第13話 「シスターってなんでも治しちゃうの!?」
「だったら...直らなくなるまで、壊すだけよ」
リシェルが右手を上げると、再び黒い魔力が集まり始めた。ついさっき、異形の上半身をまとめて粉砕した力だ。
しかも、あれで魔力は一割にも戻っていないらしい。
ならば今度も――。
「リシェル、待て!」
「何よ!」
「あいつ、さっきと違う!」
レインには見えていた。
《修正》
その下に浮かぶ、
《再構築》
だが、違うのは文字だけではない。
「腕だよ。あと、肩も」
最初は左腕だけだった刃が、今は右腕にもある。肩から伸びる骨のような突起も一本増え、四本の脚は先ほどよりわずかに細くなっていた。
元に戻ったのではない。少しだけ、別の形になっている。
「だから何?」
リシェルの指先に黒い光が凝縮する。
「また壊せばいいでしょ」
異形が地面を蹴った。今度はレインにも見えた。
速い...が、さっきほどではない。
リシェルも同じことに気づいたのか、避けようとせず真正面から右手を向けた。
黒い閃光が走る。
直撃。
そう思った瞬間、異形が身体を捻った。
「え?」
閃光が左肩を抉り、巨大な腕ごと吹き飛ばす。だが、胴体は残った。
異形は残った三本の脚で地面を蹴り、そのままリシェルへ迫る。
「ちっ!」
右腕の刃が横薙ぎに振るわれた。
黒い障壁が現れ、刃と衝突する。衝撃が周囲へ弾け、リシェルの裸足が土の上を滑った。
「リシェル!」
「大丈夫!」
押されながら、リシェルが左手を振る。
黒い光が横から異形を打ち抜き、胴体を大きく抉った。四本あった脚のうち二本が砕け、巨体が地面へ転がる。
そこへリシェルが右手を向けた。
「二回目!」
黒い光が落ちた。
轟音とともに土が噴き上がり、異形の身体が砕け散る。
今度こそ、原形は残らなかった。
「……やりました?」
マリエラが恐る恐る呟いた。
「言うな!」
「えっ!?」
「さっきそれ言った直後に復活しただろ!」
「私のせいではありません!」
「分かってるけど念のため禁止!」
「そんな迷信みたいな理由で!?」
リシェルが呆れた顔で二人を見る。
「くだらないこと言ってないで――」
黒い破片が震えた。
「ほらああああ!」
「だから私のせいじゃありません!」
地面に散った破片が動き始める。しかも、速い。
最初の再構築より明らかに速かった。
「……ほんっとに、しつこいわね」
リシェルが小さく息を吐く。ほんのわずかだが、肩が上下していた。
「お前、やっぱり無理してるだろ」
「このくらいで?」
「息切れてる」
「切れてない」
「切れてる」
「うるさい」
いつもの調子で睨んではくる。
けれど、さっきまでとは違う。
最初の一撃を放ったあとには、まだ笑っていた。今は呼吸を整えるために、次の言葉までほんの少し間がある。
その間にも、黒い破片は集まり続けていた。
「シスター」
ロイドが剣を握ったまま尋ねる。
「教会に、ああいう化け物の記録は?」
「ありません。少なくとも私は、一度も聞いたことがありません」
「魔王絡みでも?」
「ないわよ」
今度はリシェルが即答した。
ロイドが彼女を見る。
「魔族にも、あんなものはいないのか?」
「いない。死んだアルベルトが動いたことも、あれが何度も作り直されることも、私は知らない」
「じゃあ……」
レインは形を取り戻していく異形を見た。
「本当に、なんなんだよ」
誰も答えられなかった。教会も知らない。魔王も知らない。冒険者も知らない。
それなのに、レインには一つだけ見えている。
《修正》
何を修正しようとしているのか。
誰が修正しようとしているのか。
それは、まだ分からない。
黒い欠片が集まり、骨のような芯を作る。その周囲を硬質な物質が覆っていき、やがて四本の脚が地面を踏んだ。
「……また変わってる」
レインが呟いた。異形の胴体は細くなっていた。肩から伸びていた突起が身体に沿うように倒れ、四本の脚も先ほどより長い。ロイドが目を細める。
「さっきより動きやすそうだな」
「一回目は、リシェルの攻撃をまともに食らった」
レインは異形を見ながら言った。
