最終日
ドキドキラブラブ逃避行ツアー♡
その二日目は、随分と激動だった初日の帳尻を合わせるみたいに平穏な一日だった。
『弩』であろう連中の監視の目こそあったけど、それ以上は何かしてくることもなく。
朝昼夜と、食事は欠かすことなくバッチリ。
ベッドが綺麗でシャワー付きな、昨日の事務所が野良犬の小屋としか思えないくらいに良い感じの宿で、のんびり過ごすことが出来ちゃった。控えめに言って、最高だったわ。
……本音を言えば、せっかく最後の夜なのだから、とっても熱く爛れた一夜にしたかったのだけど。
『言っとくけど、そういうのはなし! この前のは……気の迷いだから! ね!?』
ああも念押しされちゃったら、血涙流してでも食い下がるしかないもの。
可愛い娘はいくらでも誘うし、応じてくれたのなら、いくらでも楽しむつもりだけど。
それでも、断られたら素直に手を引くわ。それでこそ、良い女ってもんでしょう?
……嗚呼でも、とっても残念。叶うなら、せめてあと一回くらいはしたかったわ。
すうすうと、柔らかなベッドの中でグッスリなリンゴちゃんの寝息を安らぎに。
バスローブで窓辺に腰掛け、物思いに耽けながら、紅茶を片手に夜明けの日差しを眺めていた。
そんなときだった。
私の細やかな憩いの一時にカツカツと、終わりを告げる、小さな音が聞こえてきたのは。
音の正体は、嘴で窓を小突く一羽の鳥。
アカドリ。名のとおり、赤い鳥。赤の街であれば、さして珍しくもない種類の鳥。
窓を開ければ、アカドリはひょいと中へ、そして私の手のひらへすっぽりと収まってくれる。
可愛い娘とは違う愛らしさを持つ一羽を、軽く撫でてやりながら。
鳥の足に括り付けられている一枚の紙を外せば、アカドリは用は済んだとばかりに、再び空へと飛び去っていく。
「……はっ、舐めた真似を」
ゆっくりと紙を広げ、内容を確認した私は、つい舌を打ちながら手紙を破り捨てる。
『全ては依頼が終わる時に。場所は宿り宿、地下室にて』
宿り宿。それは西区にある、とある宿の名前。
西区にある小さな宿。バケットとベッドメイクとシャワー、それとサービスが取り柄の宿。
『城』が提示してきたデートの終着点は、私がつい数日前まで寝床として使っていた寝床。
どこまでも上から目線で、どこまでも悪趣味で、どこまでも愉快な。
連中の性根がよく窺えてしまう、そんな場所に、ついリンゴちゃんの寝顔に癒やしを求めてしまう。そんな情けない私を、どうか許して欲しいわ。
「そんなわけでリンゴちゃん、デートしましょう?」
「はい?」
宿をチェックアウトした後、晴れ晴れとした空の下で、リンゴちゃんにそう提案する。
案の定、きょとんと愛らしく、心からの困惑を顔に出してくれるリンゴちゃん。
当然よね。こんな状況でそんな提案されたら私だってしちゃうもの。うん、とっても可愛いわ♡
「どういうこと?」
「一言で言えば手持ち無沙汰なんだよね。提示された時間は夜だし、宿の勘定は済ませちゃったし、どこかでダラダラするくらいなら街を出歩いた方がずっと楽しい。そんな感じよ」
先日の逃走劇を思い出したのか、リンゴちゃんの顔には不安の感情が出てしまっている。
そんな彼女へ、にこやかに、そして自信満々に答えてあげる。
これはあくまで勘だけど、どうせ昼間は誰も襲ってこない。
『弩』も『蛇』。
赤の街の裏を仕切るギャング組織。そのどちらもが仕掛けてこなかったのだから、きっと今日も変わらない。そのはずよ。
……正直な所、縄張り外の『蛇』の方はともかく。
『弩』の連中が襲ってこないのは、私にとっても良い意味で拍子抜けだったけど。
『城』のお膝元。結構根深い繋がりがあるらしく、何か起きても静観が基本の気味悪い連中。
三つのギャングの中で断トツに何考えてるかさっぱりだから、いつも動向がまるで読めない。
きっと内部には明確に指標があるのだろうけど、そんなのは私の知った所じゃない。……まあ今回は良い方に傾いたと、その程度に考えておきましょう。
「どう? 気が乗らないのなら、どこか手頃な場所で静かに過ごすのも吝かじゃないけど?」
「……行く。そっちの方が、気が紛れそうだから」
少し悩んだ後、リンゴちゃんはどこか決意したように一度頷き、私の目を見てはっきり答えてくれる。
迷いは……ない。後ろ向きな答えの割に、しっかりと目には意志が灯っている。
流されてじゃなく、自暴自棄でもない。リンゴちゃんが今、自分で考えて出した結論。
──グッド。あなたがその気になってくれたのなら、応えてあげるのが良い女の務めよね?
