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wink killer  作者: 優月 朔風
第5章 友達
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第24話 虚勢

 そのとき俺は、非常に厳しい状況にあった。


 残るカードは二枚。俺は先程の自分の行動を悔やんだ。

 何故わざとらしく浮き出ていたあのカードを選び取ってしまったのだろうか。

 裏の裏を読んだつもりが、裏目に出てしまったのだ。


 俺は先程選び取ってしまったそのカードを相手にどうやって取らせるべきか、必死に考えを巡らせる。

 一方で、目の前の相手もそれを必死の形相で睨んでいた。


 相手のカードは一枚。

 一か八か、この一回で決まる。

 俺は決めた。

 裏の裏の裏を――まさか相手も、続けて同じ手法をとるまいと思うだろう。


 さあ、この浮き出たカードを取るんだ!


 相手も覚悟を決めた。

 彼女が手を伸ばしたカードは……


 「やったー! また私の勝ち!」

 「くっ……まったく、運だけは強いよね、未玖は」


 未玖は二枚そろったカードをベッドの上に置くと、誇らしげに「運じゃなくて、ミタの思考を読んだんですぅー」とドヤ顔。

 それに対抗するように、「そんなこと君にはできないだろ」と悔しげに呟く。


 「で、次は何やるー? ミタ」

 「もう一回だ」

 「はは、悔しいんだ。悔しいんでしょ、ミタ?」


 俺は「さっきまで落ち込んでたくせに」と呆れながらも、今ベッドの上ではしゃぐ彼女を見て安堵していた。


 「ババ抜きはね、考えすぎないことが大事なんだよ?」

 既に二回連続で勝利した彼女が、ドヤ顔で俺に説く。


 「ミタは考え過ぎちゃうからダメ。顔に全部出てるもん」

 そう言うと、彼女はクスリと笑った。


 (そんなに顔に出てるのか……)


 調子づく彼女を前にして、俺は何も言い返せずにいた。


 「はい、これ。ミタのカードね。またババ抜きで良い?」


 二回連敗の俺は無愛想に頷いてから、彼女の差し出したカードを受け取った。


 俺には、彼女の考えていることが分からなかった。

 彼女が今何を思っているのか、何を考えているのか……

 それを聞くのが怖くて、ずっと聞けずにいる。


 彼女が弟を失ったのはつい数日前のことだった。

 できた家族――あの写真の中の無邪気な笑顔は、もうどこにもない。

 彼女は失った心の穴を、どうやって埋めたのだろうか。


 自分には、どうすることもできなかった。

 そのとき、彼女の傍にいることができたなら……彼女をこんな目に遭わせずに済んだかもしれないのに。


 俺は自分の無力さを嘆いた。


 彼女の心を守るか、命を守るか。

 あのとき俺は、彼女の命を守ることを選択した。

 そして、その結果がこれだった。


 結局俺は、彼女の命を危険にさらしてしまったのだ。


 彼女の心の穴が埋まったのかどうかは分からない。

 彼女が今、何を思っているのか――俺にそれを聞く資格も、勇気もなかった。

 彼女を見捨て、彼女を追い詰めたのは自分のせいだということに、変わりはなかったから。


 俺はもう一度悩んだ。

 自分はどちらを選ぶべきなのか。

 しかしそんなとき、俺は彼女の前向きな姿を目にしたのだ。


 彼女には何か、彼女を支えてくれる存在があったのかもしれない。

 彼女はもうとっくに、前を向いていたのだ。


 彼女は大切な家族を失った。

 それでも、彼女は前に進もうとしていることを知った。


 君は、強いんだね。

 君はいつだって、前を向いてきた。

 それに比べて、いつも迷ってばかりで立ち止まっていたのは、俺の方だ。


 《俺が助けた、というより……君が、俺の力を奪ったんだよ》

 《俺は未玖に――蒲田未玖に、死神の力を〔与え〕た》


 君に本当のことを伝えるべきなのだろうか。


 「はい、ミタ。また私の勝ちだよ? やっぱり、ミタは考えすぎるからダメなんだってば」

 彼女は「全部顔に書いてあるよ?」と言って笑った。


 (やっぱり、俺って全部顔に出てるのか……)