「二回目は避けた。全部は避けられなかったけど」
「それで、この形か?」
「分かんない。でも……」
何もない顔。
《修正》
その下に、《再構築》。さらに、黒い文字がゆっくりと滲み出した。
《適応》
レインの背筋に寒気が走った。
「……やっぱり」
「何が見えたの?」
リシェルが聞く。
「《適応》」
「適応?」
「たぶん、こいつ――」
異形が消えた。今度は、本当に見失った。土が爆ぜたときには、すでにリシェルの右側にいる。
「――っ!」
刃が走る。
黒い障壁が間に合った。だが、異形は止まらない。
一撃、二撃と左右の刃が立て続けに障壁へ叩き込まれ、黒い波紋が激しく揺れる。
三撃目。リシェルの足が一歩下がった。
「……嘘だろ」
レインは息を呑んだ。さっきまで、攻撃を受け止めながら悪態をつく余裕があった。
今は違う。
「しつこい!」
リシェルが魔力を一気に放出した。障壁の周囲から黒い衝撃が弾け、異形の巨体が後方へ吹き飛ぶ。
その隙にリシェルは両手を前へ向けた。
「今度は避けられないようにしてあげる!」
足元から黒い光が走り、異形を中心に巨大な円を描く。その周囲から何本もの黒い柱が立ち上がった。
「うわっ!」
レインは思わず後ずさる。柱が一斉に内側へ倒れた。
異形が跳ぶ。だが、その先にも黒い光がある。
一つを避ければ二つ目が来る。二つ目をかわしたところへ三つ目が重なり、異形の脚が一本砕けた。
身体が傾き、そこへ、すべての黒い光が集中した。
地面が揺れた。
爆風に押され、レインは数歩よろめく。ロイドがマリエラを庇い、遠巻きに見ていた村人たちから悲鳴が上がった。
土煙が晴れていく。地面には巨大な穴が開いていた。
その中心に、黒い破片が散らばっている。誰も何も言わない。今度は、マリエラも黙っている。
「……なんで黙ってるの?」
レインが聞く。
「言ったら、また起き上がりそうなので」
「学習した!?」
「理不尽な濡れ衣を二度も着せられましたから!」
「いい判断よ」
「魔王まで!?」
リシェルが笑った。だが、その直後に身体がわずかに傾く。右足が一歩、後ろへ出た。
「リシェル?」
「平気」
反射的に伸ばしたレインの手を、リシェルが払う。
「今のはちょっと魔力を多めに使っただけ」
「さっきもそれ言ってたぞ」
「だから平気だって――」
そこで言葉が途切れた。リシェルの右手が、無意識に胸元へ触れている。聖剣に貫かれていた場所。
借り物の白いシャツの下、ガルドが巻いた包帯の辺りだった。
「傷、痛むのか?」
「……少し」
「ほら!」
「治ってる途中なんだから当たり前でしょ!」
「じゃあ休めよ!」
「休んでる間にあれが直るでしょうが!」
その言葉を待っていたかのように、地面の破片が動いた。
「マリエラ!」
「私、何も言ってません!」
「じゃあ普通に復活するのかよ!」
「最初からそうでしょう!」
今度は、破片が集まってこない。
「……え?」
レインは目を凝らした。散らばった破片が、その場で止まっている。
その一つ一つから、黒い糸のようなものが伸び始めた。離れた破片同士を繋ぎ、地面へ落ちたまま巨大な輪郭を作っていく。
「集まる必要すら、なくなった……?」
黒い糸が縮む。一斉に破片が引き寄せられ、空中で組み上がっていく。最初の再構築よりずっと速い。二度目よりも、さらに。
「シスター」
ロイドの声から、さっきまでの軽さが消えた。
「これ、まずくないか」
「ええ」
マリエラも異形から目を離さない。
「リシェルさんが何度倒しても、相手だけが戦い方を変えて戻ってくるのなら……」
「分かってるわよ」
リシェルが遮った。再構築された異形が地面へ降り立つ。さらに小さくなっていた。
最初は見張り台ほどあった巨体が、一回り以上縮んでいる。その代わり身体は無駄なく細く、四本の脚には黒い板のようなものが何枚も重なっていた。
両腕の刃も短い。
「でかい攻撃を避けるためか」
ロイドが呟く。レインにも、そう見えた。一回目は巨大だった。二回目は避けた。三回目は囲まれて逃げ切れなかった。
だから、また《適合》した?
