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お花屋さん

 二泊三日! ドキドキラブラブ逃避行ツアー開催♡

 いけすかない『城』との交渉を一言で要約したらこんな感じ。流石私、まとめ上手ね。


 そんなわけで。

 仲介屋ノウ・レッジを後にして、三日を乗り切るためにとっとと雲隠れしたかったのだけど。

 寄りたい場所があると、リンゴちゃんにそう頼み込まれては仕方なく。

 こうして二人並んで赤の街を闊歩しているというわけ。ええ、まさにデートって感じで実にグッドな気分よ。


「……あの、自分で提案しておいて何だけど、本当にいいの?」

「グッド。問題なんて微塵もないわ。大変な時だからこそ、大切な人の顔を見る時間くらい作ってあげてこそ良い女。それがノノのポリシーの一つよ」

 

 申し訳なそうに尋ねてくるリンゴちゃんに、人差し指を振りつつ、平気と答えてあげる。

 本当は西部……『蛇』の縄張りからとっとと離れる。間違いなく、それが最善の道なのだけど。

 

 ほら、可愛い娘の望みなんだから、当然叶えてあげたいものでしょ?

 嗚呼、私ったら本当に駄目。

 可愛い娘の頼みに弱いのはきっと死ぬまで治らないなんて、少ない欠点の一つまで愛嬌塗れだなんて嫌になっちゃうわ。


「大丈夫よ。流石に真っ昼間の往来で襲ってくる馬鹿はそういない。踏み込んだ者でない限りは表の人に迷惑をかけない、それが神秘挑戦者(チャレンジャー)の暗黙の了解だもの」


 神秘挑戦者(チャレンジャー)は無法者である。されど、無法者になるべからず。

 昼は表で生きる者の時間。故に私欲で暴れ、迷惑を掛けてはならない。


 別に街の掲示板や仲介屋の掲示板に、そんなルールが張り出されているわけではないけれど。

 矜持だのポリシーだの信念だの。

 人によって呼び方がまちまち変わるけど、それでも共通意識として確かに存在する暗黙の了解は確かにあるし、私含めた大体の人は当然のように守ってる。


 だから、大丈夫……なはず。

 そもそも今回はほんの一部にしか情報が出回ってないらしいし、木っ端同業者からの襲撃を考えなくていいのはむしろ楽で助かるわ。


 ……とはいえ、所詮は同業者の中にだけある空気。

 神秘挑戦者(チャレンジャー)以外の裏稼業……例えばギャングなんかは、そんな生温いやり方で収めてくれるかは別だけどね。


「でも、朝の人達は襲ってきたよね……?」

「まあね。でも大丈夫。ノノという大船を、少しは信用してくれると嬉しいわ」


 リンゴちゃんも馬鹿じゃないから、やっぱりすぐに気付いちゃったけれど。

 それでもここはごり押し。こういう疑念なんてのは、はっきり肯定で押しちゃえば案外納得してもらえるもの。

 例え怪しくとも、この私がベストを尽くして安全を作るから問題なし。リンゴちゃんには、そういうの気にせず健やかにいて欲しい。ノノお姉さんの細やかなお願いよ。


 そんなわけで。

 ひとまず呑み込んでくれたリンゴちゃんの案内の下、辿り着いたのは一件の花屋。

 こじんまりとした、落ち着きのある花屋。近隣の住民に重宝されてそうな、そんな雰囲気ね。


「なにリンゴちゃん、お花屋さんに寄りたかったの?」

「え、えっと、そうじゃなくて。目的地へ行くための、準備です。はい」


 ふうん?


