A級試験開始
翌日。僕とリュカ、それにコウの三人は、朝から冒険者ギルドへと向かっていた。昨日の話が、ずっと頭の中をぐるぐるしている。A級試験——その響きだけで、少しだけ胸がざわつく。
ギルドの扉をくぐり、ロザさんのもとへ向かうと、すでに手続きの準備は整っていた。
「来たわね」
ロザさんはそう言って僕たちを席へと促し、そのまま静かに説明を始めた。
まず教えられたのは、試験の始まりについてだった。
書類にサインをした瞬間、その時点でA級試験は開始される。(サインした瞬間から……)思っていたよりも、ずっと曖昧で、ずっと怖い。
「とはいえ、すぐに何かが起きるとは限らないわ」
ロザさんは淡々と続ける。
「その場で始まることもあれば、しばらく何も起きないこともある。気づいた時には、もう試験の中にいる——そんなこともあるのよ」
僕とリュカは、思わず顔を見合わせた。
コウも腕を組みながら、ふん、と小さく息を鳴らす。
(……気づいたら、試験中)
それはつまり、油断していたら、それだけで失敗する可能性があるってことだ。
さらに、試験の種類についても説明があった。
A級試験には大きく分けて二種類ある。
ひとつは通常試験。開始や終了のアナウンスがあり、場合によっては試験内容やクリア条件が説明される。
そしてもうひとつ——ステルス試験。
こちらはその逆で、開始も終了も告げられない。
試験であることすら明かされないこともある。
(……それ、どうやって気づくんだろう)
思わずそんなことを考えてしまう。
ロザさんは僕たちの表情を見て、少しだけ口元を緩めた。
「だからこそ、常に、A級に相応しいか見られている。と思って動く必要があるのよ」
その言葉に、背筋がすっと伸びる。
そして——もっとも大事なことも、そこで告げられた。
「A級試験は、命の保証がないわ。だから、試験の内容を見て無理だと思ったら、その場で参加しなくてもいいの。逃げたとしても、それだけで不合格にはならないわ」
(逃げてもいい……)
それは優しさなのか、それとも——試されているのか。
どちらなのか、すぐにはわからなかった。
そして最後に、試験の終了についても説明された。
A級試験には明確な合格条件がある。
試験官は十人。
そのうち八人以上から合格をもらえばA級合格。
逆に十人全員から不合格を言い渡された時点で終了。
あるいは、自分から辞退した場合も同じだ。
「それ以外は?」
リュカが思わず口を挟むと、ロザさんはほんの少しだけ目を細めて答えた。
「……続けることができるわ。終わりが来るまで、ずっとね」
(ずっと……)
その言葉が胸の奥に沈んでいく。
どれくらい続くのかもわからない。
何をさせられるのかもわからない。
ただ——試され続ける。
それが、A級試験。
僕は無意識に拳を握っていた。
隣を見ると、リュカも同じように真剣な顔をしている。
その空気を、ふっと緩めるように——
コウが口を開いた。
「要はだ、A級に相応しいって試験官の八割が納得すりゃ合格。逆に全員が不適格だって判断したら不合格、ってことだろ」
腕を組み、軽く肩をすくめる。
「ハル、リュカ。そんなに構える必要はねえよ」
ちらりと僕たちを見て、少しだけ口元を緩めた。
「この試験はな、無理なことをやらせるためのもんじゃねえ」
言葉を選ぶように続ける。
「たぶん見てるのは——A級に相応しい人間かどうか、それだけだ」
その声は、どこか落ち着いていて。
不思議と、すっと胸に入ってくる。
「今の時点で何か足りなくても、致命的に欠けてるもんがなけりゃ、そこが育つまで待つ……そんな感じだな。少なくとも、悪意は感じねえ」
その言葉に、僕は思わず顔を上げた。
すると、ロザさんがやわらかく微笑む。
「そうね」
ゆっくりと頷きながら、
「そんなに難しく考えなくていいのよ。今できることを、今のあなたたちの考えで選べばいい」
視線がまっすぐに向けられる。
「それで十分よ」
その言葉に、胸の奥がすっと軽くなる。
僕とリュカは、顔を見合わせて——
「……なるほど」
ほぼ同時に、そう呟いていた。
その様子を見て、ロザが小さく頷く。
「じゃあ」
机の上に置かれた書類に、そっと指を添える。
「特にもう聞きたいことがなければ——これにサインしてくれるかしら?」
差し出された書類。
それはただの紙なのに、なぜか重く見えた。
僕は一度、息を吸って——
リュカと目を合わせる。
「……いくか」
小さく頷き合い、
「はい!」
少しだけ緊張した声が、重なった。
ペンを握る手に、ほんのわずかに力がこもる。
——ここから先は、もう戻れない。
そんな感覚が、胸の奥に静かに広がっていた。
隣で、リュカも同じようにペンを走らせている。
——そして。
書き終えた瞬間。何かが変わった気がした。音もなく。気配もなく。
けれど確かに——
A級試験は、始まったのだ。
ツムギの物語はしばらくの間不定期更新、ハルの物語は月曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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