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朝の一時

 五色都市(カラフール)

 世界のどこかに存在する。かつて五人の王によって統括されたとされる大円の街。

 文化、建築、住民、規則、暗黙の了解。

 大壁五つによって隔てられ、何もかもが違う五区によって構成されたその街はは、さながら小国が五つくっついているかのよう。

 

 昼は表。夜は裏。安息に、そして健やかに過ごすだけならば、決して境を越えぬべき。

 夢に魅入られ街へと入り、夢に挑めば、たちまち一生を使い果たす。

 死は至る所で隣り合わせ。されど挑戦の果てに掴む者がいたのなら、真の冨と充実を得るだろう。

 

 眉唾のお伽噺と、いくつかの詩によって語られる曰く。

 未だ幻想と未知に満ちたその街は、明かされぬ多くの伝説と神秘(アーティファクト)、そして哀れな骸を数多眠らせる。

 

 そんな栄光と死に溢れた、小さな幻想の世界(ファンタジア)の一角。

 情熱と華麗が築く石の街。赤の街にて私──ノノは今日も楽しく生きている。


「ふんふんふーん」


 ところで、そんな私には、生きる上でいくつかのこだわりがある。

 

 クソみたいな人生を、一際楽しく過ごすための秘訣。

 日常という不確かな基準を、せめて忘れないための儀式。

 もちろん例外だってときはあるけど、なるべく欠かさずにいたい習慣みたいなものよ。


 その一つが、一日の始まりはシャワーで始めること。

 実は肌に悪いとか、髪質に影響が出るだとか、女の端くれとして無視しちゃいけないデメリットはそこそこ耳にするけれど。

 それでも朝一番にさっぱりと。

 新たな一日のために、そして今日出会う可愛い娘達のために心身共に整える。その爽快感は、何にも変えがたいものよ。


 このねぐらを選んだ理由の一つだって、部屋に良い感じのシャワーが備え付いているから。

 一分ごとに金を要求してくるし、お湯を出したかったら通常の倍取られてしまうけど、そんなの自分の家か集合浴場でもなければ大体そんなもの。

 中には泥水みたいな色をした、選択やらトイレやらのを再利用したんじゃないかって水を平然とシャワーとして回してくる宿だってあるのだから、多少の値など気にするつもりはない。

 

 バケット、シャワー、ベッドメイク。そしてルームサービス。

 それだけが取り柄であり、何よりの長所。

 外装がボロっちいし、数部屋しかない規模なのはご愛嬌。一年も籠もっていれば、逆に隠れ家っぽくて悪くないとさえ愛着も湧く。そんな自慢のねぐらが、今の私のマイルームよ。


「……ふう」


 そんなわけで、今日も汗も汚れもさっぱり流して心機一転バッチリ。

 自慢の曲線美も変わらず健在。胸の辺りにちょっと虫の跡があるけれど、それもまたご愛嬌。

 

 あの娘もそろそろ起きる頃かなと。

 これまた有料のドライヤーで自慢の青髪を乾かして、バスローブで部屋まで戻れば……ビンゴっ。

 

「え、えっ……?」


 ベッドの上で瞼を擦り、ぼんやりながら周囲に戸惑う赤髪の可愛い娘ちゃん。

 シーツ一枚剝げば昨日のままなのに、初心な顔しちゃってる彼女へ気さくに手を振ってあげれば、ポカンとしながら「おはようございます」と返してくれる。育ちが良くて結構ね。

 

