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検証No.1 《観測開始...対象...個体.......該当ERROR》

「来るぞ」


 今度は、その一言だけで全員が動いた。


 再構築を終えた異形が地面を蹴るより早く、ロイドが右へ回り込み、狩人たちは距離を取る。リシェルだけが正面に残り、黒い魔力を両手に集めながら異形を睨んでいた。


 レインは少し離れた場所から、その全てを見る。


 異形の右腕に《攻撃》、身体の中心には《標的》――リシェル。


「右腕! リシェル!」


「分かってる!」


 異形が腕を振り下ろす。リシェルは半歩だけ身体をずらし、地面を砕いた腕の脇へ黒い魔力を叩き込んだ。


 肩から先が吹き飛ぶと、今度は反対側の腕に《迎撃》が浮かぶ。


「ロイド、止まれ!」


 回り込んでいたロイドが即座に足を止め、その眼前を黒い棘が薙いだ。


「弓、今!」


 狩人たちの矢が異形の脚へ集中する。何本かは硬い表皮に弾かれたが、そのうち一本が膝の隙間へ深く突き刺さり、巨体がわずかに傾いたところへロイドが踏み込んで剣を叩き込んだ。


 異形が吠えた。


 声なのか、ただ空気が震えただけなのかは分からない。それでも、さっきまでとは違う。


 もう、追い立てられてはいなかった。


 レインが意味を拾って声にする。ロイドが動き、狩人たちが射る。そこに生まれた隙へリシェルが魔力を叩き込む。


 異形もそのたびに動きを変えたが、レインもまた、見るべきものを選びながら戦場全体を追えるようになっていた。


「リシェル、下がらなくていい! そいつロイド見てる!」


「分かった!」


「いや俺は分かりたくないんだが!」


「頑張れ!」


「雑だなお前!」


 ロイドへ向けて異形の腕が伸びる。剣で受け流した瞬間、その脇を黒い閃光が貫き、異形の胴に大穴が開いた。


「もう一発いける!」


「言われなくても!」


 リシェルの手から放たれた二撃目が上半身を吹き飛ばす。黒い破片が雨のように地面へ降り注ぎ、残された下半身も数歩よろめいたあと、重い音を立てて倒れた。


 今度は、誰も勝ったとは言わなかった。


「……学習したな、俺たち」


 ロイドが息を切らしながら剣を構え直す。


「誰かさんが二回も復活させましたからね」


「一回だろ!」


「最初はシスター」


「私は何も復活させていません!」


「今はそこどうでもいい!」


 三人のやり取りを聞き流しながら、レインは地面へ散った黒い破片を見つめていた。


 ここからだ。


 今までは、壊したあとに《再構築》が現れ、気づいたときにはもう身体が戻り始めていた。だから今度は、その途中を見る。


 何が起きているのか。なぜ、何度壊しても元に戻るのか。


 再構築という結果がある以上、その途中には必ず何かが起きているはずだった。


やがて黒い破片が震え始める。


《再構築》


「始まった」


 レインの声に、リシェルが魔力を集めた。


「壊す?」


「まだ。ちょっと待って」


 散らばった破片から黒い糸のようなものが伸び、互いを探すように絡み始める。腕だったものが寄り集まり、砕けた胴が少しずつ形を取り戻していった。


「まだ?」


「待って」


「何を待ってるの?」


「それを今探してる!」


「分からないものを待ってるの!?」


「だから調べてんだよ!」


「無茶苦茶ね!」


「お前に言われたくない!」


 言い返しながらも、レインは視線を外さなかった。


 何かあるはずだと思った根拠なんてない。ただ、《再構築》という結果だけを見続けても何も変わらないのなら、その前後を見るしかない。


 異形の行動より先に意味が現れたように、再構築にも何かがあるかもしれない。

異形の胸が形を取り戻し、腕が繋がり、頭部まで輪郭を作っていく。もうほとんど元通りだった。


「レイン、来るわよ!」


「待って!」


 リシェルの声に焦りが混じる。それでもレインは、起き上がろうとする異形から目を離さなかった。


 脚が地面を掴み、身体が持ち上がる。その瞬間、《再構築》の意味がわずかに揺れた。


