緊張からの解放
先ほどまで弱々しく輝いていた光が、まるで失っていた力を一気に取り戻したかのように膨れ上がり、三人の顔も、足元も、それどころか周囲を覆うバリアの内側までも白く染め上げるほどの眩い光を放ち始めた。
「――大当たりだ!」
ハルは思わず声を弾ませた。
イヤーカフの感情安定機能が働いているせいで、先ほどから妙なほど冷静だったはずなのに、それでも抑えきれないほど嬉しかった。何に使うのかもよく分からないまま大切に取っておいたセン爺の『緊急用』が、まさに今、この光が必要としていたものだったらしい。
あまりの眩しさにリムとコウは反射的に目を閉じていたが、指の隙間からでも覗くように、すぐに薄く目を開ける。
「きたきたきたきたー! 効いてるぞ、ハル! これ絶対効いてる!」
「いや、今度は何したんだ!? さっきまでほとんど効いてなかったじゃねえか!」
自分と似た存在が力を取り戻したことが嬉しいのか、コウは翼をばたばたさせながら大興奮している一方、リムは突然状況が変わったことについていけず、眩しさに顔をしかめながらハルと光を交互に見ている。
やがて、周囲を白く染めていた眩しさが少しずつ収まってくると、その中心には先ほどまでとは比べものにならないほど力強く、安定した輝きを放つ光が浮かんでいた。
『……ありがとう……』
声も、先ほどよりはずっと聞き取りやすい。
それでも完全に回復したわけではないらしく、言葉の合間には長い間があり、光そのものも時折ふらりと揺れている。
『これなら……少しなら……』
そう言いながら、光はゆっくりと動き始めた。
ハルの手の中から離れ、そのままバリアの外へ向かっていく。
「えっ、待って!」
ハルは咄嗟に手を伸ばした。
「まだ駄目だよ! せっかく回復したのに、外に出たらまた――」
けれど、光は止まらなかった。
ふらふらと頼りなく揺れながら半透明の膜へ近づき、そのままバリアの外へ抜けていく。
『……しばらく……任せて……』
「任せてって……」
ハルが戸惑っている間にも、光は少しずつ三人から離れていった。
『行って……』
一度、大きく揺れる。
それでも光は落ちることなく体勢を取り戻すと、森のさらに奥――斜面の上へ向かって、ゆっくりと進み始めた。
『……あれを……片付けて……』
「あれ?」
その言葉の意味を考えるより先に、ハルは異変に気づいた。
先ほどまでバリアのすぐ外側へ押し寄せ、三人を呑み込もうとしていた怪物の粘液が、ゆっくりと離れていく。
最初はほんのわずかだった。
けれど、光が斜面を上っていくにつれて、怪物の巨大な身体もまた、ずるり、ずるりと方向を変え始める。
「……追ってる」
ハルが呟く。
怪物はもう、こちらを見ていなかった。
そもそも最初から、ハルたちを追っていたわけではなかったのかもしれない。
黒く濁った巨体は、三人の周囲から少しずつ引いていき、まるでどうしても逃がすまいとするかのように、斜面を上っていく淡い光のあとを追い始めていた。
そして光もまた、怪物が自分についてきていることを分かっているかのように、弱々しく揺れながら、それでも決して止まることなく、元いた場所よりさらに上――森の頂上へ向かって進んでいった。
光と、それを追う巨大な怪物の姿が少しずつ遠ざかっていく中、残された三人はしばらくその場から動くことができなかった。
ほんの少し前まで、逃げても追いつかれる、このままでは全員が呑み込まれるかもしれないと覚悟していたはずなのに、その危機だけが突然自分たちから離れていってしまったのだから、緊張の糸が切れたというより、状況の変化に頭が追いついていないという方が近かった。
最初に我に返ったのはリムだった。
「……あいつが最後に言ってたことは気になるけど、とにかく今は離れるぞ。しばらくは大丈夫だって自分で言ってたし、そろそろギルドの連中もこっちに向かってるはずだ。それに――」
リムが三人を包む半透明の膜へ目を向ける。
「バリアも、もう切れる頃だろ」
まるでその言葉を待っていたかのように、周囲を覆っていた膜がふっと淡くなった。
「あっ」