「おはよう。昨日はぐっすり眠れたようで何より。それにしても、可愛い寝顔だったわね?」

「え、えっと、こ、ここは……?」

「どこって、そりゃ私の借りてる宿に決まってるでしょ。昨日一緒に来たの、忘れちゃった?」

「昨日……あっ、あわわっ、あわわわっ!!」


 私が唇に手を当てながら、一つ質問してあげれば……ふふっ、そんなに頬を赤くしちゃうなんて。

 昨日の夜はそのベッドで、あんなに心地よさそうに蕩けてくれたのに初心な反応。可愛い。


「とりあえずシャワーを浴びて、それから朝食にしましょう? 自慢じゃないけど、ここのコーヒーとバケットは中々いけるわよ?」


 頬をリンゴみたいに、或いは綺麗な髪色と同じくらいに真っ赤にした可愛い娘。

 まだ身体以外では自己紹介し合ってないから、とりあえず、彼女のことはリンゴちゃんと。

 リンゴちゃんに優しく声を掛けてあげながら……少し、無防備な彼女を見ていたら、妙案が舞い降りちゃったわ。


「……あ、それとももう一回したい? あなたが乗り気なら、ノノはもちろんウェルカムだけど?」

「ふぇ!? や、やりません! 起きます!」

「それは残念。それじゃ、シャワー浴びちゃいましょう? 洗ってあげるわ」


 私の誘いに可愛い反応をしながらシーツを撥ね除け、ベッドから降りるリンゴちゃん。

 うーん可愛い反応。けど、ああ、だからこそ困っちゃう。

 二回も朝シャワーなんて無意味でしかないけれど。そんなにも無防備を晒されちゃうと、私我慢出来るか心配だわ。






 ところで。

 この宿のサービスは結構良くて、頼めば大概のことはしてくれる。

 食事を部屋で食べたいと言えば運んでくれるし、路地裏に残してきた死体の後処理の手配なんてことも安くはないけれど追加で頼めたりもする。それってとっても便利よね。


『うちは連れ込み宿じゃねえんだ。あんまり騒ぐようなら、いい加減出ていってもらうぞ』

 

 けれども、呼んだ矢先に酷い忠告よね。あの髭主人。

 ここに可愛い娘を連れ込んだことなんて、まだほんの二回くらいしかないってのにさ。


 まあバスローブ姿の私達に下卑た目を一切向けないのは、相変わらずの紳士で高得点。

 食事に薬を仕込んでそのままぐへへ……なんて真似、こんな世界じゃ一度や二度じゃなかったもの。

 


「お、美味しい……! こんなに温かいの、久しぶり……!!」

「でしょ? 気が済むまで食べるといいわ。はいこっちも、あーん」


 ま、髭主人の悪態なんて、目の前の可愛い娘の食事姿に比べたら、誇り同然にちっぽけなもの。

 ガツガツと、懸命に貪り浸る姿はお高いレストランであればきっと零点。けれど私の前ならもちろん百点。

 もちろんマナーは大事だけど、時と場合こそが一番のマナー。少なくとも私は、気を遣って振る舞われるより、多少汚くても美味しそうに食べてくれた方が嬉しいわ。もちろん限度はあるけどね?


 髭店主に用意してもらった今日の朝食は、変わり映えのないコーヒーとバケットが二人分。

 外はサクッと、けれどもふわり。

 香ばしい小麦の匂い。味付けはバターとジャムのお好みで。

 何より毒が入っていない。これってとっても素晴らしいことだと私は思うわ。あとはサラダも付いてくれば申し分なしだけど、残念ながらメニューの追加はそこそこ割高。そこだけは少し不満ね。


 というわけでリンゴちゃん? ほらほら、こっちも美味しいからどうぞお食べ? あーん。


「あ、あーん……」


 あーん可愛い♡ 雛鳥みたい♡

 こんなバケットじゃなくてあなたの方を食べちゃいたくなる♡ いけない、我慢よ我慢♡


 そんなわけで、朝食はこれ以上ない充実で終了。

 心身共に朝から満腹。ドーピングなんかなくとも一日の活力はフルチャージ。

 やっぱり可愛い娘とのモーニングはグッド。最近は仕事で寝るのばっかりだったから、プライベートで同衾とご飯なんて久しぶりで潤っちゃった。あーん、楽しい。


「……ご、ごちそうさまです。あ、あの……! お金の、方は……」

「ああ、気にしないでいいわ。可愛い娘が美味しそうに食べてる姿はね、目の保養になるのよ」


 食べ終わって一息つき、可愛らしくお砂糖とミルクを入れたコーヒーを整えながら。

 リンゴちゃんは申し訳なさそうに顔を沈ませてくるので、大丈夫だと優しく微笑んであげる。


 当然下心はあるけれど、お金を取る気がないのはもちろん本音。

 ここからふんだくるのは簡単だし、実際どうでもいい相手だったらするけれど、あなたはそうじゃない。

 世間から見たら、もちろん私は人でなしの悪党に区分されるごろつきだけど。

 それでも譲れない一線っていうのはある。

 わざわざ誰かに言うまでもないし。他人様に信じてもらえるかはなんてのは、別にどうだっていいことだけどね?


