到着
戦いは終わり、私は隠れてもらっていたリンゴちゃんを連れて、再び西区へと戻った。
私が殺した『蛇』の連中の死体は、戻ってきた頃には消えていた。
まるで風に吹かれた煙のように。
不自然なほど自然に。散らかしまくった本人としては気味が悪いと思えるほど、静かで何もない景色を、あっという間に取り戻してしまっていた。
……相変わらず、仕事の早い連中よね。
ま、ここはスプラッタをリンゴちゃんに見せないで済んだと、素直に称賛しておきましょう。
「どうも主人。元気に……って、あら?」
そんなこんなで、ようやく目的地の宿まで到着したわけだけど。
三日前を思い出しながら、ちょっぴり申し訳なさげに中へ入れば、そこには主人はいない。
扉が開いていたから、てっきりいると思っていたのだけど。
人の気配はなく、明かりの一つさえ点いていない。なのに開いてるのは……どういうことかしら。
「の、ノノさん……?」
「んー、ここのはずなんだけどね。そもそもこの宿、地下室とかあるのか……ん?」
主人には申し訳なくはあるけれど、それはそれ。
依頼のためには仕方ないと、泥棒みたいにちょっぴり散策しようと思った矢先だった。
ふと、何かを意識が誘われる。
クスリクスリと、少女の細やかな笑い声が耳を擽ってくる。
釣られるように視線がそちらへ向けば、目の前にいたのは、半透明の赤色をした少女。
足はなく、奥の景色が透けている様はさながら幽霊のよう。
けど、違う。あの『赤』から感じるのは色力。つまり、誰かによって作り出されたものに過ぎない。
そんな赤色の少女は、こちらへ小さく手招きしてくる。
おいでおいで、こっちよと。
私達二人をどこかへ連れて行きたいと。子供が友達を呼ぶように、どこか愉しげに微笑みながら。
……随分可愛い案内人ね。ほっこりしちゃう。
ま、別に出してる相手が可愛い娘とは限らないのが、非常に悲しい所なんだけどさ。
「グッド。さあ行きましょう、リンゴちゃん。どうやらゴールは、ここで合ってたようよ」
可愛らしく、私の手をギュッと握ってくれるリンゴちゃんにウィンクしてあげながら。
懐中電灯を取り出し、案内人であろう赤色の少女が抜けていった扉を開けて、後に続いていく。
髭主人のプライベート空間なんて興味はないからとっとと抜けて、床の扉を開ければ、目的である地下へと続く階段を発見した。
先の見えない、真っ暗な地下へと続く階段。
意図は知らないけど、『城』が提示してきた、私達のデートの終着点。
赤色の少女は、一礼してすぐに消失してしまう。
案内はここまで。続きは本人の目でってわけね、洒落てる配慮ね、気に入ったわ。
リンゴちゃんを見合い、頷いてから踏み出す。
私が先で、リンゴちゃんが後ろ。本当はしんがりがもう一人欲しいけど、贅沢は言いっこなし。
何かあれば、リンゴちゃんだけは逃がせるよう、細心の注意を払いながら進む。
「──はっ?」
進む。進んだ、そのはずだった。
最後の一段へと足を乗せた瞬間、見えていた地下は、もう既に地下ではなかった。
明かりなんてない、闇ばかりな場所。そんな場所に、辿り着いたはずだった。
目の前に広がるそれはまさしく、別世界。
荘厳で優美な玄関口。豪華なシャンデリアが吊された、赤色の絨毯の敷かれた大広間。
……知っている。私はこの場所に、覚えがある。
『外』ではない。五色都市に、赤の街に暮らし始めて、数度訪れたことがある。
「城、お城だ……」
リンゴちゃんが、私の胸の内にあった答えを、より確信へと至らせる。
『城』。
赤の街を統括、運営するための要。街の統治者たる伝説──赤の王が住まう、神秘渦巻く居城。
……今日一日、アカドリから指定場所を聞かされてからずっと、解せなかった点があった。
どうして自分達の本拠地、街の中央にある『城』を最終地点にしなかったのだろうという疑問。
中央地区で時間を潰していたのも、そういった打算があったから。
だというのに、こんな西の辺鄙な宿を指定してきた真意を、今の今まで掴みあぐねていた。
その謎が今、ようやく解けた気がする。
連中にとって、場所なんか関係ない。西も東も中央も、やつらに──赤の王にとっては、ただの庭先でしかない。きっと、そういうことなのだろう。
「お待ちしていました。リンゴちゃん様、そして“蒼斧”さ──」
「よう妹よ! お前も来たか! 待ちわびちゃったぜ!」
この五色都市へ足を踏み入れた、あの瞬間と同じくらい。
改めて、この箱庭のような小さな世界のスケールの大きさに感嘆してしまっていた。
そのときだった。
どこからともなく、声を掛けられる。落ち着いた声と、それを遮る興奮したような声を。
車椅子に乗るランちゃんと、澄ました顔でそれを押すアカネちゃん。
気付けば正面──目の前に、彼女達はいた。
いや、きっと私達が変貌に目を奪われていただけで、最初からそこにいたかもしれない。……ま、今はそういうことにしておきましょう。
「お、お姉ちゃん……!!」
「よう妹よ。そんなに呼ばれちゃ照れちゃうぜ。ところでよ、ここどこ?」
私の手から離れ、笑顔ながら戸惑うランちゃんの下へと駆け出したリンゴちゃん。
再会を喜ぶ姿は、手を取り合う姿は眩く。
妬けちゃうけど、やっぱり勝てないなと、先ほどまでリンゴちゃんと繋いでいた手につい見つめてしまう。
ま、ここで大人しく退けるのが良い女。
無粋に足掻くのも悪くないけど、今日はあそこに割り込む気分にはなれない。それだけよ。
「おめでとうございます。……如何されました?」
「……ちょっとセンチな心境なの。ねえアカネちゃん、ちょっとでいいからノノを慰めて──」
「申し訳ございません。業務外です」
……ちぇ。
「こちらは報酬の薬石になります。どうぞ、お受け取りを」
細やかなスキンシップさえ必要なしと。
アカネちゃんは一つの小箱をこちらへと差し出し、パカリと中身を見せてくれる。
ちょうど結婚指輪を入れるのに適してそうな赤い小箱。
そんな箱の中央に置かれていたのは、どこかに落ちていそうな、丸い形状の真っ白で小さな石。
これが薬石。
ランちゃんのためにリンゴちゃんが盗もうとした、万病を癒やすという神秘。
……確かに綺麗でちょっとはパワーを感じるけど、なんていうか、普通の石ね。
「……で、これどうやって使えばいいの? 砕いて飲ませるとか?」
「ご安心ください。抽出した成分より生成した治療薬は、既にリンゴちゃん様のお姉様へ投薬されております。一月もすれば色も戻り、健康な状態へと戻られるかと」
受け取った箱から取り出し、見つめながら尋ねれば、実に都合のいい答えが返ってくる。
なるほど。それなら良かった……ん、ちょっと待って?