 その奥――異形の背後でも、身体の中でもない何もない空間に、ほんの一瞬だけ細い意味が浮かぶ。


《接続》


「――え?」


 次の瞬間には消えていた。再構築を終えた異形が立ち上がり、その腕に《攻撃》が浮かぶ。


「来る!」


 リシェルが飛び退き、振り下ろされた腕が地面を抉った。


「レイン!」


「ごめん、見えた!」


「何が!?」


「分かんない!」


「またそれ!?」


「でも、あった!」


 異形が追ってくる。レインは再び現れた《攻撃》と《標的》を拾いながら、戦場へ声を飛ばした。


「ロイド、左! リシェルはまだ!」


「何を見たんだ!」


「《接続》!」


「なんだそれ!」


「だから分かんないって!」


「お前そればっかりだな!」


 ロイドが刃をかわし、横から撃ち込まれたリシェルの魔力が異形の脚を吹き飛ばす。巨体が傾くのを見ながら、レインはさっきの一瞬を頭の中で繰り返した。


 《再構築》の途中、身体がほとんど戻った瞬間に《接続》が現れ、それが消えた直後に再構築が終わった。


「……もしかして」


 レインの呟きに、隣の村長が横目を向ける。


「なんじゃ」


「こいつ、自分で直ってるんじゃないのかも」


「何?」


 口にしたことで、頭の中にあった考えが少しずつ形になっていく。

何度壊しても戻る。壊れるたびに形を変え、こちらに合わせて《適応》する。それが全部こいつ自身の力なら、あの《接続》は何のためにある。


「直ってるんじゃない」


 レインは異形を見据えた。


「どっかから、直されてるんだ」


 村長の顔から表情が消えた。

だが、それが正しいのかを確かめるには、もう一度見るしかない。


「リシェル!」


「何!」


「もう一回、全部壊せる!?」


「簡単に言うわね!」


「無理?」


「誰に言ってるの!」


 リシェルの周囲で黒い魔力が膨れ上がる。


 疲れている。肩で息をし、聖剣に貫かれた傷も完全に治ったわけではない。それでも彼女は、異形を睨みながら笑った。


「あと一回くらいなら、粉々にしてあげる!」


「頼む!」


「ロイド! 離れて!」


「最初からそう言え!」


 ロイドが大きく後退し、狩人たちも弓を下ろして距離を取る。マリエラは負傷者を庇うように三環印を掲げた。

異形がリシェルへ向き直る。身体の中心に《標的》、右腕には《攻撃》。さらに左腕には《迎撃》が浮かんでいた。


「リシェル、正面はまだ!」


「じゃあどうするの!」


 レインはロイドと狩人たちの位置を確かめ、異形に浮かぶ意味をもう一度見る。


「ロイド! 右から走って! 攻撃しなくていい!」


「また囮かよ!」


「得意だろ!」


「得意になった覚えはねえ!」


 文句を言いながら走るロイドへ《迎撃》が移った。


「弓!」


 矢が飛ぶ。異形が腕を振り上げてそれを弾いた瞬間、《迎撃》が消えた。


「リシェル!」


「分かってる!」


 黒い奔流が真正面から異形を呑み込んだ。凄まじい衝撃に空気が震え、地面が抉れ、腕も脚も胴も区別がつかなくなるほど身体が砕けていく。


 黒い破片が広範囲へ散った。


今度こそ、跡形もない。


 けれどレインは、壊れたことを確認してはいなかった。見ているのは、そのあとだ。

ほどなく黒い破片が震え、《再構築》が浮かぶ。


「リシェル、まだ!」


「分かってる!」


 破片が互いを引き寄せ、再び異形の形を作り始める。脚が生まれ、胴が繋がり、砕けた頭部まで少しずつ輪郭を取り戻していった。


 レインは焦りを押し殺しながら、その過程を一つも見逃すまいと睨み続ける。


 さっき見えたものが偶然でなければ、再構築が終わる直前にもう一度現れるはずだ。


「まだ!」


 リシェルは魔力を集めたまま、レインの声を待っている。ロイドも狩人たちも動かず、誰一人としてレインを急かさなかった。


 異形の胸が繋がり、頭部が形を取り戻す。


《再構築》


 その意味が、わずかに揺れた。何もない空間に、細い線が走る。


《接続》


「リシェル!!」


「どこ!」


 レインは指を差した。


「そいつじゃない! その後ろ! 少し上!」


「何もないわよ!」


