21.おっきなニンゲン
ボクが走るよりもずっとずっと早い速度で、マルツィオはクロのあとについて走ってく。流れる景色は、あっという間に別のものに変わってくんだ。
「マルツィオ、今日は調子がいいな」
『ジョヴァンニさんから頼まれてるんだ、当然だろ!』
「その調子で頼むぞ」
『あぁ!』
ニンゲンとマルツィオがそんな会話をしてるのを聞きながら、ボクはとにかく振り落とされないように一生懸命爪を立てて踏ん張ってる。ジョヴァンニの背中に乗せてもらったことは何回かあるけど、ここまで本気の速さじゃなかったからね。でも、まだついていけるかな。
(おしゃべりは難しそうだけどね!)
あと、前を走るクロの速度もすごい。それに、なんかすごくイキイキして見えるんだ。
昨日と今日だけで、一回往復してるはずなのに。どこにそんな体力があったんだろ? 体動かすの、すごく好きなのかな?
高いとこには登れないクロだから、路地裏でのボクとの追いかけっこだと、圧倒的にボクが毎回有利なんだけど。もしかしたら広い庭とかでやったら、クロのほうが有利なのかもね。
なんてことを考えてたら、いつの間にか景色はまた変わってて。さっきまですごく開けてたのに、今度は両脇に木がたくさん生えてる。
『地すべりがあった場所は、もう少し先だよ!』
『思ったより早く着きそうだな』
走りながら会話するクロとマルツィオの声に、もうフィリベルトが遭難してる山の中に入ってたんだってことを理解した。
ちなみに小鳥たちは、先にフィリベルトのとこに行ってるって言ってた。空だとまっすぐ飛んでけるから、もっと早いんだってさ。すごいよね。
「ん……? あれはまさか」
『どうした?』
マルツィオの背中に乗ってると、ボクには遠くが見えないから。ニンゲンがなにかを発見したみたいなんだけど、正直よく分かんない。
「マルツィオ、少し速度を落とそう」
『え!? なんでだよ!?』
『どうしたの?』
不満そうな声は上げてるけど、ちゃんとニンゲンの言うことは聞くマルツィオ。速度を落としてくれたおかげで、ボクも話せる余裕ができた。
そんな中、前を走ってるクロもなにかに気づいたみたいで。
『ニンゲンの声がするけど、もしかして合流したほうがいい?』
フィリベルトのとこに最短で行きたいなら、道は外れたほうがいいってクロは言ってるんだけど。こんな時に山の中にいるニンゲンってことは、もしかしたらフィリベルトを探してるのかもしれないし。
『クロ、遠吠えできる?』
『うん、いいよ』
向こうに気づいてもらったほうが早いから、クロにお願いして少し遠くまで聞こえる声を山の中に響かせてもらう。たぶんこれで、ニンゲンの意識がこっちに向くと思うんだよね。
「犬に指示を出したのか? だとすれば、お嬢様のおっしゃっていた以上に賢い猫だな」
『当たり前でしょ。ボクを誰だと思ってるの』
細かい言葉は理解できないだろうけど、抗議の意味も込めて少し長めに鳴いてみせれば、ちょっとだけ焦ったような声でニンゲンがボクに謝ってくる。
「いや、すまない! 信じていなかったとか、そういうわけではなくてだな! 想像以上だったというだけだ!」
『じゃあ、許してあげる』
ネコはあんまり頭がよくないっていうニンゲンも、たまにいるんだよね。このニンゲンのオスは、そういうタイプじゃなかったみたいだからいいけど。
ちなみに頭がよくないんじゃなくて、やりたくないことはやらない主義ってだけだから。分かっててやらないだけだから、そこは間違えないでほしいよね。
「その馬具の文様は、ルミノーソ侯爵家の紋章か?」
マルツィオの背中の上でボクとニンゲンがおしゃべりしてたら、前から近づいてきた真っ黒な青毛のオスに乗った、おっきなニンゲンが話しかけてきた。声もなんか低いし、ちょっと警戒しといたほうがいいかな?
「その通りでございます。王国騎士団長、スプレンドーレ公爵様」
「なるほど、私を知っていたか」
なんか、すっごい緊張感あるんだけど。
でもとりあえず知ってる相手ってことで、間違ってないよね?
「王太子殿下からルミノーソ侯爵家に、緊急のご連絡をいただきました」
「ルミノーソ侯爵家に?」
いやいや! なんか、すっごい警戒度上がったけど!? これ、大丈夫!?
「こちらが、その証拠です。どうぞご覧ください」
「ふむ」
ボクと一緒にマルツィオの背中に乗ってるニンゲンが、おっきなニンゲンにフィリベルトからの手紙を差し出す。
そんなやり取り、今必要なのかなって思ったりもするんだけど。たぶん必要だから、ニンゲンがわざわざここで止まってまで会話してるんだよね、きっと。
……だよね? 間違ってないよね?
(なんか、不安になるなー)
とはいえどう考えても、今すぐ動くことなんてできそうにないし。ひとまず、成り行きを見守るしかないのかな。
ごめん、フィリベルト。もうちょっと待ってて。