「え、薬石、使い捨てじゃないの?」
「はい。石から抽出した成分こそ万病を癒やす薬であり、このサイズ一つでしたら百人分ほどです。白の街の鉱脈が枯渇し、使用法も長い歴史の中で失伝したことで、闇雲に粉末にする者が増加した。故に薬石は、希少な神秘へと価値を変えたのです」
淡々と、淀みなく私の疑問に答えてくれるアカネちゃん。
なるほどね。私はこの都市の歴史にさして明るくないし、そういう背景も事実なのでしょう。
──ま、どちらにせよ、私には関係ないわね。
「……リンゴちゃん!」
薬石を箱へと仕舞い、呼びかけに応じて、こちらを向いてくれたリンゴちゃんへと放り渡す。
ふわりふわりと、赤箱は緩やかな放物線を描き。
リンゴちゃんは一度弾きそうになってしまうも、それでもしっかりとキャッチしてくれた。
……私ってば、存外に気にしいよね。
大事な物ならなおのこと、投げずに近づいて手渡すべきなのに。駄目な女でまいっちゃうわ。
「おめでとう! これはあなたが勝ち取った神秘、あなたが持つべき報酬よ!」
せめてそんな私の、格好良さとは反対な、醜い内心だけは悟られないよう。
困惑するリンゴちゃんに、私の綺麗な歯が見えるほど微笑み、頑張ったねよ親指を立ててみせる。
あの薬石は、あの娘が足掻きに足掻いてようやく勝ち取った物。
そしてあの薬石は、例え姉のためだとしても、リンゴちゃんが盗みという人道を踏み外した証拠。
リンゴちゃんの覚悟であり、罪の証。
だから、彼女が持っていなければならない。手にした重みを、いつまでだって忘れないために。
「蒼斧様。申し訳ないですが、『外』に神秘を流出させるのは──」
「別にいいじゃない。抽出する手段がないんだし、外じゃ白いだけの石ころ。違う?」
アカネちゃんの抗議に、私はそれ以上はなしと、唇に人差し指を当てながら制止する。
神秘の漏出は露呈に繋がり、やがて王達の望まぬ形で、幻想の都市に終止符を打つ。
五色都市の危惧は分かるけど、『外』には神秘なんてものは微塵もない。
あるのは退屈な、暴かれた物理法則と技術の発展のみ。石ころ一つが万病を癒やす、そんなお伽噺の宝ものような眉唾を、果たして誰が想像出来ようか。
……ま、こんな屁理屈をお堅い『城』の連中が許すかは別として。
他でもない『外』で生まれ育った私こそが何よりの証人。説得力、少しはあると思わない?
「……ええ、はい。王よりお達しです。是非もない、と」
私と、アカネちゃん。
少しの間、多少の刺激的な見つめ合いが続いたとき、唐突に片耳を抑えたアカネちゃん。
決裂かと、つい髪飾りに触れようとした。
だけどそんな警戒は徒労。アカネちゃんは涼しい顔でこちらを見つめ直し、それ以上の追求を諦め、リンゴちゃん達の方へと向いてくれる。
……王からのお達し、ね。
「……さて。蒼斧様。そしてリンゴちゃん様。この度は依頼の完遂、実にお見事でした。我々『城』の一同、そして偉大なる赤の王は心よりの敬意と称賛を。そして、権利の贈呈を」
どこからともなくマイクのようなものを取り出したアカネちゃんは、綺麗に一礼してくる。
「つきましては、リンゴちゃん様。そしてリンゴちゃん様のお姉様。貴女様方には二つの道があります。一つはこの赤の街に残り、再び生活に戻るという選択。或いは──」
そう言ったアカネちゃんが、マイクを持たない方の手を高く上げ、緩やかに下へと落とす。
指先になぞられた空。何もなかったはずの空間に、穴が開く。
大きな扉一つ分ほどの穴。赤以外の何もない、どこまでも続いていそうな、一本道の空間。
……あれって、まさか。
「──或いは、全てを捨ててこの回廊をくぐり、『外』で新たな生活を送るか。どうぞ、後悔のない選択を。『城』はどちらの選択も、心より歓迎いたします」
一切顔色を変えぬまま、二人へと尋ねるアカネちゃん。
リンゴちゃん達にとっての運命の岐路。デートの終わりを締めくくる選択の刻は、ついに訪れた。