「ある!!」


「そこって斬れるの!?」


「知らねえよ!!」


「知らないの!?」


「いいから斬れえええ!!」


 リシェルが振り向きざまに腕を薙いだ。


 黒い魔力が刃のように走り、異形ではなく、その背後にある何もない空間へ飛んでいく。


 レインにしか見えない《接続》へ黒い刃が重なった瞬間、何もないはずの空間が大きく歪んだ。


 音がしたわけでも、光ったわけでもない。それなのに、その場にいた全員が何かを感じ取ったように身体を強張らせる。


 レインの視界で、細い意味が震えた。


《切断》


 次の瞬間、《接続》が消えた。


「……え?」


 リシェルの声だけが聞こえた。


 再構築されかけていた異形の身体から力が抜け、繋がりかけていた腕が落ちる。脚が崩れ、胴がほどけ、黒い破片が地面へ散っていった。


 誰も動かなかった。破片も動かない。


 十秒。


二十秒。


 《再構築》は、もう浮かばなかった。


「……止まった?」


 ロイドが剣を構えたまま呟く。


 レインは黒い残骸を見つめた。さっきまで何度壊しても現れた《再構築》も、あの一瞬だけ見えた《接続》も、もうどこにもない。


「……終わった、のか?」


「たぶん」


 レインが答えると、ロイドがゆっくりこちらを向いた。


「その『たぶん』、信用していいんだろうな?」


「知らない」


「そこは自信持てよ!」


「分かんないもんは分かんないだろ!」


 怒鳴り返したところで、ロイドの肩から力が抜けた。


「……はは」


 笑ったかと思うと、剣を放り出すように地面へ置き、そのまま仰向けに倒れる。


「あー……もう駄目だ。動けねえ」


「ロイドさん!?」


「怪我じゃねえよ、シスター。疲れた」


 駆け寄ろうとしたマリエラも途中で足を止め、自分も大きく息を吐いた。


「……私もです」


「お前、治す側だろ」


「治す側も疲れるんです!」


 少し離れた場所では、狩人たちも弓を下ろしていた。一人がその場へ座り込むと、それを見たもう一人も堪えきれなくなったように腰を落とす。

張り詰めていたものが、一気に切れた。


「……終わったあああ……」


 誰かが情けない声を上げる。


「もう来んなよ……」


「ほんとにな……」


 それを聞いた瞬間、レインまで膝から力が抜けた。


「うわっ」


 尻餅をつく。立とうとしたが、脚が震えてうまく力が入らない。


「……俺も駄目だ」


「あなた、走ってすらないでしょう」


 隣から声がした。見ると、リシェルも地面へ座り込んでいた。


「頭使ったんだよ!」


「それで立てなくなるの?」


「初めてあんなに使ったんだよ!」


「普段どれだけ使ってないのよ」


「ひどくない!?」


 言い返すと、リシェルが笑った。


 いつもの小さな笑いではなかった。堪えきれなくなったように肩を揺らしている。


 それにつられて、レインも笑った。ロイドまで笑い始める。


「何がおかしいんですか」


 マリエラが呆れたように言ったが、その本人も口元が緩んでいた。


 誰も死ななかった。怪我人はいる。それでも全員、生きている。


 レインは空を見上げた。


「……終わったぁ……」


 今度は自分の口から出た。

本当に怖かった。


 ゴブリン一匹に殺されかける自分が、なんでこんなものと戦っていたのか、今でもよく分からない。


「なあ、レイン」


 地面に寝転んだまま、ロイドが呼んだ。


「ん?」


「お前、本当に魔力ゼロなんだよな?」


「何回聞くんだよ。ゼロだって」


「剣も使えない」


「使えない」


「弓は?」


「狩りで触ったくらい」


「じゃあやっぱり、何もできねえじゃねえか」


「喧嘩売ってんの!?」


「逆だよ」


 ロイドが身体を起こした。さっきまでの笑いは消えている。


「何もできねえはずのお前がいなかったら、俺たちは負けてた」


 レインは言葉に詰まった。


「俺だけじゃない。シスターも、あそこの狩人たちもだ。あのまま戦ってたら、何人やられてたか分からねえ」


「でも、倒したのはリシェルだぞ」


「だから?」


「だからって……」


