“蒼斧”ノノ
「あ、あの……! またお呼びしても、大丈夫ですか……!」
「オッケーオッケー。あなたみたいな可愛い娘だったら、ノノはいつでも歓迎よ。ちゅっ」
扉の前で頬を赤らめ、いじらしく手を振ってくる可愛い娘。
初心な態度にもかかわらず、打てば響くと言わんばかりに啼いてくれた、終わる頃には「大好き」なんて何度も叫んでくれたお客様。
そんな愛しの彼女へと投げキッスを送った私は、すっかり夜の帳の降りた街の中へと姿を消していく。
『くっくっく。今日も随分とお盛んだったな、娼婦殿?』
「ええ。ああいう娘、大好きだもの。瑞々しすぎて、ごちそうさまって感じよね」
上機嫌にスキップを踏みながら、街を歩く最中。
頭に付けた斧の形の髪飾り──相棒、夜魔の冷やかしへ、にこりと笑顔で返してやる。
フリーの娼婦。知る人ぞ知る、素質があれば手繰られたように気付けてしまう、女性だけの夜の蝶。
健気にも呼んでくれた可愛い娘へ、蕩けるような蜜月を提供する。それが今の私の表の仕事。
とはいっても、どこかに属して活動いるわけでもない。
荒くれの庇護下に入り、身も心もむしり取られるなんて苦痛、例え死んでも真っ平御免。
気ままに好みの娘から仕事を取り、趣味と実益を両立しながら、そういう立場を周囲に見せる。
街の片隅あるようなパン屋の娘でもいい。
大きな屋敷のメイドも悪くない。
陰謀渦巻くカジノのバニーガールだって、時には全然構わない。
単に今回は女性を相手にする娼婦の気分で、それがついこの前二年目を迎えたってだけ。
流れの私にとって表の仕事──副業なんて、そんなもの。
どこまでいこうが本業の余暇。趣味と実益を兼ねた、時には情報収集にも繋がることもあるだけの時間つぶし。
そう、全ては私が楽しく過ごすための彩り。
いつ無様に野垂れ死のうが、どれほどまでに惨めな最期を迎えようが。
全部が全部、目から光が失せ、意識が消えさる最期の一瞬に笑って死ぬための過程。だからお金は所詮二の次で、充実こそが最大のお給料。
……ま、こんな生き方してるから、色んな所から目を付けられているんだけどね? 笑えるわ。
『くっくっく。まさに物は言い様だな。流石だぜ、淫売め!』
「ありがとう。そういう称賛、嫌いじゃないわ」
普段通りに皮肉ましましな、相棒の褒め言葉もなんのその。
何をどう言われようとも、今日の相手は素敵なお嬢さまだった。
だから今夜はまたぐっすり眠れそうだと、スキップしたくなるほどに満ち足りた気分のまま、ねぐらへと戻ろうとした──のに。
残念ながら、相変わらずこの街は、静かな夜を許してくれない。
更ける夜の静けさを、そして事後の余韻を。
その一切を意図も容易く劈き散らす、甲高い女性の叫びが街へと響き、私の耳へと届いたのだから。
「……せっかくの夜だったのに、これじゃ余韻が台無しね。──夜魔」
『あいよ。血生臭い仕事の時間だな! くっくっく!』
声の主ではなく、相変わらずの街の治安へ大きなため息を零してから。
コンコンと、髪飾りを指で触れてやれば、夜魔は愉しげに笑い、私を染めていく。
優しげな月光によく似合う青色のドレスは、艶々ぴっちり、自慢の曲線美を見せつける仕事着へ。
一つに纏まっていた自慢の青髪は、一度解け、そして二本の尾のように二つ結びへ。
そうして装いを変えた私の手にはいつも通り、髪飾りより変化した、便利と自慢の相棒が。
刃は当然とし、鋭い穂先から石突まで。
まるで私の髪色で染めたかのような、深い青に満ちた斧槍。私を象徴する、私の好みに仕上がった、私だけの一振り。
色力解放。変身時間、実にコンマ一秒未満。
誰かが一つ瞬く間に身なりを整えた私は、既に気まぐれに女性を惑わせる夜の蝶にあらず。
愚かな野蛮な人でなし。五色都市の裏にこびり付く、溝浚いなお宝漁り──神秘挑戦者。
そんな本業の姿へと相成った私は地を蹴り、空へと飛び出し、屋根やら壁を伝って夜闇に一筋の青い軌跡を描く。
そして見つけた。月夜さえ届かない路地裏へと追い込まれ、逃げ道を失った一人の少女を。
鈍色の刃をぎらつかせ、幼気な少女へと迫る複数人の赤装束、悪鬼羅漢の姿を。
「ぐへへっ。随分と手こずらせてくれたが、ネズミ狩りもようやく幕引きだな」
「く、くそっ……!」
「さあ『鍵』を渡せ。盗んだ物を返し、我々と来てもらおう。そうすれば、せめて楽に──」
「渡さなくていいわよ。従わなくていいわよ。だって一度手に入れたのなら、それはもうあなたのもの。違う?」
何故追われているか、男の言葉はどういう意味か。私にとって、そんなことはどうでもいい。
可愛い娘が危機に陥っている。飛び込む理由なんて、それで十分。
屋根から軽く飛び降りて、健気にも短剣を抜いて抗おうとしていた赤髪の少女と悪党共の間に躍り出ながら、スラリと華麗に着地してみせる。
「たなびく青髪に、青い刃の斧槍。そして平らな胸。まさかお前は……ぐふっ!!」
「まな板で結構。この流麗さが理解出来ないあなたには、可愛い娘よりも刃がお似合いよ」
言葉は不要。斧槍を容易く振るい、最期の言葉の暇さえないままに、不届き者を斬り伏せる。
人殺しは悪いこと。そんな当然の常識は、どこまでいっても表のもの。
この街で生きるだけにあらず。より濃い神秘を求め、少しでも街の裏へと踏み込むのなら、敵対=弱肉強食は暗黙の摂理なり。
何よりこの私の前で可愛い娘──宝物を襲おうとしたのだから、非業の末路は当然よね?
「まったく。……はあいレディ。元気してる? 怪我はない? ……へえ?」
くるくると斧槍を回し、刃から汚い血を払ってから、くるりと少女の方へと振り向く。
さりげない笑みと優しげに差し伸べる手で、私は味方だぞと安心感を。
目の前のスプラッタと、手に持つ斧槍のせいで意味はないかもだけど、それはそれ。
第一印象は人付き合いで大事なこと。
恋も仕事も、楽しく駆け引きするには最初が何よりも肝心だもの。
「綺麗な、蒼い、斧……」
わおっ、見る目あるわね。好感度十上がっちゃう。
しかし……それにしても、この娘。
ちょっとまだ瑞々しいし細いけど、中々どうして、想像していたよりもずっと……へえ?
「グッド。あなた、とっても可愛いわね。どう? 話ついでに、今晩ノノといいことしない?」
未だ警戒を解くことなく、気丈に構えてみせる赤髪の少女。
そんな可愛い娘に、私は手を差し伸べながら、気さくにウィンクを一つ送ってみせる。
どんな複雑多様な事情があろうとも。どれほど因果因縁で絡まっていようとも。
目の前にお宝があるのなら、誘わずにはいられない。
それが私の──神秘挑戦者、蒼斧ノノの掲げる流儀。我ながら、難儀な性分ね。まいっちゃうわ。
読んでくださった方へ。
新作です。一章終了まで毎日投稿の予定です。
感想や評価、ブックマーク等していただけると作者はとても嬉しいです。




