Side C-7
ぺろぺろと顔を舐められる感触。
小さな舌、にゃーにゃーと聞こえ、額にあたる爪……
「痛い……」
それで目が覚めた。
リクはシーツにくるまったまま前足だけを器用に僕の額に乗せていた。
「……リク、もう大丈夫?」
顔を上げてシーツを少し捲ると血の滲んで来た包帯が見える。
「取り替えないと……」
体を起こすとちょうどトールがテントに入ってきた。
「お、起きたかライナス。おはよっつても、もう夕方だけど……お前もだいぶ元気になったな!」
トールの大きな手にリクの顔はすっぽりと覆われるが、文句も言わずに撫でられている。
「なぁ、やっぱりあの子と会ってたのか?」
「……うん」
小さく頷くと、にんまりと口元を緩ませたトールがこちらに顔を寄せてきた。
「そうだよな!やっぱり!で、で?なにかあったのか?」
「なにもないよ、ただ話したりしてるだけ」
「そうなのかー、でも俺が気づかないところで密会してたんだし。どうせ昨日だけじゃないだろうし……猫預かっちゃうくらいだし?」
口元の緩みが止まらないままトールは肩を抱いてくる、それを外してテントを出ると見事に夕日が沈みかけていた。
体を伸ばすと夕食の準備をする級友たちからの視線があたる。
適当に顔を洗ってテントに戻ると、トールはリクの包帯をかえていた。
「ありがと」
「おう、ちょうど汚れてきた頃だしな!それよりさっきアイク上官が呼んでたぞ、顔洗ったら上官テントに来いってさ」
「……う」
リクにじっと見つめられる。
無言の”行ってこい”というメッセージに感じられた。
「ちょっと行ってくる」
「おう、気をつけてな!」
清清しいトールの見送りを背に、上官テントに向かう。
「ライナスです」
「入りなさい」
テントの入り口を捲り、簡単な木のテーブルの奥のイスに座った短い黒髪のアイク上官。
話は、当然ながら昨日までの勝手な行動のお咎めだろう。
昨日トールと泉に来ていたヴィン上官は僕たちの直接の指導をするけれど、今目の前に居るアイク上官はさらにその上の責任者であって、なんというか、そう……怖い。
「昨日の夜の話は聞いたよ、猫はだいぶ良くなったそうだね。あとでヴァン上官にお礼を忘れずに」
「はい、すぐに治療して頂いたおかげで今はだいぶ回復してます」
「それで、どうしてそうなったのか話してくれるかな」
「……はい」
先輩から聞いてトールと泉に行ったこと
そこでカノンに会ってから、何回か抜け出していたこと
男達が訪れていて、リクがケガをしていたこと
今に至るまでの話を終えると、アイク上官はじっと聞いていた。
しばらくの無言……
「勝手な行動をして、すみませんでした」
「まぁ、ありきたりな事を言ってもしょうがないけれど、今回の目的は違うというのは十分分かっているね?」
「はい」
「幸い、トール以外には見つかっていないようだから、これ以上事を大きくすることはしないけれど、今夜私も一緒に猫を返しに行くのについていくよ」
「あ、えっと、あの、すみませんそれだけは1人で行かせてください!」
お咎めが予想外に少ないことにほっとしたが、続いた言葉にとっさに反論してしまった。ぴくっと眉が動いたのが分かる。
「あの、彼女は……その、他人を嫌っていて、僕に預けてくれたのも一人だったからなんです、それで、必ず戻ってきますから、そうしたら二度とこんなことしません、だからお願いします!」
勢いもあって頭を下げた。
数秒の無言の後、アイク上官はため息を吐く。
もちろん、勝手なことをしたうえに、勝手なことを言っているのは分かっている。
それでも、リクを届けてカノンに別れの言葉を告げたかった。
「……わかった。ただし1時間経っても戻ってこないようなら後を追うからそのつもりで、その子がいる場所は泉から山頂を目指したほうなんだろう?」
ぱっと顔を上げた僕に、認めたようにアイク上官は頷いてくれた。
正確な場所は説明できるほど覚えていないが、記憶の限り場所を説明した。
「ありがとうございます!」
「ライナス、キミには期待しているんだ。余り目立ったことはしないでくれよ」
「……はい、気をつけます」
「それとこれは皆には伝えていないが、今日の夕方ごろから山間のロル村に陸軍の調査隊が入ることになっている。
泉や山頂とは少し離れているから遭遇することはないと思うけれど、調査対象がどこまでかは分からないから、十分に気をつけて行くんだよ」
「はい!」
夕食頃にはトールと二人で級友たちに紛れていた。
トールがうまく、二人でこっそり抜け出していたら見つかって叱られたということにしてくれたらしい。
就寝の時間が過ぎた頃、
「失礼します」
上官テントには、アイク上官とヴァン上官居た。
包帯と支え木に新しいタオルを巻かれたリクを連れて僕はテントに入った。
かすかにミルクのにおいがするリクを見て、ヴァン上官もほっとしていた。
「反省文は戻ってからだ。気をつけてな」
「はい、いってきます」
二人に頭を下げると、テントから出て少し早足で森へと入っていった。




