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占い屋「ノウ・レッジ」

 頬まで赤らめるリンゴちゃんを抱きかかえ、颯爽と赤の街を駆けて向かうは女の下。

 自分でも最低な言い回しだと思うけど、事実なのだから仕方ない。

 

 というわけで愛しのノウちゃん、こんにちわこんばんわ。

 今日もとっても可愛いわね。ところで、私と良い夜過ごすついでにこの娘を匿ってくれない?


「嫌に決まってるじゃん。仕事じゃないなら、とっとと帰ってくれる?」

「えー?」

 

 街の片隅にある古い階段を降りた先、ぽつりと佇む占い屋。

 窓はなく、明かりは天井に吊された、淡い光を放つだけの小さな電球が一つ。

 室内には水晶玉の乗ったテーブルと椅子が二つだけで、余計な物は一切置かれていない。

 狭く薄暗くて占う以外の用途はない、まさに占うためだけといっていい、雰囲気ある小さな部屋。それが占い屋ノウ・レッジ。


 そんな店へと到着し、笑顔で挨拶してすぐ。

 両手を合わせてお願いしてみたけれど残念、椅子に座る彼女にそっけない顔で一蹴されちゃった。


 赤みがかったグレーをしたふわふわ髪。綺麗に揃った姫カットとモノクル。

 チャームポイントだらけな彼女の名はノウ・レッジ。愛称(私しか呼ばない)はノウちゃんはこの占い屋の店主。


 普段は失せ物恋愛なんでもござれ。街の片隅で息を潜める、知る人ぞ知る占い屋。

 けれどもちろん、それは表の顔。

 お客が合言葉を呟けば、見事クルリと早変わり。神秘(アーティファクト)について含めた数々の情報をくれるだけではなく、各方面からの裏のお仕事を回してくれる、素性不明の仲介屋。

 私みたいに個人で裏に生きる人間からすると、何より大切にしなくてはならない生命線の一つ。何より、店主がとっても私好みに可愛いのが最高ね。


「大体“蒼斧(あおの)” 、あんたとそんな仲になった覚えはないよね? そもそもそんな仲だとしたらさ、どういう神経してたら他の女と一緒に顔出せるわけ?」

「いやーん♡ もしかしてノウちゃん、妬いちゃってる?」

「ははっ、相変わらず愉快な頭じゃん。あんまり喚くなら出禁にしてやっぞ? おお?」


 私の小洒落た冗談に、ノウちゃんは私と私の後ろに隠れている、フードで顔を隠したリンゴちゃんへ冷たい眼差しを向けながら、相変わらずノリの良い、予想通りの合いの手を入れてくれる。

 

 流石はノウちゃん。打てば響く、誰にでも親しく、誰にでも距離を取る理想の隣人。

 そして誰よりもイケずな難攻不落。私の中で、いつかイチャイチャしたいランキング最上位の可愛い娘。


 とはいえ、今日は残念ながら先約あり。

 私の陰に隠れ、不安そうに服の裾を掴んでくれる可愛い娘ちゃんがいるのだから、そっち優先。

 デート中は当然として、本命がいるときに浮気はしない。それが良い女の務めでしょう?


