19.イヌ式の挨拶
でも、そこで止まられちゃったら困るんだ。手紙、読んでくれないと。
『セレーナ、手紙。手紙、ちゃんと読んで』
「ルシェ? お手紙が、どうかしたの?」
座っちゃったセレーナの膝に飛び乗って、持ってる手紙を前足でチョイチョイする。これで意識を向けて、すぐに読んでくれるはず。
予想通り、不思議そうな顔のままセレーナが手紙を開いて。段々と、その瞳が驚いたように見開かれてく。
「大変……! 誰か、急いでこのハンカチと手紙をお父様に届けて! 緊急事態よ!」
そっからは、早かった。セレーナはすぐに指示を出して、一番早く動いてくれそうなニンゲンのとこにハンカチと手紙を届けさせてから。
「ルシェ、あなたは知っていたの? これを届けてくださったのは、どなた?」
ボクに目線を合わせて、そう問いかけてきたんだ。
真剣なセレーナの顔と声に、ボクは応えたくて。それに、ボクのことをすごく信頼してくれてるって、それだけで分かるから。
『ついてきて』
セレーナは窓から出れないから、ニンゲンが通る道を使ってクロのとこまで案内することにした。っていっても、セレーナのことを止めるニンゲンもいたけどね。手紙も読んでないから、状況もよく分かってなかったし。
でも。
「お嬢様? 不審な手紙の差出人にお会いするつもりですか?」
「差出人のお名前は、王太子殿下だったわ。しかも名前入りのハンカチまで入っていたのに、疑う余地があって?」
「ですが……」
「緊急事態なのよ。一つでも多く、情報を手に入れておくべきだわ」
今まで見たことないくらいカッコイイ姿で、セレーナがそう言い放ったんだ。その姿に、他のニンゲンたちは静かになっちゃって。
正直セレーナって、いつもおっとりしてて優しいから、こんなに強いとこがあったんだってボクも初めて知ったんだ。もしかしたら、ニンゲンたちも同じだったのかも。
「ルシェ、案内してくれる?」
『もちろんだよ!』
そんなセレーナが、ボクを頼ってくれてる。こんな嬉しいことってないよね!
でも今は時間がないから、なるべく急いでクロのとこに向かう。待っててってお願いしたから、まだそこにいてくれてるはずだし。
部屋の扉を開けてもらって、セレーナたちがついてこれるように何度も振り返りながら、一番近いルートを走り抜けてクロのとこに戻ってきた。
『クロー!』
『ルシェ! どうだった!?』
『もう少ししたら、きっとニンゲンたちが準備してくれるよ!』
先にクロに簡単に報告してると、ボクの後ろをついてきてたセレーナが追いついたみたい。少しだけ息を切らしたニンゲンたちと一緒に、クロの姿を見て。
「まさかこの子が、あのお手紙を運んできてくれたの?」
本気で驚いた顔して、そんなふうに呟いてた。
でも、変なの。だってボクはいっつも、セレーナとフィリベルトの手紙を運んでたのに。ボクができることを、どうしてもっと体の大きいクロがしたら驚くんだろう?
「ルシェ、この子は? あなたのお友達?」
『そうだよ! ボクはクロって呼んでるの!』
『……ルシェの、ご主人様?』
『ごしゅじんさまじゃなくて、セレーナはセレーナだよ』
初対面だから、こういう時はボクが間を取り持たないといけないのかな?
とりあえず柵の向こう側に抜けて、ボクはクロの隣に並んでみせる。たぶんそれだけで、セレーナには伝わると思うんだよね。クロはボクの友達だよって。
「そう。ルシェはあなたに会いに、お散歩に出かけていたのね」
ふわって笑ってくれたセレーナは、柵の内側ギリギリのとこにしゃがみ込んで、クロの目の前に手を差し出してくれた。わざわざ柵から腕を出してまで。
「お嬢様!? 危険です! おやめください!」
「大丈夫よ。だってこの子は、私の可愛い可愛いルシェのお友達なんだもの」
「意味が分かりません! 汚れ方からして、明らかに野良ですよ!?」
「関係ないわ。それに、この子が殿下からのお手紙を運んできてくれたのなら、ちゃんとお礼もしないといけないじゃない」
だからまずはご挨拶からよって、セレーナは当然のように言うんだ。それがボクには、すごくすごく嬉しくて。
だってそれって、クロがボクの友達だからってだけじゃなくて、クロ自身を信頼してくれたってことだし。それにそれに、挨拶だけで終わりじゃないってことだから。
もしかしたら、ホントにクロと一緒にいられるようになるかもしれないし。そうなったら、ボクの願いが一つ叶うってことだもん。
『……挨拶、していいの?』
『もちろんだよ!』
ニンゲンに対して臆病になっちゃってるけど、クロは絶対にニンゲンに攻撃したりしなかった。ただ、怯えてただけ。
だから、ボクはその背中を頭で押すんだ。セレーナは優しいから大丈夫だよって。
『その……初めまして』
差し出されたセレーナの手のニオイを、クロはおそるおそる鼻先を近づけて嗅いでるけど。これで、イヌ式の挨拶は終了。つまり。
「いい子ね。……ありがとう、ルシェとお友達になってくれて。殿下のお手紙を、運んできてくれて」
セレーナの優しい手が、クロの頭を撫でる。ボクのことを撫でてくれてる時と同じ、優しいリズムで。手と同じくらい優しい眼差しを、クロに向けながら。
そんな中、ボクはそっとクロの顔を覗き込んでみる。もしかしたらっていう、期待を込めて。
(やっぱり! セレーナの手って、気持ちいいもんね)
そしたら、思った通り。クロは目を細めてすごく気持ちよさそうに、幸せそうにセレーナの手にされるがまま撫でられてたんだ。