「……こいつ、リシェルに勝つための形を作ってる?」
リシェルが舌打ちした。
異形が動く。速い。先ほどより、さらに。
地面に黒い残像を残しながら、リシェルの周囲を走る。
右。
左。
背後。
また右。
レインの目では追いきれない。
「リシェル!」
「分かってる!」
黒い障壁が背後に展開される。刃がぶつかった。同時に、反対側からもう一つの刃が迫る。リシェルが身体を捻った。白いシャツの袖が裂ける。
「――っ!」
腕に赤い線が走った。
「リシェル!」
「かすっただけ!」
振り向きざまに黒い光を放つ。...が、異形は撃つより先に跳んでいた。
光が空を切る。
「……避けた」
偶然ではない。
リシェルが撃つ前に動いていた。異形が着地する。
その瞬間、地面から黒い杭が突き上がった。
今度は当たった。
異形の腹を貫き、その身体を空中へ持ち上げる。
「捕まえた!」
リシェルが拳を握る。杭が枝分かれし、内側から異形の身体を引き裂いた。
黒い破片が降る。
だが、リシェルは笑わなかった。
着地した右足がふらつき、すぐに左足を踏み出して身体を支える。
胸元へ手を当てる。
指の隙間から見える白いシャツに、ほんの少し赤が滲んでいた。
「リシェル……傷」
「見れば分かる」
「もうやめろよ!」
「じゃあ誰が止めるのよ!」
言い返した声にも、さっきまでの勢いがない。
その頭上で、空中に散った黒い破片が止まった。
破片が...落ちない?
「……嘘だろ」
破片は地面へ届く前から黒い糸を伸ばし、互いを繋ぎ始めている。
「もう……?」
リシェルの顔から、初めて明確に余裕が消えた。壊された、その直後から再構築が始まっている。
「これ、いつまで続くんだ」
ロイドが剣を握り直した。
リシェルは答えない。再構築されていく異形を睨みながら、呼吸を整えようとしている。
けれど、整わない。肩が上下する。
額には汗が浮かび、裂かれた腕から血が落ちている。
「リシェル」
「来ないで」
「でも――」
「来ないでって言ってるでしょ!」
強い声だった。レインの足が止まる。
「私は死なない」
リシェルは前を向いたまま言った。
「でも、あなたたちは違う」
「死ななくても、疲れるだろ」
「……」
「怪我だってしてる」
「こんなの傷のうちに入らないわよ」
強がりだ。意味を見なくても、それくらい分かる。そもそも彼女は、昨日までまともに歩くことすらできなかったのだ。
死なない。だからといって、無限に戦えるわけではない。
「……死なないのと」
リシェルが小さく息を吐いた。
「疲れないのは、別なのよ」
「だったら!」
「だから来るなって言ってるの!」
再構築が終わった。異形が地面へ降り立つ。今度は四本脚ですらなかった。
二本。人間に近い。
最初の巨体から余計なものを削ぎ落とし、リシェルと戦うためだけの形へ近づいている。
両腕には黒い刃。細い身体。低い姿勢。何もない顔。
そこに浮かんでいるのは、《修正》《再構築》《適応》...それだけだった。
怒っていない。焦ってもいない。痛がってすらいない。壊されれば直し、直すたびに変わり、また向かってくる。
それを見ているうちに、レインは初めて、リシェルがあれを怖がっていた理由が分かった気がした。
「……気持ち悪い」
「ああ」
いつの間にか隣へ来ていたロイドが答えた。意味は見えなくても、異常さは分かるのだろう。
異形が動いた。リシェルも黒い障壁を展開する。
刃がぶつかる。今度は障壁が大きく揺れた。
もう一撃。黒い表面に亀裂のような光が走る。
「まずい」
ロイドが呟いた。三撃目。障壁が砕けた。
リシェルが横へ飛ぶ。刃が肩を掠め、白いシャツに赤が滲んだ。
「っ……!」
着地した足がもつれる。異形は待たない。
「リシェル!」
レインが駆け出そうとした。だが、その横を先にロイドが走り抜けた。
「ちっ、見てられるか!」
