Side C-2
そして今に至る。
荷物の整理も終わった僕たちは泉へ向けて歩き出していた。
腰のベルトに取り付けたポーチには小さめのナイフとおやつのチョコとコンパス、腕時計は昼を過ぎたころを指していた。
太陽は真上から少し下がってきているが気温は高い。
森の中の木陰と弱く吹き抜ける風のおかげで多少は楽になる。
「結構早くテント終わったね」
「おう、演習でも一番だったし、なにより高いところは任せろってかんじだよ」
「うん、トールのおかげでだいぶ早かった……にしても案外泉のこと知らない人ばっかなんだね」
去年泉を見つけた先輩たちは自由行動の都度泳ぎに行っていたらしい。
毎年講習をする場所は決まっていて、ローレルの山の麓にある少し大きめの街から山へ入り山頂を目指して登り、中腹あたりから少し森へ入った所になる。
登山家も愛好の山で二日ほどあれば街と山頂を行き来できるほどの大きさな上、至るところにある湧き水から川がいくつも流れていた。
先輩に教えてもらった泉はそのうちのひとつだ。
道らしい道がまともに無いけれど、先輩から教えてもらったとおりに進んでいる。
集合場所から離れても他の生徒とすれ違うこともないせいか、穴場のような気がしてきた。
綺麗なところだって噂だし、あまり人が多すぎても困るけど……
「お、あれか?」
山の中腹と山頂の間ぐらい、講習場所に並行するように西へ移動してきた頃、トールが指を指す。
木々の合間から大きな水溜りのようなものが見てきた、自然と早足でそこにたどり着くと
「おお……」
思わず声が漏れた。
そこは、ぽっかりと木が泉を囲うように切り取られ、光が差し込む幻想的な泉だった。
少し大きめな岩や枝や葉が泉にも泉の周辺にも散乱していたが、掬い上げた水は底の色が分かるくらい透き通っていた。
楕円形の泉は10人くらいは入れる大きさで、麓のほうに向けて少しだけ傾斜になっていたが、泉と小川の間に置かれた岩によって流れは微かなものになっていた。
「あ、冷たい……」
差し入れた手にひんやりとした感覚、さすがに汗もかいたし、結構歩いた気もする。
深さはたぶんちょうど腰くらい、きっと気持ちいいに違いない。
「よっしゃ!誰もいないなんてラッキーだな!早速入ろうぜ」
既に上着を脱いでいたトールにつられて、僕も泉から手を抜いて上着に手をかけた。
「……?」
水面が揺れる、魚かと思って手を止める。
瞬間、
「わっ……!」
さらに揺れた直後、そこに水柱が上がった。
「な、なな……怪物か?!」
「ちが、……え?女の子……」
そう、そこに現れたのは黒髪の女の子。
濡れた髪をかきあげて、「はぁっ」っと息を吸い込んだ。
正面に位置する僕たちを見る。
僕たちも突然出てきたその子を見る……黒髪と腰くらいの水位で隠れているが、その子はなにも身に着けていない。 そう、なにも……、
顔の水滴を拭った後、こちらをじっと見つめ、
「……村の人?」
と首を傾げた。
顔を真っ赤にしてなにも喋れないトールと僕は視線を下げて首を振った。
「ち、違うよ。あっちの方に夏期講習で来た学生で……その、ここに泉があるって聞いたから」
「……そう」
興味なさそうに反対側へ進みだしたその子はそのまま上がると置いてあった白い服に手をかけた。
なんとなく目で追ってしまった後で、それを着るのだと分かった瞬間また視界を泉に落とす。
トールも下げていた下着を上げて色々な意味で赤面していた。
そんな僕たちを見る事もせず、着替え終わったその子は当たりを見回すと少し先から鈴の音が聞こえてきた。
「リク、今日はもう帰るよ」
鈴の音は、その子の足元に来た猫の首から発せられていた。
抱き上げた後、一度だけこちらを振り返ったあと、森の中へと消えていった。
「な、なんだったんだ今の……幽霊?」
「いや、足もあったし喋ってたし……このへんに住んでる人じゃないかな」
「び、びっくりしたぁ……オレ初めてだよ!あんな……あんな近くで……」
その先の言葉を言えずトールは真っ赤にした顔を手で覆った。
なんとなく想像できるその先を思って僕もつられて赤くなる。
「と、とにかく入ろうよ。ヘンな汗もかいたし」
「お、おう!」
泉は最高に気持ちよかった。
足元は自然のまま岩肌だったけれど、泳ぐには広さも深さも水温も快適だ。
水に浮かびながらぼんやりと先ほどの少女を思い出す。
「綺麗な子だったね」
「ん?なんだライナスはああいうのが好みなのか?」
「え……いやそういうのとは違うような気がするけど、でも水から出てきたときとかちょっと幻想的に見えなかった?」
「そうかぁ?まぁ、オレはびびってまともに見てなかったけどな!」
自信満々に言い切られても……軍人を目指すものとしても男としてもちょっと情けない、なによりその体系からして臆病なのはもったいない。なんてなことは言わないけれど。




