光の救出
コウも今は言い訳を重ねている場合ではないと分かっているのか、怪物の奥で弱々しく脈打つ光へ視線を戻すと、いつになく真剣な口調で話し始めた。
「時間がねぇみたいだから、簡潔に話すぞ。あの光だけどな……多分、俺と似たような性質のもんだ」
「コウと……?」
ハルが聞き返すと、コウは小さく頷いた。
「同じもんかどうかまでは分からねぇ。でも、触れた瞬間にそう感じたんだ。多分あいつは、この森にとって必要な存在なんだと思う」
そこまで言って、今にも闇へ呑み込まれそうな光を睨むように見つめる。
「それと……もうあんまりもたねぇ。あいつが完全に消えたら何が起きるのかまでは俺にも分からねぇけど、どうにかできるなら助けた方がいい。少なくとも、この森にとってはその方がいいはずだ」
コウはそこで一度言葉を切ると、困ったように翼を広げた。
「とは言っても、どうやって助けりゃいいのかまでは分からねぇ。……どうする?」
その問いが終わると同時に、リムが即座に動いた。
「ハル、バリアはあとどれくらいもつ?」
ハルはお守りへ意識を向け、残された魔力と感覚を確かめる。
「まだ半分くらい残ってる!」
「よし。なら一つ試す」
リムは短く答えると、腰に下げていた小さな球体を一つ取り出し、怪物の中心へ向かって素早く投げ放った。
球体は濁った身体のすぐ手前まで飛んでいき――。
「――展開!」
リムの声に反応して、一瞬で形を変えた。
硬そうに見えた球体が粘土のようにぐにゃりと広がり、そのまま怪物を形作る濁った粘液と淡い光の隙間へ滑り込むと、内側から押し広げるように急速に膨張していく。
闇と光の間に、強引に壁が作られた。
「離れた……!」
ハルの目が大きく見開かれる。
それまで何度押し返してもすぐに呑み込まれていた光が、ほんの一瞬ではあるものの、怪物の濁った身体から完全に切り離された。
――これなら。
そう思ったのも束の間だった。
怪物の表面が大きく波打つ。
行き場を塞がれた黒い粘液は壁の手前でどろりと盛り上がると、まるで意思を持っているかのように上へ上へと這い上がり、あっという間にリムの作った壁を乗り越えた。
「っ……!」
そのまま濁った液体が反対側へ雪崩れ込み、再び淡い光へまとわりついていく。
わずかに取り戻した光の領域は、瞬く間に黒く染められてしまった。
結局、元とほとんど変わらない状態へ戻ってしまう。
「駄目か……」
リムが険しい表情で呟く。
けれどハルは、再び呑み込まれていく光を見つめながら、別のことを考えていた。
壁では駄目だった。
外から隔てるだけでは、あの怪物は乗り越えてくる。
だったら――。
ハルは自分たちを覆っている半透明の膜へ視線を向けた。
(このバリアなら……?)
