Side C-3
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その夜。
隣で寝息を立てるトールを横目に、テントの天井を見つめたまま眠れないで居た。
昼間の出来事が驚いたのもあるけれど、なによりあの場所にワンピース一枚で居た彼女が不思議でならなかった。
課外講習をするだけあって回りに民家がないのは知っていたし、麓の街も半日かけていくことになる。
もっと離れたところに小さな村があるとは聞いたけど、地図で見た限りかなり離れている。
「はぁ……」
頭のなかで、確かめようのないことがぐるぐると回り、ため息をついた。
「喉かわいたなぁ……」
独り言がむなしく響く、テントを出て少し行ったところに小川があったから少し涼もうと思った。
そう、テントを出たときまではそのつもりだったんだ。
「別に彼女が気になったわけじゃないし」
……足は泉へと向かっていた。
「別に、こんな時間にいるわけないし」
……それなら泉じゃなくて小川でいいだろうと思う自分もいる。
「別に、」
それ以外声は出なかった。月明りがあっても道は見えにくい。
正直、こっちで合っているのか自信がなくなってきた。
当たり前だけど、夜間外出は見つかったら罰を受ける。
「やっぱり戻ろう」
そう思って踵を返したときだった。
ガサッ
近くの草から、なにかが動く音がしてびくっと体が跳ね上がった。
相変わらず森は見えない、心臓の音がやけに響く。
「ど、どうせ、うさぎとかそういうのだろ」
そう言い聞かせて早足で歩いてきた道へ駆け出そうとしたときだった、音の原因が目の前に飛び出してきたのだ。
チリンッ
「うひゃあ!……あ、あ?」
原因が分かったのと力が抜けてしりもちをついたのはほぼ同時、そこには猫がいた。
「なんだよ、猫かよ!って、猫?こんな場所で?」
一度警戒して距離をとった黒猫は僕を認識するとゆっくりと近づいてきた。
「そういえば……あの子が」
昼間のことを思い返す。彼女が抱きあげた猫だった。
「なんでこんなとこにいるんだよ?」
まるで答えるかのように猫は僕に背を向けて歩き出した。
草の中に入ると、なんとなく動きが分かる程度でうまく紛れてしまう。
鈴の音が誘導するように聞こえた。
そして、追いかけていた。
正直、ほんの少しだけ また、会えるんじゃないかなって 思ったから。
猫は僕に気づいているのかいないのか慣れた足取りで道を抜けていく。
時々顔を上げて場所を確認しているような仕草が見える。
森から少し土が整った小道へ出てしばらく登っていくと、視界は開けた。
星が手に届きそうなほどの夜空がくっきりと見えた。
ほぼ山頂に位置するが、実際の山頂は今居るところから少し東側に見える。
月明りでここより少し高いがかなり離れた方に柵が見える、登山家たちはあちらに登るのだろうか。
そして目の前には小さな小屋があった。
木で作られた小屋で入り口は上がってきた小道とは違う道の方を向いていた。
森から小屋をはさんだ反対側には柵と崖が見える。
猫はドアの前で座ると鳴き声をあげる。
数秒後、扉がガタガタと揺れてから遠慮がちに開く、
「リク、おかえりなさい……あ」
扉を開けた彼女は猫を見てから、後ろに立つ僕に気づくと驚いて目を開いた。
「あ、あの。僕……その猫が居て」
なんて伝えたらいいか分からなかった。
ただ猫を追ってきただけで、用事があるわけでもないし、なにを期待してきたわけでもない。
「その……僕」
「……」
少女はあたりを見回してから扉をさらにあけてくれた。
「村の人じゃないんだよね?なら、どうぞ」
「あ……うん」
招かれるまま小さな小屋へと入った。
小屋は扉とひとつの窓がある四角い部屋だけで、テーブルとその上に小さな蝋燭、床に敷かれたタオル以外はなにもない。
彼女は窓際に小さく座った。
テーブルの近くにあるイスに座ると、無言の時間が数分過ぎた。
なんとも居心地の悪い時間が終わったのは彼女の言葉だった。
「抜け出してきたの?」
「え……あ、まぁそんな感じ。眠れなくて」
「そうなんだ」
また訪れた無言、今度はこちらから切り出す。
「あの、キミはここで1人なの?」
「ううん、リクと一緒よ」
猫を指差した彼女はきっぱりと答えた。
それでも、僕より少し年下に見える少女がこんなところで1人でいるのはおかしいというのは分かる。
捨てられたのか、両親を亡くしたのか分からないけれど、彼女は十分楽しそうな表情でリクを抱き上げて膝に乗せる。
「ねぇ、森のなかで扉を見つけなかった?」
「扉?」
リクを撫でたまま彼女は視線を向けて問いかけてきた。
「見たこと無いよ、今日来たばかりだし、それに森に扉なんて……」
「どこかにあるのよ、絵本にはそう書いてあったもの。そしてその扉の向こうにはお菓子の家があってね、ずっとそこにいられるの」
満面の笑みで彼女は語りだす、キラキラと夢をみる少女のようで、でもどこか寂しそうにも見えた。
「ずっと探しているけど見つからないの、明日も探さなくちゃ」
そういって窓の外へと視線を向けてその表情を曇らせた。
「あ、あのさ、名前聞いてなかったよね?」
ごく当たり前のことを聞いたつもりが、彼女は首をかしげて驚いていた。
まるで初めて聞かれたかのようだ。
「僕はライナス、少年兵の養成学校に通ってるんだ」
「……私は、……カノンよ」
しばらくの間が空いて、名乗った。
忘れていた名前を思い出すような、そう名乗った自分を確認するような少し震えた声だった。
「そう、カノン……か、いい名前だね。またここに来てもいい?」
「1人でならいいよ」
小さく頷くとカノンは僕をじっと見つめて
「ライナス、あなたも素敵な名前ね」
そう微笑んだ。
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