第二話
明らかに力が込められた言葉、しかしそこに怒気は感じなかった。
「……嘘じゃないんだ」
「うん」
椛はこういう時に嘘をつく子じゃない。小学校の付き合いだから分かる。
「でも私、紙原君と接点全くないんだよ?話したこともないし」
「まぁ、印象が足の早い人な時点でそれはね?それに楓って人のこと覚えるの苦手だし」
「ちょっとうるさいな?」
さっきまで感じてた息の詰まる感じが消えていく。この時間がたまらなく好きだ。
「でも本当に謎だよね。どこで私のこと認知したんだろ?」
「いやあなたね、自分が学年で指折りの成績なのをご存知ない?」
「たまに順位に載るくらいでしょ?普段からいるわけでもないし……」
「あ、キレそう」
「沸点低くない?」
「フッテン?」
「嘘だよね?」
え、嘘だよね?
――――
「マージで意味わかんない!」
「コツ掴めば簡単だよ。語呂合わせとかさ、運動もそうでしょ?」
「運動はやるほど身体に染み付くから別!」
「勉強もやるほど頭に染み付いてすぐ出るようになるんだよ」
「うっ……まぁ?向き不向きってやつですよ」
「そういう言い回しはすぐ覚えるのにね」
「やかましい!ほら、早く食堂行こ!お腹すいたよー」
確かにもう昼休みだ。女子といえど高校生、特に男子の身体となった私はなおのことお腹が空いてきた。
「では椛先生、今日のお昼はなんですか」
「今日はカツカレーだよ!混んじゃうから早く行こ!」
「明日は?」
「親子丼!」
「その次は?」
「ホイコーロー!」
この記憶力をなんとか勉強に向けられたら……、そう思わずにはいられない、そう思いながら食堂へと足を進めた。
――――
「……混んでるね」
「うん……」
想像以上。食堂は普段以上に人であふれ返っていた。
「カツカレーってこんな人気なメニューだったっけ?」
「いや……違いそうじゃない?」
「え?」
よく見ると人が集中しているのは券売機ではない。あれはおそらく
「……人?」
「ぽいね……?でも誰?見たことないよ」
顔が広い椛がいうのだ。私が知るはずもない。
「うーん、でも見覚えあるんだけどなぁ」
「あ、米谷先輩じゃん」
「へー、米谷先輩って言う、んだ?」
突然入ってきた声に、私は無意識に返事をしていた。そこにいたのは
「紙原君、びっくりした」
「あ!噂ボーイきた!」
「なんだよそれ……」
「あれ、ていうか俺の名前……」
「朝に椛から聞いた」
「なるほどな」
「よかったじゃん、紙原」
「山口うるさい」
あれ、意外と普通だな。今朝の噂は嘘か?
「ねぇ、もみ……」
「……」
なんかすごい顔してる。沖縄のシーサーみたいな……
「……どうしたの?」
「……なんでもない」
これこそ嘘だ、が追求するのも野暮だろう。
「とりあえず……ご飯食べよ?」
「でもどうすんだこれ、買いに行けねーぞ?」
「そうだね……あ、でも今なら購買が空いてんじゃない?」
「確かに、そうするか」
「えー、カツカレー……」
「仕方ないでしょ?今日は我慢しな?」
「うん……」
「ついでだし、お前らの分も買ってくるわ。お前らは場所の確保頼んでいいか?」
「え、いいよ一緒に行くよ」
「俺らの定位置、人気だから早く行かないと取られるんだよ」
「でもその定位置、わからないよ?それに購買行ったことないから行ってみたい」
「それもそうか、じゃあ……」
「定位置は私が行くよ!購買は楓と紙原君で行ってきたら?」
「いいじゃん、俺と飯塚で場所取りしてるわ」
「じゃあ!待ってるね!あ。あ、私メロンパンとカツサンド!」
「俺も同じ!追加でなんか菓子も頼むわ!」
「は、ちょ」
……え?
「「……え?」」
――――
「さて、どうなるかなー」
「山口くん、何か知ってるの?」
「あ?あぁ……まぁ少しだけどな」
「へぇ、教えて!」
「やだよ」
「ケチだなー」
「うっせ、飯塚だって言う気ないだろ、橘花の話」
「まぁね!」
「即答かよ、まぁそういうことだよ」
「ふーん……にしても、あの二人、どんな会話すんだろうな」
「え?」
「片方は学年上位の秀才。もう片方は生徒会の次期会長って噂だ」
「え!?紙原君!?」
「おう、そんな二人の会話なんて俺達には想像できねぇくらいすげぇんだろうな」
「私からしたら呪文みたいなもんだよ。さっきもフッテン?が低いーとか言われたしさー意味わかんないよ」
「え、沸点はわかるよな?」
「お前もそっち側か!」
「まじかお前……」
――――
「……」
「……」
「「……」」
気まずいっ!!!!
