再戦
日は落ちる。
華やかで穏やかな、陽光満ちる表の時間は終わり。
静寂と追求に満ちた、ろくでなしが息をするのに心地良い裏の時間──夜が、ついに訪れる。
「バッド。なりふり構わず待ち構えてくれちゃって。ファンクラブかっての」
『くっくっく! 見ろよご主人様、人が蛆のようだな!』
舞い戻った西区の建物の屋上より。
額に手を当てながら見下ろしていた私は、一周回って逆に褒めたくなる光景につい悪態をつく。
数日前まで寝床にしていた宿。
『蛇』のせいで出禁にされたお気に入りへ、まさかお金を作るよりも前に再訪することになるとは思ってもみなかったけど。
そんな私の道を遮ってくれるのは、宿への道中に馬鹿らしいほど蔓延っている『蛇』の皆様方。
まるで私がどこに向かってるか、その答えを知ってるかのような狙い撃ち。
いくら『蛇』の縄張りだからって、まずあり得ないような芸当。
漏れたか、漏らされたか。そんなの簡単。
場所を指定したのは『城』。だからまあ、こんな状況を招いた犯人なんて自明の理でしかない。
……ほんと、どういうつもりでやってんのかしら。
虚仮にしてるの? それとも戯れのつもり?
いいわ。そういうの含めて、全部終わって到着したら、是非とも洗いざらい吐いてもらいましょう。ええ。多少荒っぽくなったとしても、十分割に合ってると私は思うわ。
……まあ、元々妨害があるなんて想定内。
変に潜伏せず、堂々と構えてくれるのならむしろ好都合と言ってもいい。
何せ今宵はお一人様で夜を歩く悲しき女。お姫様をエスコートする必要はないんだからね?
「グッド。さあ、行きましょう。──補強」
色力を十全に全身へと回し、唇を三日月に歪めながら、斧槍片手に一歩。
気軽に空へと踏み出し、両の二つ結びを揺らしながら、敵意無数の地上へ。
淑女らしく、挨拶ついでに。
蒼華流、蒼車輪。
くるくる回転で勢いづけた斧槍の刃を地面に叩き付け、衝撃で周囲の連中を吹き飛ばしてあげた。
『くっくっく! 相変わらず無茶するよな! 俺じゃなかったらへし折れてるぜ!?』
うっさい。
無駄に頑丈なあんただからこその技なんだから、いちいち文句言わないでよ。砕くわよ?
「来たぞ! “蒼斧”だ、殺せっ!!」
流石というべきか、『蛇』の連中もすぐに立て直し、斧槍を肩に乗せた私を包囲してくる。
剣だの槍だの弓だの、挙げ句貴重な銃を持ってる輩もちらほらと。
私だけだからか、どいつもこいつも生け捕りの意志なんてなく。
前回の生温い誘導なんかじゃない、殺してやるってギャングらしい気概全開で、私をひりつかせてくれる。
斧槍を振るい、先行してきた数人を一蹴しながら、私もいけない気持ちが昂ぶって仕方ない。
嗚呼、ゾクゾクしてきた。殺し合いってのはこれでこそ、さあ存分に踊りましょう──。
「待ちなてめえら! そいつは俺様の獲物だっての!!」
いざ、全面抗争の始まりと。
そう思った瞬間、ビリビリと、芯まで震えるほどに、私達の周囲へと轟く咆哮が一つ。
直後、奥にいた『蛇』の連中が空へと弾かれ、一筋の『赤』が私の前へと着地し、こちらを向く。
……死んでないとは思ってたけど、やっぱり生きていた。
しかしまあ、随分と元気そうじゃない。
私みたいに人を捨ててるわけじゃないでしょうに、どんな耐久してるのよ。化け物め。
「よう蒼斧。お一人かい?」
「ええ。待ち合わせを遅めにしたの。デートの前にノノが露払いしておけば完璧。名案でしょう?」
私がそう語ってあげれば、仮面を付けた赤髪長身の乱入者── “赤槍”は「そうだな」と愉しげに同意を示してくれる。
今回は逃げるのではなく、むしろ攻める側。
ならば下手に抱えて戦うよりも、粗方道の掃除を終わらせてから、中央に隠れてもらっているリンゴちゃんを迎えに行けばいいだけ。ほら、とっても簡単でしょう?