「そ・れ・に・? 支払いはとっくにもらったもの。昨日の夜も……ついさっきもね?」

「……変態」

「ありがとう。でもあなたも悪いのよ? 本気で嫌がってくれたなら、ノノは絶対に手を出さない。そういう主義なのに、あなたは手を取ってきたのだもの」


 からかいがてら、昨夜の一幕を語ってあげてみれば。

 リンゴちゃんは頬を真っ赤にして睨むなんて、実にらしい反応を返してくれる。

 

 昨日、この娘はあの路地裏で私の手を取ってくれた。

 若干ふわふわしていたけれど、恐怖からではなく、生存のための媚びでもない。そんな打算、狸や狐じゃないのなら、一目見ればすぐに見抜けてしまうもの。


 宝も恋も戦いも殺しも。

 合意でなければヤッたって何にも楽しくない。……別に合意でも、殺しは楽しくないけれど。


 だから、まあ、私も我慢出来なかったの。

 一応、流されてもいい冗談のつもりだったのに。頷いてくれたらラッキーなんて、その場のノリでしかなかったのに。

 あんなお腹を擽る顔されちゃったら、唾を飲み込んでなんて無理な話。気持ちが変わらないうちにねぐらへ連れ込んで、しっぽりしちゃうのはむしろ義務でしょう?


 もちろん、後悔はしてないわ。

 自分のねぐらに他人を誘うなんて、裏で生きる者としては下の下の愚行なのは百も承知。

 据え膳食わねば何とやら。ベッドの上でもなお「……優しくしてください」なんて言われちゃったら、食べない方が失礼でしょう?


「うう、私、女性となんて考えたことなかったのに……。そもそも初めて、だったのに……」

「素質あるんじゃない?」

「あ、ありません! 私の初恋は近所の花屋のお兄さんだもん! 本当だもん!」


 意地らしくムキになっちゃって、まあ。

 もしかして、誘ってるのかな? ……本当に、嗚呼、本当に可愛い。


 とまあ、本当なら流れでしっぽりもう一回戦……なんて、洒落込みたい所だけど。

 残念ながら、そろそろ本題に入りましょう。

 切り替えは大事。浮かれポンチで命を落とすだなんて、流石にそんなのごめんだもの。……ちょっと惜しいのは本当だけどね。


「それじゃあリンゴちゃん? 本題に入る……前に、お望みの呼び方を聞いてもいい? ああ、もちろん偽名でいいわ。名乗らなくても構わない。この街の裏で生きるのなら、そういうものでしょ?」

「り、リンゴちゃん?」

「ええ。リンゴちゃん。ノノにとって、あなたは瑞々しい赤い果実。素敵でしょ?」


 私の提案に、こてんと首を傾げてしまうリンゴちゃん。

 個人的にはベストなネーミングセンスだと思っているけれど、ちょっとウケが悪かったかな?

 

 まあ、裏で生きるのなら名前なんて些細なこと。

 呼び合えれば何でも良し。気に入るのならどうでもよし。ただし舐められたら報復を。当然よ。


「……リンゴちゃんで、お願いします。あ、あの! お姉さんは、あの“蒼斧(あおの)”さんで──」

「ノノって呼んで? 一夜を共にした仲の娘に、蒼斧(あおの)なんて呼ばれると寂しいわ」


 うんうんと、可愛らしく悩んだ末。

 それでいいと言ってくれた、他称リンゴちゃん改め公認リンゴちゃんの無粋なお口を、私の人差し指で優しく止めてあげる。


 蒼斧(あおの)

 自慢じゃないけど、裏ではそこそこ有名な私の通り名。

 超常の力を秘めたお宝──神秘(アーティファクト)を探し、裏で生きる神秘挑戦者(チャレンジャー)。そんな本業として活動するときに呼ばれる、私の裏の顔。

 例え表の出であろうと、或いは溢れてしまった噂を聞いたことくらいはあるかもね。


 別に気に入ってないわけじゃないし、何なら悪くない部類だと思ってはいるけれど。

 それでも、せっかく仲良くなれそうな可愛い娘には名前で呼ばれたい。

 心に塵一粒くらいでこびり付いている、私のお可愛い乙女心。なけなしの人の心というやつよ。


 ところで……リンゴちゃんの唇、昨日も思ったけれど、本当に柔らかいわね。

 カサカサなんて衰えなんて無縁で、触っているだけで(そそ)られちゃう。たまらない♡

 

