エピローグ
かくして激動の数日を終えた私は、穏やかな日常へと帰還した。
朝はシャワーで始まり、可愛い娘と楽しみながら、日銭を稼ぐ。
裏でバチバチ殺り合うのは性に合ってるけだ、だからこそ、生き残って戻ってきたときの至福もひとしおなのよね。
「お姉ちゃん、早く早くー!」
「ちょっと待ちなってー! 迷子になったら見つけらんないってのー!」
お日様の下、のんびりと街中を歩く最中。
私のそばを横切った姉妹の姿に、つい視線がいってしまい、一瞬だけ思い浮かべてしまう。
『外』へと旅立ったあの赤髪の姉妹達が、今走り抜けていった二人のような笑顔を浮かべながら、新しい日々を過ごせているのかを。
「……それにしても、思ったより平和で安心したわ」
気持ちを切り替えつつ、道中を歩きながら、平穏な西区の街中を進んでいく。
街の中は少女達が駆け回れる程度には平和で、私と『蛇』の諍いなど、実はなかったかのよう。
けれど、決してなかったことにはならない。
見てしまった者が、進んで口には出さないだけで。知ってしまった者が、秘するを利口しただけで。
あの夜の一幕は、確かに存在した。それだけは、当事者たる私こそ、忘れてはならない。
頭目と多くの構成員を失った『蛇』は、空中分解を余儀なくさえ、実質的に解散となった。
とはいえ、それが最高ということにはならない。
ギャングなんて人種は所詮、裏に蔓延り幅を利かせていただけのクズの一種。
健やかに過ごす表の人達からしたら害でしかないけれど、それでも裏の秩序──抑止力として機能していた事実もまた、否定出来ない事実ではある。
だから支配より浮いてしまった西区が荒れたら、流石に申し訳ないなと罪悪感はあったけれど。
機会を窺っていたのか、『弩』と『松明』が驚くほど迅速に介入。
そして両者の間で支配域を北と南に両分する合意が為し、決着がついたことで安寧を取り戻した。
納得していない『蛇』の残党がいくらか残ってはいるだろうけど、最早烏合の衆も同然。
当然ながら、他の組織に抗う力など残っているわけもなく。
そう遠くない内、どちらかの組織に下るかそのまま喰われるなんて、そんな二択で迫られ『蛇』は完全に終わりを迎えることでしょう。
ちなみにどちらも『蛇』より圧力が少ないらしく、所場代も良心的な価格らしい。
そう考えたら、結果的には良かったのかもしれないわね。そういうことにしておきましょう。
下らないことを考えつつ、やがて辿り着いたのは、一件のお花屋さん。
以前リンゴちゃんと訪れた、西区にあるこぢんまりとした花屋。
飾られていた花がどれも生き生きとしていた、リンゴちゃんとまた来たかった、あの花屋だ。
「……これはこれは。今日はお一人ですが、本日はどのような花をお求めですか?」
私が店へと近づけば、店先に飾られていた花を整える青年が振り向き、声を掛けてくる。
赤髪長身の、引き締まった肉体を持つ穏やかな青年。
あの日と変わらず調子で声を掛けてくる花屋の店主をジロリと観察し──確信と、小さく息を零してしまう。
……やっぱりね。そうじゃないかって思ってたけど、外れていて欲しかったわ。
「……随分とイカした右腕じゃない。まだほんの数日なのに、たいしたものね。驚きよ」
近所の貴婦人に気に入られそうな、爽やかなお客様用のスマイルを向けてくる優男へ。
面ではなく、長袖と手袋で隠している右の手をへ視線をぶつけながら。
思いの外冷めた口で、思いっきり皮肉をぶちまけてやれば、花屋の店主はニヤリと、優男とは対極な、歯を剥き出しにした笑みを浮かべてきた。
「グッド。そっちの方がお似合いよ」
「そりゃどうも。それで、いつから気付いていた?」
「最初に会ったときから何となく。元々怪しんでたけど、流石にリリテアは露骨過ぎたっての」
私が指摘してやると、花屋の店主はなるほどと、素直に頷いてみせる。
私の補強もそうだけど、色力の名称なんて、自分の好みで勝手に付けて愛でるもの。
どんな意味があろうと、所詮は単語。だから別に、どんな名前でもいいのだけど。
そうだとしても、開花は流石にちょっと。熱々カップルの匂わせかっての。
「いいじゃねえか。好きな花の力を借りて覚醒、滾るだろ?」
「メルヘンね。……まあ、否定はしないわ」
ええ。否定なんてしないわ。
所詮は同じ穴の狢。私の補強なんて、好きな花よりずっと女々しさ全開の未練ですから。
「そんで何しに来たんだ? こう見えて、街のお花屋さんってのも暇じゃない。冷やかしなら、とっとと帰って欲しいんだがね」
「花屋に来たのだから、理由なんて一つでしょ。この後デートなの。だから、とびきりいい花束を見繕ってよ。腕利きの店主さん?」
少々お待ちを、と。
私の注文を受けた花屋の店主は、敢えて気取ったように一礼して、店内へと入っていく。
私も後に続いて店内へと足を踏み入れれば、相変わらず、花の匂いに鼻を擽ってくれる。
良い花屋は匂いで分かるって言うけど、ここはまさにその典型。
こんな花々を育てているのが、よりにもよってあの男だとは誰も思うまい。木を隠すのは木に非ず、むしろ花なのかもしれないわね。
「そういえばよ、あのときどうして俺を見逃したんだ? お前はそんな甘ちゃんじゃねえだろ?」
花束が出来るまでの最中、店内を観賞しながら待っていると、ふと店主がそんな質問をしてくる。