「……随分と利口だったわね。あなたなら、中央まで来ると思ったのに」
「ああ、本当は迎えに行ってやろうかと思ったんだがよ。すれ違うのもどうかと思ったし、せっかくなら互いに調子整えてからの方が熱いだろ?」
「確かに。ノノ達、案外気が合うかもしれないわね」
きっと仮面の下では笑っている。
それが分かるほど肩を弾ませる赤槍に、私もまた微笑んでしまいながら、考える。
……ま、自分から顔出してくれるのなら、私としてもありがたい。
『蛇』の中にも手練れはいるだろうけど、それでもやっぱり一番はあんたよ。赤槍。
あんたさえ倒せば残りは消化試合。逆に言えば、あんたを倒さずしてリンゴちゃんの道は拓けない。
ええ、リベンジマッチにはうってつけ。
とはいえ、状況は前回と大差ない。
周囲には『蛇』の連中が、今か今かと構えている。回りの妨害を危惧しながら、本気の赤槍を──。
「安心しろよ。俺が一番槍で削る代わりに、タイマンは邪魔しないってのが約束だ。共倒れになろうと、削る結果になろうと、連中に何の損はない。だから、安心して俺だけに熱を向けてくれよ」
「……それ、守られる保証あるの?」
「なあに、破れば俺が敵になる。根拠なんざ、それだけで十分だろう?」
……ええ、確かに。この赤の街ならば、これ以上ない理由になりますとも。ありがとう。
構える赤槍に、それ以上の言葉はない。
迸る『赤』のオーラ。触れれば火傷では済まない、洗練されながらも溢る色力の鼓動。
何より、微塵の揺らぎも一つない闘志。仕留めると、ただそれだけを熱を私の一点へぶつけてくるのみ。
周囲を囲む『蛇』でさえ、最早息を呑み、逆鱗に触れまいと見守るばかり。
だから、私も静かに構える。
低く、低く。目の前のみを見据え、ただ真っ直ぐと。
この瞬間だけは、周囲さえ置き去りに。目の前の強敵を堪能し、凌駕したいと。焦がれながら。
永劫に思えるほどの静寂はひたすらに続き──されど、呆気なく破れる。
きっかけは、ただの一音。
誰かが落としたのか。それとも、天が待ちかねたと、偶然を起こしたのか。
カキンと、小さなコインが地面に落ちて、響く。
それが始まりの合図。私と赤槍の両方が、小さな音に背中を押されたと飛び出した。
刺突はやはり、赤槍の方が速い。
膂力。速度。反射。恐らくは、どれもが上。身体能力で言えば、目の前の槍は完全な上位互換。
──だけど。
「ははっ、前とは違えな! てめえ、慣れてやがる!」
吠えながら、なおも速度を上げる赤槍。
音が変わる。突きだけではなく、払いやズレも混じる、以前とは別物な赤槍の槍術。
確かに赤槍の槍は、疾く鋭い。それこそ、色力全開な私の目でさえ追えないほど。
荒々しくありながら、花を摘むように優しい一突き。まさに、絶技と称していい領域。
けれど我流。型なき型。殺しの中で培われ、殺すためだけに磨かれた、野良犬の振るう爪。
──だけど、慣れた。
目で。鼻で。耳で。肌で。何より、敗北の屈辱で。
培われたそれは、既に私の糧となった。
私の振るう斧槍──その原型となった槍の流派と同じように、既に喰らった。だから、もう恐れるものではない。
赤い槍と斧槍を合わせて重ね、弾く。
懐へと潜ろうとする私に足を払う。それさえも既に想定内、紙一重で、私の詰めの外にある。
赤槍の敗因は、二つ。
負傷したまま私の前へ出てきたこと。そして、何一つ変わらず私の前に出てきたこと。
蒼華流、流蒼。
例えば、零れた水が流れるように。
正確に、自然に振り上げられた斧槍の刃は、赤槍の槍握る右の腕を、寸分違わず断ち落とした。
「──ははァ!!」
だが、欠損一つで赤槍は止まらない。
刮目した赤槍は、痛みさえも歓喜に変えながら。
空へ投げ出された赤い槍を、獣の如き速度で逆手で槍を掴み、私へ反撃の一突きを向けようとする。
けれど、間に合わない。
振り上げた斧槍を、蒼に染まった刃を、返しと振り下ろし──赤槍の胴を、確かに裂く。
槍の穂先が、私に届くことはなかった。
「……ああ、おい、悪くねえ。覚えた、ぜ……」
カラン、ボスッと。
私の顔に、飛び散った血がこびり付く。腕、槍の地面へ落ちる音が鳴る。
腕を切られた赤槍に絶叫はなく、どこか満足げに声を漏らして膝を突き、地面へと倒れ伏す。
息はある。定かではないが、きっと意識だって残ってる。
仮面を剝ぎ、晒し上げるのも自由。
やられたように心臓を穿ち、或いは首を断ち、今度は完全に息の根を止めるのだって自由。
けれど、悩む間もないままに、渇いた破裂音が響く。
銃声。決着が付き、痺れを切らしたギャングの誰かが私に銃弾を当て──弾かれ、落ちる。
「ば、化け物……!!」
「グッド。さあ、続けましょう」
クルリと、口火を切った誰かに首を向け、歪んだ笑みを返してあげてから。
顔に付いた血を払う暇さえないままに。
地を蹴り出し、ただひたすらに、斧槍にて、青い軌跡を描き続けた。




