20.一緒に行く
分かる! 分かるよ! なんて心の中で頷きながら、その様子を見てたボクだけど。
『ルシェー!』
『連れてきたよー!』
柵の内側から小鳥たちの声が聞こえて、そっちに目を向けると。厩舎のほうからニンゲンを乗せて走ってくるマルツィオの姿が見えた。
「お嬢様!」
マルツィオが乗せてるのは、訓練の時に乗せてるニンゲンのオスと同じ。マルツィオが一番信頼してるニンゲン。
……そういえば、このニンゲンの名前ってなんだったっけ? 一回だけ教えてもらったんだけど、すっごく前のことだから忘れちゃったよ。
『ジョヴァンニさんから、直々にオレが指名されたんだ! そこのイヌ、しっかり案内してくれよ!』
『うん。頑張るよ』
でも、今はそんなこと聞いてる場合じゃないし。そもそも知らなくても困らないから、まぁいいや。
ジョヴァンニから言われてるなら、マルツィオが張り切ってるのも納得。それにちょっと乱暴な喋り方だけど、クロが困ったり怖がったりしてないなら、今はそれが一番大事だし。
『マルツィオ、ボクも一緒に行くよ』
もう一回柵のすき間を通り抜けて、今度はマルツィオの目の前まで行ってそう話しかける。だってそのほうがフィリベルトも安心するだろうし、ボクも直接会って無事なこと確かめたいもん。
でも、さすがにボクの言葉に驚いちゃったみたいで。
『はぁ!? お前が一緒に行ってどーすんだよ!』
ちょっとだけ不愉快そうに、マルツィオが首を振る。
けど、ここで引くわけにはいかないんだよね。
『これからマルツィオが会いに行くニンゲンに、ボクは何度も会ってるんだよ?』
『いや、それとこれとは――』
『しかも! セレーナの恋した相手!』
『な!? お嬢の恋の相手だと!?』
ジョヴァンニがセレーナをすごく丁寧に優しく扱ってるから、実はマルツィオも密かにセレーナのことを大切に思ってくれてるって、ボク知ってるよ。あと普通にセレーナ優しいし、ジョバンニだけじゃなくてマルツィオも、鼻先とか撫でられて気持ちよさそうにしてたこと何度もあったし。
だから、どう言ったらマルツィオの心が動くかなんて、ボクはよーっく知ってるんだ。
『最近ずっとセレーナも心配してたし、ボクが確かめて大丈夫だったって教えてあげたら、きっと元気出ると思うんだ』
『そ、それは……』
『それともマルツィオは、セレーナの恋を応援してあげないつもり?』
『まさか! お嬢には幸せになってもらわないと困る!』
よし! あと一押し!
『じゃあ、ボクを一緒に連れてってよ。心配しなくても、振り落とされたりしないから』
『……くっ。お嬢のためとあっちゃぁ、仕方がねぇ! 乗れよ!』
簡単に説得されてくれたマルツィオは、ボクが乗りやすいように頭を下げてくれる。
(うんうん。やっぱりみんな、セレーナのこと大好きだよね)
そんなことを思いながら、マルツィオの頭に『ありがとう』って言ってから乗ると、一気に視線が高くなった。
「あ! お嬢様の猫が!」
「ルシェ、あなたまさか……殿下のご様子を、確かめてきてくれるの?」
マルツィオの背に乗ってたニンゲンが焦った声を出してるけど、セレーナはすごく落ち着いた感じでそう聞いてくれる。ニンゲンのオスも、セレーナのこと見習ったほうがいいよ?
セレーナと視線を合わせるためにも、ボクはマルツィオの頭から背中に移動して。まっすぐセレーナの目を見て、返事を返すんだ。
『セレーナも心配でしょ? ボクがちゃんと、フィリベルトの無事を確認してくるから』
「そう。行ってきてくれるのね」
「お嬢様!?」
なんか、周りのニンゲンたちがちょっと騒がしくなったけど。ボクは最初から、一緒に行くって決めてたから。
それに。
「ルシェは賢くていい子だから、きっと大丈夫よ。あなたの乗馬の腕も信頼しているわ。だから、お願いしてもいいかしら?」
セレーナが許可してくれてるんだから、問題ないでしょ。
「お嬢様……」
「マルツィオも、ルシェのことお願いできるかしら?」
『もちろんっすよ、お嬢!』
「うふふ。ありがとう」
困惑してるニンゲンと、伸ばされたセレーナの手に鼻先をこすりつけてるマルツィオ。どう考えても真逆の反応なのが、ちょっと面白い。
でもね、ボクは知ってるんだ。結局みんなセレーナのことが大好きで、セレーナには甘いんだってこと。
「……分かりました。お嬢様の大切な存在を、一時預からせていただきます」
「ありがとう。お願いね」
「はい」
ほらね。最後には結局、セレーナのお願いが通るようにできてるんだ。
さらにセレーナは、柵の外にいるクロにもう一回話しかけるために目線を合わせてしゃがんでから。
「ルシェのお友達も、道案内をしてくれるつもりで待っていてくれたのよね? ルシェたちのこと、お願いしていいかしら?」
『あ、はい』
「それと、あなたもケガや無茶はしちゃダメよ? 無事に帰ってきてね」
『……はい、もちろんです』
そう言って、気にしてくれてる。
きっとセレーナの優しさは、クロにもいっぱい届いてるはず。帰ってきたら、今までで一番説得しやすいかも。
一緒に帰ってきて、そのままクロとお家で暮らせたらいいのにな、なんて思いながら見てたら。今度は立ち上がったセレーナが、ボクのとこまできて頭を撫でてくれた。
「ルシェ、気をつけてね」
『うん! 行ってきます!』
優しい手と声に、そう返事をして。ボクは今度こそ前を向く。
クロと視線を合わせて、お互いに合図をしたら出発だ。
『行こう、みんな!』
ボクの声に、クロもマルツィオも小鳥たちも『おー!』って返事をしてくれた。
マルツィオが通るのに困らないくらい柵が開いたのと同時に、ボクたちはフィリベルトのとこに向かって一斉に走り出したんだ。
とはいっても、ボクはマルツィオの背中に乗ってるだけだし、小鳥たちは空を飛んでるんだけどね。




