第24話 虚勢
そのとき俺は、非常に厳しい状況にあった。
残るカードは二枚。俺は先程の自分の行動を悔やんだ。
何故わざとらしく浮き出ていたあのカードを選び取ってしまったのだろうか。
裏の裏を読んだつもりが、裏目に出てしまったのだ。
俺は先程選び取ってしまったそのカードを相手にどうやって取らせるべきか、必死に考えを巡らせる。
一方で、目の前の相手もそれを必死の形相で睨んでいた。
相手のカードは一枚。
一か八か、この一回で決まる。
俺は決めた。
裏の裏の裏を――まさか相手も、続けて同じ手法をとるまいと思うだろう。
さあ、この浮き出たカードを取るんだ!
相手も覚悟を決めた。
彼女が手を伸ばしたカードは……
「やったー! また私の勝ち!」
「くっ……まったく、運だけは強いよね、未玖は」
未玖は二枚そろったカードをベッドの上に置くと、誇らしげに「運じゃなくて、ミタの思考を読んだんですぅー」とドヤ顔。
それに対抗するように、「そんなこと君にはできないだろ」と悔しげに呟く。
「で、次は何やるー? ミタ」
「もう一回だ」
「はは、悔しいんだ。悔しいんでしょ、ミタ?」
俺は「さっきまで落ち込んでたくせに」と呆れながらも、今ベッドの上ではしゃぐ彼女を見て安堵していた。
「ババ抜きはね、考えすぎないことが大事なんだよ?」
既に二回連続で勝利した彼女が、ドヤ顔で俺に説く。
「ミタは考え過ぎちゃうからダメ。顔に全部出てるもん」
そう言うと、彼女はクスリと笑った。
(そんなに顔に出てるのか……)
調子づく彼女を前にして、俺は何も言い返せずにいた。
「はい、これ。ミタのカードね。またババ抜きで良い?」
二回連敗の俺は無愛想に頷いてから、彼女の差し出したカードを受け取った。
俺には、彼女の考えていることが分からなかった。
彼女が今何を思っているのか、何を考えているのか……
それを聞くのが怖くて、ずっと聞けずにいる。
彼女が弟を失ったのはつい数日前のことだった。
できた家族――あの写真の中の無邪気な笑顔は、もうどこにもない。
彼女は失った心の穴を、どうやって埋めたのだろうか。
自分には、どうすることもできなかった。
そのとき、彼女の傍にいることができたなら……彼女をこんな目に遭わせずに済んだかもしれないのに。
俺は自分の無力さを嘆いた。
彼女の心を守るか、命を守るか。
あのとき俺は、彼女の命を守ることを選択した。
そして、その結果がこれだった。
結局俺は、彼女の命を危険にさらしてしまったのだ。
彼女の心の穴が埋まったのかどうかは分からない。
彼女が今、何を思っているのか――俺にそれを聞く資格も、勇気もなかった。
彼女を見捨て、彼女を追い詰めたのは自分のせいだということに、変わりはなかったから。
俺はもう一度悩んだ。
自分はどちらを選ぶべきなのか。
しかしそんなとき、俺は彼女の前向きな姿を目にしたのだ。
彼女には何か、彼女を支えてくれる存在があったのかもしれない。
彼女はもうとっくに、前を向いていたのだ。
彼女は大切な家族を失った。
それでも、彼女は前に進もうとしていることを知った。
君は、強いんだね。
君はいつだって、前を向いてきた。
それに比べて、いつも迷ってばかりで立ち止まっていたのは、俺の方だ。
《俺が助けた、というより……君が、俺の力を奪ったんだよ》
《俺は未玖に――蒲田未玖に、死神の力を〔与え〕た》
君に本当のことを伝えるべきなのだろうか。
「はい、ミタ。また私の勝ちだよ? やっぱり、ミタは考えすぎるからダメなんだってば」
彼女は「全部顔に書いてあるよ?」と言って笑った。
(やっぱり、俺って全部顔に出てるのか……)
「ひとりで抱え込んじゃだめだよ」
未玖は優しい表情をしていた。
