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第23話 「俺、冒険者向いてなくない!?」

「では、こちらに必要事項をお願いします」


 受付の女性から渡された紙には、名前や年齢、出身地なんかを書く欄が並んでいた。


 名前、レイン。年齢、十六。出身、リト村。


 そこまではいい。


 問題は、その下だった。


「……得意なこと」


 冒険者になろうとしているのだから、普通なら剣とか魔法とかを書くところなんだろう。


 残念ながら、どっちも俺にはない。


「なあ、リシェル。俺って何が得意だと思う?」


「料理」


「冒険者の登録なんだけど」


「洗濯?」


「もういい。聞いた俺が悪かった」


「何よ。得意でしょう?」


「得意だけど!」


 冒険者の登録用紙に『洗濯』と書いていいのかは、かなり怪しい。


 隣を見ると、リシェルは迷うことなく何かを書き込んでいた。


「お前は何て書いたんだ?」


「戦闘」


「ざっくりしてんな」


「得意よ?」


「それは知ってる」


 オーガを殴り飛ばしたり、グリフォンを蹴り落としたりする奴に、今さら疑う余地はない。


 結局、俺は悩んだ末に『野外生活』と書いた。料理も洗濯も火起こしも、その中に入るだろう。たぶん。


 紙を受付へ返すと、女性はざっと内容を確認してから俺たちを受付の奥へ案内した。


 通されたのは、壁際に見たことのない道具がいくつも並んだ小さな部屋だった。中央の台には透明な石のようなものが置かれている。


「まず簡単に魔力量を確認します。こちらへ手を置いてください」


「俺から?」


「はい」


 言われるまま石へ手を置いたが、何も起こらなかった。


 受付の女性は横の目盛りを確認すると、念のためだろうか、石の状態を確かめてからもう一度俺に手を置くよう頼んだ。


 結果は同じだった。


「……魔力量、ゼロですね」


「はい」


「ご存じだったんですか?」


「十六年間ずっとこれなんで」


「そう、ですか……」


 なんだろう。


 知っていたことなのに、知らない人から改めて言われると少し傷つく。


 続いて身体能力も確認されたが、重い物を持ち上げても、決められた距離を走っても、結果は大体予想通りだった。


「筋力は……低めですね」


「はい」


「持久力も、少し低めです」


「はい」


「剣の経験は?」


「薪を割るくらいなら」


「剣の経験は?」


「ないです」


 聞き直された。


 さらに魔法適性を調べる道具にも触れたが、当然のように何の反応もない。


 受付の女性が手元の紙へ結果を書き込んでいくたび、だんだん居心地が悪くなってきた。


「……俺、冒険者向いてなくないですか?」


「まだ終わってませんから」


 優しく言われた。


 否定はされなかった。


 最後は器用さを見るらしく、机の上に何本かの紐と小さな木片、それから金属の輪が置かれた。


「見本と同じように組んでください。時間は気にしなくて――」


「できました」


「……え?」


 女性が止まった。


 見本と同じ形になっているはずだが、何か間違えただろうか。


 女性は俺が組んだものを手に取り、ひっくり返して確認する。


「これ、初めてですよね?」


「はい」


「もう一度やっていただいても?」


「いいですけど」


 今度は少し形が違った。


 見本を一度見てから紐を通し、木片を合わせ、輪を固定する。


「はい」


「…………」


「何か間違ってます?」


「いえ。逆です」


 女性は何度か俺の手元と完成したものを見比べてから、紙に何かを書き足した。


「かなり手先が器用ですね。採取や素材の処理には向いていると思います」


「おお」


 初めて褒められた。


「よかったじゃない」


「お前、今まで黙って見てたな」


「だって面白かったから」


「何がだよ」


 リシェルは答えず、俺と入れ替わるように前へ出た。


「では、次はリシェルさんですね。こちらへ手をお願いします」


「これ?」


「はい」


 リシェルが透明な石へ手を置くと、俺のときには何の反応もなかった石の中に光が灯った。


「おお」


 ちょっと感動する。


 ところが光はそのまま強くなり、横の目盛りも勢いよく上がっていった。最初は感心して眺めていた俺も、いつまで経っても止まらない目盛りを見ているうちに不安になってくる。