壁を作るのではなく、あの光そのものをバリアの中へ入れてしまえばいい。
少なくとも今、自分たちの周囲には怪物の禍々しい気配が入り込んできていない。それなら同じように光を包み込み、怪物から切り離すことができるかもしれない。
ハルは残された時間を確かめるようにお守りを握り締めると、リムへ顔を向けた。
「バリアはまだもつ」
そして、怪物の中心で明滅を繰り返す光を真っ直ぐ見据える。
「このまま近づいてみよう。あの光をバリアの中に入れられれば、怪物から引き離せるかもしれない!」
そう言うとハルは、バリアを展開したまま慎重に一歩を踏み出した。
光を呑み込もうとする怪物と、それを拒むように三人を包む淡い膜。
二つが触れ合う距離まで、ハルたちは少しずつ近づいていった。
ツムギが作ってくれたこのバリアは、ただ攻撃を防ぐだけではなく、ハルに害をなそうとするものそのものを拒むように作られているのだろう。
ハルが一歩踏み出すたび、半透明の膜へ触れた怪物の粘液がぐにゃりと形を歪ませ、押し潰されたように左右へ分かれていく。それでも怪物は諦めず、黒く濁った身体を何度もバリアへ押しつけてきたが、どれほど纏わりつこうとしても内側へ入り込むことだけはできず、三人が進んだ分だけ外側へと押し退けられていった。
足元も、頭上も、左右も、すべてが濁った粘液に覆われている。
まるで怪物の身体そのものを掻き分けながら進んでいるような光景に、ハルは何度も足を止めそうになったが、そのたびに奥で明滅する小さな光を見つめ、一歩、また一歩と慎重に距離を詰めていく。
そして――ついに光へ辿り着いた。
最後まで光へ纏わりついていた粘液がバリアに触れ、ずるりと外側へ押し出される。
次の瞬間、それまで黒い濁りの中に埋もれていた淡い光が、初めて完全な形で三人の前に現れた。
「……よし」
リムが小さく息を吐いた。
ひとまず、怪物から光を隔離することには成功した。
だが、それで何かが解決したわけではない。
リムはすぐに残された時間を計算する。
バリアは、あと三分ほど。
しかも、それはここに留まれる時間ではない。怪物の身体を抜け、少なくとも安全に動ける場所まで離れる時間を考えれば、自由に使えるのは二分もないかもしれなかった。
光を救い出せたとして、どうすればいい。
怪物を倒すのか、この光を元に戻す方法があるのか、それとも森のどこかへ連れていけばいいのか――何一つ分からないまま、残された時間だけが削られていく。
(……駄目だ。ここで考えてる時間はない)
リムは即座に判断を切り替えた。
今できることが分からないのなら、せめてこの光と一緒に撤退する。安全な場所まで運ぶことさえできれば、ギルドから来る増援と合流して次の手を考えることもできる。
そう考えながら横を見ると、どうやら言葉にする必要すらなかったらしい。
ハルはすでに両手を伸ばし、壊れ物でも扱うように慎重に淡い光を手の中へ収めようとしており、その肩ではコウが周囲を警戒しながら、いつでも飛び出せるよう翼をわずかに広げていた。
リムとハルの視線が合う。
それだけで十分だった。
「行くぞ!」
ほとんど阿吽の呼吸で三人は身を翻し、来た道へ向かって一斉に駆け出した。
ハルは光を落とさないよう胸元へ抱え込みながら走り、リムはそのすぐ横につき、コウは肩から飛び立つと前方の退路を確かめる。バリアが進むたびに行く手を塞いでいた粘液が左右へ押し退けられ、来た時と同じように道が開いていくのを見て、ハルはこれなら間に合うかもしれないと思った。
――けれど。
背後から、何か巨大なものが地面を這う、湿った音が響いた。
「……え?」
振り返ったハルの顔から、一瞬で血の気が引いた。
動いている。
あれほど近づいても、その場からほとんど動こうとしなかった巨大な怪物が、今は明らかにこちらへ向かって移動していた。
ずるり、ずるりと巨体を引きずり、木の根も泥も呑み込みながら、真っ直ぐに三人を追ってくる。
いや――。
ハルは胸元へ抱えた光へ視線を落とした。
(僕たちじゃない……?)
追っているのは、この光なのかもしれない。
その考えに辿り着いた瞬間、ぞくりと背筋が冷えた。
「ハル、止まるな! 走れ!」
リムの声に押され、ハルは再び前を向いて地面を蹴った。
けれど、怪物は思った以上に速い。
身体を保つことさえ考えていないように泥の上へ広がり、木々の隙間を黒い濁流のように抜けながら、じわじわと距離を縮めてくる。
それだけではなかった。
「……リム!」
走りながらバリアを見上げたハルは、その異変に気づいた。
先ほどまで三人の周囲に十分な余裕を持って広がっていた半透明の膜が、いつの間にか少しずつ内側へ縮んでいる。
残された時間が減っているからなのか、それとも怪物から受け続ける圧力に耐えきれなくなっているのかは分からない。
ただ、このままでは――。
怪物の速度。
縮んでいくバリア。
そして、残された時間。
そのすべてを頭の中で重ね合わせた瞬間、ハルにも分かってしまった。
(……駄目だ)
このまま走るだけじゃ、逃げきれない。
ツムギの物語はしばらくの間不定期更新、ハルの物語は月曜日の23時ごろまでに1話投稿します
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