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【第1章完結】僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜  作者: 花村しずく
閑話集

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エリアスの心配

一話にしたかったので、少し長くなってしまいました。

 その後も、エリアスによる事情聴取という名の、ほとんど尋問のような時間が続いた。


 森の異変に気づいたところから始まり、リムとの約束を破って二度目のバリアを展開したこと、そして光を救出して無事に撤退するまでの経緯を、ハルとコウは何度も質問を受けながら一つずつ説明していった。


 エリアスは途中で声を荒らげることこそなかったものの、曖昧な部分があれば必ず聞き直し、どうしてその判断をしたのか、ほかに選択肢はなかったのかと丁寧に確認してくるため、ハルは自分でも忘れかけていたような細かな出来事まで、すっかり話すことになってしまった。


 そうして、ようやく一通りの説明が終わった頃には、ハルもコウもすっかり大人しくなっていた。


 「……なるほど。大体のことは分かったよ」


 エリアスはそう言うと、深く椅子に背を預け、ふうっと長い息を吐いた。


 そのまましばらく黙り込んでいたが、やがて顔を上げた時、そこには先ほどまでの冷静で隙のない表情も、どこか恐ろしさを感じさせる綺麗な笑顔もなかった。


 いつもなら感情を表に出さず、どんな問題が起きても落ち着いて対処するエリアスが、今はひどく困ったような、少しでも気を緩めれば泣き出してしまいそうな顔をしている。


 そんな表情を見たのは初めてだったので、ハルは思わず背筋を伸ばした。


 「……ハル」


 静かな声だった。


 「確かに、危険な場所では連絡を取る余裕がないこともあるだろうし、今回だって、そうしなければ助けられなかったものがあったのかもしれない。それは分かっているつもりだよ」


 エリアスは一度言葉を切り、ハルの顔を真っ直ぐに見つめた。


 「それに、君が何かに夢中になると周りが見えなくなるくらい一直線なことも、困っている誰かを見つけたら、自分のことを後回しにしてでも助けようとすることも、私はよく知っている。……そして、そんなハルのことを、とても好ましく思っているんだ」


 思いがけない言葉に、ハルは目を瞬かせた。


 叱られるのだと思っていた。


 実際、ここまで散々叱られてきたのだから、これからも自分の悪かったところを指摘されるのだろうと覚悟していたのに、エリアスの口から出てきたのは、ハル自身のことを認めてくれるような言葉だった。


 「君は十歳にしては随分と大人びているし、考え方もしっかりしている。私も普段は、君がまだ子供だということを忘れてしまうくらいだよ。それに、冒険者としての実力だって、私よりずっと上だということは分かっている」


 そこでエリアスは、ほんの少しだけ眉を下げた。


 「……でもね、ハル。君はまだ十歳なんだ」


 その声には、いつもの理路整然とした説明とは違う、どこか切実な響きがあった。


 「どんなに強くても、どれだけ立派な冒険者になっても、私たちにとって君は大切な弟なんだよ。守ってあげたいと思うし、危険な場所へ行くと聞けば心配になる。君なら大丈夫だと信じていても、それと心配しないことは、まったく別なんだ」


 ハルは何も言えなかった。


 エリアスは少しだけ視線を落とし、膝の上で組んでいた手に力を込めた。


 「……本当はね、一番危険な最前線での素材採取を、君一人に任せてしまっていることだって、ずっと心苦しく思っているんだ」


 その言葉に、ハルは驚いて顔を上げた。


 素材採取は自分の仕事だ。


 POTENのみんなが作りたいものを作るために必要な素材を集めることが、自分にできる一番の役割だと思っているし、何より冒険そのものが好きなのだから、誰かに無理やり任されているつもりなど少しもなかった。


 けれど、エリアスはそうは考えていなかったらしい。


 「私たちは、君ほど強くない。危険な場所へ一緒に行っても、足手まといになることの方が多いだろうし、君が直面するすべての危険から守ってあげられるわけでもない。……だから、頼りないと思われるかもしれないけれど」


