情報収集班からの報告
自分でも気づかないうちに、よほど疲れが溜まっていたらしい。
翌朝、ハルがようやく目を覚ました時には、窓から差し込む日差しはすっかり高くなっていて、時計を確認すると、もう昼前になろうとしていた。
慌てて身支度を整えてリビングへ降りると、そこにはバルドと向かい合い、のんびりお茶を飲んでいるコウの姿があった。どうやらコウは随分前から起きていたらしく、ハルを見るなり、よく寝たなと言いたげな顔をする。
バルドはそんな二人を見て愉快そうに笑い、すぐに温かい食事を用意してくれたので、ハルもコウの隣に腰を下ろし、少し遅めの朝食を取ることにした。
そして、食事を終えた今。
リビングにはPOTENのメンバーが集まり、いよいよ昨日から楽しみにしていた作戦会議が始まろうとしていた。
ハルがわくわくしながら席についた、ちょうどその時だった。
玄関から、来客を知らせるチャイムが鳴り響いた。
応対に出たバルドは、しばらくしてからリビングへ顔を覗かせると、ハルに向かって声をかけた。
「ハル、お前さんにお客さんじゃぞ」
「えっ? 僕に?」
誰だろうと首を傾げたところで、バルドの後ろから見覚えのある少年が姿を現した。
「あっ、リム!」
その顔を見た途端、ハルは昨日の帰り際の出来事を思い出した。
そうだった。みんなに怒られるのが怖くて、明日は絶対に来て説明してほしいと、リムにお願いしていたのだ。
結局、昨日のうちに全部話してしまったので、もう説明してもらう必要はなくなっていたのだけれど、わざわざ約束を守って来てくれたのだから、なんだか申し訳ない。
(……ごめんね、リム。もう大丈夫になっちゃったんだ)
ハルは心の中で謝りながら、慌てて立ち上がった。
「リム! 来てくれてありがとう! あのね、実は昨日、みんなにはもう全部説明したんだ。それで、今からちょっと……」
そこまで言って、ちらりとエリアスを見る。
せっかくこれから作戦会議が始まるところなのに、どうしたらいいだろう。
そんなハルの様子に気づいたエリアスが、穏やかな表情で口を開いた。
「ハル、こちらはお友達かな?」
「あっ、うん! リムっていうんだ。昨日、一緒に森へ行った人でね、実はA級冒険者なんだよ! それで、僕のA級試験の試験官でもあるんだ!」
「ほう、A級冒険者か!」
バルドが感心したように声を上げると、ほかのメンバーからも驚きの声が上がった。
エリアスも少し目を見開いたものの、すぐに立ち上がると、リムへ向き直った。
「それは失礼しました。POTEN創舎のエリアスと申します。昨日はハルがお世話になったようで、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ。ハルにはいろいろ助けられたからな」
リムはそう答えながら、ちらりとハルへ視線を向けた。
その目が一瞬だけ意味ありげに細められたので、ハルは思わず背筋を伸ばしたが、エリアスは気づいていないのか、いつもの落ち着いた調子で話を続けた。
「実は、これから昨日の森の異変について、皆で情報を持ち寄るところなんです。もしお時間が許すようでしたら、リムさんにもご参加いただけませんか?」
その提案に、リムの表情が変わった。
「……昨日の森について?」
「ああ、はい。こちらでも独自に調べていたことがありまして、ハルの報告と照らし合わせながら、今後の対応を考えようと思っているんです」
「それなら、ぜひ参加させてほしい。こっちも今は少しでも情報が欲しいところなんだ」
リムは迷うことなく頷いた。
どうやら、昨日の森で起きたことは、ギルドにとっても簡単に片づけられる問題ではないらしい。
エリアスは快く席を勧め、バルドもすぐにリムの分のお茶を用意し始めた。
リムが勧められた席に腰を下ろし、バルドが人数分のお茶を配り終えるのを待ってから、エリアスがゆっくりと口を開いた。
「さて、それでは始めようか。昨日はハルから森で起きたことを詳しく聞かせてもらったけれど、今日は私たちが調べたことも共有しておきたいと思う」
エリアスはそう言って、テーブルの上に用意していた資料を手元へ引き寄せた。
「今回、私とイリアさん、それからリナの三人は、あの平原と森について、過去の記録や土地の利用状況を中心に調べることにしたんだ。まず分かったのは、あの森を含む山一帯が、もともと非常に魔力の豊かな土地だったということだね」
ハルは思わず身を乗り出した。
昨日歩いた森は、植物が枯れ、地面は不自然に湿り、場所によっては魔力の流れまでおかしくなっていた。そんな場所が、かつては魔力に満ちた豊かな山だったというのだから、今の姿からはなかなか想像がつかない。
「古い記録によると、あの山では良質な魔石や鉱石が豊富に採れたらしい。数年前までは複数の採掘業者が出入りしていて、かなり大規模な採掘が行われていたそうなんだ」
「えっ、あの森で?」
「そう。今ではほとんど人の手が入っていないように見えるけれど、以前は採掘のために多くの人が行き来していたみたいだね」
エリアスはそこまで説明すると、隣に座るイリアへ視線を向けた。
その意図を察したイリアは、手元の資料を軽く整えてから話を引き継いだ。
