18.待ってた
結局、眠りにつく直前まで外の音を気にしてたんだけど、やっぱり小鳥たちの声もクロの声も聞こえてくることはなくて。翌朝も、いつも通りに一日が始まっちゃった。
それでもいつ戻ってくるか分からないから、今日は外に出ないことにして。朝食後はセレーナの部屋でまったり過ごしてたんだ。
「ルシェ? 今日はお出かけしなくていいの?」
『いいのー。今日は待つって決めてるから』
「どうしたのかしら? 具合でも悪い?」
「朝食は、いつも通り完食しているのですが……」
う~ん、やっぱり伝わらない。
でも仕方ないよね。フィリベルトのとこにクロたちに行ってもらってるって、セレーナたちは知らないんだし。そもそも、フィリベルトが遭難してることすら誰も聞いてないだろうから、当然なんだけどさ。
いつもだったらこの時間は、クロのとことかビアンカのとこに遊びに行ってることが多いから。膝の上でゆっくりしてるボクを見て、セレーナだけじゃなく他のニンゲンのメスたちも心配になっちゃったみたい。そっと覗き込まれたんだけど、別にボクは元気なんだけどなーなんて思いながら、あくびをした。
「大丈夫、なのかしらね?」
「単純に今日はお嬢様に甘えたい気分だった、ということでしょうか?」
『じゃあ、そういうことにしておいてー』
あんまりにも心配されすぎても困るし、もうなんでもいいやーってそう答えたら、なんでか分かんないけどセレーナたちが笑ってくれたから。とりあえずもうちょっとゆっくりしてようと、前足の上にアゴを乗せた、その瞬間だった。
『ルシェー! 持ってきたよー!』
『!!』
部屋の外、少しだけ遠くから聞こえてきた、クロの鳴き声。かすかだったけど、ちゃんとボクの耳には届いたから。
「あら?」
「外が騒がしいですね」
ボクの部屋に行くよりも、こっから出たほうがずっと早いよね。
『セレーナ』
「ルシェ? どうしたの?」
ひと言声をかけてから、今の今まで乗ってたセレーナの膝から飛び降りて、窓に向かって急いで駆け寄る。そのまま後ろ足だけで立ち上がって、目の前の窓を前足で一生懸命掘ってみせたんだ。
もちろん爪は出さないし、ホントに掘れるわけじゃないけど。こういう時は、仕草が大事。あと、必死な鳴き方もね。
『ここ開けて! ボク、行かなきゃ!』
「ルシェ? お外に出たいの?」
そう言いながら立ち上がろうとしたセレーナを、別のニンゲンが引きとめて。
「お嬢様は、どうかそのままで。誰か、窓を開けてあげて」
「はい」
また別のニンゲンが、今度こそ窓を開けてくれた。
その瞬間、勢いよく飛び出したボクは、クロの声がするほうへ駆けてく。
「どこの犬だ?」
『ルシェー! 早くー!』
大きな柵の近くまで行くと、内側にいるニンゲンがクロの様子を不思議そうに見てて。外側では、クロが必死にボクのことを呼んでくれてた。
『クロ!』
『ルシェ! 待ってたよ!』
「お嬢様の猫……? もしかして、お前の友達なのか?」
柵を抜けて言葉を交わすボクたちを見て、ニンゲンのオスが質問してくるけど、今はそれに答えてあげる時間もないんだ。ごめんね。
『革袋の中にハンカチと、簡単な手紙も入ってるから』
『手紙? フィリベルト、書いてくれたの?』
『ハンカチだけだと足りないだろうからって。すごいよね、僕がルシェと知り合いだってすぐに分かってくれたんだ』
『さすがフィリベルト!』
確かにハンカチだけだと、ニンゲンにはどうしてほしいとか具体的なことは伝わらないもんね。それに手紙用の革袋を見て、いつもと同じように手紙を書いて入れようって考えたのもだけど、そこに道具があったのもすごいよ。まさか持って行ってたなんて。
でもこれで、フィリベルトが無事だってことが証明できるし。ニンゲンを連れてくのも、きっと難しくない。
『って、あれ? 小鳥たちは?』
『先に厩舎に行って、説明してくるって言ってたよ』
『そっか』
じゃあきっと、足の速いジョヴァンニかマルツィオあたりが準備してくれてるはず。
そうなると、あとはこのハンカチと手紙をボクがセレーナに渡しに行けば、すぐに動けるよね!
『クロ、ちょっと待ってて! すぐに出れるニンゲンを連れてくるから!』
『分かった!』
クロが運んできてくれた、ハンカチと手紙入りの革袋をくわえて。ボクはさっきと同じように、柵の間をするりと抜ける。
そのまま、もと来た道を走り出して。
「あ、おい! そんなものくわえて、どこに行くんだ!」
静かにオスワリして待ってるクロから、ボクに意識が向いたらしいニンゲンのオスが叫ぶけど、今は構ってるヒマなんてないから。
(待っててね……!)
フィリベルトもセレーナもビアンカも、みんなみんな安心させてあげなきゃ!
そう思いながら、珍しくまだ開けてくれてた窓からセレーナの部屋の中に入って、くわえてる革袋をセレーナの足元に置いた。
「まぁ……!」
「それは、お嬢様の……?」
『いいから! すぐ読んで!』
状況が分かってなさそうなニンゲンばっかりだけど、ボクの普段とは違う声に気づいてくれたセレーナが少しだけ不思議そうな顔をしてから、足元の革袋を手に取って開いてくれる。そのまま、中身を確認して。
「え……?」
出てきたハンカチと、いつもとは違う中身だけの手紙に、今度は困惑してた。