 そこで一度息を吸い、エリアスはまっすぐハルを見つめた。


 「何かあった時には、一番に私たちのことを思い出してほしいんだ」


 その声が、ほんのわずかに震えた。


 「どこにいても、どんな状況でも、君を守るためなら私たちは迷わず動く。すぐに駆けつけられなくても、助けを呼ぶことも、必要なものを用意することも、できる限りのことをする。だから……君が一人で全部背負わなくてもいいんだってことを、忘れないでほしい」


 最後の言葉を口にしたエリアスは、もう一度小さく息を吐いた。


 リビングは静まり返っていた。


 けれど、その沈黙は決して冷たいものではなく、ハルがそっと周囲を見回すと、そこにいるPOTENの仲間たちはみんな、エリアスの言葉に深く頷いていた。


 ツムギは目元を少し赤くしながら微笑んでいて、ジンやイリアやバルドは何も言わずに何度も頷き、普段なら真っ先に何かを言い出しそうなナギやリナでさえ、今は静かにハルを見守っている。


 その様子を見た時、ハルの胸の奥で、何かがぎゅっと縮こまった。


 (……そっか)


 今まで、自分はみんなに心配をかけないように、もっと強くならなければいけないと思っていた。


 強くなれば危険な場所でも安全に素材を集められるし、どんな魔物が出てきても対処できるようになれば、みんなだって安心してくれるはずだと、そう考えていた。


 けれど――。


 (もし、僕がみんなの立場だったら……?)


 ふと、そんなことを考えた。


 例えば、ツムギお姉ちゃんが危険な場所へ出かけて、突然「助けてほしい」と連絡してきたら。


 慌てて助けを呼び、何が起きているのかも分からないまま、何度連絡しても返事がなかったら。


 無事なのか、怪我をしていないか、今もどこかで苦しんでいるのではないかと考えながら、ただ帰りを待つことしかできなかったら――。


 (……嫌だ)


 想像しただけで、胸が苦しくなった。


 いてもたってもいられなくなって、何かできることはないかと必死に探すだろうし、もし自分に助けに行く力がなかったら、それがどれほど悔しくて、怖いことなのかも分かる気がした。


 それなのに、自分はどうだっただろう。


 怪物から逃げることに必死だった時は仕方がなかったとしても、無事に森を抜けたあとなら、連絡する時間はいくらでもあった。


 それを忘れてしまっただけならまだしも、思い出した時には、怒られるのが怖くて、帰ってから話せばいいやと後回しにしてしまった。


 自分が叱られることばかり考えて、待っているみんながどんな気持ちでいるのか、少しも想像できていなかったのだ。


 (……僕、すごく心配かけちゃったんだ)


 ハルは膝の上でぎゅっと手を握り、それからゆっくりと頭を下げた。


 「……ごめんなさい」


 小さな声だったが、静かなリビングにははっきりと響いた。


 「僕、ちゃんと連絡すればよかった。危ない時は無理だったけど、森から出たあとならできたし、忘れてたって気づいた時にも、すぐ連絡すればよかったんだ」


 顔を上げると、エリアスが黙ってこちらを見つめていた。


 「でも、怒られるかもって思ったら、帰ってから話そうって……自分のことばっかり考えて、後回しにしちゃった。みんながずっと心配してくれてたのに、僕、それに気づいてなかった」


