閑話 ガウスと帰還の小刀
城下町の一角。
石壁に囲まれた通りの奥から、規則正しい金属音が響いていた。
カン、カン、カン——。
火花が弾け、炉の熱が外にまで伝わってくる。
ハルは扉を押し開けると、いつもの調子で声を張った。
「ガウスさん、こんにちはー!」
中では、大きな背中がちょうど槌を振り下ろしたところだった。
赤く焼けた金属に、力強い一撃が入る。
ガウスは一度だけ作業を止め、ゆっくりと振り返る。
煤で少し黒くなった頬が、にやりと緩んだ。
「おう」
低く響く声。
「久しぶりだな、ハル」
炉の火を調整しながら、ちらりと視線を向ける。
「それにしても……顔見せるの、遅いんじゃないか?」
槌を肩に担ぎ、少しだけ眉を上げる。
「大ニュースがあるんだろ?」
その言葉に、ハルは一瞬きょとんとして、それから慌てて笑った。
「えっ、なんで知ってるんですか?」
ガウスは鼻で笑う。
「町の噂は早ぇ。カイルがハルと一緒に戻ってきただの、ダンジョンがどうだの……」
炉の火をいじりながら、鼻で笑う。
「親父と揃って帰還だなんて、そりゃ俺の耳にも入るさ」
ちらり、とハルの腰元に視線が落ちる。
「それに——顔に出てる」
ハルは思わず自分の頬を触る。
炉の火がぱちりと弾ける。
熱と鉄の匂いに包まれた精錬屋の中で、
久しぶりの再会は、どこか照れくさく、そしてあたたかかった。
「で?」
ガウスが腕を組む。
「何から話す?」
その問いかけに、ハルの胸が、少しだけ高鳴った。
少し迷ったあと、ハルはにこりと笑う。
「じゃあ、まずは……紹介から」
そう言って、肩に手を添えた。
「ダンジョンで仲間になったんだ。僕の相棒」
その合図に応えるように、コウがひらりと飛び上がり、作業台の上に降り立つ。
小さな体で胸を張り、堂々と言った。
「よろしくな」
炉の火が、ぱちりと弾ける。
ガウスは一瞬、動きを止めた。
そして、ゆっくりとコウを見下ろす。
「……しゃべったな」
低く、確認するような声。
コウは片目を細める。
「しゃべるぞ。見た目で判断すんな」
沈黙が一拍。
次の瞬間、ガウスは鼻で笑った。
「そうか」
槌を肩に担ぎ直し、ハルに視線を戻す。
「事情はよくわからんが……親父が帰ってきて、さらに仲間まで増えた、ってわけか」
少しだけ口元が緩む。
「悪くねぇ冒険だったようだな」
その言葉に、ハルはほっとしたように笑った。
それから——
ハルは、これまでの出来事を語り始めた。
ガウスは時折、短く相槌を打ちながら、黙って聞いていた。
炉の火は赤々と燃え、鉄の匂いが満ちる工房の中で、
少年の数ヶ月にわたる物語が、静かに紡がれていく。
コウは腕を組み、時折補足を入れながら、どこか誇らしげだった。
やがて話が一区切りつくと、工房の中に、しばしの静寂が落ちた。
ガウスは顎に手を当て、ふう、と短く息を吐く。
「……なるほどな」
炉の火を見つめながら、低く続ける。
「坊主の顔が変わるわけだ」
その言葉には、からかいはなかった。
ただ、職人として、ひとりの成長を見抜いた者の声音だった。
少しの沈黙のあと、ハルが視線を落とす。
指先が、無意識にポシェットの縁をつまんだ。
「……それで」
少しだけ言いにくそうに、言葉を選ぶ。
「今回、いろいろあった時に……帰還石、使っちゃって」
ゆっくりと、小刀を取り出す。
柄に馴染んだその重みは、何度も命を救ってきた証だった。
「石が、割れちゃったんだ。せっかく作ってくれたのに……ごめんなさい」
両手で差し出された《帰還の小刀》。
炉の火が、その刃を赤く照らす。
ガウスは何も言わず、それを受け取った。
しばらく、じっと見つめる。
指先で柄をなぞり、割れた石の痕跡を確かめる。
やがて、低く呟いた。
「……そうか」
視線は小刀のまま。
「こいつは、ちゃんと役に立ってくれたんだな」
ハルが、はっと顔を上げる。
ガウスは鼻で笑った。
「帰還石が割れたからって、そんなにしょげることはねぇ」
炉の火に向かって、小刀を軽く掲げる。
「謝らなくていい。これはな、本来使うためにある石だ」
力強く言い切る。
「いくらでも、つけ直してやる」
ハルの顔が、ぱっと明るくなる。
「ガウスさん、ありがとう!」
慌ててギルドカードを取り出す。
「じゃあ、石のお金と手数料は、これで——」
差し出した瞬間。
ぺし、と軽く弾き返された。
「いらねぇ」
ぶっきらぼうな声。
「おまえからは金は受け取らねぇって、決めてる」
ハルは目を丸くする。
「でも、帰還石ってすっごく高いんでしょ!?」
必死に食い下がる。
「僕、POTENから給与たくさんもらってるし、払えるよ!」
ガウスは首を横に振る。
「いや、受け取れねぇな」
腕を組み、少しだけ視線を逸らす。
「どうしてもって言うなら……素材で返せ」
そして、ふと思い出したように続けた。
「あの帰還石な」
「?」
「なぜかある日、店の中に置いてあった。いろんな素材と一緒に包まれて、メモ書き付きでな」
ハルの心臓が一瞬止まる。
「あの中に入ってた石だ。まだいくつか残ってる」
(……あっ)
頭の中で、過去の記憶がよみがえる。
こっそりと置いていった素材の山。
(あの中に……帰還石、あったの!?)
内心で青ざめる。
(全然気づかなかった……素材収集家として失格だな。これからはちゃんとひとつひとつ調べないと……)
だが、すぐに顔を上げた。
「素材でいいなら!」
ぱん、とポシェットを叩く。
「珍しいものはないかもしれないけど——」
次の瞬間。
ぽん、ぽん、ぽん、と次々に作業台へ並び始める。
鉱石。
薬草。
小瓶に入った液体。
見たことのない結晶片。
魔石のかけら。
ガウスの眉が徐々に上がる。
「……おい」
まだ出る。
「おい、待て」
まだ出る。
最後に、少し大きめの鉱塊が、どすん、と置かれた。
ガウスは額に手を当てる。
「多すぎだろ……」
小さく呟く。
「これじゃ金を受け取らねぇ意味がねぇ……」
コウが横でくくっと笑う。
「ハルはな、加減を知らねぇんだ」
ハルはきょとんとした顔で言う。
「え? まだあるけど?」
「出すな」
即答だった。
炉の火が、ぱちりと弾ける。
工房の中に、笑いがひとつ、やわらかく広がった。
ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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