 ……ま、私の口説きは本気。

 未だ全戦全敗だけど、いつか頷いてもらえるそのときまで、諦めるつもるは毛頭ない。今日はまだ、いずれ来るその日じゃないってだけよ。


「まったく。ただでさえ忙しい時期だってのに、余計な厄介事増やさないで欲し──」

「大変そうね。それって『城』絡み? それとも『蛇』?」

「……クソビッチめ。仕事の話がしたいのなら、最初からそう言えっての」


 普段どおりの、挨拶がてらのじゃれ合いもそこそこに。

 早速とばかりに本題を切り出してみればビンゴ。

 出て行けと言わんばかりに睨んできていたノウちゃんの目つきが、一瞬でお仕事モードに変わってくれる。そういう切り替えが出来る所も魅力的よね。可愛い♡


 そんなノウちゃんが一回、大きなため息をついたあと。

 面倒臭そうに立ち上がって、店の奥壁へと歩き寄り、コンコンコンと軽く小突けば……あら不思議。先も奥もない、くすんだ壁でしかない壁に一枚の扉が浮き出てくる。


 とはいえ、後ろのリンゴちゃんは呆気にとられているけれど、私は別に驚いたりなんてしない。 

 だって私は知ってたし、両手の指じゃ足りないくらいにはお世話になってる場所だもの。

 占い屋ノウ・レッジとしてではなく、紹介制仲介屋ノウ・レッジとしてのお店。その秘密の入り口よ。


「あ、あの、ノノさん……」

「大丈夫よリンゴちゃん。この店は中立。襲われても私がいる。だから、安心して?」


 入りなさいと、扉を開けてすぐ、それだけ告げてとっとと中に入ってしまうノウちゃん。

 つっけんどんな態度も彼女の魅力だなんて思いながら。

 後に続いて店に入ろうとしたのだが、健気に裾を掴んでくれていたリンゴちゃんの力に、少し足が止まってしまう。


 振り向けば彼女の顔は、気丈に振る舞おうとしながらも、不安が滲み出てしまっている。

 当然よね。知らないお店に入るのは、元気なときだってドキドキするもの。

 右も左も敵だらけ。お先真っ暗な状態で、いまいち信用出来ない美女に連れられた怪しげなお店なんてきっと怖いに決まってる。


 だから私に出来るのは、手を握ってあげることだけ。

 目線を合わせ、大丈夫だと言ってあげる。どれだけ軽い言葉でも、零と一では全然違う。私も昔、そうしてもらえて元気出たわ。


 ……それに、時には平然と嘘もつく私だけど、今回は別に気休めというわけでもない。

 仲介屋に手を出すのは業界の御法度。ノウ・レッジは、その中でも一際異質。

 軽はずみに手を出せば、待つのは死さえ生温い粛正の末路。詳しいことは知らないけれど、昔そんな目に遭った馬鹿を見たことあるもの。ミステリアスな女ってグッときちゃう。


 ……ちなみにだけど、違う意味で手を出した場合、噂の粛正は適応されるのかしら。

 いいえ、きっとされないはず。だって合意ならセーフだもの。違ったら、それはそれで燃えるわ。


「グッド。それじゃ行きましょう? 少なくとも、こんな辛気臭い部屋よりかは安心出来ると思うわ」


 私の囀り程度が、どこまで心に響くかなんてさっぱりだけど。

 それでもリンゴちゃんの手を優しく引きながら、二人で扉を潜り、奥の部屋へと入っていく。

 

 店の内装は例えるのなら……そう、小さなバーって所ね。

 雰囲気のために無駄に暗くしている占い部屋と違って、天井の電球は絶妙な橙の光が心地良く灯っている。

 壁には大きな掲示板。幾枚もの紙、()()()()の依頼書が乱雑に貼られている。

 何よりカウンターには席が五つ。つまり五席もあるのだから、少なくとも占い屋よりはお客様向きの場所だと思うわ。叶うなら本当にお酒があれば、少し口説きやすくもなるのだけどね。


「にしてもまさか、昨日の今日で掴んでくるとは。やっぱり持ってるね蒼斧(あおの)は」

「ありがとう。実はさっきも蛇の連中に襲われてね。ねぐらを一つ失っちゃったわ」


 カウンター奥の定位置へと引っ込んだノウちゃんに、適当な椅子へと腰掛けながら答えを返す。

 だけど、本当嫌になっちゃうわと。

 そう言いかけた矢先、ビクリと、隣に座ったリンゴちゃんが震えてしまったのを横目にしちゃって少し後悔。思わず口も閉じてしまう。

 

 ……しまった、やっちゃった。

 本業のときって基本ジャブを打ち合うみたいな会話がデフォだから、ちょっと配慮に欠けてた。

 最初から作ってればそうはならない自信はあるんだけど、やっぱり駄目ね。素は咄嗟にこそ出ちゃう。


「き、気にしないでねリンゴちゃん。あなたのせいじゃないから。お姉さん気にしてないから、ね?」

「………」

「へえ、さしもの蒼斧(あおの)も表の女にはたじたじなんだ。面白いこと知っちゃった」

「バッドよバッド! ノウちゃんのいじわる! とっとと本題に入りましょう!?」


 仕返しとばかりにからかってくるノウちゃんを、今だけはちょっぴり恨みつつ。

 どうにか場の流れを軌道修正し、話を本題へと戻していく。


「まず断っておくけど『蛇』についての情報はないよ。あるのは『城』からの依頼。ご丁寧に何人かの神秘挑戦者(チャレンジャー)を指名までしてね」


 そうしてノウちゃんがこちらへ差し出してきたのは、一枚の紙。

 一目で分かるほど上等な紙質の依頼書。ご丁寧に蜜蝋なんて付けちゃうんだから、流石は城ね。

 

 それにしても……蒼斧(あおの)様へ、ね。わざわざご指名なんて、つくづく良い度胸よね。


「なになに……少女の捕獲。詳細非公表。場所はおって連絡。報酬は生け捕りのみ。……臭うわね、とってもきな臭いわ」


 対象の詳細非公表はたまにある。顔写真だけで殺せなんて、裏で生きていればたまにある。

 生け捕りのみもまあ分かる。殺しちゃ聞けないことだって、世の中にはいくらでもあるもの。

 


 だから私が怪しんでいるのは、どうにも違和感だらけな報酬について。

 報酬は二つ。まず一つは純粋な金銭だけど、ハッキリ言って、これも中々におかしい。

 一切働かずとも、少なくとも十年は遊んで暮らせる額。

 小娘一人の捕獲ではまずお目に掛かることはない、詳細非公表は割高になるとしても、明らかに相場からかけ離れた数の丸。それがこの依頼書には記されている。


 つまり話せることは何もないけど、何かはあるから早急に引き渡して欲しい。

 そんな意図が透けて見える。まるで透けて見える所まで、思惑通りってくらいにはスッキリとね。


 ……それに、本当に疑問なのは二つ目の「君達が欲しいであろうもの」。

 仮にも城が厳選した神秘挑戦者(チャレンジャー)に出す依頼としては、あまりに抽象的すぎる。

 

 プロであればこそ契約は明確に、内情ははっきりと。

 それこそが利害の一致により築かれる信頼関係。

 こんな試し委ねるような言い回しは、ハッキリ言って下の下よ。

 

 ……城であれば、そんなこと百も承知のはず。

 彼らの仕事を受けるのは初めてじゃないからこそ言える。前回はこんな不透明な報酬ではなかったわ。

 

 あー、うー、うーん?

