Side D-5
イリアがいなくなって半年が経とうとしていた。
夏の暑い日が終わりを迎えようとしていた頃だった。
陸軍の兵士が、レックスからの手紙を持って訪ねてきた。
姪のレイチェルを近所の家に預けて、私とクラリスはその兵士とともに馬車で手紙に指示された場所へ向かっていた。
手紙の内容は、レックスが怪我をしたこととイリアが見つかったこと。
……そしてそれは、死体であることも書かれていた。
調査で訪れた村で起きていた儀式と、イリアとともに数日を過ごした少年のこと、その結末。
その文章だけでは到底理解も納得もできないものだった。
どうしてそんな南の村に居たのかも、なぜそんなことに巻き込まれたのかも分からないまま、ただその事実に目を向けることができなかった。
指示されたコルド街の病院に着いたのは深夜をまわっていたころだった。
兵士の指示で案内された地下の部屋の前にはソファに座るレックスが居た。
「レックス!」
階段を下りたところでこちらに気づいたレックスは体を起こす、腕に巻かれた包帯や足を伸ばして固定された状態からするとひどい怪我であることが容易に分かった。
駆け寄ったレイチェルは床に膝をついて彼に抱きついていた。
「クラリス、大丈夫だ。対した事ないから」
「どうしてこんなことになったの?こんな怪我……一体なにが……」
泣き出したクラリスの頭を撫でながらレックスはこちらを見る。
「アメリア義姉さんも、お会いするのは久しぶりですね。少し痩せられて……」
「久しぶりね、手紙には驚いたわ……本当に……イリアなの?」
涙を拭って顔を上げたクラリスと私を交互に見ながら、レックスはゆっくりと頷いた。
「中に……居ます」
ソファの正面には木製の扉がある。
この中に……?
半年前の家を出て行ったときのイリアが思い浮かぶ。
扉を開けて中に入ると、顔の部分だけ布を捲られてベッドに横たわる少女と、その隣にイスに座った少年とその膝には黒猫が居た。
「……?」
「彼が、イリアと少しの間過ごしていた少年、ライナスです」
後ろから続いたクラリスに支えられながら、レックスが説明をする。
少年はこちらを見ることなく横たわる少女の手を握っていた。
「……っ!」
反対側に回るとひどい火傷で顔の半分以上が爛れた少女がイリアだと分かる。そして同時に違うと思う気持ちが交差する。
「イリア……」
少年がこちらを見上げて、またイリアへと視線を戻した。
「……あなたが、カノンのお母さんですか?」
「……カノン?この子はイリア、私の娘よ。」
「僕には、自分をカノンだと名乗っていました。レックスさんの話では、あなたからの暴力を受けて家を出たと……。きっとイリアという名前を捨てて、自分の好きな絵本の主人公になろうとしたんでしょうね」
少年はゆっくりと話を始める。
少年の膝に座った黒猫が初めて動いてこちらを見た。
……どこかで見た覚えがあるが、黒猫などどこにでも居る、ふとそんな逃避が頭をよぎったが、少年の言葉で引き戻される。
「どうして、あの森にいたか……知っていますか?」
私たちをゆっくりと見回して、誰もが反応を示さないとわかると少年は一度目元を拭ってから続けた。
「扉を探していたんです、絵本の世界と同じように……お菓子の家を見つけようとしてました」
「……お菓子の家……私がプレゼントした絵本と同じだわ」
「”カノンの冒険”って絵本ですよね。僕も小さい頃読んでいました。物語の結末は彼女が言っていたものと違ってましたが……」
覚えのある絵本の名前。
それは私も大好きだった絵本、いつも片手に持っていた……辛いことも寂しいこともその絵本を読んでいるときには忘れていた。
それでも、幸せな終わりではなかったような気がする。
「カノンは言ってました。お菓子の家を見つければ、ケンカしたママの元に戻り、一緒にお菓子を食べて、怒ることも泣くこともない幸せがいっぱいだって!……そう、言ってたんです」
少年の言葉はゆっくりと確実に突き刺さるようだった。
イリアの考えていたことが分からなかった。
あの冷たい目も、問いかけも、私を侮蔑するように見えていたから……、あの子がなにを求めて行動したかなんて……分かるはずがなかった。
それが、少年の話で繋がる。
ただ生まれた意味を、その祝福を、愛情を求めていたんだと。
そして、それを二度と伝えることができない事実。
焼け爛れたイリアの顔が涙で滲む。
縋り付くように顔に伸ばした手を少年に引っ張られる。
「!」
「あなたがっ……!あなたがちゃんと愛してあげていれば……!」
気づくのが遅かったのだと、後悔をする。
自分で自分を叱咤する前に、他人にそれを指摘されるのはさらに痛みを伴う。
「ライナス!」
「……違うんだ、分かっています。こんなの……八つ当たりだ」
最後まで言う前に彼はレックスによって止められた。
話された手を皮切りに、私はその場に崩れた。
ぽたぽたと涙が床に落ちる。
痛みと苦しさが胸を締め付けていた。
言いようのない後悔と、もう伝えることのできない事実。
痛みは嗚咽となって口から漏れた。
幼い頃と同じように、私はその場所でただただ泣き続けるしかなかった。