「こんにちは! お見舞いのお花ください、お兄さん!」


 我先にと、店内へと入ったリンゴちゃんが、元気いっぱいな大声で挨拶を送る。

 やれやれと、あまりの警戒のなさに少し呆れてしまいつつ。

 ようやく訪れた見知った場所と人に、ずっと張っていた気を緩めてしまう彼女の気持ちも理解出来ちゃう。

 だからつい、温かい目で見守っちゃう。それにはしゃぐリンゴちゃん、とってもキュートでたまらないわ。


「おや、この元気な声はリンちゃんかい。相変わらず、元気そうで嬉しいよ」


 店は都合の良いことに、お客さんは一人もなし。

 店内へ響くリンゴちゃんの声を耳にしたちょうどレジ前で花を弄っていた男が、リンゴちゃんへにこやかな笑顔を向けて歓迎してくれる。

 

「お兄さん! お兄さん、お兄さん、お兄さん!」

「おお、どうしたんだいリンちゃん? 今日はいつもより甘えん坊さんだね」


 レジから出てきた花屋の店主に、ギュッと勢いよく抱きついたリンゴちゃん。

 私に見せたのとはどこか違う、リンゴちゃんの安堵の仕草。

 昨日一夜を共にした女にはまったく見せてくれなかった顔に、割と尋常じゃなく嫉妬しちゃう。


『くっくっく! 寝取られちまったな多淫(ビッチ)ご主人様! やっぱり時代は純愛(ピュア)ってわけだ!』


 失礼ね夜魔(ノエル)

 殊勝にも黙ってると思ったら、急にクリティカル出さないで。泣いちゃいそうよ。


 それにしても、花屋のお兄さん……なるほど、さては彼が例の彼ってこと。

 ……ところで、リンちゃんね。

 ニアピンなのは意外だけど、ま、聞かなかったことにしてあげるのが良い女の嗜みよね。だから、私にとっての彼女は変わらずリンゴちゃんよ。


「……高いわね、背」


 それにしても。

 本当にそれにしても、この間男、びっくりするほど背が高い。それに、へえ。

 椅子を立つ前から何となくは分かったけど、百九十……いや、もしかしたら二に届くって所。リンゴちゃんがちょっと低めなのも相まって、まさに大人と子供って感じの絵面になっちゃってるわね。

 

 ……これでも私、女の中では長身って自負していたし手足の長さを誇りに思っていたけど。

 流石にこのレベルを前にすると、ちょっぴり見劣りしちゃう。

 ま、でも私の魅力は背丈じゃなくて、全てが調和している流麗なボディだもの。あなたは所詮初恋の男、私は煌めく今の女。……言ってて虚しくなりそう。辛いわ。


 私が一人、勝手な敗北感に打ちひしがれている最中。

 花屋の店主は手際よく花束を一つ完成させ、待っていたリンゴちゃんへと優しく手渡した。


「お待たせ。ところで最近はどうだい? お姉さん……ランちゃんの具合は?」

「……大丈夫だよ。お姉ちゃんは、もうすぐ良くなるはずだから。だから、大丈夫!」

「?? ……でもそうかい、それならうん、僕も嬉しいな。リンちゃんとランちゃんは開店当初からの常連さんだからね。店へ遊びに来てくれないと、僕も少し寂しいからさ」


 神秘(アーティファクト)のために街の裏を駆け回っています、だなんて。

 流石にそんなの言えないし、店主も想像出来ないだろうし。

 きっと気丈に振る舞ってるのだろうと。リンゴちゃんに、どこか気を遣ったように安堵で頷いてみせる。


 ……流石ね、近所の優しいお兄さん枠。初恋泥棒にピッタリなほど大人ね、けっ。


「……あの、お兄さんごめんなさい。今ちょっとお金がなくて、支払いはまた今度でも──」

「それくらいノノに払わせて? ああ、お釣りはいいわ。どの花もとても丁寧に育てられている。何より、とても愛されているのがよく分かる。とっても素敵よ」


 せめて出来る女アピールで、ちょっぴり点数稼ぎをしておきたいなと。

 お金のことを思い出し、俯きそうになるリンゴちゃんを遮り、お札を一枚花屋の店主へと渡す。


 リンゴちゃんは関係なく、これは掛け値なしの本音。

 そもそも私、可愛い娘を口説くとき以外は、本当に思ってなければ褒めたりしないもの。そんな私が褒めたのだから、紛れもない称賛よ。


 束ねられた花も、店内に並び、買われるのを待っている花々も。

 どれもがとても生き生きとしてる。愛されて育ったのだと、自らを誇っているかのように。

 

 これだけの花質を保てるお花屋さんは、五色都市(カラフール)全体を通しても滅多にお目にかかれないでしょう。

 リンゴちゃんが本来いるべき平穏、その一つとしても。

 そして愛しの可愛い娘への贈り物としても、このお店はとても気に入ったわ。

 

