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第24話 「もう終わったの!?」

「これにしましょう」


「待て待て待て」


 掲示板の前でリシェルが指差しているのは、倉庫から荷物を運び出す仕事だった。


「何よ」


「お前ならできるだろうけど、俺が死ぬ」


「私が全部持てばいいじゃない」


「それもう俺いらなくない?」


「見てれば?」


「働かせろよ!」


 初仕事の報酬を受け取ってから、まだほとんど時間は経っていない。


 リシェルはすっかり次の仕事をやる気になっていた。理由の半分くらいは湯屋だと思うけど、本人は認めない。


「もう少し俺にもできそうなやつにしよう」


「私がやれば早いのに」


「二人で冒険者になったんだろ!」


 Fランクの依頼を順番に見ていくと、薪集め、店の掃除、荷運び、迷い猫の捜索なんかが並んでいる。その中で、一枚の紙が目に留まった。


「……これならどうだ?」


 市場で落とした髪飾りを探してほしい。


 報酬、銅貨二十枚。


「探し物?」


「ああ」


「どこにあるか分からないから探してるんでしょう?」


「まあ、そうだろうな」


「見つかるの?」


「……やってみなきゃ分かんないだろ」


「頼りないわね」


「うるさいな!」


 薬草なら知識があったけど、落とし物探しなんてやったことはない。それでも市場でなくしたことまでは分かっているらしいし、話を聞けば何か手掛かりくらいあるかもしれない。


