『蛇』の動向
薄暗さに覆われた、清潔感のある応接間。
まるで密会のために用意された、お誂え向きとさえ形容出来るその場所のソファにて。
友好とは真逆──張り詰めた緊張感の中、二人は互いに僅かとて気圧される様子もなく、密談は進んでいく。
「……かの神秘庫へと踏み入りながらも生還し、『城』より生け捕りを望まれた小娘。……いい、実に素晴らしい! 久しぶりに、大いに唆られる餌じゃないか!」
上座に座るはヘビ柄のスーツに身を包む、蛇の目を持つ小太りの男。
下座に座るは赤い槍をそばに立て掛け、ふてぶてしく背もたれへと寄りかかる赤髪長身の男。
長身の男が語り終え、数瞬の沈黙の後。
蛇の目の男は両の手を広げ、一切愉悦を隠すことなく、掠れた低い声を応接間へと響かせる。
長身の男が語ったのは、昨夜『城』の神秘庫に侵入し、見事生還を果たした小さな娘。
リンゴちゃんと。
“蒼斧”がそう命名した少女。そして『城』が赤の街の裏で生きる、一部の神秘挑戦者に出した依頼についてだった。
「欲しい。欲しい。嗚呼、実に欲しいっ!! 小娘のもたらす情報! 或いは持ち出した何かこそが、我らがより街へ絡まり根付くためのきっかけとなる! それこそが、嗚呼、『蛇』たる我らが紡いだ悲願なればっ!」
「おーねちっこい。流石は『蛇』の大将。相変わらず気色の悪い喚き方しやがる。これで服も部屋のセンスまで最悪なんだから、女も好機も寄ってこねえわな」
「……随分辛辣じゃないか。最後に先祖代々のチェス盤を貶されたときは、蛇壺に押し込んで死ぬまで魅力を語ってあげたのだがね。嗚呼、本当に惜しい」
試してみるかね、と。
蛇の目の──『蛇』の大将と呼ばれた男は、一つニヤリと笑みを浮かべながら尋ねるが、長身の男はまるで意に介さず。
そればかりか、「どうぞお好きに」と、どこか煽るようにわざとらしく肩をすくめてみせるばかり。
取るに足らないと。
そう言わんばかりな言動に、『蛇』の大将は僅かに目をひくつかせはしたものの。
それでも鼻を鳴らし、背後で何かしら動こうとしていた部下を手で収め、ゴホンと喉を鳴らした。
「それにしても、まさか君の方から我々に情報提供とは……どういう風の吹き回しかな。 “赤槍” 」
赤髪長身の──赤槍と、そう呼ばれた男は。
神秘を求める者でありながら、槍の手腕と殺しの腕で赤の街の裏にその名を轟かせる男は。
蛇の目の男の問いに対しわざとらしく、「そうだな」と気怠げに考え──すぐさま、口を開く。
「なあに。あんたらが一番奮発してくれそうだったからな。『弩』なんて名前負け。『松明』なんざは湿気ってやがる。そら、だったらてめえらが一番マシだろ?」
カラカラと。
口では笑声を発しながら、瞳を退屈に染めながら。
赤槍は『蛇』の大将を見つめ、どうでもよさそうに答え──蛇の目の男は、ニヤリと笑みを浮かべる。
中央──城の膝元を縄張りするが故に、多くを静観するのみの『弩』。
成り立ちからして穏健派である『松明』は、縄張りである東の自衛に徹している。
悪辣に、貪欲に、狡猾に。
街を覇権を牛耳るべく、虎視眈々と裏を蠢く赤の街の影。もっともギャングらしいギャング。
その在り方こそ、まさに『蛇』。
結成から今に至るまで、変わることなき野心の奴隷。今代の長は、その中でもより蛇らしく。
故にこそ、赤槍にとって何より都合のいい、選ぶに値する商売相手に他ならない。
「褒め言葉として受け取っておこう。……思えば我々は何度も小競り合い、多少なりとも禍根を燻らせる仲ではあるが……この際だ、全て水に流して共に手を取り合おうとも! 何せ真に疎むべき敵は最早、君ではないのだからな」
「……そんなに目障りかい? あの “蒼斧”が?」
「無論だ! 青い戦斧を携えし、真に我らを阻む厄介者! 低俗よりもなお忌まわしき、青に連なる無法者! 元より目障りではあったが、ああまで見事に宣戦布告をされてしまっては、嗚呼、最早看過など出来そうにないともっ!」
憎々しげに、声を震わせ。
苛立たしげに吐き捨てられた、蛇の目の男の怒声は、ジリリと薄暗い応接間へ響き、微弱に揺らす。
長い二つ結びの青髪を靡かせ、颯爽と赤の街の裏を駆ける戦斧使い。
傲岸不遜。自由気まま。さながら路地裏を歩く猫のように、ふてぶてしく生きるケダモノ。
“蒼斧”ノノ。
ほんの一年前より、赤の街にて台頭してきた神秘挑戦者。
赤槍同様、かつて『蛇』と幾度も小競り合いを起こし。
そして此度、依頼の少女であるリンゴちゃんを匿い、護衛として『蛇』の末端を蹴散らし──赤の街に生きる、『城』への交渉材料を求める各々に立ちはだかると宣誓した大敵である。
「おーおーやっこさん、随分と目の敵にされてやがる。あれが名を上げてきたのは最近だった気がするが……なんだおい、急所でも噛まれたか?」
「今回お姫様を迎えに行かせた同胞を嬲り、辱めてくれたことも含めていくつね。いやはや、どうも我らとあの女では、何から何まで噛み合いが悪くて残念だとも」
突然の怒声を前に、億劫そうに指で両耳を塞ぎ耳を守りながら。
声が止み、赤槍が呆れを表情に浮かべながら問えば、『蛇』の大将は顔に笑みを貼り付け直す。
「それでどうだ? 君にやれるか? 我らがお姫様をお招き出来ると? あの忌々しい青の申し子を、君ならば赤に染め上げられると?」
「出来ねえとは言わねえさ。何せどんな『色』を持とうとも、人間の血ってのは大概が赤だぜ?」
『蛇』の大将の問いかけに、不敵に笑みを浮かべた赤槍は、話は終わりと席を立つ。
「ま、せいぜい俺の邪魔せず好きにやんな、『蛇』の大将。……ああところで、蒼斧殺しは別の依頼。高くつくから覚悟してろよ?」
「もちろん。嗚呼、期待しているよ赤槍。この街の闇で真に煌めくべき、鋭き赤の無法者よ」
『蛇』の大将のネットリとした声色での激励に、赤槍は振り向くことはなく。
空いていた手を軽く振り、彼らの部下が扉を開けるよりも前に、雑に蹴り開け応接間を出ていく。
「それにしても、いいじゃねえか。退屈な小遣い稼ぎのつもりでちくっただけだったが……カカッ、やつと戦れる機会へ化けてくれるんだから、人生ってのは分からねえもんだ!」
扉は閉まり、帰路につく最中。赤槍は口元を緩め、独り言つ。
「よお”蒼斧” 。てめえはこの俺の心を、焦げるくらい熱く滾らせてくれんのか?」
この場にいない女へ問いかけた赤槍の口元は、三日月にまで歪んでいて。
彼の持つ赤い槍は、担い手の石に呼応するかのように、鈍く輝くばかりであった。




