亡霊デビュー戦②
鉄パイプが振り下ろされる。ミコの視界がスローモーションになった。避けなきゃ。そう思う。だが体が動かない。怖かった。本当に怖かった。自分は幽霊ではない。無力なただの女子高生だ。殴られれば怪我をする。下手をすれば死ぬ。
その瞬間。
脳裏にあの日の光景が浮かんだ。
雨。
崖。
濁流。
冷たい川の水。
死を覚悟したあの日。
――私は一度死んだはずだ。
ミコの中で何かが変わった。そうだ、私は死んだんだ。死んでいるんだ。そう思うと心と体が軽くなった。なんでもできる気がした。
体が動く。
ブォンッ!
鉄パイプが空を切った。
避けられた。
タクヤはさらに鉄パイプを振り回す。
『来るなあああああ!!』
完全に錯乱している。
ミコは後退る。
その時。
廊下の照明が消えた。
パチン。
真っ暗になる。
『うわっ!?』
タクヤが悲鳴を上げる。管理室。黒崎がスイッチを押したのだ。
「ミコ、走れ!」
イヤホンから声が響く。ミコは暗闇の中を駆け出した。背後ではタクヤの怒鳴り声が聞こえる。
『どこだ!!』
『出てこい!!』
鉄パイプが壁を叩く音。
ガンッ!
ガンッ!
ガンッ!
理性は完全に消えていた。ミコは階段を駆け下りる。心臓が激しく鳴る。呼吸も苦しい。 だが足は止まらない。やがて管理室へ飛び込んだ。黒崎がモニターを見ながら笑っている。
「大成功だな」
「どこがですか!」
ミコは叫んだ。
「本当に殴られそうだったんですよ!?」
「死にかけたんですよ⁉︎」
「ホラー映画ってそういうもんだろ」
「違います!」
ミコは怒鳴る。だが黒崎は笑い続けていた。モニターにはタクヤの姿が映っている。一人きり。暗い廊下の真ん中。鉄パイプを握り締めたまま震えていた。さっきまで偉そうだった男とは別人だった。
『来るな……』
誰もいない廊下へ向かって呟く。
『来るな……』
ミコはモニターを見つめた。少しだけ思った。怖いのは幽霊じゃない。人間の方なのかもしれないと。黒崎が立ち上がる。
「帰るぞ」
「え?」
「十分だろ」
ミコはもう一度モニターを見る。タクヤはまだ震えている。今日一日で、あの男の中にはきっと消えない恐怖が残るだろう。黒崎は荷物を持った。
「次はいよいよ本番だ」