ハルが声を漏らした次の瞬間、バリアは光の粒をわずかに残して消えていく。
張り直してから、ほとんど限界まで使ったらしい。
ハルは反射的に斜面の上へ視線を向けた。
あの光をこのまま残していくことには、やはり不安がある。ようやく少し回復したばかりなのに、本当にあの怪物から逃げ続けられるのか、それに最後に言い残した「あれを片付けて」という言葉が何を意味しているのかも分からない。
けれど今ここに残ったところで、自分たちにできることがないのも確かだった。
その時、コウが勢いよく翼を広げた。
「ちょっと上から見てくる」
返事を待たずに木々の上まで一気に高度を上げ、斜面の先を見渡すと、すぐに小さな声が頭上から降ってきた。
「おお! なんか追いかけっこみてぇになってるぞ!」
どうやら緊迫した状況に似合わない光景になっているらしく、コウはしばらく上空から様子を確認したあと、くるりと旋回して戻ってくる。
「あの光、思ったより動けてる。怪物の方も必死に追っかけてるけど、この感じならすぐには追いつけねぇな。少なくともしばらくは、本当に大丈夫そうだ」
そう言いながら降りてきたコウは、いつものようにハルの肩へ収まった。
ひとまず光が無事だと分かり、ハルも少しだけ肩の力を抜いたものの、どうしても最後の言葉だけが頭から離れなかった。
「……何かを片付けてほしいって言ってたよね」
いったい何を指していたのだろう。
怪物ではない。怪物は自分が引きつけているのだから、それとは別に、この森のどこかに何かがあるはずで――。
「考えるのはあとだ」
思考を遮ったのはリムだった。
「まず街に戻る。ギルドと合流して状況を共有して、それから考える」
そこで一度言葉を切ると、リムはハルへじろりと視線を向けた。
「そのあとは説教だ」
「…………はい」
やっぱりそこは忘れてくれていなかったらしい。
リムはそれ以上何も言わず、来た道へ向かって走り出した。
ハルも慌ててそのあとを追ったが、イヤーカフの感情安定機能はまだわずかに残っているらしく、身体を動かしている間にも頭だけは妙に冴えていて、先ほど自分が何をしたのかを一つずつ冷静に思い返してしまう。
(……やっぱり、まずかったよね)
二度目のバリアを使う時は撤退すると約束したのに、そのバリアを張り直して立ち止まり、怪物の目の前で考える時間に使った。
結果だけを見れば光を助けることができたけれど、約束を破ったこと自体は何も変わらない。
(怒られるよね。リム、普段はあんな感じなのに怒ったら結構怖そうだし……)
そこまで考えたところで、さらに重要なことを思い出す。
(……あ)
リムは、自分がA級試験の試験官だと言っていた。
(これ……もしかして、不合格になったりする……?)
さっと顔が青くなる。
しかも、問題はそれだけではなかった。
今回のことは当然ギルドへ報告することになるし、POTENにも伝わる。そうなれば、危険を感じたらすぐ戻ること、何かあればすぐ連絡すること、とあれほど念を押してくれたツムギの顔がまず浮かび、その後ろから、準備と判断の大切さを何度も教えてくれたエリアスや、バルド、ナギ、エドたちの顔まで次々と頭に並び始める。
(……リムだけじゃない)
走りながら、ハルの顔がさらに青くなった。
(ツムギお姉ちゃんにも、エリアスさんにも……POTENのみんなにも叱られるかも……)
危機を脱したはずなのに、別の意味で逃げ出したくなってきた。
そんなハルの横顔を肩の上から眺めていたコウは、何を考えているのか察したらしく、口元をにやりと緩めた。
「まあ……一緒に怒られてやるよ」
「……コウも原因の一人だからね」
「それは言うな」
少しだけいつもの調子を取り戻した二人は、それでも足だけは緩めることなく、先を走るリムの背中を追って森を駆け下りていった。
ツムギの物語はしばらくの間不定期更新、ハルの物語は月曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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