「ただ、その採掘も数年前から急に下火になったようなの。当時の商業ギルドの記録を調べてみたんだけれど、ある時期を境に、良質な魔石の採掘量が急激に減り始めて、ようやく見つかっても価値の低いクズ魔石ばかりになってしまったみたいでね。一方で、鉱石の採掘量にはそれほど大きな変化がなかったそうなの」
イリアは少し考えるように指先を顎へ添えた。
「その後、採掘業者たちは次々に撤退していって、最後には山そのものがほとんど放置されるようになったみたい。ただ、記録に残っているのは採掘量や業者の動向が中心で、当時の山が実際にどんな様子だったのかまでは、詳しく分からなかったの」
「そんなことがあったんだ……」
ハルは小さく呟いた。
魔石は魔導具を作るうえでも欠かせない素材だし、良質なものが大量に採れる場所なら、採掘業者にとっては相当魅力的なはずだ。それなのに、わざわざ設備を整えてまで採掘していた山を手放したということは、それだけ大きな変化が起きたのだろう。
「それでね、当時採掘をしていた業者にも話を聞こうと思って調べてみたんだけれど、残念ながら、主だった業者はもう事業を続けていないようで、直接話を聞くことはできなかったの」
イリアはそこで言葉を切り、隣に座るリナへちらりと視線を向けた。
「でも、当時のことを知っている人が、まったく見つからなかったわけではないのよ」
その言葉を待っていたかのように、リナがにこりと笑った。
「ふふっ。そこからは、うちの出番やな!」
リナは楽しそうに胸を張ると、テーブルに軽く身を乗り出した。
「昔の記録だけやと分からんことも多いやろ? せやから、うちは冒険者がよう集まる酒場を何軒か回って、あの山のことを知っとる人がおらんか聞いてみたんよ。そしたらな、運よく昔あそこで採掘の仕事をしとった人に会えたんや」
「ほんと!?」
「ほんまほんま。その人の話が、なかなか興味深くてなぁ」
リナはそこで一度お茶を口に運び、みんなの視線が集まるのを楽しむように、少しだけ間を置いた。
「あの山、昔はほんまにすごい採掘場やったらしいで。掘れば掘るほど良質な魔石が出てきて、採掘の仕事もたくさんあったそうや。ところが、ある時期から急に魔石が採れんようになってな。掘る場所を変えても、深く掘っても駄目で、みんな不思議がっとったらしいわ」
リナはそこで一度言葉を切り、少しだけ声を落とした。
「しかも、おかしなことはそれだけやなかったんよ。魔石が採れんようになった頃から、山の様子まで少しずつ変わり始めたんやって。最初は植物の育ちが悪うなったくらいやったんが、だんだん草木そのものが減っていって、前はよう見かけとった動物まで、ほとんど姿を見せんようになったそうや」
「えっ、動物まで?」
思わず聞き返したハルに、リナは小さく頷いた。
「そうなんよ。昔は自然も豊かで、採掘する人らで賑わっとった山が、いつの間にか妙に静かになってしもうたらしい。何となく気味が悪いって言い出す人も増えてきてな。魔石は採れんようになるし、山の雰囲気までおかしゅうなるしで、わざわざあそこで採掘を続ける理由もなくなってしもうたんやろなぁ」
リナは当時の採掘者から聞いた話を思い返すように、少しだけ眉を寄せた。
「鉱石の方はまだそれなりに採れとったらしいんやけど、もともと魔石がよう採れるからこそ、みんなあの山に集まっとったわけやろ? それが採れんようになったら、採掘を続けても割に合わんってことになったみたいやで」
「……それで、みんな撤退しちゃったんだね」
「そういうことやな。最初は様子を見とった業者もおったらしいけど、結局は一つ、また一つと引き上げていって、最後には誰も採掘せんようになったそうや」
リナはそう言って、小さく肩をすくめた。
ハルは目の前の資料へ視線を落としながら、今聞いた話を頭の中で整理していた。
かつては魔力に満ち、掘れば掘るほど良質な魔石が採れた山。もし今でもそんな場所があったなら、素材収集を担当する自分にとっても、きっと魅力的な場所だっただろう。
けれど、そんな豊かな山で、ある時期を境に魔石が採れなくなり、それとほとんど同じ頃から植物が減り始め、動物まで姿を消していったという。
そして今では、昨日自分たちが目にしたような、植物さえまともに育たない場所が広がっている。
(……なんだか、全部つながってる気がする)
もちろん、魔石が採れなくなったことと、山の自然が失われていったことが、必ずしも同じ原因によるものとは限らない。
それでも、これほど大きな変化が同じ頃から起きていたというのは、どうにも偶然とは思えなかった。
ハルは昨日の森で見た、黒く濁った巨大な怪物と、その中で健気に戦っていた不思議な光を思い返した。
あの光は、怪物に呑み込まれそうになりながらも、必死に何かに抗っているように見えた。ポーションで少しだけ元気を取り戻したあとも、自分たちに逃げるよう促し、怪物を引きつけながら森の奥へと向かっていったのだ。
(……あの光も、山がおかしくなったことと関係があるのかな?)
まだ分からないことばかりだったけれど、少なくとも、昨日見た出来事だけを考えていては分からなかったことが、少しずつ見えてきたような気がする。
ハルが顔を上げると、リムもまた、先ほどまでとは違う真剣な表情でリナの話を聞いていた。




