別れの朝
あれから数日。
ハルとリュカがA級試験の書類にサインをしてから、街は変わらず動き続けているが、俺たちにとっては、ひとつの区切りが静かに訪れていた。
出発の朝。荷物を整えていると、ハルがぱたぱたと駆け寄ってくる。
「父さん、この傷薬、すごくよく効くから持っていって! あと、母さんの目薬も忘れないでよ?」
「ああ、ありがとう。使わせてもらうよ」
ハルはそれだけでは終わらなかった。ポシェットに手を突っ込み、次々と取り出してくる。
「あとね、これはPOTENから! ブーツと盾と、あとバルドさんから差し入れのおやつ。結構量あるけど……持っていけるかな?」
その様子に、ミナがくすっと笑う。
「父さん、小さいけどアイテムボックス持ってるから大丈夫じゃないかしら? まだ少し余裕あったわよね?」
「ああ。まだ少しなら入るな。……バルドさんの菓子はうまいからな、置いていく理由がない」
そう言いながら、俺はコウと一緒に荷物をまとめていく。コウは器用に袋を押し込みながら、ふっと笑った。
その光景を見て、自然と胸の奥があたたかくなる。
(……やっぱりな)
薄々気づいてはいたが——ハルはミナに似ている。誰かのことを思うと、放っておけない。あれこれと考えて、準備して、心配して。きっと、見えないところで何度も確認したんだろう。
(立派になったもんだ)
そう思うと、少しだけ誇らしくなる。
(この分なら……時間はかかっても、試験はきっと乗り越える)
確信に近い感覚が、胸の中にあった。
荷物をひと通りまとめ終え、俺は顔を上げる。
「……じゃあ、そろそろ行くか」
ミナに声をかけると、当の本人はというと——
「だからね、ちゃんと栄養のあるご飯を食べるのよ? あと、危ないと思ったら無理しないこと。とにかく安全第一だからね」
ハルに向かって、いつもの調子で言い聞かせている最中だった。
「ああもう、わかってるって」
少し照れたように笑いながら、それでもちゃんと頷くハル。
そのやり取りに、思わず小さく息をつく。
(……どっちが子供だか)
そう思った、その時だった。——コンコン、と玄関を叩く音が響く。
「迎えに来たわよー!」
扉の向こうから、ロザの声が明るく届いた。
「今行くー!」
俺はそう返すと、手早く荷物をまとめて外へと出る。
家の前には、すでにロザたちの姿があった。見送りに出てきたハルはというと、
「はい、これ! みんなの分!」
手際よく袋を配りながら、アオミネやサイル、クロへと次々に渡していく。どうやら、さっきのバルドの差し入れらしい。
中身を確認したクロが、ぱっと表情を輝かせた。
「おお……これは、抹茶尽くしではないか! これは最高の旅立ちのおやつでござるーー!」
珍しく声を張り上げるクロに、周りが思わず笑う。
その様子を横目で見ながら、俺とハルは視線を交わす。
「じゃあ、行ってくるな」
ハルとコウに向かってそう声をかけると、ハルはぱっと顔を上げて、
「いってらっしゃい!」
と、いつもの調子で明るく手を振った。
そのまま少し身を乗り出すようにして、
「僕たちも、すぐに合格して、父さんたちに合流するよ!」
と続ける。
俺はその言葉に、にやりと口元を歪めた。
「おう。だがな——お前達の合格より先に、俺たちが母さんの目を治して帰ってくるからな」
少し挑発するように言うと、ハルの目がきらりと光る。
「えー! じゃあどっちが早いか勝負だね!」
コウはそんな二人を見て、くくっと喉を鳴らした。
「ま、その間は俺が見張っとくからよ。安心して行ってこい」
「頼んだ」
短く返し、俺は背を向ける。
ロザたちと並び、歩き出す。振り返らない——そのつもりだったが、
「頑張ってねー!!」
背中に飛んできた声に、思わず小さく笑みがこぼれた。
村の出口まで歩き、そこで自然と足を止める。ここから先は、それぞれの道だ。
「いってくる」
それだけを残して、再び歩き出した。
街道沿いを抜け、人の気配が少しずつ遠ざかっていく。やがて人気のない脇道へと入ると、自然と足取りもゆるみ、誰からともなく会話が始まった。
サイルが心配そうに、
「リュカとハルの試験官、最初は誰になるんでしょうね」
と口にする。
ロザは少しだけ考えるように視線を上げてから、
「それならリュカはダンカン、ハルはリムよ」
とあっさり答えた。
その言葉にクロが小さく頷き、
「それはまた実にぴったりな人選でござるな。リュカは基礎からみっちり叩き込まれるであろうし、ハルはリムの問いかけに気づけるかどうかが肝でござる」
と静かに続ける。
アオミネがくっと笑い、空気が少しだけ和らぐ。
俺はそのやり取りを聞きながら、心の中で小さく息をついた。
……あいつは優しすぎる。それがどう転ぶか
ふ、と口元が緩む。
まあ、あいつなら……そこまで考えて、思わず小さく笑った。
「……さて、そろそろ行くか」
軽く肩を回しながら声をかけると、全員の空気がすっと切り替わる。
アオミネが周囲を見渡しながら、
「ここなら大丈夫そうだな」
と低く呟いた。人気はなく、風が草を揺らす音だけが響いている。
全員が自然と手首へと意識を向ける。
「——コール・シグナ」
ほぼ同時に声が重なり、次の瞬間、それぞれの手首に淡く光を帯びた銀色の輪が現れた。装飾のない、ただ静かに存在するだけのブレスレット。
一瞬の静寂。
そして——
「——リターン・ステラリス」
五人の声が重なった。
空気がわずかに歪み、次の瞬間にはその場には誰の姿もなかった。まるで最初から何もなかったかのように、風だけが通り過ぎる静かな側道が残される。
——こうして、彼らは姿を消した。
ツムギの物語はしばらくの間不定期更新、ハルの物語は月曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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