第一話
いつからだっただろうか、この気持ちに嫌気が差し始めたのは。
桜が咲き始めるよりもずっと前からだったかもしれない。どうして気づいてしまったのかな…
「で、何辛気臭い顔してるの」
下校しながら考えていると、唐突に聞かれてびっくりしてしまう。
「え?何が?」
「なんか考え込んでる顔してた」
驚くほど鋭い、あまり顔に出るタイプとは言われないのだが、と思いながら
「えぇ〜、さすがにそれ嘘でしょ」
と軽く笑い飛ばそうとした。すると
「ねぇ、真面目に聞いてるの」
と顔をガシッと掴まれ、顔を無理やり正面に向けられる。
「ちょ、痛い痛い、落ち着いて椛」
その目はガラス玉のように澄んでいて、考えてることを見透かされそうになる。
だから俺は負けじと見つめ返し
「本当に何も無いよ。こっちも真面目だよ」
と返す。まぁ、しっかりと嘘なため少し後ろめたいわけだが。
「なーんだ、楓ならちょっとシリアスな空気出したら言ってくれると思ったのになー」
「ほらやっぱり」
椛はこういうやつなのだ、流されないで良かったとつくづく思う。
「でもさ、やっぱり少しは気になるんじゃないの、その身体」
「まぁ…身体のほうはなぁ」
高くなった身長、低くなった声、少し逞しくなった体格
私、いや俺は、
およそひと月前から身体が男性になった。
「理由とかまだ分かんないの?」
「あぁ、病院でもなんで俺がこんな身体になったのかさっぱりだと」
すると
「ふふっ」
といきなり笑い出す。なんだこいつは
「真面目な話してるんですけどー」
と返すと
「ごめんごめん、だってその話し方すごく変だからさ」
「一応身体に合わせてるんだけど、そんなに変?」
「うん、すっごい違和感」
なんとも失礼なやつだ、無理やり口調を変えてるのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
「やっぱり私はこっちの方がいいのかな」
「うん、声は違うけどやっぱりそっちの方が落ち着くな」
「ならそうするよ、後からあっちが良かった、なんてのは無しだぞ」
「えー、言っちゃうかもなぁ」
「戻さないけどねー」
などと軽口を叩きながら帰り道をゆっくりと辿る。
すると突然鼻がムズムズしだし、
「っくしゅん」
と、くしゃみが飛び出した。
「え、風邪?」
「いや…多分、花粉?」
「花粉持ってたっけ?」
「持ってなかったはずなんだけど…」
「とりあえず帰って薬飲みな?」
「ん、そうする」
「それじゃ早く帰らないとね!競走しよ!よーいどん!」
と椛が突然走り出す。
「フライングでしょ!」
と、笑いながら私も追いかける。
続くと思っていたんだ。こんな日が、ずっと
家に帰ってからお風呂と歯磨きを済ましてゴロゴロとしていると、ピロン、とスマホの通知音が鳴った。
体を起こすのもめんどくさく、手探りでスマホを取り電源をつけると
[今空いてる?]
と椛からメッセージが
[うん、大丈夫だよ、どうしたの?]
と返信する。直ぐに既読が付いたが、なかなか返信が来ない。
(いつもなら食い気味なくらい早くメッセが来るんだけどな…?)
と、不思議に思っていると
[ちゃんと薬飲みましたか?]
と返ってきた。そういえばお風呂入ってからすっかり治まってたから忘れていた。
[お風呂入って治ったから飲んでないですー]
と返信した。すると
[飲みなよ!笑]
と返ってきた、わざわざ心配のメッセージくれたのか、そう思うと同時に自然と口元が緩む。
[はーい笑、また明日ね!]
と返し、スマホのスイッチを切る。そして身体を伸ばしながら深呼吸をして
「…好きだな」
無意識に口をついて出た言葉。咄嗟に口を覆ってスマホのカメラをを鏡替わりに顔を見る。
「…めっちゃ赤いんだけど」
いざ自覚すると途端に頬が熱くなった。どうしたものか。そしてスマホに映る以前とは別人の自分を見ながら
(今ならもしかして)
という考えが脳裏に浮かぶ。だがそれはきっと、友達として裏切りになる。
首を横に振り、顔を洗って冷やしてから布団に潜り、目を閉じる。浮かぶのは一緒に下校した友達の顔
「好きすぎでしょいくらなんでも」
と自分の気持ちを笑いながら睡魔に従うようにそのまま眠りについた。
次の日、教室へと入り、机にカバンを置いたあと椛の机に直行する。
「おはよー」
「おはよう〜」
椛はどことなく気分が落ちている様子だった。
「…どうしたの?」
「朝ごはんあんま食べれなくて〜」
「ダイエットでも始めたの…?」
「そんなわけないでしょ!」
だが私より早く学校に着いてるから遅刻というわけでもなさそう…?と私が推理を始めたところ
「おいーす」
と誰かの挨拶が聞こえた。うちのクラスの声ではなさそうだが…
「おはよー」
「スラマッパギー」
「おはー」
と続けて廊下で挨拶が返されていくのが聞こえた。待て、なんだ途中にあった変な挨拶は
と心の中でツッコミを入れると
「なぁなぁ、ところで昨日の話マジなのか?」
「あ?」
「気になるやついるって話だよ!」
という会話へと切り替わる。その瞬間に椛の身体がピクッと反応したのを見逃さなかった。と同時に
「くしゅんっ」
とくしゃみが飛び出した、やっぱり花粉か…?
「え、治ったんじゃないの?」
「分かんない…なんなんだろ…」
「やっぱり花粉じゃない?」
「そうなのかな…それはそうと、なるほどね、朝食の謎はあれが理由か」
と私はニヤリと笑う。すると
「うううああああ」
と唸りながら椛はブレザーの中に頭を隠した。カタツムリかおのれは。
「にしても急にどうしたのよ、反応的に知ってたってことでしょ?」
「…実はさぁ」
「ん?」
「隣のクラスの紙原くんってわかる?」
「今廊下で話してた人でしょ?確か陸上部で足が速い人」
「覚え方小学生かて、まぁ合ってるけど」
「で?その紙…山くん?がどうかしたの?」
「紙原くんね、気になる人がいるんだって」
「うん、今話してたから知ってる。え、もしかして私たちが知ってる人?」
「うん、知ってる人」
まさかの当てずっぽうが当たってしまって私は目を見開いた。
「え、ほんとに?うーん、誰だろう…あやめ?」
知り合いの綺麗どころをとりあえず言ってみるが正直な話皆目見当もつかない。
「もしかして椛だったりして」
「楓」
「ん?」
「楓なんだよ」
「何が?」
「紙原くんの気になる人」
「…え?」
自分の耳を疑ってしまう。男になって難聴も出てきたのか。
「…マジ?」
「マジ」
「マジかぁ…」
と私は驚きと困惑で言葉を失った。
「まぁほら、今私こんなだし…」
「男になってから聞いた話だよ。てことは性格だよやっぱり…」
「私の…性格…?まさかぁ」
と私が笑い飛ばそうとすると
「本当なんだよ」
被せるように椛がそう口にする。
「椛…?」
椛の言葉には明らかに力が入っていて、言い換えれば迫力が込められていた。