「グッド。そんな期待に応えて、ノノが最高の気晴らしをさせてあげる。それじゃお姫様、お手をどうぞ?」
ニコリと笑みでリンゴちゃんの手を取って、ゆっくりと歩き出し、そうして私達のデートは始まった。
服。装飾。本。音楽。その他諸々。
街の中央区なだけあって、お店はよそに比べても多種多様。一日楽しむのなら十二分すぎる、何なら足りないくらいだから、いくらだって楽しめちゃう。
それこそ『城』へ侵入するくらいしか中央に縁がなかったらしいリンゴちゃん。
そんな彼女が、せめてこの一時だけでも苦悩を忘れられるよう。
可愛い娘を口説いて十年以上の大ベテラン。百戦錬磨のノノ様が精一杯にエスコートしてあげたわ。
そうして、気がつけば空もすっかり茜色。
いつだって楽しい時間はあっという間と、デートの終わりを心より惜しみつつ。
ちょっぴり早めの夜ご飯に何を食べたいかを訊いてみれば、「分厚い肉が食べたい」とワイルドなリクエストをリンゴちゃんは出してくれたので、ちょっぴりお高めなステーキハウスへと洒落込んだ。
「……意地悪だよね、ノノさん」
「ごめんごめん。あんまりにもからかい甲斐があるから、ちょっとはしゃいじゃった」
注文したお肉を待つ間。
最後に寄ったお化け屋敷でからかいすぎたせいで、ちょっぴり臍を曲げちゃったリンゴちゃんへ、両手手を合わせて謝りながら宥める。
申し訳ないという気持ちはあるけど、あれは仕方ないと思うの。
だって自分から入りたいって言ったくせに、物音一つでぴょんぴょんうさぎみたいに跳ねて、私の手をギュッと握りしめてくるのよ。こんなの愛でないのなら、誰を愛でろというのかしら。ねえ?
「……あの、ノノさん。気になっていたことがあるんだけど、訊いていい?」
「ええいいわよ。何が訊きたい? 身長? 好きな食べ物? 胸のサイズ? ああ、それとも性感た──」
「夕方だよ?」
ええ、夕方ね。赤い空に、夕焼けが綺麗な、夜にはまだ少しだけ早い時間。
でもねリンゴちゃん、一つだけ覚えておいて?
愛しい誰かと身体を重ねる行為って言うのは、別に夜だけ許される後ろめたいものではないのよ?
「ノノさんの言葉ってさ、時々よく分からない単語混じるよね。ああいうの──」
「例えばそう、グッド……とか?」
敢えて言葉に被せてみれば、リンゴちゃんは一瞬驚くも、こくりこくりと頷いてくれる。
……まあ、気になって当然か。
別段隠してるわけじゃないし、何なんだろうとツッコみたくなる気持ちは理解出来るわ。
まあ他人の言葉だったらよほどでない限りは流してしまいだけど……聞いてくれるってことは、それなりにでも距離も縮まったでいいのかしら。ええ、だったらとっても嬉しいわ♡
「答えは簡単。他の街の出身ってわけじゃなく、そもそもこの五色都市で生まれ育ったわけじゃない。だから、そっちの訛りがつい出ちゃう。それだけよ」
「ということは、『外』の人……!! ふわぁ、外って本当にあるんだね。びっくり……!!」
水の入ったコップの縁を指で撫でつつ。
投げられた疑問に答えを返してあげれば、リンゴちゃんはキラキラと目を輝かせてくれる。
「ねえ『外』では鉛の雨が降るって本当!? 街くらいおっきな湖があるんでしょう!?」
「ええ、ええ。海っていうどこまでも広がる湖があるわ。塩水だからしょっぱいのよ?」
「しょっぱいの!?」
打てば響くと言った具合に、一つ一つに食い付いてくれるリンゴちゃん。
そんな彼女はまさしく五色都市の子だと、話しながらもつい苦笑してしまう。
『外』の連中にとっての五色都市が幻想でしかないように。
この街の人々もまた外のことなど知らず、この五色都市五色都市を世界の全てとして生きている。
隔絶された空間。一つの星の中にある、分かたれた二つの世界。
神秘のない世界。神秘の主とした世界。源流が同じだとしても、混じることさえ滅多にない。
果たしてどちらが『外』で、どちらが『中』なのか。
……ま、どこでどう育とうと、隣の芝生はいつだって青い。人である限り、そういうもの。
『外』の連中は基本的に黒をベースとした髪色がデフォ。
私のように、或いはこの街の誰ものように、天然で赤やら青で染まっているなんてのは稀も稀。
色力なんて発露しちゃった日には、忌み子や魔女扱いって程度に神秘の欠けた退屈な世界だけど……そんなつまらない現実、夢見る子供にわざわざ話す必要はないでしょう。
「……ノノさんは、どうしてこの街に来たの? どうして、危ない仕事をしてるの?」
「欲しい物があるから。命を賭してでも、何を差し置いてでも。……結局、一言で言えばそれだけ。リンゴちゃんがランちゃんのために『城』へ潜り込んだのと同じよ」
頬杖を突き、どこか優しい気持ちになりながら。
投げられた問いに迷いなく即答し、わしゃわしゃと、ついリンゴちゃんの頭へ手が伸びてしまう。
可愛い娘と遊ぶだけなら『外』でも出来る。
ダラダラと過ごすだけなら『外』の方が簡単。
全ては、何よりも欲しい神秘があるから。
聖杯。無職の杯。
嗚呼、それこそが私の望み。夜魔に脳と心臓を差し出しながら、それでもまだ行き汚く両の足で動いている理由。
「リンゴちゃん。最後にもう一度だけ聞かせて。お姉ちゃんのためなら、全てを捨てられる?」
「……はい。私がたくさん貰ったから、お姉ちゃんに返したい。ノノさんと、同じです」
……グッド。とってもいい答え。
三日前、強いてしまったときに比べて見違えた。これなら私も、憂いなく送り出せそうね。
「それじゃノノ達、お揃いね。うん、お姉さんとっても嬉しい。……そうだ、このあとどう? ご飯食べたら、最後にちょっとだけ──」
「嫌」
「ちぇ」
そこは譲ってくれないなんて、いけずな娘。
……でもま、そんな屈託ない笑顔で言われちゃ仕方ない。袖にされるのも悪くないわ。