「お前が見つけて、俺たちを動かして、あいつが壊した。それで勝ったんだろ」


 ロイドは地面に置いた剣を拾い上げ、泥を払って鞘へ戻した。


「それを戦ったって言わねえなら、俺は冒険者辞めるぞ」


「それは困ります」


「シスター、そこは感動するとこだろ」


「あなたが辞めると帰りの護衛がいなくなります」


「現実的すぎる!」


 また笑いが起きる。レインだけは、まだ少し呆然としていた。


 戦った?自分が?


 剣も振っていないし、魔法も使っていない。それでも、自分がやったことを思い返せば、何もしていなかったとはもう言えなかった。


「私も、そう思います」


 マリエラが言った。


「レイン君が《接続》を見つけなければ、今もあれは再構築を続けていたでしょう。それに、その前から……あなたの声が聞こえるようになって、明らかに皆さんの怪我が減りました」


「……そうかな」


「そうです」


 マリエラは珍しく、迷わなかった。


「少なくとも私は、あなたに何度も助けられました」


 どう返していいか分からず、レインは頭を掻いた。


「……なんか、変な感じ」


「何が?」


 リシェルが聞く。


「俺、ずっと何もできないと思ってたから」


 魔力はない。剣も使えない。ゴブリン一匹にすら勝てない。


 見えるだけ。ずっと、そう思っていた。


「でも」


 リシェルが立ち上がった。


 まだ少しふらついている。それでもレインの前まで来ると、いつものように偉そうに見下ろした。


「私には見えないものが、あなたには見えるわ」


「……うん」


「私にできることが、あなたにはできない」


「うん」


「でも、あなたにできることが、私にはできない」


 レインは顔を上げた。赤い瞳が、まっすぐこちらを見ている。


「だから、今日は勝てたんでしょう?」


「……そっか」


「そうよ」


 リシェルが手を差し出した。


「ほら。帰るわよ」


 レインはその手を掴む。


「お前も疲れてんじゃん」


「うるさい」


「手、震えてるぞ」


「離すわよ」


「ごめんなさい」


 引っ張り起こされた途端、二人ともふらついて肩がぶつかった。


「重い!」


「お前が寄ってきたんだろ!」


「魔王に寄りかかられるなんて光栄でしょう?」


「重いもんは重い!」


 後ろからロイドの笑い声が聞こえた。


 マリエラは怪我人を診ている。狩人たちも互いに肩を貸しながら、少しずつ村へ戻り始めていた。


 そのとき、木々の向こうから小さな鳴き声が聞こえた。レインは足を止める。


「……戻ってきた」


「何が?」


「鳥」


 リシェルも耳を澄ませた。もう一度、小さな声が聞こえる。


 やがて別の木からも一羽、それに応えるように鳴いた。


 森が、もう逃げていない。それだけで十分だった。


「帰ろうぜ」


「ええ」


 レインたちは村へ向かって歩き出した。今度こそ、誰も振り返らなかった。


     ◇


 遠く離れた場所。


 人の声も、鳥の声も届かない暗闇の中で、何かがわずかに揺れた。


 異形ではない。


 黒い破片でもない。


 そこには初めから、形などなかった。


 ただ、リト村で何かが途切れたことによって、それまで存在しなかった意味が静かに生まれた。


《観測開始》


 意味が動く。


 何かを探すように、辿るように。


 やがて、その先が一つに定まった。


三環を通して《接続》し、《切断》された特異点へと


《対象捕捉》


 遥か遠く。


 リト村へ戻っていく、一人の少年へ。


《個体照合》


 ほんの一瞬、沈黙があった。


 そして――


《該当ERROR》

第1章完走しました。ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。もし「いみまお」を気に入ってくださったら、ぜひ☆評価、ブックマークをお願いいたします( . .)"次回は第2章、旅立ち編です。引き続き一日1話以上更新していきますので、どうぞお付き合いくださいませ。

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