Side C-4
『……1人でならいいよ』
カノンの言葉が聞こえる。
どうしてあの場所に1人でいるんだろう。
明かりも点いてない、なにもない小屋。
聞きたい事がたくさんある。
だから、もう一度会いたい。
もう一度……
「おーい、朝だぞー!」
「……う?」
決して快適とはいえない声が響く。
その声にコーラスのように虫たちの声が重なり、目を開けた真正面に僕を見下ろすトールの顔が見え、テントの中だと認識すると目を擦って体を起こした。
外からはさらに大きな声がする。
「集合!集合しろー!」
「ほら行くぞライナス!お前そんなに朝弱かったか?」
「今日は、特別眠たいんだよ」
引っ張られるままテントから出て行くと、その日の講習である小動物用の罠の説明が始まった。僕はでかい体の後ろで睡眠学習をしていたけれど。
昨夜はしばらくカノンと話したあと、小道を教えてもらって帰ってきた。
出てきたときと変わらないままのトールの横に寝たけれど、その頃には空が明るくなっていて、やっと深い眠りに入ろうとしたところで起こされてしまった。
トールの後ろでそんな回想をしていると、あっという間に午前が終わってしまった。
説明を受けたばかりで自分達の罠を仕掛けて、うまくかかれば夕飯になる予定らしい。
「午後の自由時間はまた泉にでも行くか?」
「そうだなぁ」
昨日の夜のことを思い返す。
『1人でならいいよ』
あの言葉からすると、カノンはあまり他の人に会いたくないのかも知れない。
「今日は山菜収集のほうにしようよ、夕飯にも使えるしさ」
その夜。
見事に罠は空振り、その分張り切って取った山菜を煮込んだ夕飯で十分満たされた。
木の根元だけを見ればいいのに、調子に乗って木登りを始めたトールは相変わらず就寝の時間になるとあっさりと眠る。今日はいびきのおまけつきだ。
念のため注意深くテントから顔を出す。
一番奥からは上官たちの談笑が聞こえる、聞こえてくる内容からするとお酒が入っているようだった。
テントから出ると、周りのテントに影が入らないように気をつけながら道へと出る。
さすがに何日か経つと山の地理にも慣れてきて、昨日より早く小屋に到着できた。
周りを確認してからノックをすると、カノンは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうな表情を見せ中へ入れてくれた。
「こんな風にだれかとお話するのはとても久々なの」
最初に受けた冷たい印象は薄れ、カノンは僕に興味を持ってくれたようだった。
「ねぇ、講習ではどんなことをするの?」
「今日は小動物用の罠を仕掛けたよ、うさぎとかを捕まえて食料にするんだ」
ぴくっとカノンが反応をする、膝に乗せたリクを抱き上げて自分の顔と向かい合わせにする。一度見つめあってからその視線をこちらへと向けた。
「……リクは食べちゃだめよ、リクも罠にかからないように気をつけてね、もし引っかかったらライナスを見つめて鳴くのよ?」
僕とリクを交互に見つめて注意するとカノンは微笑んだ。
「さすがに猫は食べないよ」
「そういう問題じゃないの、リクがウサギだったとしても、私の家族だからダメってことよ」
「うん、どちらにしても食べないよ。……ねぇ、カノンは昔からここに住んでいるの?」
何気なく、気になったことを聞いてみた。
しかし途端にカノンの顔は曇り、口調も弱くなった。
「いつからか、なんて知らないわ。気づいたらここに居たの。昔のことなんてしらない」
これ以上踏み込むなと言う様な言葉に、僕は躊躇った。
もう少し聞いてみたい気もするが、そうするとこうして会うことも終わりになる気がして……
「そっか。じゃあ、普段はなにしているの?」
知りたいと思う気持ちを飲み込んだ。
続いた質問に、彼女は元の笑顔になり
「扉を探しているの!」
と答えた。
小さい頃に読んだことがある。
女の子がお母さんとケンカをして、お菓子の家を探すたびにでるという物語。
川を越えて山に入り、森の中を彷徨ううちにひとつの扉を見つける。
木の中に入れるように扉が付いていて、その中にはいるとカラフルな森に出る。
森のなかにはクッキーや飴玉でできたお菓子の家があって、女の子は実在したことをお母さんに伝えようとする。
「でも、来た道を戻っても元の森へ出るための扉が見つからない」
いつまでも、いつまでも少女は帰るための扉を探して彷徨う終わりだった気がする。
「……?」
呟いた僕をカノンが不思議そうに見つめる。
「物語の最後だよ、なんだかもやもやする終わりだったから覚えているんだけど……」
「違うわ。」
冷たい口調で言われて僕ははっとした。
カノンは立ち上がっていた。足元に綺麗に着地したリクがちょこんと座る。
「ちゃんとママと会えたの、そうしたらイイ子だねっていっぱい褒めてもらえて、一緒にお菓子の家に行けるの。ママと一緒にお腹いっぱいになるまでお菓子を食べて、怒ることも泣く事もない幸せがいっぱいなの」
「……カノン?」
カノンの視線は僕ではなく少し上を見ていた。
物語の結末は、僕も曖昧だったし続きがあるのかもしれない。
それでもカノンは幸せそうな表情で最後を教えてくれた。
「うん、そう……だったかもしれない。そんな幸せな終わりだった気もする」
視線を落として目が合うとカノンは、
「ね、そうでしょ?ヘンなライナス」
とにっこりと微笑んだ。