「ロイドさん!」
剣が抜かれる。異形の刃がリシェルへ振り下ろされる直前、ロイドの剣が横から叩きつけられた。金属同士がぶつかった音が響く。
「ぐっ……!」
ロイドの腕が沈む。ロイドの腕を掠めながら、なんとかリシェルへの軌道をずらした。
「何してるのよ!」
「助けた奴に言う台詞か!」
「死ぬわよ!」
「お前が倒れたら、次はどっちに来るか分からんだろ!」
リシェルが言葉に詰まる。
「シスター!」
「はい!」
マリエラも走った。
三環印を握り、祈りの言葉を唱える。淡い光がロイドの身体を包むと、刃を受け止めた腕が見る間に癒えていった。
「……え、そんなのも治せるの!?」
思わずレインが声を上げる。
「治癒は修道女の務めです!」
「シスターってなんでも治しちゃうの!?」
「なんでもではありません!」
レインは再構築を繰り返す異形を見る。
「あいつとかもこっそり?」
「治しません!」
「聞いただけじゃん!」
「今その質問します!?」
「レイン! 遊んでないで下がって!」
「お前まで怒るなよ!」
怒鳴ったリシェルの横を、異形の刃が掠める。一瞬で笑いが消えた。ロイドが治ったばかりの腕で剣を握り直す。
「シスター、助かった」
「無茶はしないでください!」
「もうしてる!」
「では、これ以上しないでください!」
「努力する!」
村の方でも声が上がった。
「弓持ってこい!」
「ガルム! 倉庫の槍だ!」
「近づくな! 弓使える奴だけ前へ!」
狩人たちだ。村長もいる。
「待てよ!」
レインは振り返った。
「みんなまで行く必要ないだろ!」
「必要あるかどうかは、あの嬢ちゃん見りゃ分かる!」
村長が怒鳴り返す。その向こうで、リシェルが異形の攻撃を受け流しながら黒い光を放った。
異形は避ける、ロイドがそこへ斬り込む、マリエラが援護する。
さっきまでの一対一ではなくなっていた。
「俺も――」
レインが一歩踏み出す。
「待て!」
異形の刃を受け流しながら、ロイドが叫んだ。
「お前、剣は使えるか!」
「え?」
「剣だ!」
「いや、全然!」
「弓は!」
「狩りで触ったくらい!」
ロイドが後ろへ跳ぶ。
「得意な魔法は!」
「え、俺、魔力ねえけど!」
「は!?」
「ゼロ!」
今度こそロイドが一瞬だけ振り返った。その顔には、戦闘中とは思えないほど純粋な困惑が浮かんでいた。
「じゃあお前、何しに来るつもりだ!?」
「それは……!」
言葉が出なかった。
何をする?
剣は使えない。弓もまともに扱えない。魔法に至っては、使えないどころかそもそも魔力そのものがない。
レインにできるのは、意味を見ることだけだ。
「レイン!」
リシェルの声が飛んだ。彼女は異形と向き合ったまま、こちらを見なかった。
「来ないで」
「でも俺には見える!」
「知ってる!」
黒い光が走る。異形が跳ぶ。
「でも、見えるだけでしょ!」
レインは何も言えなかった。その通りだった。今までだって、そうだった。
ゴブリンの《飢餓》が見えた。リシェルの《助けて》が見えた。アルベルトの《守れ》が見えた。
それで誰かのことを知ることはできたし、何かに気づくこともできた。
けれど、目の前の刃を止めることはできない。
「レイン」
今度は低い声だった。振り返ると、村長が立っていた。
「俺も行く」
「駄目だ」
「なんでだよ!」
「お前まで行ってどうする」
「だから、それは――」
「今のお前があそこへ入れば、リシェルが守らにゃならんもんが一つ増えるだけだ」
言葉が胸に刺さった。腹が立った。違うと言いたかった。
けれど、言えない。
村長はレインを馬鹿にしているわけではない。ロイドもそうだ。リシェルだって。
だから余計に、何も言えなかった。
「……くそ」
拳を握る。
戦場ではロイドが異形の刃を受け、マリエラの光がその身体を支えている。村の狩人たちが放った矢が異形へ降り注いだ。何本かが黒い身体に刺さり、一本は弾かれる。
