの彼女よ。ところでリンゴちゃんのお姉さん。今度機会があったら、ノノといいことしてみない?」
「ふぁ!?」
「おおっ、美人のお誘いたぁ嬉しいねぇ。あたしはラン。妹の彼女であろうと関係ねえ! 機会があったら、是非あたしと楽しもうぜ?」
「…………」
「…………」
『へへへっ』
数秒見つめ合い、固い握手を交わしてしまったのはつい衝動から。
なんていうか、ええ、この娘とっても波長が合う。
もしもこんな出会いじゃなかったら、口説く口説かないは別として、きっと良い友達になれてたと思うわ。ええ、仕事中なのが本当に残念よ。
「もー、違う! 違うから! 彼女なんかじゃないから! なんで気が合っちゃうのよー!?」
「へへっ。分かってらぁ。リンが彼氏だの彼女だの、そんなあたしの前に連れてこれるとは思ってねえっての! どんまい!」
「なっ!? はあぁ!?」
ごめんねぇリンゴちゃん。
あんまり気が合うもんだから、ちょっぴり興が乗っちゃった♡ でもかわいいからおっけー♡
「ノノさんよ。こんな不束な妹だがよ、どうか仲良くしてやってくれると助かるよ」
「……もちろんだけど、それだけじゃ足りないかな。ランちゃんも早く良くなって、一緒に遊びましょう?」
「……へへっ、おうよ! あたしが治ったら、お気に入りの駄菓子屋を案内してやるぜ! 覚悟してな?」
……ええ。そんな機会が訪れるのなら、そのときを心から楽しみにしてるわ。
私の挨拶はそこそこに。
あとは少しでも姉妹水入らずにすべきだと、話し始める二人から離れ、一度部屋の外へと出る。
「……それで、ランちゃんの状態はどうなの?」
「今は安定しています。ですが、安定して悪化しているのです。処置を施さなければ、やはりそう長くはないかと」
変わらず壁に寄りかかり、目を瞑っている美人なアカネちゃん。
そんな彼女へ問いを投げれば、そのままの姿勢で、目を開けずながらも答えはしっかりと返してくれる。
「一応訊いておくけど、何の病気? 自分で提案しておいて何だけど、薬石で治るのよね?」
「はい。リンゴちゃん様のお姉様を蝕んでいるのは色力欠乏症。薬石ならば改善も繋がるかと」
「ああ、色抜け。それなら仕方ないわね」
アカネちゃんの淡々とした説明に、私はリンゴちゃんの話に耳を傾けるランちゃんを遠目で見つめながら、なるほどと納得する。
五色都市に生きる生物は、生まれながらに『色力』と呼ばれる力を宿している。
外の生物が持ち得ない、一言で言えば血や栄養と同じように体内を巡るもの。
外の人間とは異なり、肉体がそれありきで構成されているから、生存の上で血液と同程度に必要不可欠になっている。
色力欠乏症。通称色抜けとは、体内の色力がどうしてか失われてしまう病気。
抜けて抜けて、その変化に身体が追いつかずに衰弱し、やがては死亡する。それだけの病。
例え外部から色力を補充出来たとしても、割れたお皿に水を注いだみたいに零れてしまうのがこの病の厄介な所。
発症自体が希少なのもあって、医療で治す方法は今なお模索の最中にある。所謂難病、不治の病に分類されるやつ。
進行は脱色具合を見れば分かる。
特に髪なんかは、どの部位よりも雄弁に状態を語ってしまっている。ランちゃんの腰から下にかかっているシーツも、きっとそういうことなのでしょうね。
……ま、薬石で治るのなら、別にいいわ。
これで違う療法が必要ですとか言われちゃったら、また交渉しなきゃいけない所だったもの。手間が省けて結構よ。
「それにしても、『城』は何を考えてるの? まるでたかだか盗人の親族にこんな手厚い待遇なんて、流石に理解不能なんだけど」
「申し訳ございませんが、私はそれを回答する権限を与えられていません」
「……そう。残念ね」
一応訊いてみたけれど、答えはやっぱり予想通り。役所の手続きみたいに事務的な返答だけ。
……でも、そうね。
回答できないということは、言い換えれば、答えられない理由は確かにある。
今日の所はそれだけ分かれば十分。健気に頑張るリンゴちゃんに免じて、今は素直に手のひらの上で踊ってあげましょう。
「ただ一つ。護衛に過ぎない私の口からつい溢れてしまうのは、リンゴちゃん様の、そしてリンゴちゃん様のお姉様の運命は貴女次第ということ。……どうか、ご武運を祈っています」
「……グッド。ありがと。『城』の職員でも美女は美女。その激励、とっても嬉しい気持ちで胸に刻ませてもらいましょう」
それにしても……いい。やっぱり、うん、実に素晴らしい。
ぴっちりスーツを着こなした、インテリって感じの赤髪美女。
浮き出ている腰と臀部のラインが大人の魅力をムンムンさせててもう……あん、唆られちゃう。
「……あの、いかがしました?」
「いえ別に。ただ綺麗だなと見惚れちゃって。……ところでアカネちゃん? 今度暇な日ない? デートしない? いいことしない?」
「申し訳ございません。その要望は依頼の範疇を超えるため、頷きかねます」
あら残念。
でも私、お堅い美女も嫌いじゃない。むしろ個性に富んでて魅力的よ♡ ちゅ♡