「それでリンゴちゃん。あなたはどうして『城』の連中に追われていたの? どんな理由で、どんな経緯で、この赤の街に楯突いたの?」

「……どう、して」

「赤装束はこの赤の街に聳える『城』の子飼いの証。多少なりとも裏と関わっていれば、そんなの常識でしょ?」


 ちょっと名残惜しくはありながら、艶々の指から離し、質問を一つ投げかける。

 ちょっぴり唇をギュッとしちゃうリンゴちゃんには悪いが、残念ながらそこは誤魔化されてあげられない。


 『城』。

 五色都市(カラフール)にそれぞれ五つ。

 かつて五色の王が居を構えていたという伝説を持つ、各街を統括する所謂お役所的な場所。


 ただしそれは、あくまで表の話。

 裏においての『城』とは、神秘(アーティファクト)の総本山にして街の裏を仕切る元締め。

 私達神秘挑戦者(チャレンジャー)からすれば、良き隣人でありながら目の上のたんこぶ。どの街でも、そんな役割に変わらないわ。


 だから、もしもリンゴちゃんが『城』に追われる理由があるのなら、相応の厄介事なのは明白。

 基本可愛い娘には甘い私だけど、それでもはぐらかされてあげるわけにもいかない。

 知るべき所は知る。それが生業も趣味、どちらであったとしても、生き残るためには大事なことよ。


「……『城』に忍び込んだんです。どうしても薬石(くすりいし)が必要で。でも、どうしようもなくて。だから、そういうのがいっぱい眠ってるって噂の神秘庫から、盗むために」


 なるべく優しげに、けれどしっかりと。

 頬杖突いて、見つめ合うこと十数秒。

 暫しの沈黙の後、諦めたように、ぽつりぽつりと事のあらましを語り始めてくれたリンゴちゃんに、私はつい口笛を鳴らしてしまう。


 薬石。万病に効くと言われる、確か中々にレア度の高い神秘(アーティファクト)

 少なくとも、表で出回ることは滅多にないし、一般人には手の届かないお宝。

 

 それを盗むために、神秘(アーティファクト)の保管場所──神秘庫に侵入したリンゴちゃん。

 だが侵入したまではいいものの、薬石がどれか分からず、バレてしまって時間切れ。

 どうにか脱出したまではいいものの、顔が割れてしまったせいで、逃げるしかなかったと。


「それで忍び込んで、帰ってきたと。……すごいわね。考えるやつはゴロゴロいるけど、実際に行動へ移して、生還まで出来ちゃう人はそういない。あなたはきっと、歴史に残る大泥棒よ」

「うう……。こんなはずじゃなかったのに……。都市伝説に縋るしかなくて、バレたら事情を聞いてもらって、お金の打診をするつもりだったのに。まさか、あんな部屋があるだなんて……」


 純度九十、残り十に皮肉を込めた称賛を送ってあげると、当のリンゴちゃんは頭を抱えてしまう。

 

 大胆不敵というか、無鉄砲というべきか。

 神秘挑戦者チャレンジャーだけにあらず、多少なりとも裏に属していれば間違いなく後者に傾くのだろうけど。

 まあ実際にやってのけてしまっているのだから、流石に前者と認めざるを得ないの当然よね。 

 

 どんな用途で、なんてここで訊くのは野暮。

 薬石が必要な時点で、どうしたいかなんてのは決まっている。

 ただお金が欲しいだけならば、『城』へ盗みに入るなんて割に合わないなんてこと、馬鹿な馬鹿にだって理解出来る当然だもの。


 ……それにしても、だからこそと言うべきか。

 やっと合点がいったわ。どうも裏の人間にしては可愛いくらい迂闊だと思ってたけど、そういうね。納得。

 

「さてリンゴちゃん。勇敢なあなたに、ノノがしてあげられるのは二つ──」


 一応事情を呑み込んで、リンゴちゃんにひとまずの提案をしようと思った。

 その瞬間。私の言葉を遮るように壁が吹き飛んで、愛用しているねぐらが台無しになったのは。


「わっ、わっ……!」

「……まったく、朝くらいは静かに過ごさせて欲しいものね」

 

 驚くリンゴちゃんを庇いつつ、こんな大胆な真似をしでかした、不届き者らの方へと目を向ける。

 

 開いた穴から入ってきたのは、複数人。

 気取ったスーツ。如何にもな風貌。そして胸には見覚えのある蛇のエンブレム。

 

 ──ギャング。 

 赤の街に三つ存在し、縄張り争いに精を出している裏組織。

 彼らはその一つに属する無法者。ま、どこまでいこうが私と同じ、下品なクズでしかないわ。


「捕らえろ。連れの女は殺して構わん」

「……残念よ。このねぐら、本当に気に入っていたのに」

 

 勧告の答えを待たずして、こちらへ襲いかかってくる数匹のお邪魔虫達。

 リンゴちゃんとのイチャイチャタイムを邪魔するなんて、最低最悪な愚行だけに飽き足らず。

 贔屓にしていた住処まで台無しにしてきたその罪は、まさしく万死に値するわ。


 さて、斧槍(ハルバード)は既に手の中。──さあ、どう料理してくれようか?


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