二度目の戦いの決着のとき、私は結局、とどめの一突きをくれてやらなかった。
別に出来なかったわけじゃない。囲まれてはいたけど、手間を一つ増やす程度の余裕はあった。
……ま、それを差し引いたとしても、数日じゃ治らないくらいには深く切ったはずだけどね。ほんと、どんな生命力してるんだか。
「別に、ただ借りを返しただけよ。最初に見逃してもらったときのをね」
「ああ?」
「あのとき、無理すれば動けたんでしょ? もう一度立たれていればノノは敗けていた。だから借りを返した。それだけよ」
だけど、それは私も同じこと。
最初の戦いのとき、私は手一杯だったけど、こいつには立ち上がるだけの余裕があった。
決着が相打ちであろうと、『蛇』の連中の総取りじゃ私にとって敗北も同然。
だからどんなに否定されようが、私にとっては十分借りになっていた。それだけよ。
……まあ、もう一つ。
リンゴちゃんが通る道に、初恋のお兄さんの死体を晒すなんてしたくなかったなんて、そんな個人的な配慮がないわけではないけれど。
全てはもう終わった話。些細な気遣いを、こんな所でわざわざ赤裸々にする必要もないでしょう。
「……はっ、買い被りすぎだ。俺はただ、心臓突いても死なない怪物相手を殺すために様子見してた。日和ってただけで、お前の勝ちだったよ。二度ともな」
「そっ。じゃあそういうことにしといてあげる。嗚呼、殺しておけば良かったわ」
「ははっ、ひでえな!」
豪快な爆笑を店内へと響かせた店主は、流石の手際で完成した花束をこちらへと持ってくる。
赤いリリテアを主軸とした、情熱的と優美さを併せ持つ花束。
受け取った後、一度鼻を近づけてみれば甘く、爽やかで、穏やかな香りが、私を心に安らぎをもたらしてくれた。
……嗚呼、やっぱり素晴らしいお花。
花だけ育ててくれれば、巷で噂の良い男くらいで片付くだろうに。つくづくもったいないわ。
「今回はまけといてやる。これで貸し借りなしにしようぜ?」
「本当? 実は今月、結構厳しいの。だからありがたく受け取っておくわ」
可愛い娘のプレゼントは、ちゃんと自腹で買う主義だけど。
あっちから良いと言ってくれたのだから、ここは素直に受け取っておくのも吝かじゃない。
それに報酬で貰ったお金は、全部宿の弁償に置いてきちゃったからね。
おかげでもうすっからかん。
今日のデートが終わったら、しばらく節約を強いられちゃう。ああ、世の中は世知辛いわ。
「そうだ。なら一つ、お代の代わりに訊かせてよ。あなたは何が目的で神秘挑戦者なんかやってるの?」
「ああ? そりゃもちろん、より熱くなるため──」
「それは過程でしょ? ノノが聞いてるのは結論、最後に求める物についてよ」
世間話くらいの気軽さで。
店を去ろうとして、ふと思いついた疑問を尋ねてみれば、店主は疎ましげに顔をしかめてくる。
神秘挑戦者なんてのは、どこまでいこうが所詮は自称。
だけど……いや、だからこそ。
心の奥底から求める物がないのなら、わざわざ格好付けて名乗る必要なんてないでしょう?
「教える義理、あると思うか?」
「もちろんあるわ。勝者の特権よ」
鋭い目つきで見下ろしてくる店主の問いに、私は一切妥協の意志は見せず、見つめ返してあげる。
店内が、こぢんまりとした街のお花屋さんにはそぐわない緊張感で包まれるが構わない。
分かってる。私もこいつも、こんな所で本気でバチるほどに場を弁えないわけじゃない。
所詮は戯れ。井戸端で話すちょっとした世間話、その延長。
普通に生きている人間に見られたら、変な誤解されちゃうかもしれないけど。それでも花でさえ理解出来る、そんなじゃれ合い。
「……ある花の種が欲しいんだ。五色都市のどこかにあるっていう、幻の花畑に咲く虹色の花のな。笑うかい?」
「バッド。とっても素敵な理由よ。ええ、本当にね」
睨み合うこと数秒。
先に折れた店主は、気恥ずかしそうに顔を逸らしながら、呆気なく答えを返してくれる。
ええ。他の誰が嘲笑おうと、私は決して笑うものですか。
聖杯も花の種も、可愛い娘も家族の命でさえも。
みんなみんな同じ。誰かにとって価値あるからこそ、欲しいと心に誓うからこそ命を懸ける。それが、求めるってことでしょう?
「ああそうだ。今回の一件はきっかけになると思うぜ。赤の街だけじゃない。五色都市全土を大きく動かすほどの変革、その始まりにな」
「何それ、誰の妄想?」
「もちろん、俺の勘だ。信用してくれていいぜ? 意外と当たるって評判だからな」
……ええ、もちろん信じましょう。
何せ私も、同じような予感があるもの。ドキドキが止まらない、興奮と本能のときめきが。
「それじゃ、また会いましょう? この花屋を失うのは惜しいけど、次があるならそのときはきっちりと殺してあげるわ。 “赤槍” 」
「おう。次に戦る日を心から楽しみにしてるぜ。 “青斧” 」
花屋の店主──赤槍へ、旧知の友達みたいな気軽さで、別れの言葉を軽く告げ。
店から出た私は、色鮮やかな花束を抱えながら、次なる目的地へと歩き出す。
さあ、今日はどんな一日が私を楽しませてくれるのかしら。……嗚呼、とっても楽しみね。
読んでくださった方へ。
ここで完結とさせていただきます。ありがとうございました。