 「ひとりで抱え込んじゃだめだよ」

 未玖は優しい表情をしていた。


 「私にはミタの仕事が何なのか分からないけど……ミタは全部ひとりで抱え込もうとするから」

 彼女はそう言うと、「人の嫌がることばっかりするミタらしくないくせにね」と小さく呟いてから、クスリと笑う。


 「でも俺は……君を巻き込むことはできない」


 俯く俺に対して、彼女は「そっか」とだけ呟いた。


 「良いよ、ミタ。――ミタの仕事はきっと、そういう仕事なんだもんね」

 「……えっ」

 彼女は驚くほど、あっさりしていた。


 「私はもうこれ以上、聞かないよ。ミタには、ミタのやらなきゃいけない仕事があるんだもんね。私はもう、これ以上ミタに迷惑かけないよ」

 彼女は言葉を続けた。

 「私がミタの力、勝手に奪ったんだから……勝手に、巻き込まれたんだから……。私のせいだから」


 彼女は散らばったトランプを集めながら、淡々と呟いた。

 「あのね、多分私はひとりで……ミタの仕事の邪魔はしないと思う」


 彼女はトランプを切りながら、穏やかな表情を浮かべていた。

 「だからミタはね、私のこととか、全部難しく考えようとしなくて良くて……自分のために良いことだけ考えていればいいの」


 ――「自分のため」。

 彼女の言葉を聞いて、俺は全てを理解した。

 理解してしまったのだった。


 今まで彼女のためだと思ってついてきた嘘は、全て自分自身のためだったということを。


 俺は君に、本当のことを伝えなかった。

 君の命を守るために――君の心を犠牲にして、君に嘘をつき続けることを選んだ。


 だけど……


 《未玖についた嘘を告白し、「本当の仕事」を伝えれば、彼女を巻き込んでしまいかねない。これ以上、彼女の命を危険にさらしたくない》


 結局俺は、君を守ることができなかったじゃないか。


 《彼女の命を守るか、心を救うか》


 俺は君の命を守る方を選択して――結局、君の心を傷つけ、命を危険にさらしてしまった。


 君に俺の「本当の仕事」を伝えなければ、君の命を危険にさらさずにすむ?

 そんなの、嘘だった。

 本当は――


 《私がミタの力を奪って――勝手に生き延びたあの日から、私はとっくにミタに巻き込まれてる》


 彼女が自分の嘘に気がついていないと気付いた瞬間、ピンと張っていた糸が緩んだ気がした。


 ――俺はただ、君に嘘を告白することが、怖かっただけなんだ。


 「下界に逃げ込んだ天界の大罪人を捕えること」――それが、下界に来た本来の目的で、俺の使命だった。

 でも、その使命を優先した結果、彼女を傍で守ることができなかった。


 俺が選ぶべきだったのは、嘘を告白するかしないかの選択肢じゃなかった。

 俺が本当に選ぶべきだったのは、自分が下界に来た本来の使命を優先するか、自分のせいで巻き込んでしまった少女を守ることか――この二択だったのに。


 《あのね、多分私はひとりで……ミタの仕事の邪魔はしないと思う》

 君は、本当に強いと思う。


 《あの子ならきっと大丈夫です》

 「あの人」の言葉が、俺の背中を押す。


 《ミタには、ミタのやらなきゃいけない仕事があるんだもんね》


 そうだよな。

 俺にはやらなきゃいけないことがある。


 この仕事は、俺が志願した――俺が最後まで果たさなければならない、使命だから。


 正直、もうどちらを選択することが「より正しい」かは分からない。

 分からないけれど、それでも進むしかない。


 未玖が前に進むように――自分も、前に進む。

 それが正しい道だと信じて、前に進むしかない。


 「はい、これミタの分ね」


 俺は小さく返事を返して、それを受け取った。

 彼女に渡されたカードが、とても重たく感じた。


 「じゃあ四回戦目ね。また私が勝っちゃうかもね~」

 「さぁ? それはどうだろうね」


 《彼女の命を守るか、心を救うか》


 ――我ながら苦しい虚勢だった。

 そう思いながら、俺は本日四回戦目に突入した。

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