「私にはミタの仕事が何なのか分からないけど……ミタは全部ひとりで抱え込もうとするから」
彼女はそう言うと、「人の嫌がることばっかりするミタらしくないくせにね」と小さく呟いてから、クスリと笑う。
「でも俺は……君を巻き込むことはできない」
俯く俺に対して、彼女は「そっか」とだけ呟いた。
「良いよ、ミタ。――ミタの仕事はきっと、そういう仕事なんだもんね」
「……えっ」
彼女は驚くほど、あっさりしていた。
「私はもうこれ以上、聞かないよ。ミタには、ミタのやらなきゃいけない仕事があるんだもんね。私はもう、これ以上ミタに迷惑かけないよ」
彼女は言葉を続けた。
「私がミタの力、勝手に奪ったんだから……勝手に、巻き込まれたんだから……。私のせいだから」
彼女は散らばったトランプを集めながら、淡々と呟いた。
「あのね、多分私はひとりで……ミタの仕事の邪魔はしないと思う」
彼女はトランプを切りながら、穏やかな表情を浮かべていた。
「だからミタはね、私のこととか、全部難しく考えようとしなくて良くて……自分のために良いことだけ考えていればいいの」
――「自分のため」。
彼女の言葉を聞いて、俺は全てを理解した。
理解してしまったのだった。
今まで彼女のためだと思ってついてきた嘘は、全て自分自身のためだったということを。
俺は君に、本当のことを伝えなかった。
君の命を守るために――君の心を犠牲にして、君に嘘をつき続けることを選んだ。
だけど……
《未玖についた嘘を告白し、「本当の仕事」を伝えれば、彼女を巻き込んでしまいかねない。これ以上、彼女の命を危険にさらしたくない》
結局俺は、君を守ることができなかったじゃないか。
《彼女の命を守るか、心を救うか》
俺は君の命を守る方を選択して――結局、君の心を傷つけ、命を危険にさらしてしまった。
君に俺の「本当の仕事」を伝えなければ、君の命を危険にさらさずにすむ?
そんなの、嘘だった。
本当は――
《私がミタの力を奪って――勝手に生き延びたあの日から、私はとっくにミタに巻き込まれてる》
彼女が自分の嘘に気がついていないと気付いた瞬間、ピンと張っていた糸が緩んだ気がした。
――俺はただ、君に嘘を告白することが、怖かっただけなんだ。
「下界に逃げ込んだ天界の大罪人を捕えること」――それが、下界に来た本来の目的で、俺の使命だった。
でも、その使命を優先した結果、彼女を傍で守ることができなかった。
俺が選ぶべきだったのは、嘘を告白するかしないかの選択肢じゃなかった。
俺が本当に選ぶべきだったのは、自分が下界に来た本来の使命を優先するか、自分のせいで巻き込んでしまった少女を守ることか――この二択だったのに。
《あのね、多分私はひとりで……ミタの仕事の邪魔はしないと思う》
君は、本当に強いと思う。
《あの子ならきっと大丈夫です》
「あの人」の言葉が、俺の背中を押す。
《ミタには、ミタのやらなきゃいけない仕事があるんだもんね》
そうだよな。
俺にはやらなきゃいけないことがある。
この仕事は、俺が志願した――俺が最後まで果たさなければならない、使命だから。
正直、もうどちらを選択することが「より正しい」かは分からない。
分からないけれど、それでも進むしかない。
未玖が前に進むように――自分も、前に進む。
それが正しい道だと信じて、前に進むしかない。
「はい、これミタの分ね」
俺は小さく返事を返して、それを受け取った。
彼女に渡されたカードが、とても重たく感じた。
「じゃあ四回戦目ね。また私が勝っちゃうかもね~」
「さぁ? それはどうだろうね」
《彼女の命を守るか、心を救うか》
――我ながら苦しい虚勢だった。
そう思いながら、俺は本日四回戦目に突入した。




