コウの暴走
近づくにつれて、怪物の中心にある光が、よりはっきりと見えるようになってきた。
それは、なんとも妙な光だった。
一定の明るさで輝いているわけではなく、淡く光ったかと思えば少し弱まり、消えてしまうのではないかと思った次の瞬間には、また力を取り戻したように明るさを増す。その繰り返しは、まるで何かが必死に命を繋いでいる鼓動のようで、ハルは知らず知らずのうちに、その光から目を離せなくなっていた。
それに、近くまで来たからこそ分かることがある。
あの光だけ、明らかに周囲とは性質が違う。
怪物を形作る濁った身体から感じるのは、触れるものすべてを呑み込み、侵し、自分の一部へ変えてしまおうとするような禍々しい気配だった。それに対して中心にある光は、弱々しく、今にも押し潰されてしまいそうでありながら、それでも周囲に広がる毒々しい何かを押し返そうとしているように見える。
(……戦ってる?)
そんな言葉が、ふと頭に浮かんだ。
光がわずかに強くなり、その範囲がじわりと外側へ広がっていく。
けれど、それも長くは続かなかった。
次の瞬間には、周囲の濁った闇が一気に押し寄せ、せっかく広がった光の倍以上を覆い隠してしまう。それでも光は消えず、ほんのわずかに残された場所から再び周囲を照らそうとするが、そのたびに闇はさらに強く押し返してくる。
広がっては、呑み込まれる。
また広がっては、それ以上に侵食される。
それを繰り返すたびに、光の占める範囲は確実に小さくなっていた。
ハルの胸に、嫌な予感が広がっていく。
もし――。
もし、さっきから聞こえている「助けて」という声の主が、あの光なのだとしたら。
(……時間がない)
あの光がいつまで耐えられるのかは分からない。
けれど、このまま何もしなければ、やがて周囲の闇に完全に呑み込まれてしまう。
それだけは、ハルにもはっきりと分かった。
消えそうになりながらも、何度も闇を押し返そうとする光を見つめていたリムは、しばらく何かを確かめるように目を細めていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……助けを求める声は、あの光から聞こえてきてるのかもしれないな」
もう一度周囲に人影がないことを確認すると、ほんの少しだけ緊張を緩める。
「とりあえず、人が取り込まれてるわけじゃなさそうなのはよかった」
少なくとも、今この瞬間にも誰かの命が怪物の中で失われようとしているわけではない。その可能性が低くなっただけでも、リムにとってはわずかな安堵だったのだろう。
しかし、コウは納得しきれない様子で、ハルの肩から光をじっと見つめていた。
「……でもよ」
短い翼をわずかに広げ、身を乗り出す。
「人じゃなかったとしても、あれが助けを求めてることには変わりねぇだろ。何があそこにいるのかくらいは確認した方がいい。それに……」
コウは目を細めた。
「あの光、多分悪いもんじゃねぇ」
そう言うが早いか、コウの小さな身体がハルの肩から飛び立った。
「え――」
ハルが反応するよりも早く、コウは半透明のバリアをするりと抜け、そのまま一直線に怪物の中心で瞬く光へ向かって飛んでいく。
「コウ!!!!」
何をしているのか理解した瞬間、ハルの顔から血の気が引いた。
「おい!! すぐ戻ってこい!!」
ほとんど同時に響いたリムの声は、これまで聞いたことがないほど鋭かった。
コウがバリアの外にいたのは、ほんの数秒だった。
その声が届くよりほんの一瞬早く、コウの翼の先が淡い光へ触れた。
その瞬間――コウはびっくりしたような表情を浮かべ、その後弾かれたように翼を翻すと、すぐさま身体を急旋回させ、ハルたちの元へ戻ってくる。半透明の膜を抜けて再びバリアの内側へ飛び込んだコウに怪我がないことを確認し、ハルはようやく止めていた息を吐き出した。
けれど、リムは違った。
何も言わない。
ただ、じろりとコウを睨んでいる。
その目には先ほどまでの気さくな少年の面影などなく、明らかな怒りが浮かんでいた。
「…………」
「……いや」
さすがのコウもまずいことをした自覚はあるらしく、気まずそうに視線を逸らした。
「すまん」
一度そう謝ってから、自分でも納得できていないように怪物の中心へ視線を戻す。
「なんつーか……あの光を見てたら、行かなくちゃいけねぇって急に思ったんだ。考えるより先に身体が動いちまったっていうか……」
コウは困惑したように首を振った。
「自分でも、なんであんなことしたのか分かんねぇ。……本当にすまん」
その言葉を聞いても、リムの険しい表情はすぐには戻らなかった。
そしてハルもまた、胸の奥に新たな不安が生まれるのを感じていた。
いつもなら危険な時ほど冷静に周囲を見て、自分を止める側にいるコウが、考えるより先にバリアの外へ飛び出した。
それがただの衝動だったのか、それとも――あの光が、コウに何かを感じさせたのか。
ハルは肩へ戻ってきた相棒と、怪物の奥で脈打つ淡い光を交互に見つめた。
気まずそうに俯いていたコウだったが、やがて顔を上げると、先ほどまでとは違う真剣な表情で怪物の中心へ視線を戻した。
「……でもよ」
その声に、ハルとリムが同時にコウを見る。
「あの光に一瞬だけ触れたから、分かったこともある」
「分かったこと?」
ハルは思わず聞き返した。
隣ではリムがまだ怒りの収まらない顔でコウを睨んでいたが、今度ばかりは叱る言葉を飲み込み、続きを促すように黙って視線を向けていた。
ツムギの物語はしばらくの間不定期更新、ハルの物語は月曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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