冒険のはじまり
その沈黙を破るように、ミナがふっと肩をすくめて笑った。
「でもね、私はそんなの全然気にしてなかったのよ。私にはそういう力があって、それが家族の役に立つなら、使わない手はないじゃない?」
からりとした声が、重くなりかけた空気をやわらかくほどいていく。
その言葉に、クロがわずかに眉を寄せ、腕を組んだまま小さく息をつく。
「……そういうことばかりしておるから、置いていかれる羽目になるのでござるよ……」
その隣でコウがくつりと笑い、ちらりとハルを見やる。
「なるほどな、そっくりだ」
「えっ?」とハルが顔を上げると、コウは肩をすくめて続けた。
「自分のことより先に他人のこと考えて突っ走るとこだよ」
その言葉に一瞬言葉を詰まらせたハルは、すぐにミナの方を向き直る。
「……もう、母さんはさ、いつもやりすぎなんだよ。目が見えなくなるほどやること、ないでしょ……」
ミナはその言葉を受け止め、少しだけ肩をすくめていたずらっぽく笑った。
「そうねぇ、ちょーっとやりすぎちゃったかもしれないわね。反省してます」
くすっと笑うその表情は変わらずやわらかかった。
ミナは一度ゆっくりと息を吸うと、改めて皆の方へ向き直る。
そして、少しだけ照れくさそうに笑いながら言った。
「……やりすぎた尻拭いをさせるみたいで悪いんだけど、また一緒に冒険させてくれるかしら?」
その言葉に、空気がほんの一瞬だけ止まり——
すぐに、クロが腕を組んだまま鼻を鳴らした。
「ミナ殿のやりすぎは、今に始まったことではござらんよ。……とはいえ、しばらくは力を使うのは控えるでござる」
その横で、アオミネも口元を緩める。
「だな。今度は俺たちの番だ、ってやつだ。無茶すんなよ」
サイルは、にこりと笑みを浮かべながらカップを持ち上げる。
「そうですよ、ミナは今回は“ついてくるだけ”です。余計なことをして仕事を増やさないでくださいね?」
その言葉には、軽い調子の中にしっかりとした釘が含まれていた。
ロザはそんなやり取りを楽しそうに眺めながら、くすっと笑う。
「それに、しばらく男ばっかりだったから嬉しいわ」
軽く肩をすくめて、
「また女子会、しましょうね」
その言葉に、ミナの表情がぱっと明るくなる。
カイルはその様子を見て、やれやれと肩をすくめながら苦笑した。
「……ミナ」
少しだけ声を強める。
「よーく、みんなの言うことを聞くんだぞ」
「はーい」
ミナは素直に返事をしながら、どこか楽しそうに笑った。
その様子を見ていたハルは、ぽかんとしたまましばらく言葉を失い——
やがて、小さく呟いた。
「……なんか、母さん……子供みたい」
隣にいたリュカも、こそこそと声を潜める。
「な。いつものミナさんと、ちょっと雰囲気違うよな」
二人で顔を見合わせ、小さく肩をすくめる。
そのままリュカは、ふと思い出したように顔を上げた。
「そういえばさ、この前のダンジョンの時、みんなカイルさんの話はよくしてくれたけど……ミナさんの話って、あんまり出なかったよな?」
その問いに、ロザたちは一瞬だけ言葉を止める。
ロザがちらりとカイルへ視線を送り、少しだけ困ったように笑った。
「それは……ね」
カイルは、軽く頭をかきながら苦笑する。
「俺が、話さないでくれって頼んでたからな」
ため息まじりに続ける。
「どう考えたって、ミナが冒険者だったって知ったら、おかしいと思うだろ」
少しだけ視線を落とし、
「その流れで能力のことまで知られたら……余計なことまで考えさせちまう。ハルに、余計な負担をかけたくなかったんだ」
その言葉に、ロザが小さく頷いた。
「……まあ、それは一理あるのよね」
肩をすくめながら、どこか呆れたようにミナを見る。
「この子の能力と性格を知っちゃうと、困ってることとか……あまり良くない話を、逆にしにくくなるのよ」
くすっと笑いながら、
「だってこの子ったら、すぐどうにかしようとするんだから」
「えー、そんなことないわよ」
ミナは口を尖らせながらも、どこか楽しそうに笑う。
そのやり取りを聞いていたハルとリュカは、同時に「ああ……」と納得したように頷いた。
「……なるほど」
ハルがぽつりと呟く。
ミナはそんな二人を見て、やわらかく微笑んだ。
「でもね」
少しだけ声を落とす。
「子供の本音は、いつだって知っておきたいものよ」
その言葉の余韻が、やわらかく場に残る中——
ロザが、ふっと息をつくようにして口を開いた。
「……まあ、大体のことは決まったわね」
視線をハルとリュカへ向ける。
「A級の試験は、なかなか厳しいわよ。でも——」
少しだけ微笑む。
「あなたたちなら、きっと突破できるって思ってる」
その言葉に、リュカが身を乗り出した。
「なあ、その試験ってさ……今までどんなのがあったんだ?」
興味を隠せない様子に、クロが小さく目を細める。
「ふむ……そうでござるな」
腕を組みながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「リュカ殿は王道の冒険者、ハル殿は素材収集系の冒険者といったところでござろう?」
「うん」とハルが頷くと、クロはそのまま続けた。
「A級ともなると、それぞれが“己の専門”を持っている者が多い。専門というか……まあ、いわば“偏った者たち”でござるな」
少しだけ口元を緩める。
「ゆえに、その“偏り”に応じた課題が与えられる。……要するに、出てくる試験はどれも一筋縄ではいかぬ、妙なものばかりでござる」
「妙なものって……」
リュカが苦笑する。
そこへ、アオミネが肩を回しながら口を挟んだ。
「俺たちが一番苦労したのは、あれだな」
にやりと笑う。
「ダンジョンマスターと交渉して、試験官が欲しがってるアイテムを取ってくるやつ」
「えっ、交渉!?」
リュカが思わず声を上げる。
アオミネは面白そうに頷く。
「そうだ。しかも相手はダンジョンマスターだぞ? 普通に戦うより面倒だったな」
その横で、ロザがやれやれと肩をすくめる。
「まだマシよ、それは」
少し遠い目をして、
「私は水属性なのに、火属性でしかダメージが通らないモンスターしかいないダンジョンに放り込まれたんだから」
「はぁ!?」
ハルとリュカの声が、ぴたりと重なる。
ロザは小さく笑う。
「本当に理不尽よ。でも、そういうものなの」
そのあとも——
サイルが「試験官が気まぐれで条件を変えてきた話」をし、カイルが「制限時間も目的も明かされぬまま数日放り込まれた試験」を語り、アオミネが「途中で試験だと気づかず全力で壊しかけた話」を混ぜるたびに、
ハルとリュカは笑ったり、驚いたり、時に顔を見合わせて苦笑したりと、忙しく表情を変えていた。
けれど、その空気はどこかあたたかくて。
厳しいはずの試験の話さえも、今はただ、未来へと続く楽しみのひとつのように感じられる。
気がつけば、窓の外はすっかり夕暮れに染まり——
穏やかな時間が、ゆっくりと流れていた。
ツムギの物語はしばらくの間不定期更新、ハルの物語は月曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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