え、致命的に気まずいんだけど、何話したらいいのというか話してもいいの、何をしても致命傷な気がするんだけどだって
「購買も意外と人いるんだね」
「お?おぉ、でもいつもよりは空いてるかな」
「そうなんだ」
……話終わっちゃった。こういう話の始まりはいつも椛がやってくれてたか
らわからないな……こういうのも勉強しないとな……
「そういえば紙原君、気になる人いるんだっけ?」
「あー……朝のやつ?橘花もそういう話好きなんだ」
「そんなに気にしたことはないけど、紙原君は違うじゃん?」
「え」
「だって次期会長候補だもん、少しは気になるよね」
「そう言う感じね……」
「そうだよ」
「というか会長候補って話、別に確定ってわけでもないんだけどな」
露骨に話をずらしにきたが……ここは乗ってあげるとしようか
「そうなんだ?結構広まってるみたいだけど」
「それが理由が全くわからないんだよ」
「ふーん……」
椛なら何か知ってるかも、とはあえて言わないでおく。どうせこの後に話題になるだろうし。
「お、そろそろ近づいてきたな、財布出しとくか」
「ほんとだ、意外と早かったね」
「話してるとあっという間だよなー」
「確かに」
結局話は聞けなかったけど、まぁいいか。
私たちは椛たちの注文の品を含め、買い物を終わらせると紙原君たちの定位置とやらに向かった。
「あ、そういえばさっきの話だけど」
向かっている階段の途中で突然話を振られた。
「え?」
「気になる人とかって話」
「あー、あれね。どうしたの?」
「いるよ」
「え?」
「いるよ、気になる人」
「そうなんだ」
「うん」
「言ってくれるんだ?」
「うん」
「さっきから『うん』しか言ってないけど大丈夫?」
「うん」
大丈夫かな本当に
「聞かないんだな」
「え?」
「誰なんだって」
「え」
「大体こういう話って『気になる人は誰』ってとこ聞くだろ」
「あー……」
迂闊だった、無意識に聞くのを避けてたし、聞く必要もないと思ってた。
だって私は
「知ってたな?誰のことなのか」
「……うん」
「なら話は早い、後で話がある」
「え」
「今は無理だ、山口と飯塚が待ってるからな」
「……わかった」
『待ってるから今は無理』
それはつまり、それだけ話が長くなる。そういうことを表しており、私の心臓はどんどん速く、私の意識を追い越して鼓動を刻み始めた。
(さすがに椛に言うのはまずいか……)
朝の雰囲気から察するに、おそらく椛は紙原君のことが……しかし、間違いなく私たちが何を話してたかは話題になる、どうするか……
そんな風にぐるぐると、悶々と考えているうちに、私たちは定位置、とやらに到着していた。
「遅いぞー!」
「そうだよ!どれだけ時間かかってんの!」
「思ったより人いたんだよ」
「まじ?あんだけ食堂に人いたのに?」
三人が話すのを横目に、私は周りをぐるりと見渡した。着いたのは
「屋上……」
一面に花壇が置かれ、農芸部の屋上菜園が置いてある。まるで公園の一角に来たかのようだ。
「すごい……」
「だろ?」
私の独り言に自慢げに返事をする紙原君。
「うん、すごいね」
「ここお気に入りなんだよ、何かあったらここに来るんだ」
「そうなんだ」
「ほら、早く食べようぜ」
「そうだね」
「さてさて……お、メロンパンみっけ!飯塚!ほら!」
「お!ありがと!かんぱーい!」
「うい!かんぱい!」
「そこは飲み物だろ」
「メロンパンでの乾杯も乙なもの、だよな……」
「そうだよ……」
「なんだそりゃ」
分からん……今どきの高校生の考えていることは……
と、考えながら私も買ってきたサンドイッチをひと口食べる。そのタイミングで
「あぁ、そうだ飯塚」
「んんー?」
「後で橘花借りていいか、ちょっと話がある」
「え」
最悪だ……