 言葉にしてみると、自分が何を間違えていたのかが、ようやくはっきりと分かった気がした。


 危険な場所へ行ったことでも、誰かを助けようとしたことでもない。


 自分の無事を願って待っている人たちの存在を、忘れてしまっていたこと。


 そして、その人たちを安心させるためにできることを、自分の都合で後回しにしてしまったことだった。


 「……これからは、気づいた時にちゃんと連絡する。危なくて連絡できない時もあると思うけど、安全になったらすぐに知らせるし、何かあったらみんなに相談する!」


 ハルはそこで、肩に乗っているコウへ顔を向けた。


 「僕、何かに夢中になるとすぐ頭から抜けちゃうから……コウも一緒に覚えておいてね!」


 突然話を振られたコウは一瞬目を丸くしたものの、すぐに胸を張り、短い翼をぐっと持ち上げた。


 「おう!! 任せとけ!」


 その返事は、驚くほど力強かった。


 いつもなら何か一言余計なことを付け加えそうなコウだったが、今回は茶化すこともせず、真っ直ぐにハルとエリアスを見つめている。


 ハルが忘れそうになった時には、自分が思い出させる。


 そして自分が無茶をしそうになった時には、ハルにも止めてもらう。


 言葉にしなくても、二人の間にはそんな約束ができたような気がした。


 エリアスはしばらく二人を見つめていたが、やがて張り詰めていた肩の力を抜き、今度こそ心から安心したような、柔らかな笑みを浮かべた。


 エリアスの表情がようやく和らいだのを見て、ハルもほっと胸を撫で下ろした。


 長かった事情聴取も、どうやらこれで終わりらしい。何度も繰り返された質問に答え、自分の行動を振り返り、最後には思いがけずエリアスの本音まで聞くことになったのだから、身体だけでなく頭もすっかり疲れ切っていたが、それでも、みんなの顔にいつもの穏やかな表情が戻ってきたことが何より嬉しかった。


 そんな空気を見計らったように、それまで黙って話を聞いていたエドが、ふっふっふ、と妙に得意げな笑みを浮かべた。


 「よーし! これにて説教タイムは終了だな!」


 突然の明るい声に、ハルが顔を上げる。


 エドは待ってましたとばかりに身を乗り出すと、何やら企んでいるような顔でハルを見た。


 「それにしてもハル、お前が森で大冒険してる間、俺たちだってただ家で心配してたわけじゃないんだぜ? こっちはこっちで調べてたことがあってな。これがまた、いろいろ面白いことが分かってきたんだ」


 「えっ! そうなの!?」


 ハルの目がぱっと輝いた。


 森の異変については、まだ分からないことが山ほどある。あの巨大な怪物の正体も、助け出した不思議な光が何者なのかも、エキセモアが減っている理由も、結局何一つはっきりしていないのだから、みんなが自分の知らないところで何かを突き止めていたと聞けば、気にならないはずがなかった。


 そんなハルの反応がよほど面白かったのか、エドはますます楽しそうに口元を緩めた。


 「おう! だから明日、みんなで時間を取って作戦会議といこうぜ。お前が見てきたことと、俺たちが調べたことを合わせりゃ、何か見えてくるかもしれないしな!」


 「ええーっ!? 明日!?」


 思わず声が大きくなった。


 せっかく面白そうな話が始まったというのに、肝心なところは明日までお預けだという。ハルはすっかり疲れていたことも忘れ、椅子から少し身を乗り出した。


 「今聞きたいよ! ちょっとだけでもいいから教えて!」


 「そう言うと思ったわい」


 すかさず口を挟んだのはバルドだった。


 空になった食器を片付けながら、ハルの顔を覗き込むようにして目を細める。


 「じゃが、今日はもう十分じゃろう。あれだけのことがあったんじゃ。腹も膨れたことじゃし、今夜は余計なことを考えず、さっさと寝るのが一番じゃよ」


 確かに、言われてみれば身体は重いし、温かい食事を取って落ち着いたせいか、先ほどから少しずつ眠気も忍び寄ってきている。


 けれど、それとこれとは別の話だ。


 「でも、気になるんだもん……」


 「会議は逃げないから大丈夫だ」


 今度はジンが、いつもの落ち着いた声でそう言った。


 「今から始めたら、お前は納得するまで質問するだろう。そうなったら朝まで終わらないぞ」


 あまりにも的確な指摘に、ハルは言い返す言葉を失った。


 実際、何か新しいことが分かったと聞けば、そこから次々に疑問が浮かんでくるのは自分でもよく分かっているし、きっと一つ教えてもらったくらいでは満足できないだろう。


 そんなハルの様子を見て、イリアがふっと笑った。


 「それにハル、ちゃんと寝ないと大きくなれないわよ? まだまだ成長期なんだから、睡眠は大事にしなくちゃ」


 「うぅ……それはそうだけど……」


 「そうそう。それに、今日はお預け!」


 楽しそうな声とともに、ナギがにやりと笑った。


 「だってハル、全然連絡してくれなかったんだもの。こっちはずーっと待ってたのに、何度送っても返事がないんだよ? ちょっとくらい気になる気持ちを理解してもらわなくちゃ!」