 依頼票を受付へ持っていくと、さっきの女性が紙を見て、それから俺たちを見た。


「……次ですか?」


「はい」


「そうですか……」


「何ですか、その間」


「いえ。何でもありません」


 依頼主はグランツに住んでいる老婆で、昨日の昼頃、市場へ買い物に行った際に髪飾りをなくしたらしい。


「市場は人通りも多いですし、昨日のことですから、少し難しいかもしれません」


「見つからなかったら?」


「捜索した場所などを報告していただければ、それで構いません。必ず見つけなければ失敗、という依頼ではありませんから」


「なるほど」


 それならやってみてもいい。


 俺たちは依頼主の家を教えてもらい、そのままギルドを出た。


     ◇


「あらまあ。もう来てくれたのかい」


 依頼主の家を訪ねると、腰の曲がった老婆が俺たちを迎えてくれた。


 なくした髪飾りは銀色で、小さな青い石がついているらしい。昨日は昼前に家を出て、市場で野菜と肉、それから糸を買い、最後にパン屋へ寄って帰ってきたという。


「なくしたのに気づいたのは?」


「家に帰ってからだよ。市場へ戻って探したんだけど、見つからなくてねえ」


「途中で外したりは?」


「してないよ。いつも髪につけてるからね」


「買ったものは、ずっと手に持ってたんですか?」


「いや、途中で重くなってね。パン屋の前で一度、袋に詰め直したよ」


「そのとき、髪飾りには気づかなかった?」


「そこまでは覚えてないねえ」


 なるほど。


 俺は聞いた順番を頭の中で並べ直した。


「髪飾り、高いものなの?」


 隣にいたリシェルが聞くと、老婆は小さく笑った。


「値段は大したことないよ。昔、娘がくれたものでね。今は王都に嫁いじまったけど、ずっと使ってるんだ」


「そう」


 リシェルはそれ以上聞かなかった。


「分かりました。ちょっと探してきます」


「無理しなくていいからね。昨日のことだし」


「はい」


 家を出て市場へ向かっていると、リシェルが俺を見た。


「《意味》は使わないの?」


「何に?」


「髪飾りを探すんでしょう?」


「その髪飾りがないんだよ。何を見ろってんだ」


「さっきは便利だったのに」


「万能じゃないんだよ」


「不便ね」


「さっき便利って言ってただろ!」


 こいつの評価、たった数十分でひっくり返ったぞ。


「じゃあ、全部の店を回るの?」


「いや」


 老婆は、いつも髪飾りをつけていると言った。それが昨日に限って、ただ歩いているだけで急に外れた可能性もある。


 でも、買い物の途中で一度だけ、普段と違うことをしている。


「まずパン屋に行く」


「どうして?」


「袋を詰め直したって言ってただろ。荷物を持ち替えたなら、手とか袋とかが髪に引っかかったかもしれない」


「落ちたのはその前かもしれないでしょう?」


「そしたら次を探す」


「適当ね」


「最初から全部探すよりマシだろ!」


 市場へ着くと、昨日老婆が立ち寄ったというパン屋を探した。


 店主に事情を話すと、老婆のことはすぐに思い出してくれた。


「ああ、婆さんね。昨日も来たよ」


「この辺で荷物を詰め直してませんでした?」


「ああ。そこの端でやってたな」


「髪飾りが落ちてなかったですか?」


「髪飾り?」


 店主が少し考える。


「俺は見てねえけど……そういや、向かいの果物屋の坊主が何か拾ってたぞ」


「本当ですか?」


 すぐに向かいの果物屋へ行くと、主人に呼ばれて十歳くらいの男の子が出てきた。


「昨日、この辺で銀色の髪飾り拾った?」


「うん」


「あった!」


「兵隊さんに渡したよ」


「よし! ……って、ここにはないのかよ!」


「落とし物だから、詰所に持ってけって父ちゃんが」


 俺とリシェルは顔を見合わせた。


「詰所ってどこ?」


     ◇


 市場の端にある衛兵の詰所で事情を話すと、奥から小さな箱が出てきた。


「これか?」


 中に入っていたのは、銀色の髪飾りだった。中央には小さな青い石がついている。


「たぶん、これです」


「たぶんで持ってかれると困るぞ」


「ですよね」


 老婆から聞いた特徴とは一致しているけど、それだけでは同じような髪飾りがないとも限らない。


 俺は髪飾りを見た。


 これが、あの人が探しているものなのか。


 意識を向ける。


《贈り物》


《大切》


「……これだと思います」


「分かるの?」


「ああ。たぶん」


「結局たぶんなのね」


「意味に名前まで書いてあるわけじゃないんだよ!」


 衛兵には依頼票を見せ、依頼主の特徴と髪飾りについて確認してから受け取った。


 老婆の家へ戻って髪飾りを差し出すと、彼女は目を丸くした。


「あ……これだよ」


 青い石を指で撫でてから、大事そうに胸元へ抱える。


「本当に見つけてくれたのかい」


「市場の子どもが拾って、衛兵に届けてくれてました」


「そうかい……ありがとうねえ」


「いや、俺たちは仕事なんで」


「それでもだよ。本当にありがとう」


「……はい」


 なんだか少し照れる。


 隣を見ると、リシェルは髪飾りを手にした老婆をじっと見ていた。


 家を出て少し歩いたところで、ぽつりと言う。


「……ずいぶん喜んでたわね」


「そりゃ探してたんだから嬉しいだろ」


「そういうもの?」


「そういうもんじゃね?」


「ふーん……」


 それきり、リシェルは何も言わなかった。


     ◇


 ギルドへ戻ると、受付の女性が俺たちを見た。


 それから壁の時計を見る。


 もう一度、俺たちを見る。


「……どうされました?」


「ありました」


「…………」


「髪飾り」