 受付の女性からも、いつの間にか笑顔が消えていた。


「……リシェル」


「何?」


「手、離した方がよくない?」


「まだ終わってないでしょう?」


「俺はもう終わってほしい」


 やがて目盛りが一番上まで到達した。それでも石の光は強くなり続け、受付の女性が慌てて測定器を確認する。


「……測定範囲を超えています」


「え?」


「これ以上は測れません」


 リシェルが手を離すと、石の光はゆっくり消えていった。


「壊れた?」


「いえ、正常です」


「ならよかったわ」


「正常でそれなのが怖いんだよ」


 俺のときも正常だった。


 今も正常。


 つまりこの道具は、俺には何も反応せず、リシェルは最後まで測れなかったらしい。


 なんだ、この差。


 身体能力の測定でも似たようなことになった。


 最初の重りを難なく持ち上げたので次が出され、それも持ち上げると、さらに重いものが運ばれてくる。


 結局、最後に出されたものまでリシェルが片手で持ち上げたところで、受付の女性が測定を止めた。


「まだできるわよ?」


「十分です」


「でも――」


「十分です」


 走れば速いし、木剣を持たせれば、構えただけで測定役の職員が妙な顔をした。さすがに本気で振るのは止められ、全部終わった頃には、受付の女性が持っている紙は俺のものより随分書き込みが増えていた。


「……お前、俺の後にそれやるのやめてくれない?」


「順番を決めたのは私じゃないわ」


「そうだけどさ!」


     ◇


 測定を終えて受付へ戻ると、二枚の小さな金属板を渡された。名前といくつかの文字が刻まれていて、下の方には大きく一文字だけ刻まれている。


 F。


「これがランク?」


「はい。お二人ともFランクからの開始となります」


「……二人とも?」


 俺は隣を見る。リシェルも自分の板を見ていた。


「一緒!?」


「何よ」


「いや、だって俺、魔力ゼロだぞ!? お前、測れなかったんだぞ!?」


「そうね」


「なんで一緒なんだよ!」


 受付の女性が笑った。


「ランクは強さだけで決まるものではありません。ギルドからの信用や依頼の達成実績も含まれますので、登録されたばかりのお二人には、まずFランクの依頼から経験を積んでいただきます」