 「うっ……ナギ、それは……」


 ハルは思わず胸元の魔導通信機へ視線を落とした。

 けれど、ナギの表情にはもう怒っている様子はなく、むしろハルが困るのを楽しんでいるような、いつものいたずらっぽい笑みが浮かんでいた。


 「ふふっ、ハル~。気になることを教えてもらえないと、もやもやするやろ~?」


 追い打ちをかけるように、リナまで楽しそうに笑い始めた。


 「今日の私らの気持ち、ちょっとは分かったんちゃう?」


 「うぅぅ……分かったよぉ……」


 ハルはとうとうテーブルに突っ伏した。


 確かに、いつ返事が来るか分からないまま待ち続けるのは落ち着かないし、知りたいことがあるのに何も教えてもらえないのは、思っていた以上にもどかしい。


 もちろん、みんなが今日感じていた不安とは比べものにならないのだろうけれど、それでも、待つ側の気持ちがほんの少し分かったような気がした。


 そんなハルの隣で、コウが小さく肩を揺らしている。


 「……コウ、笑ってる?」


 「いや? 別に?」


 明らかに笑っている。


 けれど、ハルがじとっと睨んでも、コウは素知らぬ顔でそっぽを向いてしまった。


 (……もう、みんなして……)


 ハルは小さくため息をついた。


 どうやら今夜は、どれだけ頼んでも教えてもらえそうにない。そう諦めかけたところで、それまでみんなのやり取りをにこにこと眺めていたツムギが、嬉しそうに口を開いた。


 「でもね、ハルくん! 本当にいろいろなことが分かったんだよ!」


 「えっ!」


 思わず顔を上げる。


 ツムギは目を輝かせ、何かを思い出したように両手を胸の前で合わせた。


 「私もびっくりしちゃったくらいなの! ハルくんが聞いたら、きっとすごく面白がると思うなぁ。だから、明日の作戦会議、楽しみにしててね!」


 「…………」


 ハルはしばらく、満面の笑みを浮かべるツムギを見つめた。


 悪気など、これっぽっちもない。


 むしろ、自分が楽しみにしていることをハルにも伝えたくて、嬉しそうに話してくれているのだということは、よく分かる。


 けれど。


 (……ツムギお姉ちゃん、それ、一番気になるやつだよぉ……!)


 今すぐ聞きたい。


 ものすごく聞きたい。


 いったい何が分かったのか、どんな発見があったのか、頭の中ではすでにいくつもの可能性が浮かび始めているというのに、当のツムギは満足そうに微笑むばかりで、その続きを教えてくれる気配はまったくなかった。


 「……ハル、諦めろ。明日だ、明日」


 とうとうコウにまでそう言われ、ハルはがっくりと肩を落とした。


 「……はぁい」


 こうして、ハルの長い一日はようやく終わりを迎えた。


 バルドに促されて部屋へ戻り、コウと一緒に寝る支度を済ませた頃には、さすがに身体の疲れも限界だったらしく、ベッドに潜り込むとすぐに心地よい眠気が押し寄せてきた。


 それでも、目を閉じれば森で見た不思議な光や、巨大な怪物の姿が浮かび、そのたびに、明日の作戦会議ではいったい何が明らかになるのだろうと考えてしまう。


 けれど、そんな思考も長くは続かなかった。


 慣れ親しんだPOTENハウスの静けさと、すぐそばにいるコウの気配に包まれているうちに、張り詰めていた心も少しずつほどけていき、ハルの意識はゆっくりと眠りの底へ沈んでいった。


 明日になれば、きっとまた新しいことが分かる。


 そして、その発見をみんなと一緒に考えられる。


 そんな楽しみを胸に抱きながら、ハルはようやく安心して眠りについた。


 ――もっとも、明日の朝まで待たなければならないということだけは、最後まで少し不満だったのだけれど。

ツムギの物語はしばらくの間不定期更新、ハルの物語は月曜日の23時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です

⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜

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