「もうですか?」


「はい」


 依頼主へ返却済みであることを伝えると、女性は確認を取ってから依頼票に達成の印を押した。


「……依頼達成です」


「よし」


「こちらが報酬の銅貨二十枚になります」


 さっきの三十枚と合わせて五十枚。


 受け取った小袋をしまおうとすると、リシェルが覗き込んできた。


「五十枚」


「風呂の計算するなよ」


「してないわ」


「してるだろ」


「次は?」


「もう探してるの!?」


 リシェルはとっくに掲示板を見ていた。


 俺もその隣に立つ。


「じゃあ……これとか?」


 今度は荷運びの依頼だった。


 市場近くの薪屋で、裏に積んである薪を店の倉庫へ移してほしいらしい。


「さっき駄目って言ったでしょう?」


「これは薪だし、俺もできる」


「じゃあ、これ」


「決めるの早いな!」


 受付へ持っていく。


 女性が依頼票を見る。


 俺たちを見る。


「……三件目ですか?」


「はい」


「今日?」


「今日です」


「…………分かりました」


 なんだろう。


 だんだん反応がおかしくなってきた。


     ◇


「おう、ギルドから来たのか」


 薪屋の主人は、俺たちを見ると店の裏へ案内してくれた。


 そこには切り揃えられた薪が山のように積まれている。


「これを倉庫まで運んでほしい。まあ、二人なら夕方くらいまでかかると思うが――」


「これ全部?」


 リシェルが薪の山を見る。


「そうだ。重いのもあるから無理は――」


 リシェルが一抱え分を持ち上げた。


「……おい」


 さらにその上へ薪を載せる。


「ちょっと待て」


 まだ載せる。


「リシェル」


「何?」


「前見えてる?」


「見えてるわよ」


「ならいいけど」


「よくねえよ!」


 なぜか薪屋の主人に怒られた。


 リシェルはそのまま倉庫へ歩いていく。


 俺も慌てて薪を抱え、その後を追った。


 これなら確かに早く終わりそうだ。


 そう思って倉庫へ入ったところで、リシェルが薪を置こうとした。


「待った!」


「何?」


「そこ置くな」


「どうして?」


「下の薪、湿ってる」


 倉庫の隅に積まれている薪を一本取って確かめる。触った感じが少し違うし、積み方も悪くて床に近いところに湿気が溜まっていた。


「これ、このまま上に新しいの積んだら乾かないぞ」


「薪なんて燃えれば同じでしょう?」


「湿ってたら燃えにくいんだよ」


「そうなの?」


「そうなの!」


 俺は倉庫の中を見回した。


 乾いている薪と湿っている薪が混ざっている。太さもばらばらで、よく使う細い薪が奥に積まれていた。


「おじさん、これ積み直していい?」


「え?」


「こっちの湿ってるやつ分けて、乾いてるのを奥。よく使う細いやつを手前にした方がいいと思うんだけど」


「いや、そりゃ助かるが……そこまで頼んでねえぞ?」


「やらない方がいい?」


「いや。やってくれるなら助かるけどよ」


「じゃあやろう。リシェル、そっちの山から太いやつ」


「どれ?」


「太いやつ!」


「全部同じに見えるわ」


「嘘だろ!?」


 結局、俺が分けて、リシェルが運ぶことになった。


 太さと乾き具合を見ながら置く場所を決めれば、リシェルは言われたところへまとめて運んでくれる。重さをほとんど気にしなくていいから、俺は運ぶより整理することだけ考えればいい。


「次、そっち」


「これ?」


「それは手前」


「こっちは?」


「奥」


「面倒ね」


「あとで使う人が楽なんだよ!」


 何度か繰り返しているうちに、裏にあった薪の山は目に見えて減っていった。


 俺が最後の束を整えて立ち上がると、薪屋の主人が倉庫の入口で腕を組んでいた。


「……終わったのか?」


「はい」


「全部?」


「全部」


 主人が外を見る。


 薪は残っていない。


 倉庫を見る。


 湿った薪と乾いた薪が分けられ、太さごとに並んでいる。


「……お前ら、何なんだ?」


「Fランクです」


 俺がギルド証を見せると、主人は呆れたように首を振った。


「そういうこと聞いてんじゃねえよ」


「?」


「いや、もういい。助かったよ。ありがとな」


「はい」


 依頼を終えた印をもらい、俺たちはギルドへ戻った。


     ◇


 扉を開ける。


 受付の女性と目が合った。


 女性が俺たちを見る。


 壁の時計を見る。


 俺たちが持っている依頼票を見る。


「…………」


「終わりました」


「もう終わったの!?」


 ついに声が大きくなった。


「はい」


「薪、全部ですか?」


「全部です」


「倉庫への移動も?」


「終わってます」


「依頼主の確認は?」


「これ」


 主人からもらった確認票を渡すと、受付の女性はしばらく紙を眺めてから、依頼達成の印を押した。


「……確認しました。報酬の銅貨四十枚です」


「ありがとうございます」


 これで今日の稼ぎは九十枚。


 隣で、リシェルが小さく呟いた。


「九十枚」


「あと十枚だな」


「何が?」


「お前が一番分かってるだろ」


 受付の女性が、そんな俺たちをじっと見ていた。


「……お二人とも」


「はい?」


「少し休まれてはいかがですか?」


「え?」


 俺は壁の時計を見る。


「まだ昼前ですよ?」


「だからです」


「?」


 何がおかしいんだろう。


 隣を見ると、リシェルはもう掲示板へ目を向けていた。


「次は?」


「まだやるんですか!?」

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