弾型グローブ
次の日の朝。
POTENハウスの食卓には、バルドの作った朝食がずらりと並んでいた。焼きたてのパンに、香草入りのスープ、分厚く切られたベーコンに、とろりと半熟の卵。朝だというのに食堂にはすでにいい匂いが満ちている。
ハルとコウ、それからツムギ、エド、エリアス、バルドが揃って席につき、賑やかな朝食の時間が始まっていた。
エリアスがコーヒーを片手に、ふとハルへ視線を向ける。
「ハル、今日はどこへ行くんだ? 採集か?」
ハルはスープを飲みながら頷いた。
「うん。冒険者ギルドの依頼で、薬草が生えてる場所に毒草が増えすぎて困ってるらしくてさ。今日はそれを駆除しに行こうかなって」
その言葉に、ツムギがぴたりと動きを止める。
「えっ、毒草? 危ないんじゃない? ちゃんと毒消しとか持っていくんだよ?」
少し心配そうに身を乗り出すツムギに、ハルは慌てて頷いた。
「大丈夫大丈夫! 魔物と戦うよりは楽だと思うし。……でも、毒草って被れるらしいから、一応毒消しもちゃんと持ったよ!」
すると、その会話を聞いていたエドが「あっ」と声を上げた。
「そういえば!」
勢いよく立ち上がると、そのまま作業場へと駆けていく。
「……なんじゃ?」
バルドが目を瞬かせている間に、エドは何かを抱えて戻ってきた。
「これこれ!」
そう言って差し出したのは、少し弾力のある不思議な質感のグローブだった。表面がつるりとしていて、触るとふにっと柔らかい。
「この間ハルが持ってきてくれた素材と弾型液を混ぜて、ジンさんと試作してみたんだ。これ使ったら、少しは楽に駆除できるかも!」
ハルが目を輝かせながら受け取る。
「本当はね、バルドさんとツムギが危ない薬品ばっかり使ってるみたいだったから、少しでも安全になればと思って作ってたんだ。液体を弾くグローブだから……もしかしたら毒液も弾くかもしれない」
その瞬間。
バルドとツムギが、ぴたりと固まった。
「「……ば、バレてた」」
なんとも言えない顔で視線を合わせる二人に、エリアスが肩を震わせる。
そんな様子を横目に、ハルはさっそくグローブをはめて、ぎゅっぎゅっと手を動かした。
「わ、すごく良さそう!」
指を曲げたり開いたりしながら、嬉しそうに続ける。
「弾型ブーツも、沼に入っても全然染みてこなくて便利だったけど、なんかそれに近い感じだ!」
ぱっと顔を上げる。
「ありがとう、エドさん!」
エドはそんな様子を見て、弟を見るような顔でうんうんと頷いた。
それから、ふとコウへ視線を向ける。
「ごめんな、ツムギとバルドさんにと思っていたから、コウの分は作ってないんだ。欲しかったら作るから言ってくれ」
コウは少し困ったように羽を揺らした。
「俺がつけてもなぁ。あんまり役に立てそうもねぇし。でも、ありがとな」
すると、ツムギが何か思いついたように顔を上げる。
「でもコウって、クチバシよく使って作業してるし、羽とクチバシ覆う感じにしたら良いんじゃない?」
その言葉に、ハルの頭の中で——
仮面みたいなものを被り、妙にしっかりした手袋をはめたコウの姿がはっきりと浮かんだ。
しかもなぜか、ものすごく真顔だ。
思わず吹き出しそうになりながら、
「……ちょっと、それは面白いかも」
と呟いてしまう。
するとコウが、ぴしりとこちらを向いた。
「ハル! 今なんか失礼な想像しただろ!」
じとっと睨みながら羽をばたつかせる。
「変なこと言い出す前に、そろそろ行くぞ!」
その言葉に、食卓に笑いが広がった。
ハルは慌てて荷物を抱え、コウも羽を整える。
「いってきまーす!」
「いってくるぜ!」
そんな賑やかなやり取りを残したまま、朝のPOTENハウスはゆっくりといつもの空気へ戻っていった。
冒険者ギルドから指定された場所は、城外の平地だった。
ハルとコウが到着すると、そこには一面、雑草畑のような光景が広がっていた。
背丈の低い草がびっしりと群生し、その隙間に棘のついた毒草が絡みつくように広がっている。風が吹くたび、ざわざわと不気味に揺れた。
そして——少し臭う。
甘いような、苦いような、なんとも言えない匂いが周囲に漂っていた。
ハルが顔をしかめる。
「……くさいね」
コウも羽をぱたぱたさせながら、
「臭うな」
と短く呟いた。
しばらく辺りを見回したあと、コウがぽつりと言う。
「なんでまた、こんなになるまで放っておいたんだ?」
ハルは昨日ギルドで会った男の子の腕を思い出しながら、小さく肩をすくめた。
「この間のあの子みたいに、みんななっちゃうからじゃない? やろうと思っても、途中で嫌になっちゃうんだと思う」
そう言いながら、エドからもらったグローブをはめる。
指を動かして感触を確かめてから、改めて草原を見渡した。
「うわぁ……でもこれ、毒草と薬草が混じっちゃってるね」
視界いっぱいに広がる草むらに、少しだけ遠い目になる。
「確認しながら抜いていくしかないのかな……」
その声には、ほんの少し絶望感が混じっていた。
コウも同じように辺りを見回しながら、
「薬草は貴重だからなぁ……全部まとめて焼くわけにもいかねぇし」
と羽を揺らす。
「無くなっちまったら、みんな困るだろうしな。……まあ、地道にやるしかねぇだろ」
そう言って、大きく息を吐いた。
目の前には、見渡す限りの草、草、草。
——思っていたより、ずっと大仕事になりそうだった。
ツムギの物語はしばらくの間不定期更新、ハルの物語は月曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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