出発
お客様への対応に、そう時間はかからない。
当然よね。だってこいつらは小間使いの雑魚でしかないし、私はとっても怒っているもの。
それにほら、羽虫退治を戦闘なんて仰々しく言わないでしょ? そういうものよ。
「おら話せ、話せよ愚図! この私のねぐらを襲っておいて、何も知りませんでしたなんて許すわけないだろうがっ!? ああっ゛!?」
「ご、ごべんなざい……。ゆ、ゆづじで……」
「うーん。……い・や♡」
喧しい羽虫……失礼。実にたわいなく、床に転がりながらビクビクと震えるお客様方。
自分達から仕掛けてきたはずなのに、ちょっと突いただけで許しを乞うてくるゴミクズ連中。
そんな中から幸運にも選ばれた一人。唯一喋れる状態で転がしてあげた男の腹を、鬱憤晴らしも兼ねて勢いよく踏んづけてやる。
襲ってきたのはこいつらなわけだし、今蹴ってるこいつ以外は別に殺しても良かったけど。
表の住人だと分かった以上、流石にリンゴちゃんの目の前でスプラッタは申し訳ないし、何より血痕ってとにかく落ちにくいもの。
ほら、ただでさえ宿の壁をこんなにしちゃったのに、挙げ句床までベッチョリ汚しちゃったら、流石の私でも申し訳ない気持ちでいっぱいになっちゃうわ。
……え、昨夜目の前で殺しちゃったし、殺しについては今更だって?
そこは……まあ、あれよ。気分の問題よ。
昨日は暗くてはっきり見えなかったし、切羽詰まった状況での正当防衛だから仕方ない。九分九厘アウトだけど、きっとセーフ。
……やっぱりクズね、私は。
殺しへの罪悪感よりもリンゴちゃんへの言い訳が第一なんだから、地獄行きは確定だわ。
「あ、あのノノさん。その辺に……」
「駄目よリンゴちゃん。ギャングなんて生き物はね、賢い振りして粋がってるだけの猿なの。基本的には女を舐めきってるから、多少荒いくらいがちょうどいい。こんな風に、ね!」
「ぎゃふん!」
優しいリンゴちゃんの制止も、今回ばかりは聞いてあげるわけにもいかず。
腹から足を退けて、一瞬安堵の表情を浮かべかけた男の急所──金の玉を思いっきり蹴飛ばしてやれば、ひしゃげた声が部屋へと響く。
あー汚い。耳が汚れるし、リンゴちゃんの教育に悪いじゃない。迷惑ね。
「うごぉ……、うぐぅ……。よ、よりにもよって、あの“蒼斧”が匿っていたなんて……」
「そういうことよ。だからほら、とっととボスに伝えることね。ノノに喧嘩を売ったのだから、畳む準備をしておきなさいって」
「てめえ覚えてろ、っておい、まさか落とすわけねえよな。待て、待ってごめんなさい許してくぁぁあああ──!!」
どうやらお帰りらしいので、私が足で、全員自分達で開けた穴からご退場させてあげる。
……ああ、ところでこの部屋、二階なんだけど別に大丈夫よね?
そもそもの話、勝手に入ってきたのはあんた達なんだから。羽虫は羽虫らしく、ブンブン飛んで着地しなさいな。
……さて。
「……ごめんねリンゴちゃん、荒っぽい所たくさん見せちゃった。怖かったでしょ?」
「……い、いえ。だ、大丈夫です! 怖くなんか、ない、です……あははっ」
斧槍を髪飾りへと戻し、くるりと振り返りながら、両手を合わせて謝罪をする。
リンゴちゃんは口ではそう言ってくれるけど。必死に笑ってみせてくれるけど。
強ばった顔と震える手は、彼女の心境を雄弁に語ってくれる。──怖くてたまらない、と。
……まあ、仕方ない話。むしろ当然で、正しい感想よ。
荒事が絡めば口調は荒くなっちゃうし、例え一緒に朝を楽しめても、リンゴちゃん──平穏に過ごす表の人間が怯えることだって平然と手を出せちゃう。
どこまで取り繕うと、どれほど格好付けようと、所詮私は粗野なチンピラ。だから、仕方ないわ。
『くっくっく! ざまあないな、ご主人様?』
うっさい夜魔。生意気言うなら、今度泥水に一時間浸してやるわよ?
