第25話 良い人
神峰将は、実に良い人であった。
現在、私達は放課後の文化祭準備の真っ最中である。
花の猛烈な演技指導を受ける中、私は自分の演技の才能のなさにほとほとうんざりするばかりであった。
きっと彼女は私に好意を持ってやってくれているのだろうが、どうにも私のなけなしのプライドがけなされているようにしか感じられない。
正直言うと、「もう放っておいてくれ」という状況なのであった。
それに、はっきり言って花は私をからかって楽しんでいるようにしか見えない。
そんな中、落ち込む私を支えてくれたのは彼だった。
「村人なんて出番は一瞬だし、そんなに頑張らなくても良いんじゃないかな?」
ああ、私の味方はここにいる。
さっきからさんざん私のプライドを潰しにかかってくる花も、それに追い打ちをかけるように笑ってくるミタも、私の敵だ!
しかし、私の唯一の味方は、荒ぶる猛獣を前にしてあっけなく敗れてしまった。
「将……そのたるんだ根性、一から叩き直してあげようか?」
花は怒ると怖い。
「なっ、何でだよ、花ちゃん。僕は別に何も……」
「『何も』? そう、どうせ出番は一瞬だから何も頑張らなくて良い、そういうあんたの姿勢を叩き直してあげようかって言ってんの!」
「わ、悪かったよ。もう何も言わないから」
神峰将は、実に良い人だった。
……しかし、説得力に欠ける。
ダメだ、私にはどうしようもない。
一度スイッチが入ってしまった花に対して、私は対抗しうる武器も精神力も何も持ち合わせてはいないのだ。
そうして、また今日の練習も終わり、
私の演技力の向上も見込めないままであった。
☆★☆
「練習、お疲れ様~」
そう言いながら隣でニヤニヤ笑うミタを睨みつける気力もなく、私は一日の疲れをため息とともに吐き出す。
まさか、「より楽な方を」と思って選んだ村人役に、オマケで花の演技指導が付いてくるとは。
何だか結局、より大変な方を選んでしまった気がする……。
私がうな垂れていると、神峰君が優しく声を掛けてくれた。
「今日はお疲れ様だったね、蒲田さん」
「う、うん……」
また次回も同じメニューが待っているかと思うと、正直顔が蒼褪めていくばかりである。
私が気力のない返事を返すと、彼は苦笑しながら言った。
「まぁ、花ちゃんは一度決めたらやり通すタイプっていうか……あんまりやり方を考えないところがあるからね」
「はは、確かに。でも……」
満咲と合流し片付けを手伝う花を見ながら、私は言葉を続けた。
「やり方はどうであれ、花が私のことを想ってやってくれていることは分かるから」
「……うん」
彼は安心したように頷く。きっと、幼馴染の彼も、そのことを十分に分かっているのだろう。
「君は優しいんだね」
「……えっ」
「だって、君はいつも、他人の気持ちをよく考えているじゃないか」
急に何を言い出すのかと思えば。
慌てる私をよそに、彼は照れくさそうに言葉を続けた。
「花ちゃんは君のそういうところが好きで、そのことをよく僕に話してくれたよ」
「変わった子だ、とも言ってたけどさ」と付け加えてから、彼はそのまま話し続ける。
「僕はその、こんなだから――あまり他人に話しかける勇気がなくて、なかなか君に話しかけられずにいたんだけど」
いやいや、あの話術を見せておきながら随分な謙遜だね?
「やっぱり君は、花ちゃんが言っていた通りで……優しい人なんだね」
――優しい、なんて。
私がそんな良い人なわけがないのに。
私はただの……臆病な人間だ。
「花ちゃんが言っていたんだ。君が無理しているみたいだって」
それでも、臆病な私でもできることがあるんじゃないかってもがいて、あがいて……
やっと、私にできることを見つけた。
私の存在価値を、見つけることができたんだ。
「だから、何か辛いことがあったら、僕にも頼って欲しい」
彼は真っ直ぐな目をしていた。
やっぱり、神峰君は良い人だ。
私なんかよりずっと正しくて、真っ直ぐで……優しい、良い人。
《あなたにできることは所詮、人を殺すことなのよ》
私は良い人ではないけれど――それでも私は、自分にできることをやりたい。
《私なんて……生きてても、誰かの役に立てるのかな……》
こんな力を得ても私は、自分にも存在価値があることを信じていたい。