 ……駄目ね。一度感じてしまえば、最早何もかもきな臭い。

 まるでここまでの流れさえ計算で、全て手のひらの上みたいな不快感。ドツボにハマりそうで嫌になるわ。


「……ノノさん?」

「ああうん、大丈夫よ。ただ鼻につく依頼者だと思ってね。ほんと、紙まで上から目線で嫌になるわ」


 我ながららしくないというか、疑問にあれこれと頭を悩ませていた所、隣からかかる心配な声。

 我に帰った私は、ちょっと無理やりかもしれないけれど、にっこりスマイルで誤魔化してみせる。


 いけないいけない、つい顔に出ちゃってた。

 困ったときほどポーカーフェイスを大切に。如何なる窮地でも噛みつける自分であれ。

 それが蒼斧(あおの)ノノなんだからしっかりしないと。こんなザマじゃ、道端の可愛い娘さえ口説き落とせないわ。

 

「……それにしても、なるほどね。つまり『蛇』はどこかでこの情報を掴んだから襲ってきたのね。ほんと、秘密が聞いて呆れるわ」

「『城』からのプレゼントだからね。より街の覇権に近づきたい彼らからすれば、きっと件の少女が握る何かは垂涎ものだと思うよ」


 こともなげに話すノウちゃんに、リンゴちゃんが怯えたように身を縮こまらせてしまう。


 東の『蛇』。

 西の『松明』。

 そして中央の『弩』。


 大まかに三つに分けられるこの赤の街には、それぞれの区画をそれぞれのギャング共が仕切っている。

 

 活動方針は違えど、彼らに共通する理念のは一つ。

 より力を蓄え、この赤の街の覇権を握ること。

 

 城の神秘庫の情報は、そんな彼らにとっては金の宝。さながら魚類ひしめく海の中に落とされた餌玉みたいなものなのだから、食いついてくるのはむしろ道理ね。あー厄介。


「それで? リンゴちゃん……だっけ? そんな渦中の少女をわざわざここに連れてきたってことは、つまりはそういうことでいいの?」

「あれ、気付いていた? 流石ねノウちゃん、惚れ直しちゃう♡」

「はいはいありがとうね」


 バチコンと。

 華麗なウィンクでアピールするも、残念ながらノウちゃんには呆気なく流されてしまう。

 

 ……ま、ノウちゃんなら気づいて当然か。

 リンゴちゃんには悪いけど、そもそも話すつもりだったから隠してなかったし、何なら私でも気付ける程度にはヒント塗れだったもの。むしろ説明の手間が省けてラッキーって感じよ。


「……っ」


 とはいえ、そんな私の内心なんて当人には関係なし。

 緊張で固まりながら、逃げ道がないのは分かっていながら。

 それでもリンゴちゃんは、当然とばかりに私を全力で警戒しようとしてくる。


 ──だから、私がすべきは一つ。


「だけど残念。私、可愛い娘には優しくしたいの。ましてや夜を共にした娘なら尚更ね?」


 警戒するリンゴちゃんの肩を抱き寄せ、見せつけるように宣言してやること。

 

 うひゃあ、なんて慌てふためくリンゴちゃんにも。

 リンゴちゃんの命を狙うゲスどもにも。


 追い回される小さな少女には私が──この“蒼斧(あおの)” ノノがついているんだってね?


「……ご愁傷様。この女、こんなんでも中々の女泣かせだから本気になっちゃ」

「だ、大丈夫です! 私まだ、この人に心を許してませんから! ほ、本当だから!」


 哀れみのこもったノウちゃんの忠告に、昨夜のことを思い出したのか、リンゴちゃんはその名らしく、頬を真っ赤に染めながら声を荒げてくれる。


 あーもつ、本当にいじらしい娘。

 そういう所、とっても可愛くて可愛いから好きよ。んーちゅ♡


「で蒼斧(あおの)。依頼に受けるつもりもなく、けれど対象を連れてきたのはどういうわけ?」

「もちろん交渉のためよ。他ならぬノウちゃんなら、城に繋げられるでしょ──」


 よくぞ聞いてくれたと。

 ようやく本題の本題に移った所で、私の要望をノウちゃんに伝えようとした。


 まさにその瞬間だった。

 カウンターの片隅に置かれていた黒電話。この仲介屋に置かれた唯一の外界との連絡手段が、ジリリ

とけたたましく鳴り響いたのは。

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