『くくっ、手厳しいねぇ!』
……あーあ。せっかく可愛い娘と仲良くなれそうだったのに、本当に嫌になっちゃう。
……まあでも、昨夜がおかしかっただけで、これが自然か。はい、切り替え完了。
「……随分騒がしくしてくれやがって。てめえはどこまで問題持ち込めば気が済むんだ!」
楽しい時間が台無しよ、と。
リンゴちゃんから一歩退き、朝から滅入ってしまっていると、突然部屋の扉が開け放たれる。
勢いよく乱入し、部屋を見回して怒声を上げたのは宿の髭主人。
どうやらさぞお冠なご様子だけど……まあ、当然よね。
ねぐらにしていただけの私でさえ不機嫌なのに、家主である主人が怒らないなんてあるわけないもの。私が店主の立場なら、斬りかかっているかもしれないわ。
「あら主人。無事だったのね。良かった、とっても心配してたのよ?」
「はっ。心にもないこと言ってんじゃねえよ」
まあ酷い。
別に嘘じゃないってのに。そもそも私、滅多なことじゃ嘘なんてつかないのに。やっぱり日頃の行いって大事よね。
「一応確認するけど、売ったわけではないわよね?」
「するわけねえだろ。ギャングなんざ、クソみたいな所場代以外に連みたくはねえんだよ」
念のため確認するが、髭主人は苛立たしげに一蹴してくる。
嘘はない。髭主人のギャング嫌いが筋金入りなのは、一年もいれば簡単に知れることだもの。
「ごめんなさい。弁償はするわ」
「しなくていい。代わりに、戻ってこなくていい。てめえは二度と、泊まらせねえ」
「えー、悪いのはあいつらなのに?」
「ついさっき警告したばかりだぞ? それで騒ぎを起こすような女に選択権なんざねえんだよ。ほら、とっとと消えろ。それとも通報されてえのか?」
髭主人の睨みは、怒りというのには、あまりに力なく、虚しそうで。
私にはもう掛けるべく言葉は残っていないと、「世話になったわ」と頭を下げるしかない。
荷物をまとめ、バスローブから服へと着替え。
リンゴちゃんをお姫様抱っこし、ぽっかりと空いてしまった穴から宿を後にする。
「うぐっ」
「あんたらのせいよ。ああむかつく」
せっかく下ろしてあげたのに、何故かまだ下で転がっていたチンピラ共を足場に着地して。
ついでに一回、鬱憤晴らしに蹴飛ばしてから、リンゴちゃんを下ろして赤の街へと繰り出していく。
ああ、空は快晴。
私の現在とは全然違って、雲一つないほどに澄み渡っていて、なんか逆にめげちゃうわ。
「あ、あの、ごめんなさい。私のせいで、大事な宿を……」
「平気平気、気にしないで大丈夫。根無し草だしそんなものよ。むしろ一年、ちょっと長居しすぎたくらいね」
落ち込むリンゴちゃんに、心配いらないと軽く告げながら、かるく肩をすくめてみせる。
確かに気落ちはしたけれど、残念ながら、私の心なんてそんなもの。
路上で犬と戯れている時期だってあったのだし、漁ったゴミが贅沢だった季節もあるのだから、部屋の一つや二つは誤差よ誤差。お金がないわけじゃないしね。
……ま、流石に申し訳ないから、この件が終わった髭主人にお詫びは送りつけるつもりだけど。
人物問わず。愛着っていうのは、金銭なんて合理で片付けられないもの。
もしかしたら、私からのお金なんて受け取りたくはないかもだけど。あくまで自己満足だから、送ったあとのお金は好きにしてもらいたい。……殺し屋を雇いでもしたら、そのときは返り討ちだけどね?
