赤の王
私の切り出しを切っ掛けに、場には今日……否、この数日で一番の緊張が奔る。
或いは、あの“赤槍”に心の臓を刺されたとき以上。
一挙手一投足。今から発する一言一句に、私の今後がかかっている。そんな気がしてならない。
きっと、訊かなければそのまま終われたであろう藪蛇。
自ら死神の鎌を誘うような、そんな愚行。
だけど、それでも。
訊かずにいられないのが私の──神秘挑戦者、蒼斧として何より誤魔化せない性。
求めるものに至るためならば、例えどれほどの蛮行であろうと、臆したりなんかしてやらない。
どんな脅威にも戦慄かず、後悔ないままに生きおおせる。
それが私の、ノノの誓った生き様。どんな末路であろうとも、終わる間際に笑うための決意。
だから、答え合わせといきましょう?
私が『城』へ一矢報いるか。それとも、何も為せず、恥ずかしい勘違いで終わるかの。
「…… “蒼斧”様。いきなり何を、仰るのですか?」
「根拠は二つ。あなたが回廊を開いたこと。『外』への回廊を開けられるのは五色の王、或いはそれに値する何かだけ。どこかの誰かが嘘をついていなかったのなら、そのはずよ」
依然、その澄ました表情を変えることはなく。
訝しげに尋ねてくるアカネちゃんに、私は一つ指を立てながら、推測を語っていく。
私は一度、この目で回廊を見たことがある。──否。一度、この身で通ったことがある。
だから、知っている。そのときに、確かにそう聞いた。ならば、これはおかしいこと。
……ぶっちゃけた話、アカネちゃんが目の前で回廊を開く場面さえなければ、私はスルーしていた。
だから、これは紛れもなく幸運によるもの。
回廊について知る者がいないという傲慢か。或いは、知る者を誘うための餌であったのか。いずれにしても、私はそれに食い付いた。そういうことよ。
「……少し短絡的かと。私が王より権限を承っている、そういう可能性は十二分に──」
「そうね。その通り。だけど、あなたは食い付いた。嘘をつくのが下手ね、アカネちゃんは」
誤魔化そうとしたアカネちゃんへ、ふてぶてしく笑みを掲げ、饒舌に答えてみせる。
初めて、アカネちゃんの表情が崩れる。
苛立ちか、動揺か。何事にさえ動じることのなかった彼女の目が、ほんの僅かにだがひくついた。
……若干賭けだったけど、どうやら正解のようね。一安心よ。
「残る一つはまあ……ノノの勘よ。自ら開いた催しなら、目の前で眺めていたい。けれどノノがその立場だったら、一番有り得そうな立場に紛れ込む。例えばそう。条件を守るための護衛、或いは目的地で迎える代理人なんて、お誂え向きじゃない?」
「………」
「違うのなら違うで結構。今までのはノノの恥ずかしい勘違い、そしてあなた達の主への愚弄。だからせめてものお詫びに、報酬の一切を受け取らない。それでチャラにしてくれると助かるわ」
そうして私は挑発とばかりに笑みを浮かべ、自身の中にあった語りを締めくくる。
さあ、言いたいことは言い終えた。あとはなるようになるのでしょう。
あとは目の前で無言を貫くアカネちゃんの答え合わせ次第。私は、どうなってしまうのでしょう。
『くっくっく! なあおい、年貢の納め時のようだぜ! 小娘に足下掬われちまった、赤いの!』
「──戯け。赤は試してやっていたに過ぎぬ。安く履き違えるでない、黒いの」
瞬間、変わった。
覆う布を剝いだかのような、アカネちゃんが纏う雰囲気が、凜々しさのある今までのものへ。
そして、答えた。
契約して繋がっている私以外には聞こえない夜魔の声へ、私の頭部──斧槍の形をした髪飾りを見据えながら、はっきりと。
「……かかっ、かーっかっか! 良い、よくぞ見抜いたものだ! そうさな、このような戯れをどこぞの部屋から眺めるだけでは退屈極まりない。青の系譜とはいえ、やはり其方は分かっているな!」
顔を押さえ、天を仰ぎながら、豪胆に笑い声を上げるアカネちゃん。
姿形はそのままのはずなのに。
別人とさえ感じてしまうほど、今までとは根本的に異なる仕草のアカネちゃんは、ただの軽い一跳躍にて、階段を越えた踊り場へと到達してしまう。
「貌を暴いた褒美き、我が真実の拝謁を赦す。しかとその眼に焼き付け、感涙に咽ぶがいい」
そう宣誓したアカネちゃん、次の瞬間。
彼女を『赤』が纏う。尋常じゃない──あの赤槍でさえ霞むほどの色力の嵐が、彼女を中心に吹き荒れる。
そして、嵐が過ぎ去ったあと。