 嗚呼、こういう不意の出会いがあるからこそ、可愛い娘とのデートってのは止められない。

 強いて言えば、リンゴちゃんの懸想相手ってことが唯一の減点要素ね。

 

「……ありがとう。花を褒められることは多いけど、そこまで真っ直ぐに称賛されるのは珍しい。……ああそうだ、ちょっと待ってておくれ!」


 そう言った花屋の店主は、バックヤードへと駆け出して。

 数分の後、やっと戻ってきたかと思えば、彼の手に握られていた三本の花。


 鮮やかな赤、リリテアの花。

 五色都市(カラフール)にのみ咲き、育った街の色をした花弁を宿す摩訶不思議な花。

 共通の花言葉は神秘。そして各色のそれぞれでまた違った意味を持っていて、確か赤は──。


「……幸あれ、だったっけ?」

「その通りです。僕の一番好きな花。二人の幸福を、そしてランちゃんの回復を願う証として。僕からの感謝と激励の気持ちを、どうか受け取ってくれると嬉しい」


 私の問いに、花屋の店主は真っ直ぐに、私に三本の内に一本を差し出してくる。


「名も知らぬ、花を褒めてくれた貴女。どうかリンちゃんのこと、よろしくお願いします」

「……もちろん。言われずとも、ノノの誇りに誓いましょう」


 私と花屋の店主、互いの視線が交差するはほんの数瞬。

 素直に受け取り、少しだけ嗅いでみれば、種火を思わせる温かな匂いが鼻を擽ってくれる。

 

「お別れ、言わなくてもよかったの?」

「……はい。お兄さんとは、最後まで明るく過ごしたかったから」


 店主に手を振りながら、店から離れたあと。

 どこか沈んだ様子のリンゴちゃんに尋ねてみれば、顔を上げ、思いの外しっかりと答えてくれる。


 ……強い娘。そして残酷な娘ね。

 距離感なんて関係ない。より辛いのはいつだって残される方なのを、知っているはずなのに。


「……罪な女よね、リンゴちゃん。きっと将来は、色んな人を誑かす悪女になってそう」

「な、な、な、はあっ!?」

「にしても彼、中々の男前だったわね。……リンゴちゃん、ああいうのが好みなんだ?」

「ふえ!? い、いえ!? 確かにお兄さんは格好いいし初恋だけど、それは昔の話で、今はそんなことないから! 本当だから! もー!」


 ふふっ、この照れは果たして、どっちの意味合いなのでしょうね。

 とはいえ、答えは解き明かさないようにしましょう。

 世の中には解かない方が良い謎もある。リンゴちゃんの中では答えがあるのでしょうし、私にとって、きっとそういうものだから。暴いてしまうのは、不毛よ。


 花束抱え、軽く雑談を交え。

 気持ち少しだけ距離感が縮まったかなと、ちょっぴり嬉しく思いつつ、今度こそ目的地へと辿り着く。

 

 案の定と言うべきか、目的地は赤の街の西区にある、比較的大きな病院。

 場所については、大体の察しは付いていたわ。

 薬石を得ようとするほど大事な人がいて、非常時だとしても花を手土産にしたいのだから、行き着くのは自宅か病院くらいしかない。子供にだって分かることよ。

 

 ……自分の危険よりも、助けたい大事な人を慮る。

 健気と言うべきか。或いは、愚かというべきか。その答えは、きっと人によるのでしょう。


「……悪いけど、ノノも同行するからね。流石に一人には出来ないから」

「……分かってます」


 別に気を抜いてなど微塵もないが。

 それでも一つ強く気を引き締めてから、リンゴちゃんと共に病院に入っていく。


「びょ、病室が変わったぁ!?」


 そして窓口で、慣れた様子で面会の手続きをしようとしたリンゴちゃんの驚きで声を上げる。

 

 ……またハプニングとは、流石ねリンゴちゃん。

 話題が尽きないのは良い女の証拠。

 だけどね、どうか病院ではお静かに。最低限の常識だし、こっちがビクってなっちゃうから。……あ、でもそういう意味ならむしろか──。

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