「そんなことより、切り替えて? あなたにはもう選択肢も、憂いてる暇さえないのよ?」
「えっ……?」
「どういうわけか、あのチンピラ共はあなたを狙っていた。『城』の連中ではなく、この街に根付く野犬共が、迷いなくあなたを求めて襲ってきた。ねえ、果たしてそれが偶然だと思う?」
私の問いかけに、リンゴちゃんはようやく気付いたと、ハッと息を呑んでしまう。
突きつけるのは残酷だけど、話さないのも同じくらいの残酷。
彼女がまだ、城へ盗みを働いた程度の認識だったのなら、正してあげなくてならない。
大丈夫。
そういう役目は慣れっこ。どうせ怖がられているのだから、今更失うものなんてないわ。
「あなたはもう、自分の家には帰れない。この街で生きる限り、二度と平穏は訪れない。それが城へ盗みを働いた──この五色都市の裏側へと、足を踏み入れた報いよ」
この街の裏に生きる者は、みんな情報を欲しがっている。
難攻不落。滅多に手に入ることのない城の情報を得るために。
より深い神秘を手にして、より自身の欲望を満たすために。
薬石を待つ誰かの下へも、太陽に照らされた昼間の表へも、決して戻ることは叶わない。
昨日まで笑顔で挨拶できていた街の人も、初めて恋をしたお花屋さんのお兄さんも、あなたが助けたい誰までも、もしかしたらあなたを狙う敵かもしれない。
リンゴちゃんの現状は、そういうこと。
可哀想だけど、それが裏の深い部分へと関わるということ。
嗚呼、可哀想なリンゴちゃん。
せめてそこらのクズからちょろまかした程度だったら、幾分マシだったろうに。
……ま、そこらのクズが持っている代物でもないから、考えるだけ無駄な話だけどね。
正直なところ、ただ盗みに失敗しただけにしては、少し腑に落ちない点もあるけれど。
とりあえず、細かいことは後回し。そこまで頼れない頭を回すのは、情報集めてからが本番よ。
「そんな、そんな私、そんなつもりじゃ……お姉ちゃん……!!」
流石に酷だったのか。頭を抱え、その場にしゃがみこんでしまうリンゴちゃん。
無理もない。眉唾な都市伝説を当てにして盗みを働こうとしたら、命を狙われる側になってしまった。私だって、何も知らずに表で生きていただけならば、そんな想像出来やしないもの。
……それにしても、お姉ちゃんか。なるほど、そういうことね。
「──でも大丈夫! だって私がいるのだもの! 可愛い娘の味方である、このノノ様がね?」
お先真っ暗、絶望真っ只中なリンゴちゃん。
けれど大丈夫だと。立ち上がれるように励ますつもりで、私がはっきりとそう口にしてあげる。
「ノノ、さん……」
「信じるも信じないもあなた次第。でも一つ、これだけは覚えておいて? ノノは人でなしの悪党だけど、一度仲良くなった可愛い娘を見捨てるほど、安い女じゃないってことを」
確かにあなたの人生は、どん底ってくらいには絶望に満ちている。
それでもまだ、終わったわけじゃない。だってあなたの目の前には、この私がいるのだもの。
どれだけ高らかに宣おうと、為せなかったことなんていくらでもあったけれど。
笑顔で紡いだ縁が、最終的に血生臭い訣別なんて結末を迎えることなんて幾度もあったけど。
決して万能ではないけれど、それでも私がここにいる。
この私が──ノノがそばにいるのだから、バッドな終わりになんて絶対にさせてあげない。
さっきも聞こうとしたでしょう?
道は二つ。
ここで諦めるか。或いは、私と一緒に抗い、行き着くべき場所まで歩き続けるか。
だから、そんな顔はしないで。
答えはいつだって一つ。必要なのは前進のみ。
それに目の前の可愛い娘がいつだって笑顔でいてくれなきゃ、私の人生も曇っちゃうでしょ?
「グッド。さあ行きましょう? しっかり掴まっててね、お姫様?」
「わ、うひゃあ!?」
善は急げと。落ち込んでいる時間はもう一秒だって、ないのだと。
顔を上げて、目に涙を浮かべ。
それでも、例え恐る恐るだとしても勇気を出して、差し出した手を掴んでくれたリンゴちゃんをお姫様のように抱きかかえ、赤の街を全力で駆けだしていく。
何も知らない街の住人達には注目なんてお構いなし。
可愛い悲鳴も、降り落ちないようギュッと強く握ってくれる力も、私を動かす燃料なんだから。
「あ、あの、どこへ……!?」
「大丈夫、ちょっと当てがあるわ。ノノの大好きな、良い女がもてなしてくれる場所がね?」