赤いスーツが似合う美人。アカネちゃんの姿は、最早どこにもなく。
赤を赤で呑み込んだかのような、深い赤を基調としたドレスを身に纏う赤髪の美人。
まさしく、この赤の街を統べるに相応しい姿をした、ただ一人。
赤の王。五色都市が伝説の一人が、まさしく、私の前で、優美に微笑んでいる。
──嗚呼、美しい。
こんなにも綺麗で恐ろしい、脳に焼き付いてしまうほどの美を、私は初めてこの目にした。
触れたい。
味わいたい。
貪りたい。
食べ尽くしたい。
血湧き肉躍る。心が、叫んでる。
理性さえ、とめどなく、あれを求めて仕方ない。
「──如何にも。赤こそが五色が一、赤を統べる王なり。して、感想は?」
「……ワンダフル。もっとお年寄りが出てくると思ってたのに、とっても綺麗で、見惚れちゃう♡」
「かかっ! それでこそよ! やはり赤が一推しなだけはあるとも!」
だけど唇を噛み締め、痛みと血の味で口内を染めながら。
押し寄せる欲を留め、魔性の笑みを浮かべる赤の王に、精一杯の虚勢を張ってみせる。
赤く、どこまでも紅い瞳が私を射抜く。
こちらを見透かし、一切を気取らせぬ、魔性の瞳。
私に出来るのは、魂まで呑み込まんとする赤色に、決して揺らがず目を逸らさず。
臆するなかれ。戦くなかれ。まあ結局、いつも通りってことね。
『くっくっく! 良かったな、綺麗だってよ! めかし込むのが好きな赤ちゃんよぉ!』
「ちゃんを付けるな。おおところで、随分と希薄ではないか黒いの。赤としたことが、あまりに青すぎてまるで気付けなかったぞ黒いの。すまんすまん、なあ黒いの?」
『相変わらずだな! ボケてなさそうで安心したぜ、くっくっく!』
そんな私を差し置いて。
まるで旧知の再会を喜ぶよう、欲に水を差す、夜魔の喜悦が『城』の内部へ響き渡る。
……なんか、力抜けちゃうわ。
どうせ図に乗るから、夜魔のおかげだなんて、絶対に認めてやらないけど。
仰々しく一礼してみせると、赤の王は不敵に笑みを浮かべるばかり。
夜魔相手と違い、微塵の余裕を崩さないのは、紛れもなく余裕の表れでしょうね。
「約定により与えられた、ただ一度の機会。……かかっ、随分と愉快な娘を連れてきたものだ」
『本当はこいつを乗っ取って凱旋するつもりだったんだがな。ご主人様と来たら、何と自我だけで俺様の支配を押し込めちまったんだわ! 面白えだろ!?』
「ほう? それはますます気に入ってしまう。その強情さ、赤は酷く好みだとも!」
夜魔の語った昔の話に、興味深いとばかりに目を光らせて食いつく赤の王。
また随分と懐かしい話を持ち出された私としては、少しこそばゆくなっちゃうから止めて欲しい。
……というか、そろそろ話戻さない? 色々あったから、割と結構疲れてるのよね。
「で、依頼の報酬。聖杯の情報、くれるんでしょ?」
「ん、ああ、もちろん……と、言いたい所なのがな。悪いが、ちとどうすべきか悩む最中よ」
「は?」
ここまで来て、どこか煮え切らない様子ではぐらかそうとしてくる赤の王。
そんな態度に、可愛い娘と美人にはめっぽう甘いと巷じゃ噂の私でさえ、苛立ちの声を出してしまう。
例え『城』が神秘挑戦者を、庭先の羽虫同然と認識していたとしても。
完遂した依頼の反故なんてのは、この世界が……いや、どの世界であったとしても禁忌。
裏切りも、舐めた真似するのは勝手だけど。
それをされちゃあ、例え相手が超絶美人であろうと、黙ってなんかいられない。それが鉄則。
「かかっ、止せ止せ。頼むから、赤に一推しを殺させてくれるな。そも赤と戦るのであれば、せめて黒に染まり切るか。或いはそうさな、より染め返してみせてようやくか」
そんな私の戦意など、とっくのとうに筒抜けだったのか。
髪飾りであった夜魔を、斧槍と変えようとするよりも早く。
赤の王はどこからともなく取り出した赤色の扇子で口を隠し、紅い瞳で見下ろしながら、くつくつと笑いを零してくる。
……ええ。悔しいけど、赤の王の言うとおり。
この場でやり合ったとして、残念ながら一縷の勝ち目足りとも存在せず、私は敗北するでしょう。
そりゃ私も馬鹿じゃないし、勝てない戦いなんてするつもりはないけれど。
だからといって、お腹を見せて屈服しろだなんて真っ平御免。
噛みつく牙を失った犬になんざなりたくない。だからあなたがその気なら、話はおしまい。
「──悪くない。だからこそ、逸ってくれるな」
決裂と。
