第三話
「え、そういうお話?」
「どういう話のことかわからないが、まぁそれなりに大事な話だ」
「へぇ……そっか」
椛はメロンパンを食べながら冷静に返事をしている、が……
(怖すぎ……)
私個人としてはとても怖い。なぜなら普段の椛なら
『お!とうとう楓にも春が来たってことですな!後で聞きまくるからね!』
くらいのテンションなはずなのだ。なのにこんな冷静なのは絶対におかしい。
「も、椛……?」
「ん?」
「だ、大丈夫……?」
「何が?」
「い、いや……」
なんて聞いたらいいんだ……
『様子変だよ?」『冷静だから気になっちゃって』
うん、どれも失礼だ。親しき中にも、というやつである。
「気のせいかも、大丈夫」
「そっか?」
「うん」
なんとなくわかってる。椛の雰囲気が変わった理由。
多分、というかほぼ確実にだけど
(紙原君のことが……)
そんなことを考えながら、喉の奥に引っかかる何かを押し込むようにサンドイッチをもう一口食べる。しかし味は全く感じなかった。
――――
「……で、何?」
「なんか不機嫌じゃない?」
放課後、紙原君に言われていた空き教室に向かい、大事な話とやらを聞きに行っていた。
「そりゃね、あんなタイミングで話すんだもん」
「ダメだったか?」
「んー、あんまり?」
「そうか、悪い」
「いいよ、それで要件は?」
「どこから話そうかな……」
「結論から」
「俺も元女性なんだ」
「……え?」
「元女性なんだ」
「……」
衝撃だった。身近に同じ境遇の人がいたなんて。
「……いつから」
「中二から」
「中学……」
およそ三年前、そんな前から……いや、それ以上に気になったのは
「戻ってないんだね……?」
「原因も対処法も何もわからなくて、何せ前例がほとんどないらしくて」
「ほとんどない……」
「だから医療の世界でもほとんど知られていないらしくて、それ故にこの症状に名前もついていないんだよ」
「そう、なんだ……」
突然性別が変わる謎の病気、医療の世界でもほぼ知られていない……か
「あれ?」
しかし、私はそこで一つの疑問が浮かぶ。
「ん?」
「でも私より前に性別変わった人がいたらもう少し話題になっててもいいと思うんだけど」
「あぁ……自分元々別のとこに住んでたからね」
「違うとこ」
「うん、〇〇ってところ」
紙原君が言ったところ、そこはここからどんなに早くても五時間はかかるところだった。
「引っ越したの?」
「うん、高校に入ると同時にね」
「え、じゃあ一人暮らし?」
「そうだね」
「大変じゃない?」
「慣れれば平気だよ」
彼は笑いながら言った。しかし学業や生徒会の職務と私生活の両立というのは高校一年生にしてはかなり激務だ。それを笑って流せるのだから彼は相当すごい。しかしそうなるともう一つの疑問が浮かんでくる。
「なんでわざわざこんな離れたところに進学したの……?偏差値もたかいわけじゃないのに、君なら別のとこも狙えたでしょ」
事実、私が通うこの高校はそこまで偏差値は高くない。世間的にいうと中の中、要は普通レベルの高校なのだ。
「あー……それはまぁ色々とね……」
「色々」
「うん、色々」
「ここまで呼び出してそこは言ってくれないんだ」
「まぁ、内容が内容だからね」
先ほどから彼の言葉が度々詰まる。そこまで重い内容なのだろうか。しかし本人に話す気がないのを無理やり聞くわけにもいかない。
「まぁ、別に話す気がないならいいよ」
そういう私の言葉に、彼は驚いたような反応を見せる。
「……え、何?」
「いや、大体こういう時ってみんな聞こうとしてくるから、珍しいなって」
「話す気がないのを聞いても面白いと思えないし、話せるならそんな言葉に詰まらないでしょ」
「……そういうものなの?」
「少なくとも私はそう思うよ」
あくまで自論なので、他の人がどう考えているのかはわからないが。
「で、色々私から聞いたりして伸びちゃったわけだけど、話は終わり?」
「え、あ、うん」
「そっか、でも良かったよ。同じ立場の人が近くにいるというだけで気持ちは楽になるものだね」
「それは分かるな」
「でしょ?」
実際、この病気を抱えていないと感じない悩みなどは当然ある。それだけに話せる人間も限られてしまっていたわけだが……同じ立場、それも先輩の立場になる人に出会うとは、何が起こるかわからないものだ。
「それで……さ」
「ん?」
「これからも話していいかな」
「え?」
「あ、いや、ダメならいいんだけどさ」
いや、ダメというか……
「むしろ話そうよ、互いに話せる人間見つけたんだしさ」
「!ありがとう!」
紙原君は目を輝かせ(そう見えるくらい目を大きく広げ)て私にお礼を言った。
「……君、もしかしてそっちが素だったりする?」
紙原君が生徒会時期会長として噂が立っているのはいつだって冷静なことがその理由の一つだ。だか今の彼からはその冷静さを感じるどころか、むしろ少し溢れそうなくらいの活力のようなものを感じる。
「女子だった頃は少しはっちゃけていてね、久しぶりに自分語りしたからか昔みたいになっちゃったみたい。変だよね今の性格考えると」
「素なんでしょ?いいんじゃないの」
「そうかな、ありがと!」
「うん、いいじゃん」
「じゃあ橘花さんと話すときはこっちで話そうかな」
「にしても、良かったよ」
「え?」
「告白されるのかと思って少し身構えちゃったよ」
「なんでよ!」
「だって男子生徒から放課後に空き教室へ呼び出し、それで大切な話があります、だよ?」
「あー……確かに……」
「でしょ?」
「でも身構えることはないでしょ!」
「いやぁ、私のこと気になってるーとか言われた日にこれだもん。流石に身構えるって!」
私たちは、朝とは違い一気に距離が近くなっていた。私と椛と同じくらいに。
――――
翌日、私はいつも通り登校して教室に入った。いや、いつも通りではない。私はいわば同志を得たのだ。この気持ちの変化は大きい。
「おはよー」
「はよー」
「おはようゴザリオン」
うん、変な挨拶も健在。今日も教室は平和だ。
「おはよう、橘花」
「ん、おはよう。紙原君」
昨日とは違う立場、無意識に言葉に抑揚がついてしまう。
「……」
「ん?どしたの椛」
「……昨日、何話したの」
「え?」
「何話したの」
「あー……」
おそらく呼び出しの件だろう。だが椛といえども、あの話をしていいか本人に聞かないと……そう思い彼の方を見るが、彼は周りの友人と話していて気づいていない。
「ねぇ、なんで向こう見てるの」
と椛が無理やり私の顔の向きを変えて覗き込んでくる。
(は?かわいい)
ゼロ距離で好きな人の顔を見るというのは正直にいうとものすごく致命的なくらいかわいいのである。特に男性になって身長差ができてからは椛が上目遣いになってるため割り増しである。
「聞いてる?」
「ごめん、噛み締めてる」
「何を?」
「え、何を?」




