6.ちょっとずつ
冬香さんとの不思議な出会いがあった週末。
いつものように、無言でスマホを眺めている俊哉。
いつものように、無言のリビング。
いつものように、意味のない無意味なTVが流れている、リビングの唯一の音。
いつものように、夏美はコーヒーを淹れた。
ただ、いつもと違っていたのは、コーヒーカップを二つ用意したこと。
「コーヒー淹れたの。上手く淹れられたから飲んでみて?」
と、俊哉の前に持っていった。
俊哉は、ちょっと意外そうな顔をして、それでも夏美の手からコーヒーカップを受け取った。
「どお? なかなかでしょ?」
とちょっとおどけて俊哉に声をかけた。
俊哉は一口啜って「うん、そうだな」と呟いた。
夏美は自分のコーヒーカップの中で揺れる液体を見つめた。俊哉の言葉が、いつもと違って心地よい響きに感じられた。
ーー大丈夫! 私、笑えている!
ちょっとずつでもいい。ちょっとずつ、自分から変えていくのだ。
夏美はコーヒーカップを両手で包み込むように持って、窓の外を眺めた。
近所の猫が不思議そうに夏美を見て、通り過ぎていった。
キジバトの鳴き声が聞こえてきた。
それを聞きながら、夏美はコーヒーを一口飲んで、口角をあげて微笑んだ。
そうだ、昨日職場でもらったクッキーがあったなと、夏美は思い出した。
彼女はカバンの底から、クッキーの包みを取り出して、二つに割って半分を俊哉の前に置いた。
「これ、昨日職場でもらったクッキー。コーヒーに合いそうだから食べてみて?」
<つづく>