「なるほど……」


 少し安心した。あの測定結果でリシェルと同じ評価だったら、さすがにギルドを心配するところだった。


「リシェルさんは能力だけなら、もっと上の依頼をこなせる可能性もあります。ただ、依頼には戦闘以外のこともありますし、規則ですので」


「分かったわ」


 意外にもリシェルは素直に頷いた。


「レインさんは、まず採取や街中の依頼から始めることをおすすめします」


「ですよね」


 こっちは納得しかない。


俺たちはもう一度、依頼の貼られた掲示板へ向かった。


 改めてFと書かれた場所を見ると、薬草採取、落とし物探し、倉庫の整理、荷運び、薪集め、迷い猫の捜索なんかが並んでいる。


「……魔物討伐は?」


 リシェルは上の方に貼られた依頼を見ていた。


「駄目だろ。Fって書いてない」


「あれなら倒せると思うけど」


 指差した先には、俺でも名前を知っている魔物の討伐依頼が貼られている。


「やめろ。登録初日に規則破るな」


「倒せるのに」


「そういう問題じゃないんだよ」


 ……こいつ、本当にFランクで大人しくしていられるんだろうな。


 何枚か依頼を見比べていると、見覚えのある名前が目に入った。


「止血草……」


「知ってるの?」


「ああ。ガルドに教えてもらった。村の近くにも生えてたから、何度か採ったことある」


 依頼内容は、止血草を決められた量だけ採取してくること。場所もグランツの外にある林でいいらしい。


 報酬は銅貨三十枚。


 リシェルが紙を見る。


「三十枚」


「風呂の計算するなよ」


「してないわ」


「顔がしてる」


 何はともあれ、俺にもできそうだ。受付へ持っていくと、女性は少し安心したような顔をした。


「初めての依頼でしたら、ちょうどいいと思います。止血草はこの辺りにも多いですから、見本を確認してから採取してください」


 見せてもらった葉には特徴があり、俺の知っている止血草と同じだった。


「これなら大丈夫です」


「似た草もありますので、気をつけてくださいね」


「はい」


 こうして、俺たちの冒険者としての最初の仕事が決まった。


     ◇


 グランツを出て、教えてもらった林へ向かう。街からそれほど離れていない場所なので、魔物が出る危険も少ないらしい。


「この辺だと思うんだけどな」


 木々の間へ入り、地面を見ながら歩いていると、ほどなく見覚えのある葉が目に入った。


「あった」


 しゃがみ込んで葉を裏返したが、すぐに違うと分かった。


「これ?」


「いや。似てるけど、葉の裏が白くない」


「同じに見えるわ」


「ちゃんと違うよ」


 もう少し先へ進むと、今度こそ見覚えのある草が生えていた。葉の形を確かめ、指で軽く擦って匂いを嗅ぐ。


「これだ」


「分かるの?」


「村でも採ってたからな。匂いも少し違う」


 葉を傷めないように必要な部分だけ摘み、袋へ入れる。


 リシェルも隣にしゃがんで辺りの草を眺めていたが、しばらくして何か思いついたように俺を見た。


「……ねえ」


「ん?」


「《意味》を見れば早いんじゃない?」


「…………」


「…………」


「それもそうだな」


「今気づいたの!?」


 言われてみれば、その通りだった。


 知っている草だから普通に探していたけど、わざわざ目だけで探す必要もない。


 俺は立ち上がり、辺りを見回した。


「見えないの?」


「いや、まだ見てない」


「見てるでしょう」


「草は見てるけど、《意味》は見てない」


 リシェルが眉を寄せた。


「何が違うの?」


「何って……見ようとしなきゃ見えないよ?」


「…………」


「何だよ」


「いつも見えてるわけじゃないの?」


「そんなわけないだろ。何でもかんでも見えてたら頭おかしくなるぞ」


「ふーん……」


 リシェルが少しだけ眉を寄せた。


「何だよ」


「別に」


 何か引っかかったような顔をしていたけれど、それ以上は聞いてこなかった。


「じゃあ、どうやって見るの?」


「どうやってって……」


 改めて聞かれると困る。俺にとっては、昔からやっていることだ。


「知りたいって思って見る」


「それだけ?」


「それだけ」


「変なの」


「俺に言うなよ」


 俺は改めて林へ目を向けた。探すのは止血草。必要なのは、傷の血を止める草だ。


 意識して、その意味を見ようとする。


 すると、さっきまでただの緑だった林の中に、ぽつりと文字が浮かんだ。


《止血》


「あ」


「見えた?」


「ああ」


 一つだけじゃない。


 少し離れた木の根元にも、その奥にも、同じ意味が浮かんでいる。


《止血》


《止血》


「あそこ。それと向こう。奥にもある」


「……便利ね」


「便利だな」


「最初から使いなさいよ」


「うるせえ!」


 場所さえ分かれば、あとは早かった。


 ただし、《止血》と見える草を全部採ればいいわけじゃない。まだ小さいものは残し、虫に食われた葉は避け、根まで抜かずに必要な部分だけを傷つけないよう摘んでいく。


 リシェルには俺が指した場所から採ってもらった。


「これは?」


「まだ小さい」


「こっちは?」


「それは大丈夫。葉だけな」


「こう?」


「そうそう」


 最初は少し危なっかしかったけれど、何度か教えるとリシェルもすぐに覚えた。


 俺が見つけて選び、二人で採る。


 必要な量が袋に収まったところで中身を確認すると、状態も悪くない。念のため少し多めに採ってあるし、これなら問題ないだろう。


「……こんなもんか」


「終わり?」


「ああ。戻ろう」


 林を出てグランツへ向かったが、城門が見えてきたところで、なんとなく空を見上げた。


 太陽は、さっき街を出たときとほとんど場所が変わっていない。


「……なあ」


「何?」


「俺たち、出てからどれくらい経った?」


「さあ?」


     ◇


 ギルドへ戻ると、さっきの受付の女性が俺たちを見て目を丸くした。


「あれ? どうされました?」


「依頼、終わりました」


「……え?」


「止血草です」


 袋を受付へ置く。


 女性は袋と俺たちを見比べた。


「何か問題がありましたか?」


「いや、採れたんで」


「……全部ですか?」


「はい」


 女性は慌てて袋を開け、一束ずつ種類と状態を確認していく。間違った草でも混ざっていたのかと少し不安になったが、やがて彼女は顔を上げた。


「……全部、止血草ですね」


「はい」


「状態もいいですし、採取量も問題ありません」


「よかった」


 受付の女性はもう一度袋を見てから、壁に掛けられた時計へ目をやった。


「依頼を受けてから、まだ三十分くらいなんですけど」


「…………」


 俺はリシェルを見る。リシェルも俺を見た。


「早かった?」


「たぶん」


「たぶんじゃないです」


 受付の女性に言われた。


ーどうやら早かったらしい。やがて報酬の銅貨が入った小袋を渡される。


「こちら、報酬の銅貨三十枚です」


「ありがとうございます」


 初めて自分で受けた仕事の報酬だと思うと、少しだけ嬉しかった。


 手の中の小袋が、なんとなくいつもより重く感じる。その横から、リシェルが覗き込んだ。


「三十枚」


「だから風呂の計算するなって」


「してないわ」


「してるだろ」


 リシェルは俺の言葉を無視して、掲示板へ目を向けた。


「レイン」


「何?」


「もう一つやりましょう」


「……今から?」


「まだ時間あるでしょう?」


 確かに、ある。というか、ありすぎる。


 俺も掲示板を見る。落とし物探し、荷運び、倉庫整理、迷い猫。まだいくらでも仕事は残っていた。


「……もう一個くらい、いけるか」


「ええ」


 俺たちはそのまま、次の依頼を探し始めた。


 まだ、昼にもなっていなかった。

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