閑話 家族の団欒
夕暮れ時。
長い影を引きずるようにして、ハルとカイルは家の戸を開けた。
「……ハル、帰ってきたの?お客さんかしら?」
奥から聞こえた声に、カイルは一瞬、足を止める。
ミナの声だった。少し探るようで、慎重で――それでも、いつもの穏やかな響き。
だが、視線は、こちらを正確には捉えていない。
そのことに、積み重なった年月を思い、胸の奥がちくりと痛んだ。
「……ただいま」
自然に、そう言葉がこぼれた。
次の瞬間だった。
ミナの肩が、小さく震えた。
目を見開き、ゆっくりとこちらに顔を向け――そして、その瞳に、みるみる涙が溜まっていく。
「……カイル……?」
確かめるような声。
けれど、その響きには、もう疑いはなかった。
「……おかえりなさい……!」
ミナは両手で口元を押さえ、こぼれ落ちる涙を止めようともしなかった。
カイルは何も言えず、ただ頷くしかできなかった。
ああ――苦労をかけたな……本当に。
その夜は、久しぶりに台所に灯りがともった。
ミナが作った、素朴で懐かしい料理。
そこに、バルドが「足りないといけないじゃろ」と持たせてくれた豪快な料理が並ぶ。
三年ぶりに、家族が全員揃った食卓だった。
ハルは落ち着く暇もなく、次から次へと言葉を溢れさせていた。
ダンジョンのこと。仲間たちのこと。怖かったことも、楽しかったことも。
子どもらしい身振り手振りで話すその姿に、ミナは何度も微笑み、何度も目元を押さえた。
「それでね! コウがさ――」
紹介されて、コウはちょこんと胸を張った。
「……よう。はじめましてだな」
少し気取ったような、その声に。
ミナは驚くより先に、ふっと笑った。
「……ふふ。賑やかな子が増えたのね」
不思議な存在を、不思議なまま受け入れる。
それが、この家のやり方だった。
やがて――。
話しすぎたのか。
それとも、張りつめていたものが切れたのか。
ハルは、食卓を離れてほどなく、眠りに落ちた。
その隣で、コウも小さな寝息を立てている。
カイルとミナは、並んでその様子を見下ろしていた。
「……ハル、ぐっすり寝てるみたいね」
ミナが、そっと言った。
その声は、とても静かで。
それでいて、確かな温もりを帯びていた。
カイルは、言葉を返さず、ただ深く頷いた。
しばらくのあいだ、二人は言葉を交わさず、並んで眠る小さな背中を見つめていた。
規則正しい寝息が重なり、部屋の空気は、ゆるやかに落ち着いていく。
カイルは、そっと息を吐いてから、小さく声を落とした。
「……すまないな。俺のわがままで、苦労をかけた」
ミナは、驚いたように首を振る。
「何を言ってるの。ハルのためじゃない」
穏やかな声で、しかし迷いなく続ける。
「ハルは、私たちの子よ。守って当然でしょう?」
その言葉に、カイルの胸の奥が、じんわりと熱を帯びた。
彼はもう一度、ハルの寝顔を見つめる。少し大人びた輪郭の中に、変わらない幼さが残っているのが、妙に愛おしかった。
「……そうだな」
ふっと笑みを漏らし、静かに言う。
「俺のいなかった三年のあいだのこと、教えてくれないか」
ミナは、少しだけ間を置いてから、ゆっくりと語り始めた。
カイルがいなくなったあと、ハルがどれほど必死だったか。
最初は、薬代を工面するために拾い物を始めたこと。
小さな手で、重たい現実を抱え込みながら、それでも前を向こうとしていたこと。
やがて冒険者になり、危ない目に遭いながらも、一つひとつを乗り越えていったこと。
その話は、決して誇張されることなく、ただ淡々と——それだけに、胸に迫る重さを伴っていた。
「それでね……」
ミナは、少し声を柔らかくする。
「とても良い方たちに出会えたの」
「ツムギさんたちと出会ってからは、あの子、ほんとうに明るくなってね」
お金の心配がなくなり、居場所ができたこと。
無理に背伸びしていた背中が、少しずつ下りてきたこと。
「私のせいで、大人びてしまったところはあるけれど……」
ミナは、眠るハルに視線を向ける。
「それでも、少しずつ、子どもらしさが戻ってきているのが分かるのよ」
カイルは、何度も頷いた。
「うん……昨日、俺も世話になった」
「本当に、いい仲間を持ったな。ありがたいことだ」
言葉を区切り、カイルは小さく息を整える。
そして、声の調子を変えずに、しかし真剣に切り出した。
「……で、その目はどうしたんだ?」
ミナの方を見る。
「ハルは、呪いの類じゃないかって言ってた」
「呪いってのは、病気と違って、何かきっかけがないと発動しないだろう?」
静かな問いだった。
だが、その奥には——決して見過ごすつもりのない、強い覚悟が滲んでいた。
ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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