すると、異形が止まった。
「……え?」
ほんの一瞬だった。何もない顔が、ゆっくりと動く。
リシェルを見る。ロイドを見る。マリエラを見る。
矢を放った狩人たちを見る。
レインには、その顔に新しい文字が浮かんでいくのが見えた。
《干渉検出》
嫌な予感がした。
「待って」
誰にも届かない声が漏れる。
《再照合》
「待てよ……」
ロイドに、一つ。《障害》
マリエラにも。《障害》
弓を構えた狩人たちにも。《障害》
意味が増えていく。
「やめろ」
レインは一歩前へ出た。
「みんな、下がれ!」
「何だ!?」
「そいつ、みんなを――!」
異形の身体が低く沈んだ。その声を聞き、異形の動きを見たリシェルの顔色が変わる。
「ロイド、避けて!」
遅かった。
異形が消えた。次の瞬間、ロイドの身体が宙を舞った。
「ロイドさん!」
マリエラの悲鳴。
剣が地面を跳ね、ロイドが数歩先へ叩きつけられる。異形は追わない。
何もない顔が、次の対象へ向いた。
マリエラ。《障害》
「逃げろ!」
レインが叫ぶ。今度は、リシェルが間にあった。刃を黒い障壁で受け止める。
「マリエラ、下がって!」
「ですが――!」
「いいから!」
狩人たちが再び矢を放つ。異形が振り返る。
《障害》
「撃つな!」
レインの声より早く、異形が地面を蹴った。リシェルが追う。
「そっちは駄目!」
黒い光が異形の進路を塞ぐ。異形が横へ跳ぶ。
リシェルも追う。ロイドが立ち上がろうとする。マリエラが彼へ走る。
狩人たちが弓を構える。誰もが誰かを守ろうとして動いている。
そのたびに、
《障害》《障害》《障害》
増えていく。
レインだけが、そこにいなかった。戦場の外。
剣も持たず、魔法も使えず、村長に腕を掴まれたまま。
「……なんだよ、それ」
目の前で、リシェルがまた攻撃を受けた。黒い障壁に亀裂が走る。ロイドは立てない。マリエラは治療に回った。
狩人たちへ異形が向かう。そしてレインには、全部見えていた。
誰を狙っているのか。誰が《障害》と認識されたのか。いつ《再構築》が始まるのか。
それなのに。
「見えてるだけって……」
拳を握りすぎて、爪が掌に食い込んだ。異形の右腕に、文字が浮かぶ。
《攻撃》
その身体の中心には、
《標的》
視線の先には、弓を構えた村の男。異形が動く。その直前。
...なにかに気づいた、レインの眉が動いた。
「……え?」
今。
まだ、動いていなかった。
刃も振っていない。
標的へ顔を向けてもいなかった。
なのに、《攻撃》は先に出ていた!?
レインは異形を凝視した。
左脚。《移動》
右腕。《攻撃》
身体の中心。《標的》
そのあとから、異形が動いた。
「……待て」
もう一度。
今度はリシェルへ向く。
だが、その前に右脚へ《移動》が浮かぶ。
左腕には《迎撃》。
身体の中心には《標的》。
リシェル。
まだ誰も動いていない。
それでも、レインには見えている。
何をするのかが。
異形が何かをする前に。
「……俺」
村長の手の中で、レインの腕から力が抜けた。
「どうした」
レインは答えなかった。異形だけを見る。
右腕に《攻撃》。
左脚に《移動》。
身体の中心に《標的》。
意味が浮かぶ。そのあとから、身体が動く。
逆じゃない。ずっと、起きたことに意味がついているのだと思っていた。
でも、こいつは違う。意味が先にある。その意味に従うように、現象が起きている。
「……見えてる」
レインの口元から声が漏れた。村長が眉をひそめる。
「何がじゃ」
レインは答えなかった。戦場の向こうで、異形の右腕に新しい《攻撃》が浮かぶ。
まだ刃は動いていない。身体の中心に浮かんだ《標的》。その先にいるのは――リシェル。
レインは息を吸った。
「リシェル!!」
赤い瞳がこちらを向く。
「右だ!!」




