扇状に広がる異変
申し訳ありません。寝落ちしていました。
さあ、行こう。
心の中でそう呟きながら、僕は少しだけ足取りを速めた。
朝早く、バルドさんから特製のお弁当を受け取り、POTENハウスのみんなに見送られて家を出た。昨日の話し合いのおかげで、今日の目的ははっきりしている。ただ草原を歩き回るんじゃない。ぬかるみの原因を探し、その先にある「異常繁殖の理由」を見つけるための再調査だ。
家を出る直前まで、ツムギお姉ちゃんには何度も念を押された。
危ないと思ったらすぐに引き返すこと。無理はしないこと。それでも何かあったら、迷わず魔導通信機で連絡すること。
昨日も聞いた気がするし、その前も聞いた気がする。
でも、そのたびに真剣な顔で確認してくるところを見ると、まだまだ僕は「守られる側」なんだろうなと思う。
そんなことを考えながら城下町を歩いていると、待ち合わせ場所の門が見えてきた。
門の近くには、すでにリムの姿があった。
僕に気づくと、にこっと笑って大きく手を振ってくれる。
(あっ……待たせちゃったかな)
少しだけ申し訳ない気持ちになって、僕は思わず駆け足になった。
「ごめん、待った?」
息を整えながら尋ねると、リムは首を横に振って照れくさそうに笑う。
「全然。俺が楽しみすぎて早く来ちゃっただけ」
その言葉に、僕もつられて笑ってしまった。
結局、待たせたわけじゃなかったらしい。
そうして三人は城下町をあとにし、再び昨日の草原を目指して歩き始めた。
コウもすっかり空を飛ぶことに慣れたようで、今では僕の少し前を飛びながら周囲を警戒し、ときどき高く舞い上がっては辺りを見渡している。しばらく飛ぶと僕の肩へ降り立って羽を休め、また何事もなかったように空へ飛び立っていく。その繰り返しも、いつの間にかすっかり当たり前の光景になっていた。
その姿を見上げていると、今朝のツムギお姉ちゃんの独り言を思い出す。
――ペンギンが空を飛ぶ世界線……。
朝、ぽつりとそう呟いたあと、本当に不思議そうな顔でコウを見つめていた。
どうやらツムギお姉ちゃんが前に暮らしていた星では、ペンギンは空を飛ばない生き物だったらしい。
(まあ、確かに)
空を旋回するコウを見上げる。
丸っこい体に短い羽。
初めて会った人が「飛ぶ」と思う見た目ではない。
(ぽてぽて歩いてる方が似合いそうだもんな)
そんなことを考えていると、ちょうどこちらを振り返ったコウと目が合った。
僕が思わず吹き出すと、コウは「なんだよ?」と言いたげに首を傾げ、それでも理由は分からないまま、つられるように笑い返してくれた。
今日も空はよく晴れている。
昨日とは違う景色が見つかる予感を胸に、僕たちは草原へ向かって歩き続けた。
しばらく歩いたところで、上空を旋回していたコウが大きく弧を描きながら降りてきて、僕たちの少し前へふわりと着地した。その表情はどこか真剣で、何か気になるものを見つけた時の顔をしている。
「なあ」
翼で後方を指し示しながら、コウが口を開く。
「上から見てると、植物と木の数が扇みたいな形で減ってる気がするんだよ。それに、背の高い植物より低い植物ばっかり目立つようになってきてる。なんか景色が妙なんだ」
その話を聞いたハルは思わず足を止めた。
「もしかして、その辺りがラッカーの増え始めた場所なのかな?」
期待を込めた表情でコウを見上げる。
「コウ、範囲はどんな感じに広がってる?」
「ちょっと待ってろ」
コウは再び大きく羽ばたくと、一気に高度を上げて草原全体を見渡し始めた。
しばらく空を旋回したあと、再び戻ってくる。
「うーん……下の方は結構広く広がってるんだけど、森の近くまで行くと急に狭くなるな。やっぱり扇状に広がってる感じだ。始まりは森の方なんじゃねぇかな」
その報告を聞いたリムは腕を組み、小さく頷いた。
「だとしたら、その森で何かが起きた可能性が高そうだな」
ハルもアークノートを抱えながら頷く。
「もし、ぬかるみが森から始まって広がったんだとしたら、その始まりの場所へ行けば原因が見つかるかもしれない」
そう言って二人を見回した。
「まずはそこへ行ってみよう」
「賛成」
「異議なしだ」
三人は自然と進路を森へ変え、草原を横切るように歩き始めた。
進めば進むほど景色は少しずつ変化していく。最初は乾いていた地面が次第に湿り気を帯び始め、踏みしめるたびに柔らかく沈む感触へ変わっていくのと同時に、辺りを彩っていた花や背の高い草は目に見えて減り、その代わりに地面へ張り付くような植物や蔦が少しずつ増えていった。
そんな景色を見回しながら、コウがぽつりと呟く。
「やっぱりそうだな。ぬかるみが増えてる場所ほど、ラッカーの数も一気に増えてやがる」
ハルは一本のラッカーをしゃがみ込んで眺めながら、小さく息を漏らした。
「こうして考えると、ラッカーってすごい植物だよね。他の植物が育ちにくい環境でも、ちゃんと根を張って増え続けてる。生命力がすごいっていうか……必死に生きようとしてる感じがする」
その言葉に、リムも静かに頷く。
「確かにな」
足元へ広がる草原を見渡しながら、少し遠くを見るような目をした。
「俺たちは薬草とか毒草とか勝手に名前を付けて区別してるけど、植物からすればそんなこと関係ないんだよな。それぞれが生き残るために、自分に合った場所を探して、必死に生きてるだけなんだ」
ハルはその言葉を聞いて、ふっと笑った。
「それを言ったら、エキセモアもなかなか生命力あるよね」
「だよな!」
コウもすぐに笑い返す。
「ラッカー相手に何年も生き残りをかけて戦ってきたんだもんな。もし人が採取してなかったら、案外エキセモアの方が勝ってたのかもしれねぇ」
三人は思わず顔を見合わせ、小さく笑う。
もしかしたら、草原に生きる植物たちは、誰にも気づかれない場所で何年も静かな生存競争を続けていたのかもしれない。その小さな戦いの跡を辿ることが、草原の異変の真実へ近づく一番の近道なのかもとハルは思った。
ツムギの物語はしばらくの間不定期更新、ハルの物語は月曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
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⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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