新たな冒険の予感
石畳の道を、ハルとリュカが並んで歩いていた。
夕方に差しかかる少し前、町の空気はどこか落ち着いていて、人通りもほどよく穏やかだ。
リュカが、ちらりとハルの顔を覗き込む。
「なあ? カイルさんの話って、結局なんなんだ?」
歩きながら、少し首をかしげる。
ハルも同じように首を傾け、
「うーん……僕も聞いてないんだよね」
と苦笑した。
「でも、ロザさんたちも来るって言ってたから、たぶんその話なんじゃないかな」
それを聞いたリュカの顔がぱっと明るくなる。
「マジか! クロ師匠も来るのか?」
足取りが少しだけ弾む。
「久々に会えるなぁ……!」
ハルもつられて笑う。
「うん、きっと来るよ」
少しだけ懐かしそうに目を細めた。
「僕も、みんなに会うのあの時以来だよ。なんか……楽しみだなぁ」
二人はそんな話をしながら、自然と歩調を揃えて進んでいく。
やがて見慣れた家が見えてきた。
「……あ、着いた」
ハルがそう言ったちょうどその時、扉が内側から開いた。
「おう、来たか」
現れたのはカイルだった。
どこか準備を整えたような、落ち着いた表情をしている。
「入れ入れ。もうみんな来てるぞ」
二人が中へ足を踏み入れると、家の中はすでに賑やかな空気に包まれていた。
テーブルではロザとミナ、サイルが並び、お茶の支度をしながら楽しそうに談笑している。
その柔らかな声が、部屋全体を温かく満たしていた。
そのすぐ横では——
アオミネが眉間にしわを寄せながら、何やら書類と格闘している。
ペンを握ったまま止まり、じっと紙を睨みつけていた。
そして、その隣にはクロ。
少し呆れたように、しかしきちんと面倒を見る声音で口を出す。
「そこではないでござる。住所はこっちの欄でござるよ」
指先で紙を示しながら続ける。
「それは年齢ではなく、冒険者歴を書くところでござるー!」
「ややこしいんだよ、これ……!」
アオミネが顔をしかめる。
その様子に、ハルとリュカは思わず顔を見合わせて笑った。
次の瞬間、リュカがぱっと表情を明るくする。
「師匠! ご無沙汰してます!」
勢いよく声をかけると、クロがゆっくりと振り向いた。
「おお、リュカ殿。元気でござったか」
目を細め、どこか嬉しそうに頷く。
その横で、アオミネも顔を上げた。
「お、リュカか。ちゃんとサボってねぇだろうな?」
口の端を上げて笑う。
「サボってないですよ!」
リュカはむっとした顔をしながらも、すぐに笑い返した。
「久しぶりにまた稽古、つけてくださいよ」
クロが腕を組み、うんうんと頷く。
「うむ、それは構わぬでござるが……まずは書類の書き方を覚えるのも修行でござるな」
「それはアオミネさんのやつじゃないですか!」
「おい、巻き込むな!」
三人のやり取りに、部屋の空気が一気に和らぐ。
その様子を横目に見ながら、ハルはくすっと笑い、カイルの方へ歩み寄った。
「父さん、何か手伝う?」
そう声をかけると、カイルは軽く首を振る。
「いいや、大丈夫だ」
少しだけ口元を緩めて、
「お前たちも来たことだし……そろそろ、みんなで話すか」
と静かに言った。
その言葉に、ロザが「そうね」と頷き、サイルもカップを置いて姿勢を正す。
ミナもやわらかく微笑みながら席を整えた。
全員が腰を落ち着けたところで、カイルが後頭部をかきながら苦笑する。
「いやー……さて、何から話したもんかな」
どこか困ったような、しかし少し楽しそうでもある声だった。
その様子を見て、ロザとミナがふと顔を見合わせる。
そして、くすくすと小さく笑った。
言葉にしなくても通じ合うような、長い時間を共有してきた者同士の、自然な笑みだった。
それを見たハルは、不思議そうに首をかしげる。
「ねえ、母さん」
視線をミナへ向ける。
「ロザさんたちと母さんって……どんな関係なの?」
問いかけに、ミナは一瞬だけ目を細めた。
そして、どこか懐かしむように遠くを見る。
「そうねぇ……」
ゆっくりと息をつき、
「ハルが生まれる、ずっと前からの友達よ」
と、やさしく答えた。
そのまま、少しだけ声の調子を変える。
「最初はね、ただ守ってもらう側だったの」
ふっと微笑む。
「それからね、少しだけロザや父さんたちと一緒に旅をしたのよ」
その言葉に、ハルの目が大きく見開かれた。
「えっ!?」
思わず身を乗り出す。
「母さんが!? 冒険してたの!?」
普段のおっとりした姿からは想像もできないその過去に、驚きを隠せない。
「そんなの……一言も言ったことなかったじゃないか!」
その反応に、ロザがくすっと笑う。
「言うきっかけ無かったものね」
軽く肩をすくめてから、カイルへとちらりと視線を送る。
「その旅の途中で、私たちは最終的にこの街に来て……気に入ってしまったのよ」
懐かしそうに続ける。
「それで、みんなでここに住むことにしたの」
そして、少しだけ意地悪そうに微笑む。
「まあ……元々ミナは、冒険者向きじゃなかったしね」
その言葉に、ミナが苦笑する。
ロザはさらに続けた。
「そのときにね——」
カイルを横目で見ながら、
「カイルが、冒険者から足を洗わせたのよ」
「……おい」
カイルが眉をひそめる。
ロザは気にせず、くすっと笑った。
「ほんと、心配性よね」
そのやり取りに、部屋の空気がまた少し柔らかくなる。
ハルは、その様子を静かに見つめていた。
軽口のように交わされる言葉の奥に、長い時間を共にしてきた人たちだけが持つ、揺るがない信頼があるのを感じる。
言葉にしなくても通じ合う距離。
からかい合いながらも、互いをちゃんと大切に思っている空気。
(……なんだか、いいな)
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
ツムギの物語はしばらくの間不定期更新、ハルの物語は月曜日の23時ごろまでに1話投稿します
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