斧槍を呼び出しながら飛び上がり、刃を赤の王の頭蓋へと振り下ろす──が、王へ届かない。
少なくとも、手抜きなんて一切ない、一撃で決めるくらいの気持ちの一撃。
けれど赤の王は、顔色一つ変えることもなく。
手に持つ小さな扇子で受け止められたと思えば、次の瞬間には、こともなげに弾かれてしまう。
「別にけちるつもりはない。むしろ逆。発端はかつての気まぐれとはいえ、ここまで赤を愉しませる催しとなったのだ。その返礼にどこまで渡すべきだろうか、とな?」
踊り場へと着地した私に、赤の王は顔色そのままに。
まるで今の一撃は、不敬にさえ至らないとでも言うかのように、含みありげに笑みを向けてくる。
「気まぐれ。そう、やっぱり仕込みだったの?」
「なに、いくらか前にな、ふと思いついたのだ。ちょうど千人目の侵入者を招き、機会を与えてやろうと。そちらも、中々に楽しかっただろう?」
「バッド。とっても楽しかったわ。思わず美人相手でも、つい手が出ちゃいそうなくらいには」
あちらに渡す意志があり、私の不敬さえ不問に処すのであれば、最早一人相撲さえ無意味と。
くるりくるりと回して整え、斧槍を髪飾りへと戻しながら。
皮肉の一つでもぶつけてやるが、赤の王はより愉しげに微笑を浮かべるのみ。
それは棚上げにしていた、最初に抱いた疑問。
『城』の神秘庫は難攻不落。幾年月重ねようと、一人たりとも侵入を許さなかった未踏。
仮にリンゴちゃんが、盗みに特化した色力を宿していようとも。
あんな小娘一人が突発的に仕掛けた侵入で、神秘庫へと足を踏み入れることが出来るわけがない。
なら、必然的に導き出せる結論は一つ。
不思議なことに、そう考えてしまえば、あとは色々と繋がってしまう。
妙に『城』の補助が手厚かったのも。
中央での二日間、『弩』の干渉がなかったのも。
みんなみんな目の前の美女の手のひらの上。
『城』が自らあの娘を招いた。まさしく茶番、手のひらの上の遊興でしかない。
リンゴちゃんのちっぽけな覚悟が生んだ奇跡も、全ては『城』の興したイベントの一環でしかなく、赤の王の暇を潤す余興でしかなかった。それだけのことよ。
……ま、終わってみれば誰も損してないし、さして気にすることじゃないわね。はい切り替え。
「それで報酬なんだが……せっかくだし、くれてやろうと思ってな。『鍵』を」
そうして扇子を仕舞った赤の王は、代わりに胸元より赤い宝石──『鍵』と呼ばれた綺麗な何かを、私へ放り投げてくる。
「……これって、さっきの?」
「そうとも、『鍵』だ。其方の望む杯が眠るであろう、とある穴の蓋を開くためのな」
……聖杯の眠る、穴の蓋。
「全ての王より色を賜り、『鍵』を完成させろ。この街の意味を、『鍵』を使うべき場所を識れ。為せれば……或いは届くやもしれないな。五色の王に、黒に認められた後の其方ならば。この街の最後にして最大の神秘とやらに」
『鍵』を目線まで掲げて見つめる私に、どこか声を弾ませながら、赤の王はそう語ってくれる。
やってみせろと。まるで私を試すような、そんな口振りで。
……グッド。お望みなら、やってやろうじゃない。
ここに来て、ようやくスタート地点に立てたってわけね。嗚呼、とっても昂ぶっちゃうわ。
「さて、これで今宵は幕引きだが……なんか、味気ないな。もう一つくらい、何かないか?」
「え?」
「先の詫びだ。この赤の王の裁量の内に留まるのであれば、如何なる望みでも叶えてやろう」
──ん? 今何でもって言った?
「……ふうん。何でもって、そう言った?」
「ああ。二言はないとも。金銀財宝に土地。……ああ、好みの女でも構わないぞ?」
私の確認に、はっきりと断言してくれた赤の王。
仕事は終わった。禍根はなく、ならばもう抑える理由はどこにもない。
浮かんでしまった衝動に身を任せ、不思議と口角が上がってしまいながら、私は赤の王を指差す。
「なら、あなたを欲しいわ赤の王。せっかく出会ったのだし、ノノとしっぽり遊びましょう?」
「……はあ?」
私の要求が大広間へ響いた一拍の後、困惑とばかりに首を傾げる赤の王。
意表を突かれたと。
そう出てしまっている赤の王の顔を前に、その顔が見たかったと、ようやくやり返せたとでちょっぴりだけど胸がすいてくれる。
──グッド。さあ遊びましょう、赤の王。
最後にとびきりの美人がご褒美になってくれるだなんて、ほんと受けてよかったわ。最高っ♡




