コウテイくんの事情
ハルの肩には、ちょこんとコウテイくんが乗っている。
歩くたびにふわりと揺れ、そのたび短い翼の飾りが小さく揺れた。
そのすぐ隣には、リュカがぴったりと並んで歩いている。
無意識なのか、ハルが足を止めれば同時に止まり、
ハルが顔を上げれば、同じように前を見る。
まるで「もう離れないぞ」と言わんばかりの距離だった。
しばらく歩いたあと、ハルがふと思い出したように口を開く。
「ねえ……コウテイくんってさ。
ポシェットでもあるんだよね?」
肩の上の温もりが、わずかに動いた。
「うん。まあな」
ハルは少し考えてから、続ける。
「でも……なんだろ。
前に、頭の中に響いてきた声とは、
性格がだいぶ違う気がして……」
コウテイくんは、ふうっと小さく息をつくような仕草をした。
「あー……あの時か。
安心しろ、あれも間違いなく“俺”だ」
歩くハルの肩に、くいっと体重を預けながら言う。
「あの頃の俺はな、
お前を守るためだけに生まれた存在だった。
余計な感情も、雑念もねぇ。そりゃ無機質にもなるわな」
ハルは静かに耳を傾ける。
「でも今は……まあ、見ての通りだ。
願い石の記憶、コウテイくんとしての記憶、それから……アザルの記憶も混じった」
一瞬だけ、声の調子がやわらぐ。
「いろんなもんが混ざって、
今の俺ができあがったってわけだな」
そして、肩の上で小さく肩をすくめる。
「環境が人を変える、って言うだろ?
……まあ、俺は人でもねぇけどな」
その言い方が妙に可笑しくて、
ハルはくすっと笑ってしまった。
「そっか……」
ハルの声は、どこか安心したように柔らかい。
その様子を、隣で見ていたリュカが、
何も言わずにふっと口元を緩める。
肩の上のコウテイくんは、
ハルの髪に顔をうずめるようにして、ぽそりと付け加えた。
「ま、どんな形になってもだ。
俺がハルの相棒なのは変わらねぇからな」
その一言に、ハルは前を向いたまま、
小さく、でもはっきりとうなずいた。
その肩の上で、コウテイくんが「よし」とでも言うように、小さく喉を鳴らした。
「……そこでだ」
急に、声の調子が少しだけ改まる。
「ハル。お前が、これからしなくちゃいけないことが一つある」
ハルは歩きながら、ちらりと肩の方を見る。
「え?」
コウテイくんは、短い翼を畳み、
まるで姿勢を正すように、背筋を伸ばした。
「まず前提から話すぞ。俺は今、この世界の分類で言うなら——精霊だ」
「精霊なの……?」
「ああ。アザルは“時空と選択の悪魔”なんて名乗ってたがな、本質は精霊だ。アザルの核で生きてる俺も、同じ精霊ってわけだな」
淡々とした口調だが、どこか誇らしげでもある。
「正直に言うと、力はかなり弱くなった。
できることは限られてる」
そう言って、コウテイくんは自分のお腹のポケットを、ぽん、と軽く叩いた。
「今できるのは、さっき見せたポシェットと俺のポケットを繋げることくらいだな。
空間もちっせぇし、前よりずっと制限付きだ」
ハルは胸の奥がきゅっとなるのを感じながら、黙って聞いていた。
「それでもな——一応、時空魔法は使える。
まあ、瞬間移動とか派手なのは無理だが」
少し間を置いて、続ける。
「それから、“選択”だ」
ハルがぴくりと反応する。
「……でも、アザルがやってたみたいな、
人を追い詰める選択とは、意味合いが違う」
コウテイくんは、空を見上げるように言った。
「俺が扱えるのは“契約”だな。
誰かと何かを約束した時、その天秤がきちんと釣り合っていれば——
そこに、魔法的な拘束力が生まれる」
「釣り合う……?」
「そう。フェアであることが条件だ。一方的なのは成立しねぇ」
そこで、コウテイくんは少しだけ声を和らげた。
「……これはな。ばあちゃんが、俺に教えてくれた」
ほんの一瞬、懐かしむように目を細める。
その言葉に、ハルは胸の奥が温かくなるのを感じた。
「契約魔法は使い方次第じゃ、結構便利だぞ?」
そう言って、にやりと笑う。
「で——だ」
少し間を置いて、コウテイくんはハルを見下ろした。
「説明したとおり、俺は精霊なわけだが……
ハル。俺は、お前にテイムされたいと思ってる」
「……テイム?」
「もちろん、強制じゃねぇ。別に、しなくてもいい」
軽く肩をすくめる。
「だがな、テイムされた方が何かと便利だ。
お互いの安全が、なんとなく分かるし、連携も、今よりずっとやりやすくなる」
そして、少しだけ真面目な声で続けた。
「俺も、お前もだ。一人で無茶するタイプだからな」
ハルは思わず、言葉に詰まる。
「どうだ?」
コウテイくんは、強くは迫らない。
ただ、静かに答えを待つように、ハルを見つめていた。
「考えてからでいい。約束は……軽く結ぶもんじゃねぇからな」
その言葉は、どこまでも誠実だった。
ハルは歩きながら、肩に乗ったコウテイくんを見つめる。
ふわふわとした体は小さいのに、不思議と確かな重みがあった。
少しだけ間を置いて、ハルは口を開く。
「……もちろん」
その声は、迷いのない、穏やかな響きだった。
「コウテイくんが望むなら、テイムさせてもらうよ」
コウテイくんが、ぴくりと瞬く。
ハルは前を向いたまま、続けた。
「ただ、一つだけ……条件があるんだ」
歩幅は揃い、風は穏やかで、
それぞれの足音が、同じリズムで重なっていた。
ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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